13.採取依頼
昨日は冒険者として初仕事、薬草採取に向かった。採取依頼なので森の浅い場所しか入らずに達成できる。
ついでにってことで魔力草と毒草、麻痺草も頼まれた。依頼主からせっつかれてるのと、自生場所が近いかららしい。
ギルドの受付の人に超感謝されたので、冒険者はもっと採取依頼もすべきだと思う。
言われた通り10本ずつの納品だったけど、薬草12本も採取してしまったのでついでに渡した。量がある方がありがたいってことで、追加料金もらえた。
自分達用にとっとく?とも言われたけど、調合とかのスキルなんて持ってないし、やり方も知らないし持ってても意味ないから全部提出したのだ。
まあ途中で見つけた香草は全部自分達のものにしましたけどね。その場でアキ兄さんが齧って自分のアイテムボックスに入れてた。
名前と味を確認しないと入れられないらしい。まあ一回入れられたらその種類はもう食べなくてもいいらしいけど。
最初にメント草ってのを見つけて鑑定したら、そこから大騒ぎになった。主にアキ兄さんが。
鑑定結果に香草の一種って出ちゃったもんだから、「ハーブだー!」って叫んだんだよな。隠密の意味とは。
まあそれからは依頼の草以外にも鑑定しまくれって指令が出て鑑定しまくりましたとも。ちなみにメント草はミントっぽい味だったらしい。
当然アイテムボックスに入れられなくて、その場でアキ兄さんが齧った時は血の気が引いた。採取したばっかの草を食うな!せめて洗え!
それで味を確認してミントの異世界版と納得したのが条件を満たしたことになったのか、アイテムボックスに入れることができたらしい。
ちなみに表示名は「メント草(虫食い有)」。虫て。まあ、齧られたものは多分全部こう表示されるんだろう。
その後は誰が採取してもメント草はアキ兄さんのアイテムボックスに入った。
なので一回、アキ兄さんが『採取』して『名前を知って』『味を知る』、これを満たせばアイテムボックスに入るようになるらしい。
名前を知るのは僕の鑑定眼鏡で問題ないそうだ。そんな感じでいくつか香草を入手したのである。
平和に終わった…のだろうか。まあ怪我もなく終わったし依頼は成功だから平和だろう。多分。
採取の結果を見て受付の人に感動され、明日は「睡眠草の採取とかお願いできない…?」と聞かれたくらいか。
どうやら採取依頼は人気がなさすぎて受注されない上、適当な採取をしてくる冒険者が多いらしい。
僕達は昨日資料室で草の種類と採取方法を勉強してから臨んだので、合格ラインに達していたのだろう。
ちなみに睡眠草は薬草などとは違って水辺の近くや日の当たりにくい場所に生えてるらしく、昨日は頼まなかったとのことだった。
まあ別に断る理由もないので、ということで今日の依頼は睡眠草の採取になった。採取方法もちゃんと調べてるので問題ないはず。
「しかし、ちょっと調べるか受付の人に聞けば採取方法なんてすぐわかるだろうにな」
「ねー?仕事失敗しかねないのに何で調べないんだろ?」
「字は読めないし、本を読む行為自体が面倒くさいし、人に聞くことさえ苦痛なんだろ」
「そんなことあります?そこまで拒絶しなくても…」
「って言うより、学ぶことに耐性がないんだよ。僕達みたいな学生経験者と違って。習うより慣れろが染みついてるっていうか」
「あっそういう意味?」
「つまり小1以下か。机に座ってることさえ嫌がるあの状態のまま大人になったと」
「…学校って、思ったより大事なんですねえ…」
ちなみに資料室には絵本というか、絵だけで採取方法を説明してるものもある。
なので、字を読めない冒険者でも理解することは出来るはずなのだ。やりたがらないだけで。
あと魔物関係は図鑑のように絵でほぼ表現されている。もちろん細かい部分は文字でしかわからないが、さすがにこれは命に関わるのでちゃんと受付の人に特徴を聞くらしい。
採取依頼もそのくらいの真剣さを持って勉強できないものか。できないのか。
学ぶということに抵抗がない日本人はかなり珍しく写るかもしれない。一応昨日は絵だけで覚えたと誤魔化したが。
「お、昨日のボウズ達じゃないか。依頼か?」
「ああ、森に採取依頼に行くんだ!」
「いいね、また薬草かい?ポーションの材料になるからありがたいんだよ。オッサン達にもポーション支給があるから」
「そっか、門番も怪我とかしかねない危険な仕事なのか」
「はは、まあな」
「でもごめんな、今日は睡眠草の採取だから薬草じゃないんだよ」
「そりゃまた珍しいな。いや、採取依頼が受注されないから残ってるのか。医者が欲しがるやつだろそれ」
「らしいな。依頼者が医者だって受付の人は言ってた」
「頑張んな。川に沿って探すといいぜ。湖もあるが…ありゃちょっと奥に行かねえとだからな」
「うわ、それは無理だ。川付近探すよ!」
「ああ、そうしな。よし、手続き完了だ。四人とも行ってこい」
「ありがとなー」
「どうもー」
「はーい」
「行ってきます」
雑談してんのに手元は動いて記録してんだから、この門番さん有能なんだろうな。
多分名前とか町を出る時間を記録してるんだと思う。有事の際は何かに使うんだろう。
冒険者が戻ってこない時、足跡を辿るためとか。使われない方がいいけど、記録があったことで助かることも多いんだろうな。
「そういえば小さい川がいくつか流れてるんだっけ、あの森」
「いくつかは湖と繋がってるらしいけどね」
「でも今の私達が踏み入れられる場所じゃないです。門番さんの言う通り、川付近を探しましょう。あと岩場」
「睡眠草30本かー」
「多分麻酔か何かに使うんだろうな」
「あー、そういう用途ね」
「麻痺草じゃないの?」
「それは麻痺治しの方に使ってるんじゃない?魔物が麻痺毒の爪持ってたりするから、それを解除するための薬」
「あー、そっか、魔物かあ」
「今の所魔物とは遭遇してませんけど、どうでしょうね。一度くらい戦ってみた方が…?」
「この辺であたしらが勝てそうな魔物っている?」
「ライビってウサギみたいな魔物が一匹なら囲めば何とか…ってレベルじゃないか」
「群れだとアウトか。でも小型犬から中型犬くらいの大きさだし、一匹でも脅威だよなあ」
「倒せても、レベル上がるとは限らないしね」
一度も戦闘してないので、全員レベル1で、レベルアップの必要経験値は100のまま動いてない。
隠密がマジで優秀過ぎる。でも確かに、どうにかしてレベルを上げた方がいいんだろうか。スキルで何とかなるとは思えないし。
「あっ」
「ハル、どうした?」
「スキルのレベルが上がりました。4に」
「お、マジか。幸先良いな」
森に入ってしばらくしたところでハルがレベルアップした。
ずっと隠密スキル使ってるようなもんだし、経験値がガンガン入ってるんだろう。多分。
しかも今はキャンピングカーと違って人間四人だ。常に動いてる。そこそこの範囲をずっと隠密し続けてるし、動き回るので微調整も入りまくってる。
おかげで昨日は『木札に隠密かけて経験値稼ぎ』をしてないのに、MPが残り1にまで減っていたのだ。
消費MPも獲得経験値も凄いのだろう。
「何か覚えた?」
「覚えました。隠密の精度が上がったのはいつも通りですが、『消臭』を覚えました」
「しょうしゅう…」
「召集…?」
「あ、ニオイを消す方の消臭です」
「そっちか!何気にいいのでは?」
「隠密でも匂いは消せるだろうけど、それとは別に消せるってことか。例えば毒のニオイだけ消して毒入りって勘付かせないとか」
「発想が物騒ですよリオくん」
「焼肉食った直後のニンニク臭を消すとか」
「は?何ソレ最高か?」
「あー…料理後の皿洗いした後、微妙にキッチンスペースに漂ってるニオイを消せるのかも」
「え、ステキ。まあ虫湧くことはないだろうけど、確かにちょっと気になるかも?」
「むしろハルがそういう手伝いしてたからこそ『消臭』が発生したのでは?なんて…」
「い、いやあ『隠密』スキルにはありそうな派生能力だし、まさかそんな」
消臭は匂い消ししか出来ない。当たり前だけど。
その代わり消費MPが隠密に比べてかなり少ない。
匂い「だけ」消したい時は有用だろう。
「もし外で食事をしなければならなくなった時、この消臭があれば食事の匂いを嗅ぎつけさせない、とかそういう使い方も…?」
「そんな機会あるかわかんねえけど、とりあえずいい能力習得したなハル!」
「周りに冒険者がいた場合キャンピングカーの存在知られるわけにいかないから、仕方なく外で食事を…ってのはありえる気もする」
「それがあったかー」
「それさ、携帯食とか干し肉とかダミー用に買っといた方がいいってこと…?あたしアキ兄の料理食べれないとか考えたくないんだけど」
「あー…」
「シブベリーならあるけど」
「そういやそんなのあったな。携帯食のひとつ」
「干せたの?」
「ドライフルーツっぽいのは出来たかな。キッチンペーパーで水分取って、まあ砂糖とか使って…」
「キッチンペーパー?」
「リオくんの召喚」
「なるほどね」
超喜ばれましたよ。アキ兄さんに。
「そういやいつの間にか箱ティッシュも…」
「僕が出しました」
「でしょうね」
「ともあれ、一種類は保存食があるってこと?」
「うん、一応。できればもっと作りたいかな。カンパン的な」
「金平糖とかもいいかも」
「え、それ保存食なの?あ、でも確かに日持ちしそうだし…?」
「ドロップもありましたよね、飴の」
「あー、カンパンと一緒にドロップも入ってた。災害用の保存食」
「アキ兄さん、作れます…?」
「うーん、どうかなあ…?」
「飴ならそのうち召喚に並びそうじゃね?」
「確かに」
そんな話をしつつも森を進む。水の音が聞こえたのでそちらに向かうと、川を発見した。
この辺りを少し探してみようとなって、探索したところ3本の睡眠草を見つけた。
「上流の方に向かってみる…?」
「うん、いいかも。まだ森の浅い場所だろうし少しなら大丈夫のはず」
「川ってことは魚がいたり…」
「アキ兄さん」
「アキ兄さんストップです」
「アキ兄、自重」
「ごめんなさい」
まあ魚がメニューに増えたら嬉しいけども。見つけたらその時に考えることにして、睡眠草採取に集中した。
川沿いを歩いて少し、更に5本を見つけたところで少し離れた場所に岩場を見つけた。
「岩場の近くの日の当たらない場所…あそこってどう?」
「あ、いいかも。周りもちょっと鬱蒼としてるし」
「睡眠草あるかな。なかったら川沿いに戻ろうな」
「…茂みにある白いのって何でしょう?花?」
「鑑定してみようか」
岩場の近くに生えてる草の群れにちらちら見えるものを鑑定した、ら。
『名称・ファタの花。日本でいう所の綿にあたる。無毒無害の雑草』と出た。
告げた瞬間、ナズが腕まくりをしてファタの群れに突っ込もうとして慌ててハルに止められていた。
「だって!綿!これがあれば!布団が、布団が作れる!クッションが!枕が!ぬいぐるみが!」
「誘惑やめてください!」
「一回、いつもの座席の背もたれを倒してベッドにして寝てみたかった!」
「わかるけど!俺も思ってたけど!」
居住区画の座席はシートベルトも備え付けられてる立派なキャンピングカーとしての席である。
3人掛けなのか2人並んでも余裕があるし、背もたれは後ろに倒すことが出来る。それがテーブルを挟んで2つ設置されている。なので合計6人が座れる。
そして簡易ベッドにもなる。これは最初に説明していた。ソファベッドのようなものだ。
まあ、4人並んで2階のベッドで寝てるので今まで活躍の場はなかったんだけど。布団とかかけるものもないので、風邪待ったなしだし。
…寝てみたかったのか。ていうか言われたら僕まで気になってきた。いや、ベッドが不満なんじゃない。一回だけ経験してみたいんだ。
「リオ兄、これ育てたいからキャンピングカーに乗せちゃ駄目…?」
「家庭菜園よりまずそういうのから育て始めることになるとは想像してなかったなあ」
「というか、鉢もないし育て方もわからないんだから無理でしょう。せめて一度調べてからにしませんか?これ、ファタの花でいいんですよね?」
「あ、うん。鑑定結果でそう出た。今言った以上の情報はないかな」
「…リオ兄、その眼鏡貸してくれる?」
「へ?」
「あたしが鑑定使ってみるってできる?あたしが見たら違う情報見れるかも」
そういえば、鑑定にはそんな仕様があったな。人によって見れる情報が違うらしいって。
それなら確かに違う情報が見れるかもしれない。僕は道具関係なら詳しく見れるけど、ナズは被服関係…綿もきっと範囲だろう。僕より詳しく見えるかも。
植物に分類されてるからちょっとわからないけど、やってみるだけならいいだろう。
そうして眼鏡を渡して、ナズが眼鏡をかける。度が入ってるからちょっとクラっとした。つるに触れて、ナズに合わせた視界にするよう干渉する。
すると、度の入ってない伊達眼鏡みたいになったらしい。そして鑑定を発動させた。
「う…なるほど、やっぱ今は無理かも…」
「何が見えた?リオくん以上の情報見えた?」
「うん、育て方も出てきたけど、湿度とか広い場所が必要とか…キャンピングカーじゃ無理かなあ」
「ここ、日当たりも少なくてじめっとしてますしね。同じ環境は確かにキャンピングカーじゃ難しいかも。あそこ私達にとって快適な室温と湿度ですし」
「うう、綿ぁ…」
「今、採れるだけ採る?つってもひとつひとつの花が小さいから、かき集めてもお手玉作れるかどうかって量だけど」
「お手玉の中身って綿なの?」
「いや、大きさの比較で想像しやすいかなって…?」
「まだテニスボールとか野球ボールの方が大きさ想像しやすくない?」
「リオくんの職場って江戸時代にあんの?」
「んなことねえよ?」
どういう想像してんだ。
岡っ引きとかいると思ってんのかな!?
いや恩人が日本家屋に住んでて古き良き時代のあれこれが似合うもんだからさ。
お手玉で遊んでるの見て「時代劇かな?」って思ったりしたよね。おはじきやろうとして飼い犬にめちゃくちゃにされて涙目になってたけど。
あ、思い出してたら会いたくなってきた。
「綿は、町で探してみません?ついでに糸も探しましょう?そろそろ減って来てますよね、糸」
「…半分、きったかなあ」
「マジで?スキルに使うだろうからってかなりの量盗ってきたろ?」
「まあ、ナズ結構経験値稼ぎで使ってるからなあ」
「ナズのスキルは大事だし、何とか工面したいな…糸、僕の召喚にもないからなあ」
「糸紡ぎはまだちょっとアレだしね…」
まあでも出る気はするんだよな。
それがいつかはわからないけど、次のレベルで出るかな?
何であれ、糸がなくなる前に召喚リストに並んでくれるといいけど。
でもそううまくいくかな…?三人も同意見だったらしい。
「町に戻ったら手芸屋か、それに近い店探してみませんか?もし今日見つからなかったら明日も探しましょう。まだ町全然回ってませんし」
「確かに。昨日屋台の近く行ったらすごい人ごみに飲まれてえらい目にあったもんな」
「合流に時間かけたよね…町を見回るどころじゃなくてすぐキャンピングカーに戻ったもんね…」
「屋台は冒険者に大人気。ハル覚えました」
「でも確かにあのニオイは気になる…」
「一回くらい買って食べてみたいな」
「俺も」
「料理スキルに影響するかもだし、確かに一回くらい食べたいかも」
「お肉足りてない気がするので串焼きとか食べたいです」
「いいな。確かに」
「肉かあ…」
何だかんだでやりたいことがたくさんである。
ひとまず依頼分の睡眠草を探して、町に戻ることで同意した。岩場近くにもあったので、半分以上は採取できている。
というか、この辺り結構自生してそうだったので手分けすることにした。あまり広くない空間なので、多少弱まっても隠密範囲内だからである。
この辺りにいるとしたら狼系の魔物のウベルスとかいうやつなので、やつの唸り声を聞いたら即集まって退避とだけ約束した。
隠密が弱まっているので会話はない。自分だけで3本集めたところで、立ち上がっていたアキ兄さんが視界に入った。手招きされたので近づく。
4本の睡眠草を見せられたので、自分の3本の睡眠草も見せる。二人でこれだけ集まったなら、あとの二人次第ですぐ採取数に達するだろう。
一度数を確認して、別の場所に行くかどうか相談しようか。そう思って少し離れた二人に手を振ると、すぐ寄ってきた。
「…えっと、28本か」
「あと2本だな。少し川の辺り見回したら見つかりそうじゃないか?」
「そうですね。まだ森の浅い部分ですし、もう少し上流に歩いても大丈夫でしょう」
「よし、じゃあ移動しようか」
「隠密弱まったので強くしま…」
―――グルルル…
その瞬間、低い唸り声が聞こえた。何となく犬っぽいなと思って後ろを見ると、何かを探してるような狼の魔物がいた。
これが、ウベルスという魔物だろうか。四人揃って体を固くした。一匹しかいないとはいえ、勝てる気がしないからだ。
ウサギならまだ何とかなっても、狼はまずい。肉食獣は攻撃力に優れている。
隠密スキルのおかげで、僕達のことはわからないらしい、が、この辺りに嗅ぎつけてきたということは、さっき弱まっていた隠密の穴のせいか。
僅かに漏れた僕達の気配を察して、獲物がいると睨んでここに来た。いざ来るといると思った獲物が見つからない。疑問に思ってそこらを嗅ぎまわってる。
多分、そんなところだ。しきりにその辺の匂いを嗅いでいる。
ゆっくり、細心の注意を払ってこの場から離脱。三人を見ると頷いたので、考えることは同じだったのだろう。
勝てるわけがないと意見も一致している。経験を積んだ銅ランク冒険者ならウベルス一体くらいなら問題なく討伐できるらしいが、冒険者2日目の僕達には無理だ。
少しずつ移動したところで、ウベルスが何かに反応して後ろに飛び退った。
バレたかと一瞬焦ったが、僕達じゃないらしい。別の方向を見て唸っている。さっきの比じゃない、全力で警戒していた。
一体何が、と思って、ウベルスの視界の先を見ると、一匹の魔物が草むらから出てきた。
小型犬サイズの、蜘蛛の魔物だった。
「グルルル、ヴヴゥ…!」
「キィ、キ…」
お互いに威嚇し合い、牽制し合って…いや、見ただけでわかる。蜘蛛の魔物の方が格上だ。ウベルスは唸りつつも脅えが見える。
が、このままでは埒があかないと思ったのか、恐怖で我を忘れたか、ウベルスは思い切り蜘蛛に飛び掛かった。
第三者として見てるから見えたが、すさまじいスピードだ。しかし蜘蛛の方が早かった。一瞬で糸を網のように射出し、ウベルスを捕らえる。
蜘蛛の巣に囚われた虫のように、逃れることもできないらしい。牙も爪も、糸を切り裂けないようだった。
そして蜘蛛は糸にもがくウベルスに乗りかかり、ウベルスは声もなく絶命した、らしい。恐らく牙で噛まれた。毒の。
死んだのを確認したのか、糸を更に巻き付けてウベルスを繭のように包んだ。もう中身が何かさえわからなくなっている。
ウベルスは大型犬くらいのサイズなので、蜘蛛より遥かに大きい。にも拘わらず、糸で更に大きくなったウベルスを簡単に体…背中に乗せ、歩いていった。
キィキィという鳴き声は、喜びの声だろうか。獲物は巣に持ち帰るのだと思われる。その場で食べ始めなくてよかったけど。見たくない。
殆ど音もなく蜘蛛の魔物は去って行った。ウベルスより後に来たあの魔物は、僕達が漏らしたであろう気配は感知していなかったらしい。不幸中の幸いだ。
姿が見えなくなったところで緊張の糸が切れたのか、四人でその場に座ってしまった。
「…なに、今の…」
「魔物同士の、弱肉強食…?」
「リオ兄さん、質問の意図わざと無視しましたね…」
「…言い方変えるわ。今の魔物、何だったの…?」
「わからない、鑑定してない…何か少しでもこっちからアクション起こしたら気づかれるんじゃないかって思って、できなかった」
「…なるほど。そういえば鑑定される側も何かちょっとあるもんな」
「うん、視線ってのも違うけど、気配っぽいの感じる。こっち窺ってるなって気配、っていうの?」
「あー、そっか、それ気づかれたら、やばいな。狼でも死ぬって思ったのに、狼瞬殺するような蜘蛛、無理だな」
「この森の蜘蛛の魔物ってさ…」
「レスパイダーの情報しかなかったはず。間違っても、あんなのじゃない」
「ですよね。レスパイダーは蜘蛛の魔物の中で最弱のはずですし、大きさだって拳大のはず。あんなに大きい種なわけは…」
「進化した、のかな…?」
「一回の進化であんな化け物になるの?魔物やばいな」
真相はわからない。わからないけど、ここにいるのはまずい。恐らくあの蜘蛛のナワバリだろう。こんな森の浅い部分にいていい魔物じゃないはずだ。
ラノベでありがちイベントは一通り聞いたけど、これはスタンピードの前兆とかそういうのだろうか?
いるはずのない魔物を見かけるっていうの。どうだろう。どの道、ここから離れて町に戻った方がいい。
軽く腰が抜けたと言ってたナズも、すぐ立てたので移動はできるだろう。生憎こんな森の中じゃキャンピングカーは出せない。
これを出す条件は、ある程度の広さがある場所だ。隠密をかければ障害物はすりぬけるとはいえ、デフォルトのキャンピングカーにそんな機能はない。
なので、移動は徒歩。川の上流に行く予定を取りやめて森の出口に向かう。ハルが出来る最大限の隠密で。
幸いあと睡眠草は2本だ。帰り道にあるだろう。最悪、依頼は失敗でもいい。それよりあの蜘蛛の魔物に再遭遇する方が危険だ。
「スタンピードが起こるとしたら、さ。さっきの蜘蛛と戦うよね」
「まあ、俺らは関係ないけどな。間違っても魔物相手なんて戦えないから戦いになっても不参加だ。足手纏いはいるだけで邪魔だし」
「情報、特に戦い方は聞かれるでしょうね。でも一瞬すぎてほぼ見えませんでした。伝えられる情報なんてほぼないのでは」
「姿形だけでも伝えないと。何の魔物か、ギルド職員なら知ってるかもしれない」
「うん、あれ、ボスかなあ…てか、餌を巣に持って帰る感じだったよね。子供とかいたり…」
「やめろ絶望しか感じない」
「最低でも毒蜘蛛だろうしなあ…」
ちなみにレスパイダーに毒はない。ただひたすら巣を張りまくって獲物を捕らえて食らう魔物だ。
蜘蛛の糸にさえ気を付ければ雑魚らしい。糸には体力低下の効果があるのか、捕らわれると体力を奪われる。もがいても糸が余計に絡みつく。
そうして自由が利かなくなったところで食われるというわけだ。暴れ方がまずいと口や鼻が糸で塞がれる。
でも本体はそこまで大きくないし剣であっさり切れるくらい脆い。というかレスパイダーってレッサースパイダーが元ネタでは?
人伝に伝わって名前が変化して、この名前で周知されている。そんな気がする。多分名前つけたの勇者じゃないか?
そうじゃないかと思われるものはこの世界の至る所にある。きちんと残っていたり歪んで残っていたりはするけど。
金の単位ゴルダもゴールドが変化したものな気がする。
ウベルスもウルフかヴォルフが空耳で伝わったとか。まあ、真相はどうだっていい。ただ勇者らしき足跡が見え隠れするなあと思っただけだ。
うん、何でそんなことを考えてるかって?早く森を抜けろって?
目の前に例の蜘蛛が再度現れたから現実逃避してるんだよ。