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15.蜘蛛の話


帰る気満々だったのに、ウチの優等生が受付嬢に質問を始めた。

時間的に込み合う時間ではなかったものの、長くなりそうとのことだったので、司書を紹介された。

資料室を管理してる30代ほどの男性だ。前に利用した時に軽く挨拶くらいはしたけど、あまり目の届かない場所で本を読んでたから話すのは初めてかもしれない。

何で司書の目を逃れるようなことをしたのかって?字が読めることを知られないようにだよ。

適度に絵で覚える本のコーナーに行きつつ、普通に文字で説明されてる本も読んでたからな。

一回か二回の利用なら別にいいだろ世の中一期一会!とか思ってたから…うん…

その司書さんに資料室に案内され、何冊かの本を目の前に置かれた。デフォルメされた狼のような横顔が表紙だ。これは魔物を表してるんだったか。

つまり魔物の本なんだろう。



「知りたいのは、蜘蛛型の魔物についてでしたね」

「そうです。門番さんからも少し聞いたんですが、蜘蛛型は二種類あるんですか?」

「はい、大別して二種類。毒の無いスパイダー系と、有毒のタランチュラ系です」

「その言い方だと例外がありそうですけど」

「気づきましたか。ええ、あるそうです。ただ、情報が少ないのと噂でしかないので、実在してるかは不明なのですよ。未確定情報なのです」

「あ、なるほど」

「恐らく毒持ちなので、タランチュラ系の進化系…とは思うのですが、上半身が人だったとか、真偽が定かではない情報が多く」

「…怖いですね。人の言葉を話すんでしょうか…?」

「不明です。鑑定をかけたところ、スパイダーともタランチュラとも表示されなかったと。しかし見た目は蜘蛛型なので、近い魔物であると」

「なるほど。わかりました。では、その例外はいいです。スパイダー系とタランチュラ系の違いについて詳しく教えてください」

「わかりました」



ハルと司書さんが話を始めた。僕達?完全に傍観者ですよ。いらんこと言わないように大人しくしてます。

ゲームからのうろ覚えな情報だと、人の上半身って言ったらアラクネとか絡新婦とかな気がするな。

あと日本的な妖怪を加えると土蜘蛛とか有名だけど、こっちの世界には多分いないんだろう。名前がスパイダーかタランチュラで名付けられてるっぽいし。

いるとしたら、アーススパイダーかアースタランチュラ…?

まあ、魔物がいる場所に積極的に行くつもりないけど。

門番のおっさんが話した通り、スパイダー系には糸を人間に分けてくれる個体がいるらしい。

蜘蛛の糸の納品が依頼に出ることもあるので、そういう個体に会えると依頼が楽にこなせるため、ありがたがられているんだとか。



「何でそんなことをするんですかね?スパイダー側に何か得でもあるんでしょうか?人が喜ぶのが好きとか?」

「どちらかと言えば、魔物的な考え方が強いと思いますね。人間のためとかは考えず、ただ欲求に素直なのだと思います」

「魔物的な…?」

「自分の力を誇示したいのですよ。恐らくですけどね」

「え?」

「嫌な例えですが、力の強い魔物は狩った獲物を自慢します。獲物の一部を目立つ場所に配置してナワバリを示したり、獲物の一部を身に着けたり」

「ええ、と…?」

「頭蓋骨で首輪作ったり飾ったり盃にしたりとか、そういうやつじゃないか?あと毛皮纏うとか」

「あっそういうやつですか」

「…遠回しに言わなくてよかったでしょうかね。女の子ですし、まだ若いので怖がるのではと思って避けたのですが」

「あっ」

「リオくん、司書さんの心遣い無駄にしない」

「ごめんなさい」



いや、漫画とかでそういうのあったから…まあ盃は某魔王の逸話の話ですけどね。実際にやったかはともかく。

多分ハルも同じように漫画やアニメで見たことがある程度の知識だろう。現実でそんなの見たら確かにドン引きだけど、漫画やアニメの表現なら少しマイルドだからな。

見ても「クソみたいな趣味趣向だなあ」くらいの感想で終わるし。



「いえ、でも、要はそういう意味です。自分の能力を示す方法が、スパイダー系の一部は自身の糸なのですよ」

「へえー」

「自分はこれだけ美しい糸を出せるんだ、これだけ丈夫な糸を出せるんだ、どうだすごいだろう、と」

「ああ、なるほどそういう」

「このすごい糸を見て褒め称えろ、持ってないのは哀れだからくれてやる、大なり小なりこういう気持ちがあるのだと思いますね」

「そう言われると、確かに欲求のまま…かも」

「施してやったものを喜ばれたら気分もいいでしょうしね。喜ぶなら少しわけるくらいやってやろう、くらいの感覚ではないでしょうか」

「何なら人間、代わりに餌置いてくかもしれないしな。木の実とか」

「やりそう」

「ああ、そういう面もあるかもしれませんね。実のところどう思ってるかは定かではありませんが、攻撃的な理由で糸を分けてることはないと思います」

「ということは、お互いにいい取引き相手、くらいに思ってるかもしれませんね」

「そうですね。まあそれでも魔物。必要とあらば人を襲う存在です。適切な距離を崩すのは危険ですよ」



きっと同じような注意をしてるのだろう。真剣な顔で言われたので、全員で頷いた。

もしかしたら、大したことないと侮って蜘蛛の餌食になった人がいるのかもしれない。



「ちなみに、そういうことやりそうなスパイダー系って多いんですか?」

「多くはありませんが、シルスパイダーとベルスパイダーはそういう個体が多めのようですね。と言っても全体の5分の1いれば多い方ですが」

「シル…ベル…?」

「高級品の布地のような糸を出すのですよ。あれは芸術の域ですね。その糸を加工して作られた布地は貴族でさえ欲しがるものだそうで」

「へえ!」

「この二種は美しい糸を出せる個体ほど魔力が多く、強いそうで、群れの長であることも多いですね。空腹時でなければ人間は襲わず糸を分けてくれる可能性が高いそうです」

「えー、ちょっと、ちょっと気になるんだけど…!どんな綺麗な糸なんだろ」

「ナズ落ち着いて」

「ラテが嫉妬してそう。ナズのことじっと見てるから構ってやって」

「えっごめんラテ!見たこともないスパイダーの糸よりラテの糸の方がいいよ!」



ナズが慌ててラテを撫でくり回していた。

足がわさわさして、あ、機嫌良さそう?なら大丈夫か。

ナズが構ってくれたことと、自分の糸の方が良いと言われたことでご機嫌になったらしい。



「…そのレスパイダー、いずれシルスパイダーかベルスパイダーに進化するかもしれませんね。気質がこの二種に似てるかもしれません」

「糸あげるの好きそうって意味ですか?」

「ええ、厚意なのか力の誇示なのか施しなのかはわかりませんが、人間に自分の糸を渡すという行為に嫌悪感がないようですから」

「そういうものなんですね」

「糸の形をしてますが、蜘蛛型の魔物にとって、糸は自分の魔力であり武器でも防具でもあるわけですから」

「ああ、そう考えると確かに敵対しかねない相手に渡すのは抵抗がありますね」

「そうなのです。なので、珍しい気質ではあるのですよ。まあ似たような気質を持つ魔物は稀にいますけどね」

「ほほう?」

「ハル、そういうの聞くと長くなるから、とりあえずタランチュラ系のことも聞かないか?門番さんにスパイダー系と一緒だと思うなって言われたし、違いを知っておこう」

「あ、そうでした。ごめんなさい、つい色々聞きたくなってしまって」

「いいえ、私としては熱心に聞いてくれるのは嬉しいですよ。説明してももういいって途中で切り上げる冒険者が多くて多くて」

「あー」



長い説明に耐えきれないんだろうな。

というか、さほど長くなくても長く感じるんだろう。自分の苦手分野だと特に。

冒険者にとっては、魔物の情報や生態の勉強は僕らで言う所の校長先生の長話みたいなものなんだろうな。

タランチュラ系は、門番が言ってた通り、毒を持つ蜘蛛の総称でスパイダー系より遥かに攻撃的な気質とのことだった。

種によって毒の種類は違うものの、くらえば即解毒しないと命に関わることも少なくない。

スパイダー系は一部人間に友好的な態度を取ったりするが、タランチュラ系にそういう話は一度も出たことがないらしい。

一度も…?でも、ラテは確かにタランチュラ系だ。毒も持ってるし。突然変異か…進化前がスパイダー系だったとか…?

スパイダー系がタランチュラ系に進化か変異することはあるのか、もしくはその逆は。その問いの答えは恐らくないと思う、だった。

と言うのも、魔物なんて同じ種なら見分けがつかないので、進化なんてしたら同じ個体かどうか確かめる術はないからだそうだ。言われてみれば当然か。

そして、スパイダー系をテイムしてる人は大体が糸を必要としてる職種、つまり服職人などなので、進化するほど従魔に戦闘経験を積ませる機会がない。

いくつか進化したという話はあるものの、全部スパイダー系の上位種への進化だ。


なので、厳密に言えばスパイダー系からタランチュラ系への進化は現時点で観測できてない。可能性はあるが実例はないということだった。

なお、タランチュラ系からスパイダー系への進化はほぼ可能性がないらしい。要は、毒無しが毒スキルを獲得することは出来ても、一度得たスキルを消すことはできないからだ。

スパイダー系は毒のない蜘蛛系モンスター。なので、一度毒を持てば、毒の無い種になることは出来ないだろうと。

スパイダーからタランチュラは可能性があっても、逆は可能性がない。司書さんはそう思ってるそうだ。理由と理屈に納得した。



「防具に利用できたりもするから、スパイダー系の魔物は滅多に討伐依頼が出ないんですよ」

「え、一応魔物なのにですか?」

「魔物は他の種の魔物を襲って食べることは結構ありますが、蜘蛛系はそれに加えて共食いもするんですよね」

「えっ」

「増えすぎたら共食いをして、数を減らすんですよ。そして一定の数を保つんです。種が生きていける数というか」

「え、う、うん…?」

「食物連鎖的なことかな?」

「そうです。生存戦争とも言うべきでしょうか」

「ああ、食べるものが減れば共食いして数を減らし、食べるものが増えれば同種も増えるということですね。飢えより同種を喰らうことを選ぶんですね」

「そうです。案外魔物は同種を仲間と認識して、敵対行動をとることはあまりないんですよ。共食いなんて滅多にありません。ただ蜘蛛は違います」

「蜘蛛以外にもいそぉ…」

「いますよ。ただ、繁殖力が強く共食いをする種となると蜘蛛が一番有名なので。次点でネズミですね」

「ラテ、お腹いっぱい食べさせてあげるからね…!」

「そ、そうですね。割と何でも食べますので好き嫌いがないという意味では楽かもしれません。解体時に捨てる臓物なんかも食べますから便利ですよ」

「臓物、食べないんですか?えっと、人間は」

「え、食べませんよ。食べるものがない人は食べますが、食あたりして危険なので、避けられてます」

「ははあ、なるほど」

「アキ兄、悪いこと考えてるぅ。いいよ、あたしホルモン好き」

「超話したいけどその話後にしようか。今蜘蛛の話だし」

「うぃ」



めちゃくちゃ信じられないって顔でこっち見てるな司書さん。

すまん、日本人、普通にモツとか食うから…レバーはちょっと苦手だけど、モツ鍋とか大好きだしホルモンも好きだ。

案外、解体後の臓物って安く手に入れられるかもな。多分アキ兄さんはそう考えてる。自分で狩れ?レベル1に無茶言うな。

まあ、そんな話をここでするわけにはいかないので後に回す。


気分が悪くなるだろうけど、と話してくれた内容は結構壮絶だった。

この世界の魔物にもゴブリンやオークはいるが、ラノベあるあるで繁殖力がすさまじい種らしい。ちなみにこの知識は三人から聞いた。

それまでゴブリンなんてロクに知らなかったし、オークは某有名RPGに出てたブタだかイノシシが槍持ってるモンスターしか知らない。

なので、ラノベによくある設定を聞いてドン引きした。お前らラノベじゃなくてエロゲに出演しろよ出る場所間違ってるぞと思ったくらいだ。

後に、結構エロゲに出てるらしいと知って日本人の業の深さを見た。その世界知りたくなかったなー!


ともあれ、この世界のゴブリンとオークも、そのドン引き設定らしい。特に女は気をつけろと。僕ら全員女なんだが???

油断してるとこのドン引きモンスターはすぐ数が増えるらしい。そしてそれをある程度間引きしているのが蜘蛛系の魔物だという。

特にゴブリンは小柄なので、すぐ蜘蛛の巣に引っかかる。そして餌としていただかれる。

加えてゴブリンは頭も悪いので、仲間が消えた怪しい場所に無警戒でまた行くらしい。そしてまたいただかれ(略)

自業自得としか言いようがないが、こうしてゴブリンは蜘蛛に間引かれているのだと。オークもそこそこ。

というか、数が増えたらそれだけ行動範囲が広がり、巣を作るための巣材を探しに色々歩き回る。そして蜘蛛の巣にかかり(略)

そんなことが結構起きているそうだ。こいつらは数が増えると力の強い個体が上位種に進化し、更に増え、と無限湧きに近いことが起きる。

そうなると、人間の力だけで太刀打ちするのが難しい。それこそ高ランク冒険者を呼ばなければならないくらいだ。

放置するとスタンピードにもなりかねないので、本気で頭の痛い問題らしい。


これをある程度間引いて上位種が生まれる規模にせず、もしくはその速度を遅らせているのが蜘蛛系の魔物だと。


そう判断された理由は、とある地域の蜘蛛系モンスターを全滅かそれに近い状態まで壊滅させたことがあるそうだ。

これはタランチュラ系で、人にもかなりの被害があったため討伐隊が組まれた。当然の流れである。

討伐は無事成功し、付近の町は大喜びだった。ただ、その平和は1ヶ月程で崩れる。オークが異常繁殖したことによって。

タランチュラがナワバリにしていた場所はオークの巣に取り込まれ、森の広範囲がオークの巣となった。

そこからはお察しというやつだ。付近の町の人間は蹂躙された。男女関係なく。意味は違えど。

今までその地域でオークの異常繁殖は起きていなかった。オーク系の魔物はいたが、間引きが間に合っていたからだ。

オークの肉は美味なので冒険者も頻繁に狩っていた。だから、今まで異常繁殖なんて起きてなかった、はずだった。

結局、白金級冒険者に依頼するはめになり、大量のキングやジェネラルを討伐した結果、オークの異常繁殖は沈静化した。


何故、きちんと間引きがされていたはずのオークが異常繁殖したのか。しばらく経って調べ始め、わかったこと。

それが、蜘蛛系の魔物がオークの間引きをしていた可能性が高いというものだった。

今までは蜘蛛と人間の間引きでバランスが保たれていた。しかし、蜘蛛の魔物が全滅もしくは急激に数を減らしたことでバランスが崩れた。

残っていたかもしれない蜘蛛も、オークに殺されたものと判断されている。タランチュラ系は高い戦闘力を持つが、一番の脅威は数での攻撃だ。

というより、繁殖力が高い魔物は全部数での攻撃が一番の脅威である。ゴブリンしかりオークしかり蜘蛛しかり。

一体一体ならタランチュラの方が強いかもしれない。だが、数で負けてはオークに勝てない。人間によって数を減らされた蜘蛛は、オークに負けた。

それが、オークの異常繁殖に結びついたのではないかと。

ここだけではなく、似たような事例が数件あったらしい。オークやゴブリンが異常繁殖する前に蜘蛛の掃討があったと。

蜘蛛の掃討以外に、変化したことはなかった。ならこれが原因で間違いない。そう判断され、死活問題になるのでギルドでこの件は共有された。

そのため、余程でない限り、蜘蛛の魔物は無駄に討伐するなと周知されたらしい。もちろん人間に害を与えた個体の討伐は推奨だ。

なお、ネズミの魔物でも同じことがあって、こっちも害がないなら放置しろと注意喚起されてるらしい。


数の暴力、やばい。



「というか、少し前にもスパイダー系の魔物を大量に処分しようとした馬鹿がいたみたいでして、付近は大慌てらしいです」

「げっ、どこの誰だよ!?」

「最悪の事態にはなってないと思いたいですが、どうでしょうね。町にも被害はあったけど、今の所は軽微ですし」

「ええ…?」

「その町、織物が有名な町で、近くの森にシルスパイダーが生息してたんですよ」

「あ、糸渡してくれる系の蜘蛛ですね」

「そうですそうです。そこのシルスパイダーは人間が糸を求めて自分達を訪ねてくるのを理解してたみたいで、いい取引をしてたようでして」

「え、なのに処分…?どうしてですか?」

「いや、町の人はシルスパイダーと仲良くすべきって主張で、よくお礼に果物とか渡してたようです。今回馬鹿やったのは別の勢力でした」

「うわ、嫌な予感…」



その予感は当たった。

シルスパイダーと共存を目指した町の人とは違い、馬鹿やった奴は、シルスパイダーを捕獲して利用しようとした。

そして自分達で確保した分以外は全滅させようとしたらしい。理由はシルスパイダーの出す糸が目当てだから。

それだけではなく、町の人にはこれまで通り糸を得られないようにし、仕事を出来ない状態にしようとしたそうだ。

その馬鹿は織物の町から数日ほど離れた町の領主の息子で、自分の町を織物で有名にしようと思ったと。そして織物の町の織物の質を下げようとした。

それが、上質な糸を出すシルスパイダーの捕獲。そして町の人がシルスパイダーの糸を入手できないようにすること。


馬鹿の所業としか言いようがない。ああ、だから馬鹿って司書さんも言ったのか。

織物の町に滞在して、その馬鹿作戦を決行した。ある意味成功してしまい、十数匹のシルスパイダーは捕らわれ、残りは森で殺され巣を焼かれ…

ここまでは馬鹿の思い通り。だが、それを知った町の人がキレないわけがない。

馬鹿が滞在していた屋敷に突撃し、捕獲されていたシルスパイダーは全て救出、回収した。

その後、救出したシルスパイダーを森に放そうとしたが、かつてのナワバリだった場所は死体と死骸と焼かれた木々だらけだった。

大量の死体は恐らくシルスパイダーの捕縛と殲滅をしようと馬鹿に雇われたゴロツキ。その場にいるのは全て死体で、人も蜘蛛も生きてるものはいなかった。

糸で絡めとられ、食いちぎられ、死因は様々だが、全て蜘蛛の魔物の仕業に思えたので、一方的にやられたのではなく、蜘蛛も当然交戦したらしい。

ここにいたシルスパイダーの長のような個体はかなり魔力が高かったらしいので、その個体が抵抗をしたのだと思われる。

残念なことに、救出した中に長はおらず、焼けた木に紛れて死骸となっていたので、シルスパイダーは新たな長を定めなければならないらしい。

その辺りは魔物の社会なので、人間は何も出来ることがない。


町の人間と、冒険者もかなりの数が協力し、死体も死骸も埋められ、水魔法で血を流されてある程度は整えられた。

それでも暮らしていける環境ではなかったので、今までのナワバリから少し離れた場所にシルスパイダーを放したそうだ。

繁殖力は高いので、十数匹いるならまた増えるだろう。その時、以前のように糸を分けてくれるかはわからないが。

今までの関係は、以前の長の気質もあったのだろう。前の長は人間に好意的な個体だったから。次に長となるシルスパイダーはどうだろうか。

これを恨んで、人間を害するようになるかもしれない。前の共存を覚えててくれて、時間はかかっても糸を分けてくれるようになるかもしれない。

わからないが、これ以上出来ることはないので、そのまま町に引き返した。

実行犯はあの状態ではほぼ壊滅だろうし、逃げた者がいるかもしれないが、元はゴロツキだ。単独もしくは少人数で魔物のいる森を抜けられたかは怪しい。

馬鹿をやった領主の息子は勘当され、織物の町に引き渡された。親はまともな価値観を持っていたらしく、シルスパイダーに手を出したことに激怒していたそうだ。

息子には教育をして、色々教えたが、元が馬鹿なせいか身に着かず悪知恵ばかり働かせ、迷惑なことに行動力だけはある問題児に育った。

更生しようとしたが、まったく考えを改めず、近々騎士団にでもぶち込み、まず上下関係や礼儀を学ばせようと考えていた矢先のことだったらしい。

愛想が尽き、もう平民だからどうにでもしてくれと言って、領主は町に慰謝料として多額の金を払って息子の処遇も任せた。

馬鹿の末路はお察しでと濁されたが、まあ、うん…



「だから今は経過観察ですね。冒険者が頻繁に森に入ってオーク討伐して、織物の町は連日肉パーティらしいです」

「まあ討伐したら食べないと食材に失礼だからな」

「オークを食材扱いせんでもろて…」



アキ兄さん…そんな真剣に頷かんでも…

でもこの世界の人にとって、オークの肉は頻繁に食べられているものらしい。

ということは美味しいんだろう。いつか食べてみたい。



「つまり今はシルスパイダーがやってくれていたであろう間引きを冒険者が請け負ってるってことですね。馬鹿のせいで…」

「ここは、元通りとまでは行かなくても、悲しい結果にはならないでほしいな。シルスパイダーも、攫ったのと助けてくれた人間はまったく別ってわかってくれるといいけど」

「蜘蛛系の魔物は知能高めですから、わかってるかもしれません。ただ、住処を焼かれ、家族を仲間を殺された恨みがどれだけのものか、それはわかりません」

「理性が勝つか、感情が勝つか。糸の代わりに餌を提供してくれてた事実を、どれだけ重要視するか、ですね」

「その通りです。この町以外にも似たことは何件かありますが。一番最近の出来事がこれで、そのひとつ前が1年前ですね」

「ひえ、こんなこと何件もあるんだ…」



学べよ。…と言いたいけど、人間側にも事情があったりするんだろう。

先に蜘蛛が人間を襲っていたりだとか。そうすると人間側も対抗するしかないからな…



「ああ、長くなってしまいましたね。とりあえず、絶対覚えてほしいのは蜘蛛の魔物は敵対しない限り放置すること、ですね」

「わかりました!」

「絶対守るよ!」

「今の聞いて蜘蛛狩ろうぜって思う奴、相当の馬鹿では?俺は訝しんだ」

「その相当の馬鹿がいたからああなったって話じゃないの…?」

「え、馬鹿は馬鹿だから蜘蛛の重要性わかってなかったと思うぞ。わかって行動してても馬鹿だけど」

「つまり、どっちみち馬鹿ってことだなリオくん?」

「ま、まあ、この町の近くに生息してるのはレスパイダーだけですが、もちろんゴブリンを間引きしてくれてるはずなので手出ししないでくださいね」

「あー、ゴブリンがいるのか、この辺り。肉…じゃなくてオークは?」

「に…!?…オークはこの辺りには生息してませんね。大体、ゴブリンがいたらオークはいません。オークがいたらゴブリンはいませんね」

「多分似た生態だから、近くにいたらぶつかって勝った方が住み着いてるんだろうな。想像だけど」

「ええー?ゴブリンがオークに勝つとかある?リオ兄、ゴブリンて結構弱いやつだよ?」

「小柄な体で翻弄して攻撃したり、崖に落として殺したりとか地形戦で勝つことはあるんじゃないかな?って思って」

「あー正面から戦うわけじゃないってことか。それだとわかるかもなー」

「言われてみればそうかもしれませんね。実際どうやって勝ってるのかは、我々にもわかりませんけど」

「ですよね」



色々説明してもらいつつ、本の挿絵とかも交えて教えてもらえたからわかりやすかった。

馬鹿はどこにでもいるんだな、さすがラージフール。国全体が馬鹿じゃないのはわかったけど、やっぱりド級の馬鹿がちょくちょく出現する国なのかも。

あと、ちょっと魔物のイメージが変わったかもしれない。全部人間の敵って思ってたけど、そうでもないらしい。これがゲーム脳か。

司書さんにはお礼を言って、資料室を出た。そのままギルドも出て、ラテにキャンピングカーを紹介するために人気のない場所を探し始める。

毎回同じ場所だと、通りがかりの人に覚えられるかもしれないので、ちょっと別の場所を探すようにしていた。探検にもなって面白いし。


ラテがやけに静かだと思ったのは、気のせいか。特に織物の町のあたりで。

糸をナズに渡すのが好きらしいラテだ。同じ気質を持ったシルスパイダーの話は喜ぶんじゃないかと思ったけどそれもなかった。

結果が良くないものだったから、というわけでもない。ただ、じっと聞いていただけだ。ナズと一緒に、真剣に。

もしかして、さっき聞いたシルスパイダーの事件、あれにラテが絡んでいる可能性が、いや、あってもなくてもどっちでもいい。

今のこの子はナズの従魔。それだけわかっていればいい。



シルスパイダー:シルクスパイダー

ベルスパイダー:ベルベットスパイダー

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