表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

107/142

第107話「月明かりのことのはと、笑うカエル」〜月下の小さな奇跡〜

 夜風がすこし冷たくなってきた。

 “ことのは堂”の障子を開け放ち、外の空気を吸い込む。

 異界に来て、もうしばらくほど経つ。

 タヌキと傘の喧嘩を仲裁した一件が妙に評判になってしまい、ここ数日は「巫さま相談会」とやらが勝手に開催されていた。


 相談会といっても、別に宗教じみた拝金でも祈祷でもない。

 茶と菓子を出し、話を聞いて、適当にうなずき、時々ぽろっと言葉を返すだけ。

 それだけで、なぜか皆がすっきりした顔で帰っていくのだ。


「……ほんとにこれでいいのかなあ」

 湯飲みの湯気を見つめながら、ひとりごちる。

 人の心をほどく仕事なんて、自分には荷が重い。

 ただ、ここに来てからというもの、言葉の重みが前よりも近く感じられるのだ。

 誰かの言葉が、ちゃんと誰かの心に届いていく――そんな感覚があった。


 そのときだった。


「た、助けてくだされぇぇぇぇぇぇぇ!」


 戸ががらりと開き、ずぶ濡れのカエルが飛び込んできた。

 頭には苔の葉っぱ、体には泥。どうやら妖らしい。

 その後ろから、怒り顔の小坊主が竹箒を持って追いかけてくる。


「こらカエルっ! また池を荒らしおって!」


「ち、違うのです小坊主どの! 拙者、善いことをしようとしただけで……!」


 高道は思わず立ち上がった。

「おふたりとも落ち着いて。まずは、濡れたままだと風邪をひきますよ」


 差し出した布巾でカエルの顔を拭ってやり、湯を勧める。

 小坊主には煎餅を。

 怒り顔のまま、しぶしぶ受け取った。


「さて。どういうわけでこんな騒ぎに?」


 話をまとめると――。


 カエルの名はケロ左衛門。寺の池に住みつき、昼は睡蓮の影でうたた寝し、夜は僧たちの読経を聴いて過ごしていた。

 そんな穏やかな生活が一変したのは数日前のこと。


「ある晩、小坊主どのがため息をついておられたのです。“誰も笑ってくれぬ説法など、やる気が出ん”と」


「……つい愚痴ったのじゃ。夜更けで誰もおらぬと思うて」


「それで拙者、なんとか笑わせて差し上げようと……池の底を掘ったのです」


「掘った!?」


「はい! 昔話で聞いた“笑う石”を探して。

 見る者の心をほぐす、不思議な石でございましてな。

 それを説法の台に置けば、きっと皆が笑うと思いまして」


 高道は苦笑した。

 真っ直ぐすぎるにもほどがある。


「でも、石は見つからなかった?」


「はい。代わりに、池の水が全部なくなりました……」


 小坊主がまた怒鳴りかけたが、高道が手を挙げて制した。


「つまり、誰も悪気がなかったわけですね」


「……まあ、そうじゃが」

「池が枯れては魚も蓮も困るが、笑わせたいという気持ちも本物です」


 高道はふたりの顔を見比べ、やわらかく微笑んだ。


「ねえケロ左衛門さん。あなたが掘った“笑う石”――それは、たぶんもう見つかっていますよ」


「えっ?」


「今、こうして笑ってる。

 怒っていた坊主さんも、困っているあなたも。

 互いを思って動いた結果、ちゃんと笑顔になってるじゃないですか」


 ケロ左衛門がきょとんとした後、ぽろりと目を丸くした。

 小坊主は、ばつが悪そうに頭をかいた。


「……まったく、妙な巫さまじゃ。

 だが、悪くない気分じゃな」


「ありがとうございます」

 高道は机の引き出しから、白紙を一枚取り出した。

 筆に墨を含ませ、月の形を描く。


「これは“月明かりのことのは”といいます。

 夜道を歩くとき、これを水に浮かべると、道を照らしてくれる。

 池に沈めれば、月の光が水を呼ぶ、かもしれないと言われています(もっともらしいこと言ってるけど大丈夫か?汗)」


 ケロ左衛門は震える手でそれを受け取った。

「ほ、ほんとうに……?」


「信じる者の心次第、です。

 でも――“笑う石”を探すより、ずっと早いと思いますよ」


 数日後。


 寺の池には、清らかな水が満ちていた。

 新しい蓮の芽がのぞき、月が水面にやさしく映っている。

 その真ん中で、ケロ左衛門が蓮の葉に腰かけ、得意げに説法をしていた。


「笑う石は見つからなんだが、笑う“こころ”は掘り当てたのじゃ!」


 僧たちがどっと笑い、小坊主までも腹を抱えた。

 池のほとりに立つ高道は、そっと胸の前で手を合わせた。


「……よかった(まさか、僕の書いた紙にそんな効果があるなんて、まさかね)」


 月が雲間から顔を出し、護符がふわりと光る。

 その光が風に溶け、町のあちこちに届いていった。


 その夜、“ことのは堂”の戸を叩く者がまたひとり。

 翌朝にはまた二人。

 噂はさらに広まり、巫さま相談会はますます盛況となるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ