第100話「金の文鎮、いまを押さえろ!」〜ことのは堂・時間騒動記〜
100話まで辿り着けました。ここまで一緒に走ってくれた読者の方、ありがとうございます!これからも楽しんで投稿していきます。大好きをつめつめに詰め込んだ作品です。これからもよろしくお願いします!
「……過去にばかり心を縛られると、今という瞬間が逃げてしまいます」
ことのは堂の店主・高道は、茶を啜りながら淡々と語った。
「人の心は“いま”を生きる力を持っています。過去を押さえつけるのではなく、今を“押さえる”ことが大切なのです」
「押さえる……?」
客間の畳の上で、重々しく震えたのは――金色に光る、古めかしい文鎮だった。
かつて御用達の書家に使われていたという由緒正しき付喪神。名を金鎮という。
「わしはな、昔の栄光が忘れられんのじゃ」
文鎮はずしりと揺れた。
「かつては名筆の書を押さえ、殿上人の前で詩が詠まれるたび、わしが紙を押さえておった! それがいまは……!」
がくりと傾く金鎮。
「帳簿の押さえ石……。墨の香りもせぬ!」
「おいおい、重たい話だな」
暖簾をくぐって入ってきたのは朧丸。頬に団子をくっつけたまま、片手に串を持っている。
「昔がどうとか言っても、今、この瞬間、食べてる団子の方がうまい」
「おぬしは軽すぎる!」
「そっちは重すぎるんだよ」
金鎮がぷるぷる震える。紙の山がばさばさと崩れ、帳簿が雪崩のように広がった。
「やれやれ」
と高道は苦笑する。
「過去は確かに大切ですが、それに縛られると“いま”を見失います。金鎮殿、あなたは“押さえる”役目を持ちながら、“固めすぎて”おられるのですよ」
「なんと……! 押さえはわしの誇りぞ!」
その瞬間、ふすまがばーんと開く。
「誇りとか言ってる場合じゃないのよォ!」
風とともに雪女が舞い込んだ。背後では、座敷童とタヌさんが慌てて団扇で吹雪を止めている。
「ことのは堂が……凍ってる! 金ちゃん、重くなって動かないから床下の氷割れないのよ!」
「わしのせいか!?」
「そうじゃ、そうじゃ」
タヌさんがぽんと尻尾を叩いた。
「昨日から“昔の主人の名前を書いた紙を離さん”って、床下を陣取っておったじゃろ」
「うぬぬ……あれは、殿との絆じゃ……」
「絆は心に残せば十分です」
と、高道。
「物や名前ではなく、いまここで誰と生きているか――そこに重みを置くのです」
「うまいこと言いましたねぇ!」
マキビがどこからか登場し、手を叩いた。
「じゃあその金鎮、今度はわたしの護符づくりに使いましょう。紙を押さえながら、今の“願い”を留める。昔の名よりも、いまの“願い”に仕える。どうです?」
金鎮はしばし沈黙した。
長い年月の重みが、きらりと金の表面に揺れた。
「……わしは、“押さえ”の意味を取り違えておったかもしれぬな」
「そうだよ〜」
座敷童が笑う。
「今を押さえれば、未来は勝手に形になるもんです!」
「……ならば、やってみるか」
金鎮が小さく鳴った。
「これよりは、“ことのは堂の金鎮”として、新しき筆の風を押さえてみせよう!」
「いいですねえ!」
マキビが護符を広げる。朧丸は団子の串を筆代わりにして、「がんばれ金鎮」と書き始めた。
雪女は凍りかけた床を溶かし、タヌさんはちゃっかり茶菓子を増やす。
「よし、できました!」
マキビが護符を掲げた瞬間――どん、と文鎮が軽やかに響いた。
金色の光がふわりと紙を包み、まるで秋風が通り抜けるように、堂内の空気がしんと澄んだ。
ほのかに香る焙じ茶と落葉の匂いが混じり、静かな温もりが心に染みていった。
「おお……軽い」
金鎮が呟く。
「わし、こんなにも軽やかに動けたのは、百年ぶりじゃ」
「それが“いまを押さえる”ってことです」
高道が微笑む。
「過去は消えません。でも、それを糧にいまを紡げば、心は重くならないのです」
「なるほど……!」
朧丸が団子をもう一本取り出した。
「じゃあ今を押さえる俺は、団子三本目を――」
「それは“食いすぎを押さえなさい”のほうです」
と、高道がたしなめた。
どっと笑いが広がり、ことのは堂は秋風に包まれた。
外では木の葉がさらさらと舞い、香ばしい茶の香りがふわりと漂う。
笑い声は、夕暮れの金色の光と混じり合い、まるで秋そのものが微笑んでいるかのようだった。
――数日後。
再び店先で、金鎮が帳簿の上にちょこんと座っていた。
だが、かつてのような重苦しさはもうない。
「高道殿、今日も穏やかな風じゃな」
「ええ、過去に縛られない風は、心地よいですね」
店の奥から、マキビの笑い声と、朧丸の団子をつまむ音がする。
外では座敷童とタヌさんが追いかけっこをし、雪女がそれを氷の滑り台に変えていた。
金鎮はそっと微笑んだ。
「わし、いまがいちばん重くて、いちばん軽い」
秋の日差しが、金色の文鎮をやさしく照らしていた。




