第12話「大天狗、百年の仕事終えて暇を持て余す」〜でっかい目標、叶えたあとって、どうすんの?〜
「ふぉぉぉぉおおおおお!!」
「……その咆哮、なんの意味があるんです?」
「ヒマなのじゃ!!!」
その日、ことのは堂の屋根が突然“ドスンッ”と鳴った。響きわたる叫びとともに現れたのは、背中に立派な羽、鼻はピノキオも裸足で逃げ出す長さ、顔はドヤ顔の権化みたいな老妖怪——大天狗だった。
「高道ぃぃぃ!! 聞けぇぇぇい!!」
「はいはい、また突然ですね。では、どうぞ」
「わし、百年かけて、山奥の封印を守っておったのじゃ!」
「それはすごいですね。おつかれさまでした」
「でな、ついに今朝! その封印が完全に消えたのじゃ!!」
「おお、それはおめでとうございます」
「……で、わし、することなくなった!!!」
(テンション・リダクション効果、発動中)
「ふぉおおぉぉ……暇じゃぁぁ……寂しいぃぃ……」
(近所迷惑レベル)
「百年も見張っておったのに……封印が終わったら、なんだこの……“ぽっかり”感……」
「燃え尽き症候群ですね」
「わし……燃え尽きたんか……?」
「ええ。“テンション・リダクション効果”と呼ばれています」
「テンション……なんじゃそれは?」
テンション・リダクション効果とは、 長年努力してきた目標が達成されると、緊張や集中が一気に解かれ、“虚脱状態”に陥る心理的現象。
「つまり、わしが今ここで叫び散らしてるのは……」
「心理学的に完全に正常です」
「うおぉぉおぉ……理解はされど、癒されぬ!!!」
「まぁ、理解だけでは胃も満たせませんし」
「腹も減ったぁぁ……カロリー消費が激しいのじゃ……!!」
(叫ぶからですよ)
「大天狗さん。ひとつ伺ってもいいですか」
「なんじゃ?」
「“封印が終わったあと”の展望、持ってました?」
「……なかった……」
「はい、出ました“達成後無計画妖怪”」
「おぬし、言い方ァァァ……!」
「でも、よくあることです。人は大きな目標を達成すると、一種の“空っぽ状態”になります。あなたがヒマなのは、“成し遂げた自分”を使う場所がないからです」
「……使う場所……」
「はい。“わしの次”を考えてなかったんですよね?」
「まったく……考えておらなんだ……」
(やっぱりな)
天狗の羽が、しょぼん……と縮こまった。鼻も、ほんの少しだけ短く見える。気のせいか。
そんな時だった。ことのは堂の前で、子どもたちの元気な声が響いた。
「天狗のおじちゃん! 空飛んでみせてよー!」
「その鼻、本物ー!? スポンジじゃないのー!?」
「風圧でカステイラ焼いてー!」
わいのわいのと騒ぐ子どもたちの中に、大天狗が目を細める。いや、もともと細いのか?
「……ほう。ふぉっふぉっふぉ……」
「はい、復活きたー」
「ならば見せてやろう! わしの“神風五段パンケーキひっくり返し”を!!!」
「長いっ!!名前のインパクトだけで腹いっぱいです!!」
大天狗はバサリと羽ばたき、空へ舞い上がった。
「いざ、神風一段目ぇぇ!!」
バサァァン!!
その風圧で、子どもが持っていたスケッチブックが三軒隣まで飛ばされた。
「きゃー!あたしの“うさぎパンまん”が!!」
「あとで取りに行きましょう。たぶん無事です」
高道が静かにフォローする。
次々に披露される大技と、爆笑する子どもたち。
カステイラは焼けなかったが(当然)、落ち葉が吹き飛び、ことのは堂の前がなぜかピカピカに。
最終的に「天狗による無料お掃除ショー」として地域住民にも感謝された。
「おじちゃん、明日もやって!」
「よいぞ!」
(達成感のあとにくる虚無。それは“空っぽ”じゃない。“余白”だ)
(その余白を、また誰かのために使えたら、そこからまた新しい風が吹く)
空を飛ぶ大天狗の背に、子どもたちが作った折り紙の羽根がそっと貼りついていた。
「がんばれ てんぐおじちゃん」と書かれている。
(いいじゃないですか、“第二の人生”。妖怪だって)
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「ところで高道よ、このヒマを“ヒマラヤ”と名付けて記念碑を立てようと思うのじゃが——」
「その発想がヒマすぎます」




