第13話「封印、それは大天狗のプライドである」〜守っていたのは、封印か?それとも、自分の使命感か?〜
数十年前の山地のこと
そこ谷は、かつて「災厄の谷」と呼ばれていた。
突如として地面が裂け、黒煙が上がり、雷が空を引き裂く。動物たちは奇声を上げて逃げ惑い、木々は幹の中からバチバチと音を立てて割れ始める。
そして、人々の間にはこんな噂が流れた。
「……あの岩の下には、“忌まわしき何か”が封じられているらしい」
見た者はいない。だが、それでも、あの谷に近づく者はなくなった。
そんな折、その地に現れたのが——大天狗であった。
「よいか!! この岩に近づいてはならぬ!!!」
風を巻き起こし、袂をひるがえして立つ大天狗。山の空気が震え、里の者たちは目を見開いた。
「この下には、災いの源が眠っておる!! 封印せねばならん!!!」
大天狗は岩の前に立ち、巨大な封印札を取り出した。風にあおられバタバタと音を立てるそれを、渾身の力で岩に叩きつける。
ビシィィンッッ!!
まるで空間そのものがひきつるような音が響き、辺りの空気が静まり返った。
……実際は、封印札がちょっと湿っていて、貼り直したのだが、それは秘密である。
百年後、今
「……でな。わしが守っとった“封印”。実は——ただのガス溜まりじゃったそうじゃ」
ことのは堂の座敷にて。抹茶をすする大天狗が、ぽつりと口にした。
向かいに座っていた高道が、一瞬、聞き間違えたのかと思って目をぱちくりさせる。
「……え?」
「地熱と腐葉土と……なんじゃ、自然の気圧の変化とか、ようわからんが。
それが合わさって、ぷすぷすしてただけだったらしくての」
「ぷすぷすって……」
「まあ、ガスじゃ! なんでも、メタンとかいうやつらしい」
あんなに神妙な顔をしていた岩の下に、実は**“屁みたいなガス”**が溜まってただけ——という事実に、高道は言葉を失った。
当時の地割れも雷も、すべては自然現象の偶然。そしてそれを“呪い”と恐れた人々の不安が、幻想を育てていった。
だが、大天狗は——
「……でもな。わし、百年、一度も疑わんかったんじゃ」
「疑ってたら?」
「……守れなかった」
淡々と語るその口調に、百年分の重みがあった。
「真実がどうあれ、わしは“そこに災厄がある”と信じておった」
「……」
「人は恐れから勝手に“悪しきもの”を作り出す。ならば、それを“ある”として守ることで、逆に安心を与えることもできる」
自分がそこにいたから、誰も近づかず、誰も怪我をしなかった。
事実がどうであれ、それが“大天狗の役目”だったのだ。
「“嘘だったから意味がない”わけじゃないですね」
高道の言葉に、大天狗はゆっくりとうなずいた。
「……が!! しかしじゃな!!!!」
突然、声が爆音に跳ね上がった。
「正直なところ!!! 封印が“メタンガスのぷすぷす”と聞かされたときは!!!!!わし、死ぬほど恥ずかしかったああああああ!!!!!!!!!!!」
ことのは堂の障子がびりびり震え、棚の煎餅缶がガタガタと揺れた。
「声がでかいです」
「“百年守った場所がガス”って……!!!せめて、なんかこう、邪神とかじゃないんか……!!風神でも雷獣でもよかったんじゃ……!!!」
天狗は頭巾を深くかぶり直し、床に伏してぶつぶつ呻き始めた。
——いや、そこまで落ち込むとは誰も思っていなかった。
「でも、それを話せるあなたは、ちゃんと前に進んでる証拠ですよ」
その言葉に、大天狗はふいに黙った。
「……ふぉっ……ふぉぉ……///」
頬を赤く染め、鼻をすすり、謎の感嘆詞をもらしてうつむくその背中は、百年守った岩よりも、少しだけ小さく見えた。
結局、大天狗が百年かけて守っていたのは——
村人の安全か?
未知の災厄か?
それとも、自分の役目と誇りだったのか?
……でも、そんなことはもはや些細なことだ。
“誰も怪我せず、誰も傷つかず、百年が過ぎた”。
その事実こそが、大天狗の誇りであり、
次の百年へと向かう、新たな風を呼ぶ羽ばたきになっていた。




