ことのは堂、今日も開店中
――むかしむかし、と言うには、少しだけ新しい時代の話。
“ヨイノ”という国があった。
江戸にも似た街並みに、妖怪と人間が肩を並べて暮らす、不思議な場所。
笑い声と泣き声と、時々ちょっとした悲鳴が混じる、雑多でにぎやかな町だ。
その街のはずれ、目立たぬ長屋の一角に、ひとつの暖簾がかかっている。
「ことのは堂」
看板も貼り紙もない。ただ暖簾に筆文字がひとつ。
何の店なのか、初めての者にはよく分からない。
けれど、口コミは広がっている。
「悩みごとがあるなら、ことのは堂に行ってみな」
「声にできない話でも、聞いてくれるらしい」
「人でも、妖でも、ちゃんと向き合ってくれるってさ」
そんな噂を頼りに、人も妖もやってくる。
何を買うでもない。何を売るでもない。ただ、誰かに“言葉を届けたい”者たちが。
ことのは堂を営んでいるのは、一人の男だ。
名を、高道(たかみち)という。
歳は三十代の半ば。物腰は柔らかく、言葉は穏やか。
人と話すときは冷静だが、その目の奥には火種のような熱がある。
「お悩みなら、お聞かせください。……言葉は、口から出たときが始まりですから」
そう言って、相談者を迎えるその姿は、僧侶でも教師でもなく──ただのひとりの聞き手だ。
けれど、その言葉は、不思議と胸に残る。
彼は、話を押しつけない。助言もしないことがある。
けれど、いつのまにか相談者の心に、小さな光を灯していく。
高道はもともと、ヨイノの人間ではない。
──ある日突然、ここにいた。
転生だったのか、流れ着いたのか。彼自身もその理由は語らない。
けれど、“ことのは堂”という場所が、彼にとっての新しい生きる場であることは確かだった。
高道には未練がない。過去に戻りたいと思わない。
この不思議な国の喧騒も、妖怪たちの奇行も、どこか面白がって受け止めている。
「せっかく異世界に来たんだ。なら、楽しく暮らしてやろう」
その心持ちが、妖も人も、彼の元に惹きつけるのだろう。
今日もまた、誰かが暖簾をくぐる。
言葉にできない気持ちを抱えて。
声にならない声を、届けたくて。
そして高道は、静かに湯を沸かしながら、その人(あるいは妖)の話に耳を傾ける。
「焦らなくていいですよ。……言葉が整うのを、ここで一緒に待ちましょう」
“ヨイノ”という国があった。
江戸にも似た街並みに、妖怪と人間が肩を並べて暮らす、不思議な場所。
笑い声と泣き声と、時々ちょっとした悲鳴が混じる、雑多でにぎやかな町だ。
その街のはずれ、目立たぬ長屋の一角に、ひとつの暖簾がかかっている。
「ことのは堂」
看板も貼り紙もない。ただ暖簾に筆文字がひとつ。
何の店なのか、初めての者にはよく分からない。
けれど、口コミは広がっている。
「悩みごとがあるなら、ことのは堂に行ってみな」
「声にできない話でも、聞いてくれるらしい」
「人でも、妖でも、ちゃんと向き合ってくれるってさ」
そんな噂を頼りに、人も妖もやってくる。
何を買うでもない。何を売るでもない。ただ、誰かに“言葉を届けたい”者たちが。
ことのは堂を営んでいるのは、一人の男だ。
名を、高道(たかみち)という。
歳は三十代の半ば。物腰は柔らかく、言葉は穏やか。
人と話すときは冷静だが、その目の奥には火種のような熱がある。
「お悩みなら、お聞かせください。……言葉は、口から出たときが始まりですから」
そう言って、相談者を迎えるその姿は、僧侶でも教師でもなく──ただのひとりの聞き手だ。
けれど、その言葉は、不思議と胸に残る。
彼は、話を押しつけない。助言もしないことがある。
けれど、いつのまにか相談者の心に、小さな光を灯していく。
高道はもともと、ヨイノの人間ではない。
──ある日突然、ここにいた。
転生だったのか、流れ着いたのか。彼自身もその理由は語らない。
けれど、“ことのは堂”という場所が、彼にとっての新しい生きる場であることは確かだった。
高道には未練がない。過去に戻りたいと思わない。
この不思議な国の喧騒も、妖怪たちの奇行も、どこか面白がって受け止めている。
「せっかく異世界に来たんだ。なら、楽しく暮らしてやろう」
その心持ちが、妖も人も、彼の元に惹きつけるのだろう。
今日もまた、誰かが暖簾をくぐる。
言葉にできない気持ちを抱えて。
声にならない声を、届けたくて。
そして高道は、静かに湯を沸かしながら、その人(あるいは妖)の話に耳を傾ける。
「焦らなくていいですよ。……言葉が整うのを、ここで一緒に待ちましょう」
第1話「ミミノツバキ、声を聴く」 ~耳を澄ませば、あんたの声が届くかもしれない~
2025/07/10 17:30
(改)
第2話「カガミワラシ、映らぬ自分」~あなたが見てくれるなら、わたしも少しは光れるかもしれない~
2025/07/10 17:30
(改)
第3話「化け狸、わが身を悔いる」~自分で選んだ道でも、しばらくは足が痛むもんです~
2025/07/10 17:31
(改)
第4話「ホシオニ、未来を語る」~言葉は当たることよりも、届くことの方が大切だ~
2025/07/10 17:31
(改)
第5話「猫又、膝の上にて」~“いていい”場所なんて、本当はそんなに遠くない~
2025/07/10 17:31
(改)
第6話「雪女、湯呑みを凍らす」~感情が出るのは、当たり前だもの~
2025/07/10 17:32
(改)
第7話「虫歯妖怪キュウキュウの抜歯決意」~先送りしてる間に、どんどん根が深くなるんだってばよ~
2025/07/10 17:32
(改)
第8話「猫又、ひとり寝できません」~ひとりがイヤって、ワガママなの?~
2025/07/10 17:32
(改)
第9話「うわん、聞いてほしいだけなんです」~それって、ただの“かまってちゃん”? それでもいいじゃん~
2025/07/10 17:45
第10話「以津真天、いつまで泣いてるの」~それ、もう終わった話でしょ?って言われるけど~
2025/07/10 17:45
第11話「隠火(おんび)、何を見られているのか」~顔は変わらないのに、意味だけ変わっていくなんて~
2025/07/11 07:08
第12話「大天狗、百年の仕事終えて暇を持て余す」〜でっかい目標、叶えたあとって、どうすんの?〜
2025/07/12 08:00
第13話「封印、それは大天狗のプライドである」〜守っていたのは、封印か?それとも、自分の使命感か?〜
2025/07/12 17:30
第14話「その顔で誤解されてますよ、鬼華さま」〜最初にイケメンって言われると、あとの言動が全部ズレてくるんです〜
2025/07/13 17:30
第15話「籠もる火を、灯す夜」〜消えそうでも、誰かの夜を照らせるなら〜
2025/07/14 17:30
第16話「誰にも頼らねえ。それが俺の流儀だ」〜“信じない”って言ってるやつほど、ちゃんと聴いてたりするんだよな〜
2025/07/15 17:53
第17話「助けられるなんて、冗談じゃねえ」 〜信じたくないのに、あいつの声は真っ直ぐ届くんだ〜
2025/07/16 17:30
第18話「この距離、誰にも見せたことなかった」〜行く理由は、たぶんお茶じゃない〜
2025/07/17 17:30
第19話「白沢の記憶は、想像以上にうるさかった件」〜知識の暴風、静寂を求める妖怪には致命的〜
2025/07/18 17:30
第20話「痛みは流れ、残るは芯」 〜伝えようとすることが、何よりも強いのだと〜
2025/07/19 17:30
第21話「口裂け女、恋なんてしちゃっていいの?」 〜自己否定が染みついたこの口でも、“好き”は言っていいですか?〜
2025/07/20 17:30
第22話「“毎日会いたい”には、理由がある」〜距離を縮めるには、まず“距離を置かない”ことから〜
2025/07/21 17:30
第23話「八咫烏、飛べぬ空の下で」〜無名と注視のあいだにある、三本足の飛べぬ声〜
2025/07/22 17:30
第24話「白うかり、誘い上手すぎ問題」~気づいたら、あなたも巻き込まれてます~
2025/07/23 17:30
第25話「嫌いじゃないけど、しんどい」〜タヌキのおでん屋と、期待と現実のズレの中で〜
2025/07/24 17:30
第26話「いい子にしてたら、ちょっと悪さしてもいいですか?」〜座敷童と、優しさの言い訳〜
2025/07/25 17:30
第27話「赤い豆、白い嘘」〜小豆洗いと、“自分のせいじゃない”を洗い流す夜〜
2025/07/26 17:30
第28話「お歳暮配達、山越え気分」〜ヨイノ旅路と、つるんと丸き神の山〜
2025/07/27 17:30
第29話「見えすぎちゃって、困ります」〜神様の弓矢で、縁がまるっと丸見えに〜
2025/07/28 17:30
第30話「傘お化け、雨が嫌いになる日」〜濡れすぎて、見失うこともある〜
2025/07/29 17:30
第31話「傘は濡れるために、晴れるために」〜雨傘と日傘が出会った日〜
2025/07/30 17:30
第32話「マキビ、護符をバラ撒く」〜騒がしさは、空からやってくる〜
2025/07/31 17:30
第33話「護符に宿るは、別れの言葉」〜再会は果たせぬまでも、言の葉は届く〜
2025/08/01 17:30
第34話「盗まれた護符、願いは誰のもの」〜願いが叶えば、幸せになるとは限らない〜
2025/08/02 17:30
第35話「雪の祠に、言葉は灯る」〜回想〜
2025/08/03 17:30
第36話「陰陽師、味音痴につき」〜干し柿一色、ことのは堂の悲劇〜
2025/08/04 17:30
第37話「護符ひとつで、よく眠れる夜」〜眠れぬ夜に、護符ひとつ。……ただし、巻き添え注意〜
2025/08/05 17:30
第38話「青行燈、なぜかすべての事件現場にいる件」〜百話目の前に現れるって、それもうフラグですやん〜
2025/08/06 17:30
第39話「目が合うたび、気持ちが重なるってどういうことですか」〜恋の数、目の数、相性って案外見た目の話じゃない〜
2025/08/07 17:30
第40話「それって、みんなのせいってことでいいですか?」〜罪悪感を分け合ったら、ちょっと軽くなった気がした〜
2025/08/08 17:30