表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

13/142

第13話「封印、それは大天狗のプライドである」〜守っていたのは、封印か?それとも、自分の使命感か?〜

数十年前の山地のこと

そこ谷は、かつて「災厄の谷」と呼ばれていた。

突如として地面が裂け、黒煙が上がり、雷が空を引き裂く。動物たちは奇声を上げて逃げ惑い、木々は幹の中からバチバチと音を立てて割れ始める。

そして、人々の間にはこんな噂が流れた。

「……あの岩の下には、“忌まわしき何か”が封じられているらしい」

見た者はいない。だが、それでも、あの谷に近づく者はなくなった。

そんな折、その地に現れたのが——大天狗であった。


「よいか!! この岩に近づいてはならぬ!!!」

風を巻き起こし、袂をひるがえして立つ大天狗。山の空気が震え、里の者たちは目を見開いた。

「この下には、災いの源が眠っておる!! 封印せねばならん!!!」

大天狗は岩の前に立ち、巨大な封印札を取り出した。風にあおられバタバタと音を立てるそれを、渾身の力で岩に叩きつける。

ビシィィンッッ!!

まるで空間そのものがひきつるような音が響き、辺りの空気が静まり返った。

……実際は、封印札がちょっと湿っていて、貼り直したのだが、それは秘密である。


百年後、今

「……でな。わしが守っとった“封印”。実は——ただのガス溜まりじゃったそうじゃ」

ことのは堂の座敷にて。抹茶をすする大天狗が、ぽつりと口にした。

向かいに座っていた高道が、一瞬、聞き間違えたのかと思って目をぱちくりさせる。

「……え?」

「地熱と腐葉土と……なんじゃ、自然の気圧の変化とか、ようわからんが。

それが合わさって、ぷすぷすしてただけだったらしくての」

「ぷすぷすって……」

「まあ、ガスじゃ! なんでも、メタンとかいうやつらしい」

あんなに神妙な顔をしていた岩の下に、実は**“屁みたいなガス”**が溜まってただけ——という事実に、高道は言葉を失った。


当時の地割れも雷も、すべては自然現象の偶然。そしてそれを“呪い”と恐れた人々の不安が、幻想を育てていった。

だが、大天狗は——

「……でもな。わし、百年、一度も疑わんかったんじゃ」

「疑ってたら?」

「……守れなかった」

淡々と語るその口調に、百年分の重みがあった。


「真実がどうあれ、わしは“そこに災厄がある”と信じておった」

「……」

「人は恐れから勝手に“悪しきもの”を作り出す。ならば、それを“ある”として守ることで、逆に安心を与えることもできる」

自分がそこにいたから、誰も近づかず、誰も怪我をしなかった。

事実がどうであれ、それが“大天狗の役目”だったのだ。

「“嘘だったから意味がない”わけじゃないですね」

高道の言葉に、大天狗はゆっくりとうなずいた。

「……が!! しかしじゃな!!!!」

突然、声が爆音に跳ね上がった。

「正直なところ!!! 封印が“メタンガスのぷすぷす”と聞かされたときは!!!!!わし、死ぬほど恥ずかしかったああああああ!!!!!!!!!!!」

ことのは堂の障子がびりびり震え、棚の煎餅缶がガタガタと揺れた。

「声がでかいです」

「“百年守った場所がガス”って……!!!せめて、なんかこう、邪神とかじゃないんか……!!風神でも雷獣でもよかったんじゃ……!!!」

 天狗は頭巾を深くかぶり直し、床に伏してぶつぶつ呻き始めた。

——いや、そこまで落ち込むとは誰も思っていなかった。


「でも、それを話せるあなたは、ちゃんと前に進んでる証拠ですよ」

その言葉に、大天狗はふいに黙った。

「……ふぉっ……ふぉぉ……///」

頬を赤く染め、鼻をすすり、謎の感嘆詞をもらしてうつむくその背中は、百年守った岩よりも、少しだけ小さく見えた。


結局、大天狗が百年かけて守っていたのは——

村人の安全か?

未知の災厄か?

それとも、自分の役目と誇りだったのか?

……でも、そんなことはもはや些細なことだ。

“誰も怪我せず、誰も傷つかず、百年が過ぎた”。

その事実こそが、大天狗の誇りであり、

次の百年へと向かう、新たな風を呼ぶ羽ばたきになっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ