第21話「口裂け女、恋なんてしちゃっていいの?」 〜自己否定が染みついたこの口でも、“好き”は言っていいですか?〜
のんなは、自分が恋をする日が来るなんて思っていなかった。
だって、口が裂けてるし。
昔、ちょっと人間を追い回したこともあるし。
そもそも妖怪だし。
——そんな女が、誰かに好かれるわけ、ない。
……と、思っていた。
そんなある日。
いつも通る薬屋の前で、「それ」は起きた。
「お姉さん、大丈夫ですか? 顔、具合悪そうですよ」
声をかけてきたのは、生田清志という青年だった。
あまりにも自然に「お姉さん」と呼ばれて、のんなはフリーズした。
「……え? い、いま、私のこと?」
「他に誰かいます?」
「……あ、いや、その、私、妖怪だよ? 口、裂けてるし」
「へえ、そうなんですね。珍しいですね。初めて見ました」
あまりにサラッと受け入れられて、逆にのんなの心の裂け目がグラグラした。
(なにこの人!?)
それからというもの、のんなは何となく毎日、生田薬屋の前を通るようになった。
清志は毎日、同じ時間に店を開け、
猫にエサをやり、通りかかるのんなに「おはよう」と笑いかけてくれる。
それだけ。
それだけなのに、のんなの心はどんどん揺れていった。
(また会いたい)
(今日も、会えた)
(明日も、会いたい)
単純な接触の積み重ねが、
のんなの胸の奥に、ひとつの種を植えた。
「もしかして……好き?」
そんなある日。
いつもより早く店の前に行くと、清志が誰かと話しているのが見えた。
——若い、綺麗な女の人だった。
清志がその人の頭をぽん、と撫でた瞬間、
のんなはその場から走り去った。
(ああ、そうだよね)
(私なんか、好きになるだけ無駄だった)
(だって私は——口裂け女)
涙が止まらなかった。
裂けた口からこぼれる涙は、まるで心の奥にある“自己否定”の裂け目を洗い出すようだった。
「ふむ。大丈夫ですか、“のんな”さん」
高道はお茶を出してくれた。
黙って泣きながら飲むと、なんか塩味がした。
「……片想いって、つらいね」
「ですね。でも……“つらいほど誰かを思える”って、すごいことですよ」
「すごくない。だって、叶わない」
高道は、優しく笑った。
「さて、それはどうでしょうね」
翌朝。のんなは、もう行くまいと思っていた薬屋の前に、ふらりと立っていた。
清志が、ぽつんと一人で掃除していた。
目が合った。
「あ、お姉さん!」
清志が駆け寄ってくる。
「昨日、来なかったですね。……心配してましたよ」
「えっ……?」
「だって、毎日いたじゃないですか。猫も待ってましたよ」
のんなは言葉を詰まらせた。
「……でも……あの女の人、彼女さんでしょ?」
「え? ああ、妹ですよ」
「えっっっっっっ!?」
「なんか……ヤキモチですか?」
「っ……ち、違うし!!」
清志は、ちょっと恥ずかしそうに笑って、ふいに、のんなの手を取った。
「僕、お姉さんのこと、好きですよ」
「えっ、えっ、えええええええええええ!!??」
「だって、毎日来てくれて、猫に優しくて、たまに照れて、たまに怒って……」
清志は、のんなの裂けた口元を見て、にっこり笑った。
「……その顔も、慣れたらむしろ可愛いです」
「……ちょ、ちょっと待って……頭が追いつかないんだけど……」
「大丈夫です。僕がゆっくり、慣らしていきますから」
「そういう問題じゃないし!!!」
「じゃあ、好きですって毎日言いに来ます。単純接触効果ってやつで」
「ひぃぃぃぃ、やめて〜〜〜〜!!!(でもうれしい!!!)」
のんなと清志は、お付き合いを始めた。
ことのは堂の高道は、縁側で静かに茶をすする。
「……恋も言葉も、時間をかけると、花が咲くものですね」
隣には肘をついて寝転ぶ青年が銀髪を揺らしている。
「おまえも“人の心”を読むようになってきたな」
「いや、僕は見てただけですけどね」




