08.ラノベ二号
『やばい、昼だわ。朝ごはん逃した』
『あかん寝過ごした』
『大丈夫、文句言う奴ここにいない』
『そうだった。逃げたんだった』
一応寝室の方にも時計が設置されていた。壁掛け時計が、ベッドに寝てるとよく見える位置にある。12時半か…見事な寝坊である。
この部屋、半分くらいがベッドに埋まっててタンスらしきものが申し訳程度にあるだけなんだよな。
マジで寝るだけの部屋って感じである。別にいいけど。部屋のパターンはいくつかあって、一応変えることはできるらしい。
まあ変えたくなったらその時に考えよう。今はこれで文句ないし。
『お腹空いたね。茜、食べられそうなのある?ていうかりんご食べたい』
『ああ、ストック結構あるから出そうか。でもこの車、キッチンあったよね。もしかして使える?』
『使えると思うよ。実際使ったことはないけど。これ昨日召喚したばっかのやつだからね』
『ま、まじか。使っていいの?あたしが使用者第一号になるけど』
『いいよ?てか料理スキル持ち差し置いて私に何を作れと?卵焼きくらいなら材料あれば作れるけど』
『…まじか、じゃあ使っていい?朝ごはん…もとい昼ごはん作るわ。一応調理器具城から持ってきたけど…』
『デフォルトで設置されてるのあるかもだから、それも使っていいよ。多分基本的なのしかないと思う。出刃包丁とかはなさそう』
『三徳包丁あれば大抵のは作れる気がするけどな。てか、リオくんが一番お腹空いてるよな?いっぱいお食べ…』
『やったね』
『…今ごろ、城で騒ぎになってるんかなあ』
『あー…四人一気に行方不明だもんね』
『運転してちょっと距離稼ごうか?』
『いや、そうならんように昨日ここまで来たんでしょ?ご飯くらい落ち着いて食べよ』
『それもそうか』
『よーし、とりあえず軽く作るわ』
『やったー』
本来の日程だと、次の町までは徒歩で20日程、馬を休みなしでかっ飛ばしても1週間はかかる距離だ。追手が馬を使えば、あっさり追いつかれるだろう。
ただ、一番近くて大きな町ではなく別の町に行く予定なので、多少は誤魔化せるはず。
王都の人が次に向かう町って9割がその大きな町らしいからね。徒歩でも1週間、馬なら2~3日で着く。
この世界に慣れてない人間が向かうなら、普通はそっちに向かうと考えるはずだ。
騙されてくれるといいけど。
ちなみにキャンピングカーで目的地までかっ飛ばせば、最短で3日で着く。が、これは地図で見て算出した時間だ。
恐らく、地図からは読み取れない悪路だか回り道だかのトラブルで、5日くらいかかるのではないかと想定してる。
この日数は、林さんと色々マップを見つつ考えて算出したものなので、大きくは外れてないと思う。
そして5日で町に着けたなら、城の追手より先に着けるはずだ。あの城の連中の移動手段は馬か馬車だからな。
他の町に行けば、馬より速い魔物をテイムしてて、それが走ることもあるらしい。
けれど王都の連中は謎のプライドで魔物なぞ汚らわしいと言っていて、そういう手段は持ってない。
これは城の色んな場所でコッソリ聞き耳立てていた林さんが得た情報だ。まあ、スキルの経験値稼ぎっていう目的もあったっぽいけど。隠密、便利だなあ。
朝(昼)ご飯は、こっちに来てから一番豪華なものだった。私にとっては。思わず狭山さんを「女神…!」って言いながら拝んじゃったよ。
というか、私は知らなかったけど、キャンピングカーにデフォルトで設置されている食材もあったらしい。マジか。
特に感動したのが調味料だ。どうやら、ラノベの展開なら米や醤油などが見当たらず嘆くというパターンが多いらしい。
しかし、確認したところ、醤油も味噌も出汁も米も普通にあったそうだ。米なんて専用の容器に入ってたんだとか。
狭山さんに「女神…!」って拝み返されたよ。いや私の与り知らぬことで感謝されても…米と醤油は普通に嬉しいけど。
ただ、米は炊かないといけないし、今は時間優先で準備してくれた。和食は今日の晩御飯で出したいとのこと。やったね。
用意されたご飯は、フルーツのヨーグルトがけと言えばいいのか。
りんごやみかんを始めとしたフルーツがたっぷり入ったヨーグルトだ。腹持ちもいいしさっぱりしてる。
疲れた日の翌日の起き抜けという今、めちゃくちゃ嬉しいメニューではなかろうか。個人の意見ですけど。
『てか、リオくん、多分フルーツばっか食べてたから胃腸弱ってるかもしれないし』
『感謝に堪えない』
『日本仕様のりんご、みかん、桃!超嬉しい!これよこれ!この味!』
『あー…生き返るぅ…』
『風呂か?』
『ちーちゃん、おっさんくさい』
『すまんて』
『てかヨーグルトどうしたん?』
『昨日の分の新規召喚。寝る前にポチっといた。朝ごはんにヨーグルト食べたいなーと思って』
『昼だけどね』
『お黙りシズっち』
『しかしナイス判断。そういや昨日は魔力温存で新規召喚してなかったもんな』
『うん、でも寝る前になって、もうほぼ安全確定したし魔力もったいないから使っとこうと思って』
『静も下着出してくれたしね。本当にありがとう。ノーパンになるとこだった』
『今日の分どうしようかなー。もう今日もほぼ安全よね、これ』
『そうね…何しろ隠密使用キャンピングカー』
『涼まじでチートか』
『そうかなあ』
とりあえず、幸せの昼ご飯を食べた後は、ついに話し合いになったのである。
何だかんだ伸びに伸びてたからなあ…
『ていうか、リオくんに聞きたいこと多すぎて何から問い詰めたらいいやら』
『問い詰め!?』
『一番はあれやろ。スキル無しって判断された理由』
『それだ!それ大事!』
『涼、どんなスキルなの?鑑定を誤魔化したってことは、隠蔽とか?』
『それだと開けゴマとヨーソローの説明つかなくない?』
『茜…』
『私マジで何してんだろうなそれ』
『あ、スキル2つあるとか?』
『いや、一個。私のスキルは『無機物干渉』スキルだよ』
『む、きぶつ…!?』
『えっ何か難しそうな気配を察知。やめたって。寝起きで頭あんま回ってないから』
『いや、そのまんまなんだよね。無機物…特に道具に干渉できるんだ。会話したり、道具の能力を借りたり』
『…そういえば、扉に向かって、開けてって言ってたね』
『あ、そういうこと!?小舟もそうか!あそこまで進んでって、船って、乗るものだから…』
『うわ一気に納得できるやつやん』
『ちなみにキャンピングカーは、狭山さんと波川さんと同じ召喚によるものね。私は無機物を召喚できるんだ』
『ま、マジか…リオくんの召喚、あたしらより高性能ってことか』
あ、これだけ聞くと確かにそう思われるのか。
でも残念ながら違う。私の召喚も、きっと似たようなレベルだ。むしろスキルレベル低い分、私の方がしょぼいまである。
『そうでもないよ。だって二人のりんごとハンカチにあたる初級召喚物、私の場合は木の板だからね。てか表札かも』
『え!?』
『あとはノートとか鉛筆とか消しゴムとかもある』
『筆記用具???』
『その中にキャンピングカー紛れこんでんの?異彩ってレベルじゃねーぞ?』
『これねえ、初回特典ってやつらしいんだ』
『は?』
『私、召喚が使えるって知らなかったんだよ。てかこのスキル名で召喚使えるって想像できなくない?』
『まあ確かに。てか、無機物干渉スキルとか、あったっけ…?スキルの資料はかなり読んだと思うんだけど』
『いやあ、なかったんだよ。でも類似スキルはあったよ。…『干渉』系のスキルだね』
『あ!あれか!』
『あー!あれなら見た!覚えてる』
『あたしも』
そう、私のスキルはどこを探しても見つからなかった。
それだけ希少なんだろう。と同時に、危険なのかもしれない。同じスキルを持った人が始末され、記録にあえて残していない可能性もある。
というより、干渉系スキルが危険視されてるのは『精神干渉』スキルのせいだ。
このスキルを持った人間が、過去国家レベルの災いを起こしてるのだ。それも、記録にあるだけで三件も。全部別人なのにやってることは同じ。
権力者を自分の思い通りに操って、好き勝手する。最初は小規模だったのが、スキルレベルが上がったのか満足出来なくなったのか、どんどん規模が膨れ上がった。
最初は家の中、学校の中、故郷の村の中、近くの大きな町、ついには王家にまで影響を与えた。
当然、極刑扱いとなり、過去の三人は始末されている。どの段階で発覚したかはまちまちではあるが。
ぶっちゃけ無機物干渉なんて人に対して使えるようなものじゃないので、危険度は低いはずである。
けど、干渉系のスキルといえば『精神干渉』!と言われるくらいこいつが有名すぎて、他のスキルまで嫌なイメージを持たれてしまうのである。
『魅了』スキルと並んで迷惑スキル扱いされている。このスキルの保持者は見つけ次第隔離されてるくらいだ。
実際、他の干渉系スキルなんて、微々たる効果しかないのがほとんどだ。何せ『干渉』でしかないので。『操作』ですらないので。
『温度干渉』『音声干渉』『色彩干渉』などが干渉系だ。
出来ることなんて、水をお湯にする時間を早めたり、鼻声を聞きやすくしたり、目が眩んだ時の復帰が早かったり、そんなものらしい。
ああ、吟遊詩人が遠くにいる人にも歌を聞かせるため、声の通りをよくすることもあるらしい。けれど効果なんてたかが知れている。
私のスキルは、希少ではあるが、そういった類のものなのである。ほら、召喚できるなんて思わんだろ?
まあ、無理に攻撃に使うことも出来なくはないけど。多分スキル使うより簡単な方法がごまんとあるから使わないんだと思う。
人の体温を上げて熱がらせるより、普通に火でも放った方がいいし。
魔術師相手に声をうまく出させないようにして呪文を成立させないって方法もあるけど、普通に口ふさぐか胡椒でも投げてくしゃみ連発させればいいし。
色なんて攻撃に使いようがない。まあ変装などには使えるだろうけど。黒髪から金髪に見せかけるだけで別人に見えるだろうしな。
でもこれも染めればいいだけの話だ。なので、干渉系スキルは精神干渉以外はせいぜい嫌がらせ程度しか出来ないのである。
精神干渉は目に見えないものだし、無機物干渉は対象範囲が広いのでちょっと出来ることは多いかもしれないけど。
『そうかもしれんけど、キャンピングカーを見てるとヤベースキルだなって感想になるんだ…』
『その気になったら飛行機とか召喚できそうでは?』
『飛行機はなかったけどヘリと飛行船はあったな。今は消えてるけど』
『え、何でやねんもったいない』
『その辺り全部、初回特典って表示されてたから』
そう、召喚のリストを見た時、盛大にビビり散らしたのだ。タブのようなものがあって、通常と特典と書かれていた。
まあ好奇心で特典の方見るよね?そしたらびっくり。初回だけ、高レベルの召喚物を無償で召喚できるというものだった。
通常、魔力の消費量が表示されてるであろうバーの代わりに『初回特典!』という文字が記載されていた。
ギリギリまで迷っていたのはこれである。ちなみにキャンピングカーを選んだら当然のように特典タブは消えた。
『初回特典!?そんなんあった?あたしはなかった。マジでハンカチとか単純なのしか一覧に出なかったし、次のページとかもなさそうだったし』
『あたしもなかったな。りんごとか、そんなのだけ。何でリオくんだけ?』
『全然根拠ないけど、条件があるんじゃないかなって』
『条件?』
『私、召喚が使えるのを知ったの、レベル2になってからなんだよね。レベルアップの時に、召喚がどうのって声が聞こえて、そこで初めて知った』
『あー、そういや聞こえるな!召喚の消費魔力量が減少しますとか何とか!』
『へえ、そうなの?』
『うん、それあたしも聞こえた』
そういえば、四人中三人が召喚持ちか。
こういう召喚が出来るスキルは結構少ないらしいので、巡り合わせが凄いとも言える。
林さんは召喚ないけど、スキル自体がとんでもないチートなので、これで召喚も出来たら盛りすぎである。
それはそれとして、初回特典の話か。
『私は召喚を使わずにレベルアップしたから、その辺が関係してるんじゃない?レベルアップ時に内容増えるんでしょ?』
『あー、それで初回特典?そういやあたし召喚の経験値でレベルアップしたクチだからなー』
『あたしもや。それが理由っぽいな。つら』
『うーん、あたし召喚ないから素人考えだけど、涼の時だけそんな大サービスってないと思う。別の形で似たようなこと起きるんじゃない?』
『え、どういうこと?』
『たとえば、召喚回数50回記念に高レベルの召喚物が召喚リストに並びます。ただし一回限り!みたいな』
ありそう。そうか、同じ『召喚』なんだから、私だけ特別なんてそんなはずないんだ。
違う条件で狭山さんと波川さんに特典が出る可能性は充分にある。
林さんは「キリのいいレベルに達した時」も特典があるんじゃないかと予想していた。5とか10とか。
レベルアップ記念はありそうだ。何しろ私がレベルアップ記念みたいなもんだったし。
『あ、ちょっと希望出てきたかも。今4だし、5に期待?あと召喚回数か』
『まあ、あったらラッキー程度に考えとこうか。今でも充分助かってるし』
『せやな』
『あ、もしあったとしたらひとつ注意が』
『ん、何?注意?怖いんやけど』
『初回特典のやつは召喚を実行したら24時間召喚が使えなくなりました』
『えっ』
『えっ』
『…ちょっと疑問だった。初回特典、無償なのに、涼、余った魔力で何も召喚してないっぽかったし』
『あ!そういえば!?』
鋭いな林さん。
そうなのである。召喚が終わった後、通常の召喚リストの画面になったんだけど、そこに「23:59:45」みたいな表示が出ましてですね。
しばらく使えないだろうなってのは感覚でわかったけど、それが24時間だとは思わなかった。
まあ、高レベルのものを召喚した対価と思えば大したことないなとすぐ気持ちを切り替えたけど。
『じゃあ涼、まだ召喚一回しかやってないってこと!?』
『その通り。ちなみに昨日の昼前に召喚したから、今は召喚しようと思えば出来るよ。今日から二人みたいに地道に召喚していこうと思います』
『あー、ノーリスクってわけじゃないのかー…24時間は長い。食材補給出来ないの困るぅ…』
『一旦出ても場合によっちゃスルーした方がいいかもなー』
『でもそういうセールの召喚出てる時に通常の召喚したら、セール撤退しない?』
『ありそう!』
『ハイリスクハイリターン!』
『出た時に考えた方がいいやつだなこれ。切羽詰まった戦闘中とかだったら、召喚封じられるのつらい可能性あるし』
『食材と布が戦闘結果に影響することってあるかな?』
『…なさそう』
『でもキャンピングカーレベルの超便利な何かが出たら召喚した方がいいかもなー』
『食材と布でそんな便利なのあるかな?』
『…なさそう』
『てか、今が食材と布ばっかだけど、二人のスキルって料理と被服なんだから作業に必要な道具が今後出る可能性あるんじゃないの?ミキサーとかミシンとかさ』
『………!』
『言われて、みれば…?』
『だって私の召喚内容、板とか筆記用具とか単純な工具とかだよ?ヤスリとかペーパーナイフとか。車の片鱗もなくない?』
『ほんまや』
『おっと、何かワクワクしてきたぞ』
何の根拠もなく言ったものだけど、楽しみになってきた。
ぶっちゃけ、私の希望である。これで二人のキャンペーンの内容が高級肉とかドレスだったら私が落ち込む。いや、肉は嬉しいけども。
このキャンピングカーは当然ながら料理の設備は最低限、裁縫関係なんて皆無だ。ただのんびり席に座ってるよりスキルのレベルアップのための作業をして欲しい。
幸い、運転中でも揺れはほとんどなかったそうだ。料理や裁縫くらいなら自分達のスキルの補正もあるし、問題なくこなせそうとのことだった。
林さんの経験値稼ぎはどうするか悩むけど、キャンピングカーにかけた隠密はそこそこの経験になりそうらしい。
どうやら持続時間が長ければ結構な経験値になると、そんな感覚があると言っていた。
ああ、今までは報告会の短時間しか使ってなかったし、他の場面でも短時間なのを散発的に使う程度だったと言う。
それで思ったより経験値が溜まってないのかもしれない。
何かキャンピングカー以外のものにも隠密をかけたいと言われたので、消えたところでまったく困らない木の板を召喚して渡しておいた。
こんな機会でもないとこれ絶対召喚しないだろうなと思ったのもある。ちなみに林さんは超喜んでくれた。
『あれ?リオくんのスキルが何かはわかったけど、スキル無しって判断された理由わかんなくない?』
『え、鑑定板に干渉して無しの表示にしたとかじゃないの?』
『あー』
『いやあ、違うんだ。ちなみに鑑定板は魔道具だから、私の干渉受けない』
『そうなの!?あれ無機物じゃないの!?』
その辺、どうなってるのかは私にもわからない。恐らくだけど魔道具は魔力で動くもので、魔力に干渉されている。
既に別のものが干渉してるからか、私の干渉は無効になるようだった。上書きとか横入りは出来ないってことなんだと思う。
そのため、試してはみたが、鑑定板には干渉できなかった。力を受け付けないとでも言うべきか。
『まあそんな感じで、スキル無しになった経緯だけど、私鑑定板使われる前に自分のスキル把握してたんだよ』
『え、そうなの!?』
『うん、無意識にスキル使っちゃったっぽくて』
『スキル使えたん…?鑑定前に?』
『鑑定板はスキルを判別するもので、スキルを授けるものじゃないからね。みんな自分がどういうスキル持ってるか知らなかったから使ってなかっただけだし』
『そうそう、林さんの言う通り。私がスキル使ったのは完全に偶然なんだけど、結果助かったなあ』
『鑑定板にはスキル使えなかったんでしょ?何に使ったの?』
『眼鏡』
『めがね』
『メガネ?』
『涼がかけてるやつ?』
『そう。癖なんだけど、王とかの話に呆れた拍子に、こう、つるをちょっと触ったんだよ』
『ああ、あれね。確かにイラっときたし』
『そっか、眼鏡も無機物だからスキルの対象になるのか』
『そう。で、眼鏡の役割って、視力矯正だけど、要はよく見えるようにするってことなんだよね。何かその方向に力が働いたっぽくて…『鑑定』能力が付与されて』
『…は?』
『そんなことある?』
『あったからこうなってるんやろ…?』
『私もびっくりしたよね。突然自分の情報が視界に出てきて、まあそれでスキルが無機物干渉って知って、何が起きたか大体察したよねっていう』
あの時、声を上げなかった自分を心底褒めたい。
もっとも、あの場で他に干渉できそうなものが無さそうだったので大人しくしていたわけだけど。
いや、今の状況の把握に精一杯で行動を起こそうにも余裕がなかっただけとも言える。
『涼、頭の回転早いな?あたしならポカーンとして何もできんわ』
『多分あたしら勇者の中で一番最初にスキル使ったの涼なんだろうね』
『まさかの眼鏡に鑑定。で、それでスキル使って鑑定板の効果はじいたん?』
『結果的にそうなったかな。鑑定スキルって、レベルとか魔力量とかに左右されやすいものらしいんだけど』
『うん、ああ、そういやそんなこと書いてたなあ』
そう、スキル大全に書かれていたことを参考に推察すると、だ。
鑑定スキル同士にも、上下関係のようなものがある。鑑定レベル2の人が鑑定レベル5の人を鑑定したら、5の人はそれを弾けるように。
上のレベルの鑑定保持者は下位の鑑定を無効にできる。もしくはほぼ情報が見れない。
鑑定は何が見れるかで上位と下位が決まるようだ。鑑定板はスキルしか見れないが、私の眼鏡は一応名前とかスキルとか、色々見えるのだ。
見えるものの種類が多い方が上位扱いになるらしい。
つまり、私の眼鏡に付与された鑑定は、鑑定板より質が上になるのだ。
『なるほど!それで涼へのスキル鑑定は眼鏡がはじいたから、鑑定板には何も表示されなかったんだ。それをあのオッサン、スキル無しって判断したんだ』
『本当は、鑑定板さんがリオくんの眼鏡にしてやられただけだというのに…』
『ふっ、鑑定板など、鑑定眼鏡の前では生まれたての小鹿と同義よ…』
『そこそこ強そうだな…』
『震えてるけどね。まあ質量はあるからね。体勢崩してぶつかってこようもんならそこそこ痛そう』
『ごめん、何の話だっけ。鹿?』
『眼鏡の話』
『鑑定の話』
『涼のスキル無しの理由が判明した話です』
『それだったわ。ナイスちーちゃん』
『眼鏡への鑑定が無効にされるならわかるけど、涼への鑑定が無効にされたのって何で?』
『そら眼鏡のご主人様である涼を眼鏡が守ったからでは?ご主人様のスキル勝手に覗いてんちゃうぞって感じで』
『それっぽいんだよなあ。眼鏡、ざまあみろとか言ってたし』
『喋るの?』
『無機物干渉スキルって無機物と会話できるんでしょ?』
『あ、そうだった。扉と小舟ともお喋りしてたわ、そういえば』
したね。「開けて」「乗せて」って。
会話できるだけで命令を聞かせるものじゃないので、そこまで凄い能力でもないけど。
言う事聞いてくれたのは扉と小舟が優しい子だったからである。
『ちなみにキャンピングカーも喋るの?』
『今、超反応した。走る?走る?走ろう?って。運転してほしいっぽいな』
『さすが車』
『ごめんキャンピングカーさん、もうちょっと待って。話が終わったら涼に運転してもらうから』
『超喜ばれた。まあいいけども。運転はするつもりだからいいけど。生後1日なのに元気だなあ』
『生後…いや、昨日召喚したんだからそうなるか』
『バブちゃんじゃん』
『大切にしないとね。あたし達の生命線だよ、この子』
『確かに』
『ほんとは、こんなまったり出来る時間なんてなかったはずだもんね…』
『涼が、規格外すぎて…こんな展開になるなんてまったく想定してなかったよ』
『ていうかこっち来てから涼めちゃくちゃ頼りになるんだけど。いや、普段が頼りにならんってわけじゃなくて』
『ああ、それ思ったかも。いつもの涼ならキレてるだろうなってとこでも普通だったし』
『普通ご飯抜きとか言われたらキレるよね。あたしはキレる。リオくんよく我慢してたな』
『まあ、スキル使って木の果物勝手にもいで食うって手段があったのもあるけど』
『そんなことしてたの…』
してました。なのでぶっちゃけ餓死の心配はなかっ…いやでもあの果物すっぱかったしあんま食いたくなかったかな…
まあ、うん、いざとなれば食べ物はどうにかなるって思ってたからご飯抜き程度、大したことじゃないかなって。
『スキルどう使えば果物もげるの?無機物干渉よね?』
『その辺に捨てられてたロープをですね、こう…』
『あー、ロープか。工夫すれば確かにいけそう?』
『鞭みたいにヘタあたりをびしっとやって切断して、落ちかけた果物は優しい感じで受け止めるというか、くるんだり網みたいにしたり…』
『そういう発想が出来る時点ですごいなリオくん』
『ただのロープでそういう芸当できるの?とんでもねえスキルでは?これ涼に武器とか持たせたら凄い戦力にならん?』
『波川さんの言うようなこと出来たらいいけど、扱う人間が私なのでへっぴり腰で隙だらけになると思う』
『ああ、戦闘系スキル持ってる人って戦闘時にちょっと補正入ったりするらしいしね。涼にはそういうのないから、確かに矢面に立たせて戦闘させるのは危険』
『それもそっかー…じゃあリオくん戦闘員計画は頓挫か』
『それに、万が一涼に何かあったらこのキャンピングカーも使えなくなる。絶対無茶させちゃいけないと思う』
『マジだわ』
『言い出しっぺのあたしが言うのも何だけど戦闘関係は千晴の隠密スキルで全部逃げようって話にしてたし、それ続行でいいと思う。この中にいれば万が一もないだろうし』
『そうだね、そうしよう』
『ごめん、涼。戦う手段があるのかもって思って無茶言った』
『あたしもアホなこと言ってごめん』
『いや、何か意見あったら言ってみてほしい。今の、考えてもみなかったけど、そういう使い方もあるのかって納得した』
武器にする、ってのは本当に意外なほど頭になかった。
道具は便利に使うもの、って思ってるせいかな?傷つけるものじゃなくて、便利なものって。
『でも涼は絶対無茶しないように』
『私以外にも言えることでは?』
『まあ、うん…』
『てか、話ちょっと戻るけど、私が頼りになるとかいう話だけど、それ理由あるから話しとく』
『え?理由?』
『ある意味、私はこの展開を想定してたというか…いや、ここまでのは想定してなかったけど、皆と違ってある意味覚悟してたから』
『は?まさか涼、異世界来るの知ってたん!?』
『いや、それは想定してなかった。でも、何かしらが起きるだろうとは思ってたというか確信してた。だから、心構え出来てたってのが大きいと思う』
『え、待ってリオくん、どういうこと…?』
『もう、こうなったら黙ってる方が良くないと判断したから話すね。頭おかしいのかって言われそうな話だけど、私、未来から来たんだよ』
『は?』
『は?』
『は?』
『うん、そうなるだろうなって思った。ふざけてんのかって言いたい気持ちはわかるんだけど、本当なんだ。私、24歳なんだよ』
『…24、歳…?リオくんが…?』
『そう、君達より10年長く生きてる。頼りになるって感じたのは、私が大人だから。10年分の、知識と経験があるからそう感じただけだと思う』
『………』
言葉もない、って感じで三人とも目を見開いてた。でも、感じるのは疑いじゃなかった。
いや、疑ってはいるのかもしれない。でも心当たりがあって、納得してる部分もあるんだと思う。
だって、14の私はどう贔屓目に見ても子供っぽかった。見た目じゃなくて中身が。精神的に未熟というか、考えたことはすぐ顔に出るしよく癇癪を起こしてた。
一人っ子であるのも理由かもしれない。両親が共働きだったのも理由かもしれない。それらを含んだ様々な要素でそう育ったのかもしれない。
少なくとも、こういう時にパニックを起こさずに冷静に物事を考えるような人間じゃなかった。
私が多少落ち着いたのは、それこそ経験だ。10年は長い。学校を卒業して働き、成人に達する。これだけで視野は広がるし心情も変化する。
彼女達にはまだ遠いそれを、経験してるからこそ落ち着いて見えているだけ。一緒にいるのが自分より年下であるという事実も理由かもしれない。
年齢に比べるとしっかりして見えるだろうが、実年齢で考えると年相応なだけである。なので、私が特別頼りになる存在というわけじゃない。
『未来については話せない。だから、話せる範囲でしか伝えられないけど』
そう前置きして話した。
私自身のことであれば多少は話せるからだ。
元居た世界、日本でもほぼ知られていないだけで神がかった力というのは存在する。表に出ないし使える人も少ないので知られてないだけだ。
漫画であるような火を出したり、というものではなく超能力や霊能力に近いかもしれない。
元より双子であれば通じ合うことがある、というレベルのちょっとした不思議さ。これを少し強めた力。
波長が合った人に、考えを何となく伝えるとか、そのくらいの微妙で微弱な力。この程度なら、使える人も1000人に1人くらいはいるのだ。
私も、そんな微妙で微弱な力…いや、体質の持ち主だった。
呪いや祟りというべきか、人を厭う力は時に他人への攻撃に使える。使っている方は無意識だろうし、被害者も少し気分が悪い程度の影響しかないけれど。
病は気から。そんなレベルのものだ。けれどそういう力は実在する。この力が強い人もいるし、抵抗力が強い人もいる。
私は、そういう呪いやまじないといったものを無効化する体質だった。自分でも言われるまで気づかなかったくらいだ。
普通に病気になったりするし怪我だってする。ただ、人の怨念が力を持ったあれこれは一切効かない。そんな微妙な力である。
でも、そんな微妙な力でさえ、妬む人はいる。恐れる人はいる。人と違う力を持つという、その事実だけで。
こんな、あるかどうかもわからないようなモノ、欲しくなかった。
私が普通の人というものに強く憧れたのは確実にこれのせいだ。
何しろ、両親は私のこの力を知って、実子である私を化け物だと言ったのだ。
仲が良いのかと聞かれれば普通と返すような家庭だった。
意見が食い違って言い争うこともあるし食事は仕事の時間の関係で別々。それでも家族の愛はあった。
同性である母とは普通に会話する。父親は娘への接し方がややズレているが、私が父親似であることもあり可愛く見えたのか、不器用なりに愛情は注いでくれていた。
好かれている自信はあったし、私も二人が好きだった。ウザいと思うことはあれど、そこに愛はあったはず。
そんな両親に、おぞましいものを見る目で化け物だと言い捨てられた。
「化け物」「お前なんか娘じゃない」「消えろ」「二度と目の前に現れるな」
多くはない拒絶の言葉だったけれど、今まで無償で受けていたはずの愛が憎悪に変わるのを目にして、私の心はその時砕け散った。
タイミングが悪かったとしか言いようがない。一番悪いのは呪いなんてものを振りまいた奴だけど、そいつを恨んでも起きたことは決して消えない。
犯人は、私達とはまったく関係ない人を呪おうとした。私は当時マンションに暮らしていたので、標的は同じマンションに住んでた誰かだったのだろう。
けれど、犯人が未熟だったのかはわからないが、呪いは当時マンションにいた人達に降りかかった。
その日は休日で、母がいて、父は仕事明けで寝ていた。買い物にも行かず、たまたまその時間、三人とも家にいた。
ただ、それだけだったのに。
呪いが振りまかれ、母が倒れた。息苦しくなったと言って、必死で呼吸しようとしていた。寝ていた父も、息苦しさに目覚めて呻いていた。
私は何ともなかったので、二人をどうにか楽にしなければとそんなことしか考えてなかった。
台所にいた母と部屋にいた父を居間に寝かせ、背中を撫でたりしていた。
これで呼吸が楽になるのかもわからないまま、半泣きでしっかりしてとそんなことを繰り返していたと思う。
今なら病院に電話しろとか対処法は思いつくけど、混乱してた当時の私にはまったく思いつかなかったのだ。
きっとマンションの他の部屋でも同じようなことになっていたのだろう。ほぼ呻き声しか出せなかったのだと思う。
そんな中、私は必死に両親に呼びかけていた。声が外に聞こえていたらしい。きっと、まともに話せるのはその時私だけだった。
犯人が何故ウチに入ってきたかはわからない。
標的と勘違いしたのか、外に聞こえてくる声を不審に思ったか、どちらかではないかと思うけど。
両親を介抱しようとしてる私を見て「あれ~何で君には効いてないの?」なんてのんびり問いかけてきた。当然私には何のことだかわからない。
自分の力に自信があったらしい。その犯人は私に向かって、もっと強力な呪いをぶつけてきたらしかった。目に見えるほどの、靄のような何か。
思わず顔をかばうようにして身を守ったけど、何かがぶつかったのは見て理解してたけど、何の感触もしなかったし、何も感じなかった。
その時の私は、何が起こってるのかまったく理解してなくて。ただポカンとアホ面をしていただけ。
ただ、それを見た犯人はひどく取り乱した。
何故効かない、こんなはずはない、自分の力を超えるのか、そんなのありえない、そうだ、化け物なんだ。そう言っていた。
勝手な言い分だ。支離滅裂で、まったく意味がわからない。それでも、両親にとっては事実に聞こえたのだろう。
自分達がこんなに苦しんでいる中、一人けろっとしてる私に、薄ら寒いものを感じ取ったのかもしれない。
苦しい中、はっきりと言った。化け物、と。
私はただ、必死だっただけだ。両親を助けようとしてただけ。効果はなかったかもしれないけど、両親を救いたい思いからの行動だったのは間違いない。
その返事が、これだ。何を言われたのか最初はわからなかった。理解を拒否していたとも言う。けれどわかっていたこともある。
―――私は、両親に、拒絶されたのだと。
頭が真っ白になって、言葉が理解できないようなそんなポンコツな頭で理解できた唯一。
今まで立っていた場所が崩れて、自分の何もかもが否定されたような気持ちだった。
いや、実際その後生活がガラっと変わったので間違ってはいないのだろう。
その後のことは朧気にしか覚えてない。
きっと心が折れて壊れて粉々になって、目の前の光景が意味のない風景のように感じていたのは覚えている。
犯人の後に誰かが入ってきて犯人を拘束して、両親を始めとした苦しんでる人は解放された。体調も問題ない、らしい。
落ち着いた後に両親から「気の迷いだった」「本当はそんなこと思ってない」「大事な娘だ」「混乱して、心にもないことを言った」と言われたのを覚えている。
けれど、心が壊れた私は、壊した張本人たちの言葉は受け取らなかった。両親も後悔はしてるのだろう。
それでも、私はあの一度の拒否が忘れられなかった。私の中で、両親に対する感情はあの時一緒に壊れたのだ。
もう好きでも嫌いでもない。目の前にいてもそれが両親ではなくその辺の人と判断して目に留めようと思わない。
そう思ったくらいには、私は彼らを無関心に見ていた。
一度関係が壊れたのだ。私にとっては修復が不可能なくらいに。
そのくらい、私にとっては衝撃だったのだろう。
それ以来、両親とは会っていない。もう4年、戸籍上の家族である他人、そんな関係だ。
両親のことを聞かれても、そんな人もいたなあと思ってしまうくらいの存在になった。
きっと私は人でなしなんだろう。
化け物と言われた時はショックだったけど、本当に化け物だったのかもしれない。
ともあれ、両親から離れ、私はあの呪いをふりまいた事件を収めた人、犯人の後にウチに入ってきて犯人を捕らえた人の世話になることになった。
そして世の中、妙な力が実在すること、私の体質のことを聞いた。そしてそんな妙な力を持った人達は普通の人達から嫌厭されがちだということも。
まさに私がそれだったので納得した。そのためか、そんな力を持った人達は自然と集まって協力関係になるのだとか。
そして、力に暴走した人や私利私欲に使おうとする人を捕まえたりしているのだと。私のところに来たのも、その一環だと。
まさか私のような人が渦中にいるとは思ってなかったそうだけど、こういうことはたまにあるらしい。
なので手慣れたように私のことも保護してくれた。精神が回復してきた頃、手伝いたいと申し出た。
私の体質は使いどころが難しいものの、そこそこ使えるらしいので。
そんな生活をして3年くらい経った頃、24歳になった私に依頼が来た。
『10年前の君の母校で、何かが起きる。誰かが過去に干渉して何かしようとしてるかもしれない』
なので、その調査をしてほしいとのことだった。
私の体質を活かす仕事じゃないのは初めてで戸惑ったけど、理由を聞けば納得するしかなかった。
既に確定した事象である過去に干渉すれば大きな歪みが出る。その歪みが何を引き起こすのかは未知数。
そのため、歪みを出来るだけ発生させない方法で干渉しなければならない。
それに、大きく何かを発生させれば、過去に干渉しようとしている何者かに気づかれる可能性がある。
何せ、こちらがその何者かの企みに気づいたのも、干渉した際に発生した歪みのなりそこないを発見したからである。
つまり、目立つ真似をすれば歪みが出る上に、何かを企む者に気づかれる。ならばどうするか。
その「過去」に「場所」に「いた存在」なら、歪みは最小限で済むのではないかと判断した。
そしてその現場は10年前の我が母校。そこに「私」が在籍して通っていたのは確認済みとのこと。そうだな、普通に学生してたもん。
というわけで、能力じゃなくて「私そのもの」が必要ということで、私に話が来たのである。
出来るだけ干渉を小さくするため、元々普通に学生していた14歳の私と現在の私を入れ替えた。バレないように、私の体を10年前の14歳にして。
これも誰かの謎パワーの賜物らしい。ちなみに14歳の私は馬鹿野郎なので、学校行かなくていいならいいよーと入れ替えに同意したらしい。
任務中は私の元々いた場所で大人しくするという話だが、学生なんだし勉強必要だろということで、普通に勉強させられているそうだ。当たり前だ。
なお、潜入中の私は元実家ではなく別の場所で過ごしている。
当然この時代にも私の恩人含めた組織はあるので、そこがうまいこと用意してくれたと。
任務の詳細は話せないまでも、任務に必要とあればと言われ、実家近くの拠点に住まわせてくれた。
そんなこんなで任務のために二度目の中学二年生をやることになったのである。
10年前のこととか細かく覚えてないが、本人には違いないんだから何とかなるだろの精神だ。
そして、干渉しているであろう誰か、もしくはそいつの目的を探すことになった。
成果はあまりなく、(専門じゃないしな)少々の痕跡をいくつか見つけて提出しながら過ごし、2週間が経ったころ、この異世界騒動に巻き込まれたわけである。
『超長くなったけどそんな感じ』
『途中で全然関係ない話始まったかと思ったらそんなことなくて俺は僕は私は』
『謎パワーとかリオくん若返りとか色々ツッコミたいけど、スルーした方がいいってことかな』
『まあ、詳細は私もわかってないって部分もあるから。お互い、能力を秘匿してることもあるから、こっちからも突っ込んで聞かないんだよ』
『ああ、それならしょうがない、のかな?』
『うん、知らない方がいいてこともあるから。今もそうなんだけど』
何かされても死んだ目で「へー、そうなんだー(棒読み)」って言うのがほとんどだったからな。
そういう能力者ばかり集まってる場ではあるけど、それでもとんでもねえ力がちょくちょく出るんだよ。
おかげで少々のことじゃ動じなくなってきててだな…いや、今回のは結構ぶったまげたけど。
『てか、この異世界転移が、その干渉してる奴が引き起こそうとしてたこと?』
『…わからない。でも、その可能性はあると思う。奴にとって想定内なのか想定外なのか、傍観者なのか当事者なのか、それもまだわからない』
『あー、それで「何か起きるのは想定してた。でも何が起きるかはわからなかった」って話になるわけね?』
『おっしゃる通りです』
『…本物の、っていうか、あたし達と一緒に過ごしてたリオくんは、無事ってことでいいの?』
『うん、そのはず。同じ人間が接触するのはよくないから会ってないけど、今の私から想定して、適度に勉強させて漫画やアニメ与えとけば大丈夫だろって思ってるっぽい』
『…涼の恩人さんが?』
『そう、私の恩人さんが』
『涼、大人になってもあんま変わってないんだね…』
『まあ人間、そうそう変わらんて。三つ子の魂百までって言うしな』
目の前に餌ぶら下げとけば食いつくよ私。
今はちょっと美味しい餌だと警戒するようになってる気がするけど、14の私は無警戒で食らいつくよ。
どうしようもねえな、私…
『でもさ、未来人が過去が変わらないように、もしくは変えようと逆行ってラノベでよくある設定よな』
『そうなの?』
『ん?涼、ラノベ詳しくない感じ?』
『てか存在は知ってるけど読んだことないから、どういうものかわかってないって感じ。小難しくないサラっと読める小説、だっけ?その程度の認識』
『やっばい、リオくんラノベ初心者だった。間違ってないけど誤解してる気がする』
『お、オタクを知らん一般人をオタク道に引きずり込もうとしてるような罪悪感が!』
『大丈夫、涼は元々アニメもゲームも知ってるライトオタクだから抵抗少なく理解してくれるはず!だと、信じたい!』
『ちーちゃん途中で自信なくなるのやめてもろて。…抵抗なく、じゃないあたり、業が深いよな、この道…』
『そうなの…?いや、まあ、この状況だと知ってた方がいい気がするからちょっと教えてほしいかも』
『う、うん、いいけど、後にしよっか。今は大事な話の途中だし』
『それもそうか。でも私が話せそうなこと、今のでもう出し切ったと思うなあ。話しそびれてるってのはあるかもしれないけど』
『あー、じゃあ、気になったら都度聞けばいいかな?』
『うん、仕事のこととか未来に関すること以外ならちゃんと話す』
『じゃあ一旦、リオくんへの疑問は終わりかな』
『そうだね、納得できる内容だったし』
思ったよりサラっと受け入れられて不思議な気分である。
絶対嘘だろって信じてもらえない可能性も想定してたんだけどな。
…そこまで、違って見えたのかもしれないし、今のありえない状況に身を置いてることで、常識が壊れつつあるのかもしれない。
『でももっと早く教えて欲しかったかも。スキルあることとか。そしたらもっと準備の内容変わったかもなのに』
『その件につきましては、誠に申し訳なく…!話そうとは思ってたけど機会を逃したり、別の話題に集中して頭から抜けたりしてて…お腹空いて思考力低下してたし』
『そうだった。涼は空腹だった。確かにお腹空くと考えまとまらんかったりするよな』
『頭働かせたら糖分補給しろって言うくらいだしね。そういう意味ではあたし達も糖分ちょっと足りてなかったかも』
『甘いもの、なかったもんなー…これからは糖分摂れそうだけど。ってか摂らすけど』
『狭山さんを拝んでおこう。心なしか頭スッキリした気がするのは、ちゃんと寝たからかお腹が満たされたからか、断定できんけど』
『涼の場合は両方じゃないかな』
『まあ、料理はあたし頑張るけども。まだレパートリーそこまでないから工夫しないとなー』
『普通の逃亡生活なら干し肉オンリーでもおかしくないんだから恵まれまくってるよね…』
あとは木の実とかそういうのを採取しながら、って予定してたな。
って考えると、瑞々しい果物を採取なんかの手間なく食べれるって素晴らしすぎるのでは。
『てか、頭働くようになってきたし、今後のこととか話さない?多分ってか絶対予定変更しなきゃだし』
『隠密でこっそり徒歩逃亡がキャンピングカーでかっ飛ばし逃亡になったもんな。確かに話した方がいいかも』
『申し訳ない』
『まあこういう嬉しい意味での変更は大歓迎だけど。想定以上に早く町に着けそうだし』
『今後もそうだけど、城の方も気にしないとなー。今の話で思ったのが、この異世界騒動起こした犯人、生徒の中にいる可能性あるんだよね?』
『あー、確かにその可能性はあるのか。外部犯想定してたなあ…』
『そうなると、ある程度絞られるかもね』
『え、何で!?』
『そりゃ自分で望んで異世界に飛んだなら、自分に有利になるよう準備するからでは?てことは容疑者は戦闘系スキルだった奴らかな』
『あ、なるほど!?ちーちゃんもリオくんもよく気づくな!?』
『確かに今いい思いしてるのってそいつらかー、思いつかんかった…』
『うん、あたしはそう思った。最初異世界だやったーって喜んでる奴いたし、戦闘スキルでブイブイ言わせて調子に乗ってる奴いたし、その辺じゃない?』
『ちーちゃん、よく見てるね…』
『スキルの経験値稼ぎも兼ねて隠密自分にかけて城の中歩き回ってたからなー。その時に調子こいてるとこ見た』
『ああ、情報収集してくれてたもんな』
『じゃあちょっと、振り返ってみようか。色々。案外新しい情報出てくるかも』
『そうだな』
そう言ったあたりで、冒頭に戻る。
ちなみに、両親と決別した辺りはかなり端折って説明したけど、彼女達は深く聞いてくることはなかった。
両親と縁を切ってることを匂わせて、気にならないはずがないのに。
それでも何となく口にする気になれなかったので、気遣いがありがたかった。
ただ脱出するなら、キャンピングカーさえあれば一人でもやれないことはなかった。そう思ってた。
でも今は、彼女達と一緒に逃げてきて良かったと思っている。
大人とされる年齢でも、まだ若造だ。足りないものはたくさんある。彼女達はそれを補ってくれている。スキルでも、人柄でも。
何だかんだ、私は周りの人の助力で生きていけてるんだな、と思った。
冒頭は「01.振り返り」のこと。
涼は、20歳で回収され、約1年休養に費やしたので、21歳から働いてる。