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02.資料室での企み(静視点)


ラノベのような展開に、ワクワクしなかったかと言えば嘘になる。

もっとも、今はまったくそんなことは思ってない。

あえて言うなら『クソくらえ』だ。


あたし、波川静のスキルは『被服』だった。

なんじゃそらと思ってたら、オッサンが『裁縫だと!?こんな平民用のスキルが!』って叫び出した。

裁縫?被服じゃなくて?ああ、系統ごとにまとめてるのかな?剣術と体術は『攻撃スキル』っていうように。

なら裁縫系のスキルなのか。被服じゃピンと来なかったけど、裁縫って言われたらわかりやすいし。

そっか、服系の、ほつれたの縫うとか?あー…確かに平民用とか言われるかあ。

そこまで考えたところで、オッサンに『クズスキルが!』って言われて頭真っ白になった。

…は?勝手に呼んだのそっちじゃん?何でこっちが文句言われてんの?

今ではそう思うけど、言われた直後は固まって何も言えなかった。悔しい、悔しい、悔しい。何でこんな理不尽な目に。

その後、あたしより酷い人がいた。

村雨涼。スキルなし。あたしの比じゃないくらいの罵声だった。でも涼はしれっとしてた。

いや、悔しそうな顔はしてたと思う。でも多分あれは演技だ。感情が凪いでるような、何とも思ってないような。

涼はもっと感情を出す子だ。子供っぽいとも言う。怒るなら、悔しいなら、言い返す。感情のまま。

だからあれは『それっぽく見せてるだけ』なんだと思った。

そうか、涼は気にしてないのか。でもあたしがイラっとするのは仕方ないよな。あたしの友達に何言ってくれとんねんオッサン。

裁縫ってさ、口縫い付けるとか、できるのかな…


あたし達の待遇はあからさまだった。

あいつらの望むスキルだった子は、豪華な個室に上等な食事…らしい。聞いただけだけど。

あたしを始めとした所謂『生産スキル』の子は大部屋に押し込まれた。

男子8人、女子10人。そして、涼。

男子は4人部屋を4人ずつ2部屋。女子は4人と3人と3人で別れた。あたし達は3人部屋の方で同室なのは茜と千晴だ。

ベッドなんてない。ペラペラの布団に、くたびれたバスタオル並の薄い掛布団。石造りの建物だからか、床のゴツゴツが当たって痛い。

それでも隙間風とかがない分、涼よりマシだった。というか涼の部屋(物置)がガチで酷すぎた。

本人はびっくりするくらいケロっとしてたけど。どうした涼。色々吹っ切れすぎでは?

あたし達の食事は、使用人と同じものというか、まかないのようなものだった。

日本に比べると質素だ。味もほぼ素材そのまま。果物とかの甘味は偉い人しか食べれなくて、あたし達の口には入らない。

まあそれはいいけど、どうしても日本と比べてしまって、食事が楽しくなかった。あたし以外にも同じような子はいたらしい。

ただ、茜だけは妙に真剣な顔で食べてた。好みなのかな?と思ったけど、後で聞いたら茜のスキルが『料理』だったからだった。

食材と味と僅かな調味料を読み取ろうとしてたんだとか。


結局、城に滞在したのは10日ほど。

涼は初日に見切りをつけてたみたいだけど、調べたいことがあるからとしばらく城にいたらしい。

待遇に差はあっても、自分のスキルを鍛えるための訓練室とか、調べるための資料室は使わせてくれた。

涼はこの資料室で色々調べたらしい。ほとんどの人は、スキルなしが悪あがきをしてるって馬鹿にしてたけど。

でも焦燥感とか、そういう切羽詰まった人特有の焦りっぽいのは感じなかったから、あたしは何か考えがあるんだろうなーくらいに思ってた。

自分のことに精一杯で、涼のことまで気にかけられなかったとも言う。

あたしのスキルは、確かに裁縫で何かを縫おうとした時、感じるものがあった。

こうすれば早く縫えるとか、力加減とか『何となく』何かが手助けしてくれてるなって感じの。

だって日本でこんな早さで縫おうとしたら指に針刺しまくってただろうし、ガタガタになってたはず。ゆっくりやれば別だけど。

自分でもびっくりするくらい、素早く綺麗に縫えてた。とはいってもレベル1。他の使用人さんはもっと早いし綺麗だ。

それでも、やれることが一応あるっていうのはちょっと嬉しかった。

勇者のくせにこれくらいしか出来ないのかって視線もあったけど。

ちなみに勇者召喚で召喚された人全員が勇者と呼ばれるらしい。伝説の防具とか装備出来なくても勇者なのか…ありがたみないなあ。


一気に事態が変わったのが5日目だった。

この日、勇者全員が城の外に出た。召喚されて初めてだ。

目的は、近くの森の魔物退治。攻撃系スキルを取得してた子たちの訓練のためというか実地訓練だったか、成果をみるためとかそんな建前だった。

どうやら3~4日の訓練でもレベルは上がったらしく、実戦で試したいとか命知らずなこと言った奴が多かったらしい。

何というか『当たりスキル』だった奴らは、まんまと城の連中に懐柔されたのか、自分が勇者ってことで張り切って、あたしら生産スキル組を見下しまくってるらしい。

それまでは何となく同郷ってことで仲間意識っぽいのはあったけど、その日の態度で完全に別グループ扱いにしてしまった。あたしの中で。

ええと、袂を分かった、とかいうやつ?もしかしたら洗脳っぽいのをされてるかもしれないと思ったけど、個人的にもうあいつらは無理って思った。

元より仲良くも無かったし。好感度なんて10くらいしかなかったし。(同郷意識)なのにこっちを見下しまくってくれたもんだから好感度マイナス10くらいになった。



『なあ茜、あいつらの食事に下剤とかぶち込んだりできん?』

『できないなあ。心情的にはめちゃくちゃやってやりたいけど』

『まあ茜ひとりで作るわけじゃないしな。何か起きたら料理班が真っ先に疑われるかー…』



今回は遠征時を想定した訓練ってことだった。

攻撃系は当然魔物退治。茜は野営時の料理班。あたしは、攻撃班が攻撃を受けたりして裂けたりした服を繕う係。

正直、あたしいるか?って思ったけど、長期間の遠征とかだと地味に仕事があるらしい。森の木の枝とかにひっかけて破れるとか、よくあるそうで。

他にも、荷物を軽くするスキルとか偵察できるスキルとか、移動時に便利なスキルはこういう時に経験値稼ぐんだとか。

で、もちろん何も出来ない子もいる。筆頭は涼。ほんとにただ一緒に移動してるだけだった。荷物持ちはしてたけど。

あと、千晴も何も出来なかった。千晴のスキルは『隠密』だそうで、例の如く鑑定時に『隠形か!勇者のくせに!』と文句を言われた。

これは『死霊術』と一緒で、勇者っぽくないから嫌がられたスキルだった。

レアではないけど、影ながら王族を守る影だか暗部だか、そういう人達にとってはありがたがられるスキルらしい。

要は、自分の気配を薄くしたり気配を消したり、認識阻害に似たこともできるスキルなんだとか。

レベルが上がれば、自分から離れた場所に気配をちらつかせる、みたいなことも出来るそうだ。え、凄いじゃん?確かに勇者ってのとは違うけど。

行軍してる全員に効果が及ぶならまだしも、自分のみ。なので、今回千晴は役立たず扱いされてる。

は~?立派なスキルを使えるように取り計らうのがおたくらの仕事じゃありませんの~?

いやあたし頭悪いし子供だから思いつかないけど、千晴のスキルって上手く使えばなんかすごいこと出来そうじゃない!?なのに模索すらしねえんだものこいつら!

千晴自身も色々考えたけど、気配を薄く出来ても自分に偵察能力がないもんだから、先兵みたいなことも出来ないし…って落ち込んでた。

あー、確かにそれ出来たらすげー強いよね。でも現実は無情。

さすがに近づきすぎたら気づかれるらしい。まだレベル1だからかもしれないけど。


そんなこんなで騎士とか同伴で森まで移動。数十人だけど一応馬車ありの行軍で2時間くらいで着いた。

初めて見た王都の外は、自然いっぱいの平野だった。ぽつぽつ花が咲いてたりするけど、見慣れた花じゃない。

一方方向に石畳が敷き詰められてて、王都に入ろうとしてる馬車も結構あった。多分この石畳の先に町か何かがあるんだろうな。

日本じゃ見れない光景にみんな興味深そうに辺りを見回してた。…その中で、一際真剣に周りを見てる涼が何となく印象に残った。

この時は気づかなかったけど、今思えば脱出経路とかそういうのを考えてたんだろう。この辺は平野で、隠れられそうな場所はないけど。


現地に着いた後は生産組が動き回って拠点を作っていた。騎士とか戦闘班、まったく動かねえの。指示はするけど、口出しして手は出さずみたいな。

まあ使用人の人達が教えてくれたから一応出来たけどね。でもお前らちゃんと動けよみたいな態度だったから味方ってわけじゃない。

現代人こんなことしねえよ。キャンプ好きでもない限り。初心者ってこと理解して教えてくれよ!

簡易テント張る時とか、先にそっち組み立てたらカバーつけられないでしょ何やってんの、とか言われたし。

普通知ってるでしょとか文句ぶちぶち言ってた。最初に初心者って言いましたよね?やり方知りませんから教えてくださいって頭下げたよね?秒で忘れやがった。

あたしらには文句言うけど戦闘班にはめっちゃ媚び売ってたからなー。

多分あたしこの辺りで見切りつけてたんだと思う。城の連中に対して。

向こうからすれば、勇者なのに平民が持ってるようなスキルしかない子供って感じなんだろうけど。だからってここまでないがしろにされる理由がない。

あたし達は召喚なんかされなかったらここにいなかったのに。いらないなら元の世界に帰してほしい。

あの時、二組の教室に行くんじゃなかったって何度か思った。でも、涼の扱いがひどすぎて、そんな後悔より怒りが勝ってたんだと思う。


その遠征訓練はストレスが溜まっただけの行軍だった。あ、スキル経験値?2~3人腕のあたりの布繕ったけどレベルアップはしなかったですね。

つまり溜まったのは微々たる経験値と多大なストレスでした。行く価値ねえなこれ。

あ、戦闘班はレベル上がったそうですよ。フーン。スキルレベルとは別に、個人のレベルってのもあるらしい。

まああたしは当然どっちも1でしょうけどね。レベルアップしたら、したってのがわかるんだとか。マジで?一回もレベルアップしてないから知らんて。

どうやら鑑定のスキルとか鑑定板みたいなのを使わないと、ステータスとか見れないらしい。自分のでさえ。

不便だなーと思ったのはゲームを知ってるせいか。日本じゃ見えないの当たり前だししっかりしろ自分。


次の日、つまり6日目は休養日だった。

そうね、戦闘班疲れてるだろうしね。ケッ。

疲れてないあたしらは訓練しろとか言われましたけどね。拠点作りと撤去やったのあたしらですけどね。

普段使わん筋肉使ったせいで筋肉痛ですけど何か!?

こめかみと筋肉をビキビキ言わせながら移動してたら、涼とばったり会った。いや、もしかしたらあたしを探してたのかもしれない。



『ちょうどよかった。な、資料室一緒に行こう』

『資料室?』

『そう。立派な勉強になるから長時間いてもお咎め受けない場所』

『行くわ』



「訓練しろ」は、多分いつもみたいに裁縫しまくれって意味なんだろうけど、まだレベルは上がってない。

本当なら、これくらいの量をこなせば2にはなってるはずって言われた。

真剣にやってないんじゃないかって疑われて、講師してくれてる人達とあまり顔を合わせたくないのもある。

自分では、ちゃんとやってるつもりだったのに。

ぼそぼそと資料室に向かいながら涼に愚痴った。

スキルなしの涼に言う事じゃないって気づいた時には全部話した後だった。

自分でも青ざめたのがわかって、おそるおそる涼を見ると、涼は真剣な顔してこっち見てた。

思った反応と違うなって疑問に思ったところで、涼が周りを見渡して、顔を近づけて小声で言った。



『スキルには色々あって、希少で効果が高いものほどレベルアップまでの経験値が多いらしい』

『…え?』

『あと、経験値はスキルに準じた使い方でより稼げる。剣術スキルのレベルアップに走り込みがほぼ効果がないみたいに』



涼が何を言いたいのか、わからなかった。

でも内容は納得できる。ゲームでだって、基本職と上級職じゃレベルアップに必要な経験値が違う。

基本職なら10回戦ってレベル5になれるとしても、上級職じゃ同じ経験値でレベルが2か3までしか上がらない。

効果もわかる。剣術に走り込み。魔術に筋トレ。まったく効果がないとは言わなくても、それで経験になるわけがない。

なら、私のレベルが上がってないのは、まさか。

でも私のスキルは『被服』で、裁縫して服を修繕するのは意味がないはずは…



『裁縫と被服は違うスキルだ』

『…えっ』

『被服って、裁縫スキルの上位スキルなんだって。つまり服を作ると言うか、呼び出せる』

『…へ?』

『資料室、入ろ』

『え、あ、うん』



資料室はガランとしてた。

涼はよくここにいるけど、ここの利用者はあまりいないらしい。

初めて入ったけど、学校の図書室にちょっと似てる。本棚があって、学習机みたいなものがある。

カウンターに見える場所は貸出処理する場所かな?無人だけど。

涼が言うには、資料室の本を外に持ち出さなければ割と自由にしていいらしい。本を傷つけるのはご法度だけど。

魔道具があって、資料室に登録されてる本は、カウンターで持ち出し処理をせずに持ち出すと警報が鳴るんだとか。

ただ、机で読む分には外に出てないからオッケー。なお、あたしらに持ち出し処理の許可は出てないので手続きできないクソ仕様らしい。

読めさえすれば外に持ち出す理由がないからどうでもいいって涼は笑ってたけど。そうかもしれんけど~?あたしの心が狭いのかこれ?



『人がほぼ来ないから密談できるよ』

『密…?』

『私、ここでスキルについて色々調べてたんだよ。それこそ初日から』

『え、あ、そっか…』

『気にならなかった?あのおっさん、画面に出てるのと違うスキル名言う事あったの』

『…あっ』



そうだ。あたしのスキル『被服』なのに『裁縫』って言われた。

でも似た系統だったし、あまり気にしてなかった。

けど涼は気になったらしい。そして調べて『裁縫』スキルと『被服』スキルは別物だと知ったんだと。

つまりあたしの経験値稼ぎは、適した方法じゃないため溜まりづらかった。加えてレアスキルだから必要経験値も多い。

レベルアップできなかったのは、そのせいなんだとか。まあ裁縫は同系統スキルなので溜まってはいるらしい。



『え、ええ…?じゃあ、適したレベル上げってどうやれば…?』

『被服のスキルはある種召喚に近いらしい。魔力で布や服を出す。で、裁縫とかでワンポイントとか入れたらバフがつくとか、そういうやつ』

『え、マジで…?』

『多分レベル1だからそこまで出来ないだろうけど、布の召喚くらいなら出来るかも。ハンカチサイズとか』

『召喚…召喚…』

『イメージが大切なんだと思う。たとえば…ボールにしまわれてるモンスターを出すとかテレビからおばけ出てくるとか、とにかく違う場所から出てくるっていう』

『…涼のイメージひどくない?』

『うっ…えーと、あとは、自販機から出るとか?ネットショップで購入したら商品発送されてきましたーとか…』

『ああ、それならちょっとわか………えっ?』

『どした?』



ネットショップ、と考えた瞬間目の前にパネルみたいなのが出現した。

涼は何が起きたかわかってないらしい。まさか、見えてない?

ひとまずパネルを眺めると、顔より大きな四角いパネルの中に小さい四角がいくつも並んでた。

四角は白いけど、これは…ハンカチとタオルと、貫頭衣と…恐らく、召喚できるであろう品が並んでた。



『…っ、涼、これ…』

『どうし…ぅわ、何このパネル…って、これ』

『…あたし、これ、出せるってこと…?』

『ブラックアウトしてるの多いな。ああ、多分魔力量が足りなくて出せないのか』

『あ、そっか、あたしまだレベル1…』

『出せるのは単純な構造のだけだな。ハンカチとタオルとバスタオルサイズは…無理か』

『とりあえず、ハンカチ出してみる。多分一番消耗少ないのこれだし』

『うん、わかった』

『えいっ』



実際必要かはわからないけど、タッチパネルだと想定してハンカチの画像を示す四角をポチる。

途端、自分の中から何かがごっそり抜けたような脱力感、そして手元に真っ白なハンカチが。



『…出た』

『おお、ハンカチ』

『すごい何かが抜けた感じがするんやけどー』

『多分それが魔力とかマナとかそういうやつだ』

『そっか。あ…タオルがグレーアウトしてる』

『残りの魔力じゃ召喚できないってことじゃね?』

『うん…あれ?』

『どした?』

『ハンカチの下の棒っぽいのが変わってる?』

『どれー?』



そういえば、涼が見れたら説明楽なのにーって思ったせいか、涼も見れるようになったっぽい。

もしかしたら見せたくない人には見せずに見せたい人だけに見せるってのもできるのかも。

涼に説明するために、ハンカチの下を指す。さっきこれ青と黒が半々だった。左が青、右が黒で。

今はほとんど黒で、左の端っこだけが青い。何だこれ。



『消費魔力量じゃない?』

『え?』

『一回召喚したから、覚えたのか不明だけど、省エネ省コストで同じのを出せるようになった、とか』

『あ、ありそう。じゃあこの青が消費魔力?えー、ほとんど使わなくなるじゃん』

『ハンカチみたいな小さいの1~2回出しただけで魔力尽きたらクソスキルじゃね?』

『あー、ま、まあレベルアップしたら消費量減るかもだし』

『あと出せるものが増えるかも。貫頭衣だけじゃなくて甚平とか浴衣とかTシャツとか』

『なるほど。でも出せるのハンカチしかないから、試しにもう一枚ハンカチ出すわ』

『うん』



本当に消費魔力量が減ってるかどうかの確認。

同じようにポチると、手元にハンカチ。何かが抜ける感じはしたけど、さっきよりほんのちょびっとだ。

これは予想が当たってた、と涼に報告しようとして。



《スキルがレベルアップしました》

《被服スキルレベルが2になりました》

《召喚マナ消費量が減少します》

《召喚内容が増えました》



『………えっ』

『ど、どした…?』

『れ、レベルアップ、した…?』

『は?マジか』



聞こえた内容を涼に伝えた。もしかしたらが現実になった。魔力消費量が減って商品が追加。

パネルを見ると、四角が増えてた。あ、Tシャツある。ただグレーアウトしてるので出せない。

ハンカチ2枚出してるからなあ。これは明日にならないと試せないか。

…でも。



『レベルアップ、できた…』

『よかったな』



レベル1のまま馬鹿にされてた。それが払拭された。嬉しすぎて叫び出したい、踊り出したい。

どうしよう、どうしよう、どうしよう。



『じゃあ、次の話していい?』

『…えっ?』

『ねえ、私と一緒にここから逃げ出さない?』

『…えっ』



目の前が開けたような心地を一瞬で落とされた。

いや、違う。現実を直視させられただけ。あたしのレベルが上がったところで、あたしのスキルは既に役立たず扱いされている。

その役立たずスキルのレベルが上がったから何だと言われるのがオチだ。喜びすぎて、そんな事実さえ頭から抜けていた。

そんな夢のような悪夢のような起こりえない「あたしも必要とされるかもしれない」期待なんて投げ捨てろ。

そんな幻想より、涼の言葉と提案の方が余程現実的で、意味がある。



『本当は凄いスキルだったのに気づかず冷遇してたんだ。使えるってわかったら手のひら返しするかもしれないけど』

『絶っ対ごめんやわ』

『うん、だから、今のまま、役立たずのままって思いこませといて、私達に価値は欠片もないって思わせたまま…去らない?』

『思わせたまま…?』

『万が一、億が一、惜しいって思わせないように。いっそいなくなってくれてスッキリって思われるように。そしたら絶対追手とか来ないから逃げおおせるよ』

『…それ、は…』



誘惑。甘美な誘惑だ。

出来れば最高。でも現実問題として、ここから逃げ出せるのか。逃げた先、生きていけるのか。

そこを迷ってしまう。ここから離れたいという意見には大賛成だけど。



『もちろん二人じゃ無理だ。だから、味方を増やそう』

『あ、ああ、うん、そっか。誰を、何人で逃げるか…』

『人数は四人。私と波川さんと狭山さんと林さん』

『…え?』



四人?しかもそれじゃ戦える人がいない。

人数が多すぎたらどうしても移動は遅くなるから少数精鋭なのはわかる。でも何故その四人なのか。

幸い、涼以外は同室だから誘いやすい…あ、なるほど、それでか。

でもあたしもだけど二人のスキルもそこまで有用とは…



『戦闘スキルのメンツは取り込むのは無理だ。今の立場に満足してるから』

『…あ…確かに…』

『だから、逃げるならここから逃げたいと思ってる、今冷遇されてるメンツ』

『うん…』

『その中でも最低、私以外の三人がいれば当面は何とかなる。一人二人の追加はありだけど、あんま多いのも無理』

『うん、…ん?当面は何とかなる?あたしらで?』

『そう。気づいてないだけで、あと二人のスキルも超強力だから』

『…あたしみたいに、今はスキルをちゃんと使いこなせてないだけ、ってこと?』

『大体そんな感じ。さて再度聞くけど』



『私と逃げる気、ある?』



あたしの認識よりずっと大人っぽい声で、顔で。

破滅が待ってるかもしれない誘いなのに、あたしは頷いてた。



波川家のパパが関西出身なのでその影響でたまに訛る。

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