第11話「隠火(おんび)、何を見られているのか」~顔は変わらないのに、意味だけ変わっていくなんて~
「……こっち見てるって思われるの、ちょっと苦手でして……」
昼下がりのことのは堂に、ふらりと現れた客は、頭から薄い布をかぶり、顔をメラメラと燃える炎で包んでいた。
その名は、隠火。
「誰かと目が合うと、みんなすぐ誤解するんです。“怒ってるの?”とか、“何考えてるかわからない”とか……」
「それは……顔が燃えてるからでは」
「やっぱり!? やっぱりそう思いますよね!? ですよねええええ!?」
すごい勢いで机が焦げた。
「……すみません、感情が出ると、周りの温度が二、三度上がっちゃうんです……」
(いやまぁ燃えてる顔に感情読み取るの無理ゲーでしょ)
「この前も、ただ道を歩いてただけなんです。でも、通りすがりの人に“にらまれた!”って通報されて……」
「通報……?」
「“発火する目つきの不審者”って」
「……いや、だいぶ的確に表現されてますね」
火の塊を“目つき”で表現する技術、なかなかの語彙力だ。
だが隠火は真剣だった。
「僕、怒ってるつもりなんか全然なくて、むしろ、いつも不安なんです。怖がられないように、声も小さくしてるし、できるだけ道の端を歩くようにしてるんです。でも……それでも、顔を見られると“怖い”って思われてしまう……」
(……これはまさに、クレショフ効果の典型)
高道は、ゆっくりと湯呑を手に取った。まだ熱い。つまり、話はまだ冷めない。
クレショフ効果とは、同じ“無表情の顔”でも、前後に映される映像(泣いてる子、食事、棺)によって「悲しい」「お腹が空いてる」「哀悼してる」と印象が変わってしまう現象。
つまり、人は**“文脈”で感情を読み取る**生き物なのだ。
そして隠火の“燃える顔”は、常に強烈な“印象”を持ちすぎている。
「隠火さん。“怖い”って言われるのは、あなたのせいじゃありません。
“見た側の文脈”で勝手にラベルを貼られてるだけです」
「……ラベル……?」
「札です。“燃えてる顔”を見て、“怒ってるに違いない”と解釈する。でもそれは、“相手の想像”であって、あなたの本心じゃない」
「じゃあ僕は……怒ってないのに、ずっと“怒ってることにされてる”んですか?」
そうだ、と高道は頷いた。
無意識のうちに人は他人の顔を“ストーリー”で解釈している。
「なら、相手の想像が間違ってるなら……正しく伝えるには、どうしたらいいんですか?」
「あなたの“今の気持ち”を、ちゃんと言葉で添えることです」
後日、隠火はことのは堂に再び現れた。
その首から、札が三枚ぶら下がっていた。
【今日の気分:緊張してますががんばってます】
【今はちょっと眠いけど、怒ってません】
【話しかけてもらえると、うれしいです】
「……ちょっとダサいですか?」
「いや、逆にシュールすぎて刺さりますね。エモいです」
そしてその日、隠火はことのは堂の前で、勇気を出して道行く人に頭を下げた。
「……こんにちは、あ、あの、今日も暑いですね……」
たまたま通りかかった狐面の若い娘が、彼を二度見た。
「え、炎の人、札つけてる。かわいい……」
瞬く間に流行に敏感あ若い娘たちの間で話題になった。
「炎の人、実はいいやつ」
「自己表現が神」
「“哀愁火”ってあだ名最高」
「気持ちを言葉にするの、大事かも」
気づけば隠火は、ヨイノのインフルエンサーになっていた。
若い人間の間だけでなく妖怪の間でも“感情札”がちょっとしたブームに。
“水妖のむくれ顔”にも、「今は考えごとしてるだけです」と札がぶら下がり、
“影女の無言プレッシャー”にも、「ただの無口です」と補足されるようになった。
ことのは堂の帳場で、高道は小さく笑った。
(“顔”や“印象”って、案外あてにならない。人は自分の中のストーリーで他人を見ている)
(なら、自分の“文脈”を、自分の言葉で添えてやればいい。ラベルは貼られるものじゃなく、選ぶものだ)
隠火の炎はまだ消えない。
でもその中にある“伝えたい気持ち”は、確かに届いていた。
⸻
ことのは堂の朝。
「高道さん、この“札”って、私もつけていいですか?」
現れたのは、猫又のミメだった。首にはすでに札がついている。
【今日の気分:腹ペコ】
【誰かの膝に乗りたい】
【カリカリください】
「それ、欲望の羅列じゃない?」
「ちゃんと“言語化”しました!」
(いや、クレショフ効果も文脈もどこいった)




