第18話「この距離、誰にも見せたことなかった」〜行く理由は、たぶんお茶じゃない〜
ことのは堂の縁側に、またあいつがきた。
今度はちゃんと座布団の上に正座して、置かれた湯呑みに湯気が立つ。
……ただし、やたらとそわそわしている。
視線が泳ぐ、手元が落ち着かない。まるで初対面の客人みたいだが、そんなわけはない。
ここに来るのは、もう三度目だ。
「……そんなに落ち着かないなら、いったん表でも散歩してきたらどうです?」
「ち、ちげーよ……! 今日は……その……なんか……暇だっただけだ」
「はいはい、“たまたま”ですね」
「お前、そういうとこ腹立つな。わざとか?」
「いえいえ、ただの事実を述べただけですよ」
湯呑みに口をつけながら、高道はさらりと返す。
朧丸は今日も猫背だった。
ただし、もうフードはかぶっていない。
短く整った銀髪が風に揺れて、眠たげな瞳が時々、チラチラとこちらを見る。
(こっち見るなら見ればいいのに、ってか何でこっち見てくるんだ?)
(いや、別に見られて困る顔はしてないけど……なんだ?今日の朧丸、ちょっと挙動不審だぞ)
と、思っていたら——
「……なぁ」
朧丸がぽつりと口を開いた。
「“助けられた”っての、やっぱムズムズすんだよ。こっちは何百年と記憶を喰ってきたつもりだった。自分の足で歩いてきたと思ってた」
「うん」
「だから、今さら“誰かに頼る”とか……なあ。
……それでいて、また来ちまった俺が一番意味わかんねぇ」
高道はお茶をすする。
「別に、“意味のあること”しかしちゃいけないってルールはありませんよ」
「そういう言い方、ずるいんだよ。……なんか、救われるだろ」
「お望みでしたら、もっとずるい言葉もありますけど」
「……やめろ、背筋がゾクっとすんだよ」
朧丸はぶっきらぼうにそっぽを向いたが、その耳がほんのり赤くなっていた。
少し沈黙が落ちる。
夕暮れが近づき、ことのは堂の影が少し長くなってきたころ——
「なぁ、高道」
「なんでしょう」
「その……お前さ、“昼寝”するって習慣ないの?」
「急にどうしました」
「いや、その……昼寝、したいなと思って。お前んとこで。……その、寝心地良かったし」
最後の言葉は小声だったが、高道の耳にはしっかり届いた。
「別に構いませんけど……枕、貸しましょうか?」
「いらねえよ!」
「じゃあひざ枕でも?」
「それはやめろ!それはさすがに頭バグる!」
「まくらは頭を支えますけど、ひざ枕は心まで支えるんですよ?」
「だからやめろって言ってんだろ!!」
朧丸は顔を真っ赤にして吠えたあと、ごまかすように後ろを向き、ふてくされたように腕を組む。
風が吹いて、銀髪が揺れる。
その背中から、なんとなく“安心”という言葉が滲んでいた。
「……あのさ」
「はい」
「また……来ても、いいか?」
「もちろんです。お茶も用意しておきますね」
「……ちょっと、苦めのやつにしてくれ」
「また渋い趣味で。大人ですね」
「……うるせぇ。大人だよ、俺は」
「“自称”ではなく?」
「……てめぇ、あとで後頭部に煎餅くっつけるからな」
「意味不明な呪いはやめてください」
笑いをこらえながら湯呑みに口をつけると、思ったより冷めていて、なんだか心が少しだけ温まった。
(この妖怪、口悪いくせに、来るたび素直になっていく気がする)
(……というか、僕……この時間が、けっこう好きになってるかもしれない)
(あ、いやいや、別に特別とかじゃなくて……うん……)
(……たぶん)
⸻
その日から、朧丸は定期的に昼寝にくるようになった。
来てすぐはムスッとしてるくせに、帰る頃にはちょっとだけ機嫌が良さそう。
言葉数が減る分、気持ちが近づいているような、そんな距離感。
ある日は縁側でごろんと寝そべり、
またある日は、台所の前で勝手に麦茶を冷やし、
そして別の日は「ちょっと本読むだけ」と言いながら、結局昼寝していた。
「高道ー……お前んち、静かすぎんだよ……」
「静かなのが嫌なんですか?」
「……いや、まあ……嫌じゃねえけど」
「では、子守唄でも歌いましょうか?」
「ね、寝かさねぇつもりか!?」
そんなやり取りが増えるたび、ふたりの空気もまた、ゆるくなっていった。
誰にも頼らないと決めていた妖怪が、
今、一番落ち着ける場所に“昼寝しにくる”のは——
たぶん、それだけで十分なことなんだ。




