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89.反抗心と希望(桜庭視点)


―――うるさい、うるさい、うるさい…!

好き勝手なことばかり言う奴らにうんざりだ。

お前らがボクたちにしたことを忘れたのか。忘れたか、どうでもいいと思ってる、そう考えてるとしか思えない。

気狂いか精神異常者の思考回路だ。


こんな状態の彼女を、ダンジョンに連れて行くなんて、死ねと言ってるようなものじゃないか。



「出立は五日後だ。とっとと準備をするんだな」



ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな…っ!

ニヤケ顔でそう伝えてきた騎士の顔をぶん殴ってやろうかと思った。

いや、生気を吸い取ってやろうかと思った。やろうか?と問いかける半透明の存在がすぐ近くにいたからだ。

でもここでいきなり倒れたら、ボクがやったのがバレる。

こいつが倒れること自体はどうでもいい。でも、ボクに疑いがかかると、菫にまで飛び火する。

ここは我慢だ。何なら、今日の夜あたりにでも生気を吸われて体調不良になればいい。

そう考えたら、再びやろうか?という問いかけが。


やってしまおうか。

死にはしない。

これだけ好き勝手やられたんだ。

ちょっとくらい思い知らせてやってもいいんじゃないか。


ひどく荒んでしまってる自覚はある。でも止められない。



「要く、…何、だった…?」

「…菫、大丈夫…?」



恋人の声が聞こえて、直前までの物騒な思考が飛んで行った。

そうだ、そうだよ。菫はきっとそんなこと望まない。踏み止まれ。いくらクズだとしても、人を傷つけるのは…


部屋を訪ねてきた騎士の応対に出たのはボクだ。

この部屋は、ボクと菫の二人部屋だから当然だ。

菫は、奴らのせいでマトモに起き上がれもしないんだから。



「クソみたいな用件だよ。…勇者は全員、ダンジョンでレベル上げしろってさ」

「全員…?って、それ、私たちも…?」

「…らしいよ。あの調子乗ってる奴らだけ連れて行けばいいのに…っ」

「…私、まだ、まともに歩けないんだけどな…腕も、少し動かしただけで痛いし。要くんのおかげで、ゆっくり動かせるようには、なったけど…」

「無茶しないで。ちゃんと、くっついてるわけじゃないんだ。無理したら駄目だ。本当は、骨…粉砕、されてたんだから」

「うん…」



手を握ることすら、痛みのせいで出来ない。

ダンジョンなんて行けるわけもない。でも拒否したところで、鎖とかに繋がれてでも連れ出される。

そのくらいのことは、きっとやるだろう。自主的に行く方が、まだマシかもしれない。

ダンジョンか…ゲームであるような、ポーションとかあったりするだろうか?それを菫に使えれば、もしかしたら少しは…?

いや、城の連中も同行するって言ってた。アイテムなんて手に入れたら絶対没収される。

一体、どうすれば…


何をしても、何を考えても最悪の結果に辿り着く。

ボクの力じゃ、何も出来ないのか。そんなことを考えていた時。

…妙なものが見えた。



***



【提案】城からの脱出方法【協力】



1:鈴城瞳


桜庭くん、これが見えてる?

もし見えてたら返事をください

これは私の能力のひとつ「掲示板」です

書き込みをしようと念じてもらえれば書き込みができます


私はその城から逃げ出した後、何とか振り切って旅をしてます

その過程で、元の世界に戻る方法も見つけました

今はそれに向かって弟や透くんと旅を続けてます


もし連絡をしてくれるなら、城の情報をくれるなら、こちらも協力します

クラス委員として、クラスメイトとして、友人として

もちろん、菫さんも一緒に



***



「………は?」

「…要くん…?」



鈴城…?

何だ、これ、城の連中の罠か何かか?

だって、魔道具でよくわからないことしてばっかだし。

脱出した鈴城が、今更ボクに連絡を取ろうとする理由なんてないだろ。

協力って、何だよ。本当にしてくれるなら、今すぐ菫の怪我を治してくれよ。


これ以上、変な期待を持たせて、どうしようってんだ。

菫が、これなら城の連中も魔族との戦いをやめてくれるはずだと言った。

少なからず期待したんだ。戦う必要がないなら解放されるって。それは、菫の大怪我という形で裏切られた。


今度は、いなくなった知り合いを使って、ボクたちを絶望させようっていうのか。



「…何でもない、何でもないよ。菫は、大丈夫?気分悪いとか、変な声が聞こえるとか変なものが見えるとか、ない?」

「…私は大丈夫、だよ。もしかして、また幽霊さんが来てるの?…何も聞こえないし見えないねぇ」

「うん、来てる、かな。半透明の、何か丸っこいやつ」

「…ちょっと見てみたい、かも」



本当なら、怖くて気持ち悪くて仕方ないはずだ。

それなのに、荒んでるせいか、どうでもよくなっている。


そう、どうでもいい。どうにでもなれ。菫の存在以外、もう、どうでもいい…


鈴城を名乗って変なものを見せてきた何かも。

消えろと念じても、頭の片隅に居座って消えやしない。

何だっていうんだ。

どうか助けてください、なんて、そんな言葉を期待してるのか。

それを引き出して、嘲笑おうっていうのか。


しばらく経っても消えないそれに、どうにでもなれと思って「返信」をした。



***



2:桜庭要


なら、今すぐ欠損も治せる魔法か道具をよこせよ



***



出来ないだろ、出来ても、ボクらになんか渡さないだろ。

この城の連中は、どこまでも腐ってるからな。

案の定、何の反応も見せやしない。この方法は駄目かと諦めたんだろう。

そう、思ってたら、しばらくしてレスが返ってきた。



***



3:鈴城瞳


こっちで確認してみたんだけど、方法はあるみたい

でも今すぐ用意は出来ないかな


1.エリクサーを使う方法

これは今すぐ用意は出来るんだけど…直接飲むか患部にかけなきゃいけないみたい

だから、エリクサーを桜庭くんに渡せないと使えないのよね

(桜庭くんが使いたいのよね?)


2.回復魔術を使う方法

回復魔法の上位スキルなんだけど、欠損して日が浅ければ完全治癒ができるそうよ

具体的には10日以内くらいって言ってたかな

それより経ってると難しいみたい

この場合は、1.のエリクサーじゃないと無理だって

こっちも、回復魔術スキル持ってる子が桜庭くんと接触できないと無理みたい


この掲示板、文字でのやり取りしかできなくて、道具や生き物を送信とか出来ないのよね

ごめんね、役に立てなくて

どうにか会えたらいいんだけど、城から出られないのよね?



***



―――は…?

待って、頭に入ってこない。

治る?治せる方法が、あるって書いてる…?


靄が晴れたような、目の前が明るくなったような、まともな思考が戻ったような感覚がした。



「…待て待て待て、考えろ、ちゃんと考えろ、ちゃんと見ろ、おかしいだろ」

「か、要、くん…?」



そもそも、掲示板ってあの掲示板?ネットの大型掲示板?

こんなの、城の連中が知るわけない。だって、この世界にはないものなんだから。

相手は「掲示板」としか言ってない。「掲示板」って言っただけで、どういう掲示板かわかるって認識してる。

この城の連中が、掲示板をどう認識してるかなんて、紙を貼るボードくらいのものだ。

…なら、こんな形の「掲示板」で接触しようとした時点で、相手はボクたちと同じ世界から来た…



「…ほんもの…?」



そして、前提を失念してた。

この城の連中、講師役から騎士から王族まで、全員…ボクたちの『名前』なんて知らない。

いつだって呼ばれる時は「〇〇スキルの勇者」だ。

だから、名前を名乗ってる時点で、「鈴城瞳」って単語が出てくる時点で、城の連中じゃない。

しかも鈴城に弟がいること、「透くん」という名前。

そうだ、彼女は双子の弟と、その友達の砂場透と一緒に逃亡したはず。


そして、菫に言及していること。

菫と鈴城はそれなりに仲が良い。出席番号の近い女子ってのも理由だろう。

それもあって、菫と付き合うことになった時、菫は鈴城に話したと言っていた。

絶対言いふらしたりしない人だからって。

態度で気づく人はいるかもしれないけど、ボクたちが付き合ってると報告したのは鈴城だけ。

だから、ボクへの連絡に菫のことも書いた。恋人だから、一緒に、と。


…矛盾は、感じない。ここまでは、だけど。


―――大前提を、覆せ。

これが城の連中の罠じゃなくて、本物の鈴城からの連絡だとしたら。

もう一度、晴れた頭で「掲示板」の内容を読む。たった2レスだ。すぐ読み終えた。

たった2レスにとんでもない情報がぶち込まれてるけども。

そしてボクの返信がとんでもなく失礼な内容で、もう埋まってしまいたい。


エリクサー、回復魔術。

ゲームならありがちな単語だ。そして、この世界になら存在しててもおかしくないモノ。

何とか、なるのか?菫が、治るかもしれない…?

でも、これは推定鈴城と接触出来ないと無理な話だ。

まずこの城を出られないことには…



「………ダンジョン、行くとか、言ってたな…?」



城からは出られる。

いや、でも、出られたからって好きな場所に行けるわけじゃない。

そもそもそのダンジョンがどこにあるかもわからない。

鈴城に、そこまで来てくれなんて言えない。言えたとしてもどこなのかをボクが案内できない。



「…詰んだ…」

「…あの、要くん…?どうし、たの…?」

「あっ」



しまった、考えに没頭してて菫を無視してた!彼氏失格だ!



「ご、ごめん、考え事してて!でももう大丈夫だから!大丈夫じゃないけど!」

「矛盾してるんだけど…」

「う、ご、ごめん…でも、どう説明したらいいのか…」

「…うん、いいよ。落ち着いたら、話してね…?」

「あ、うん、それはもちろん!」

「ふふ…、要くん、何か、前みたいに戻った、ね…」

「え?」

「私が、こうなってから、ずっと…怖い顔してた…かっこいいって思ったけど、今みたいな顔、好きだなぁ…」

「え、あ…ごめん…?」



…思えば、菫が大怪我してから、ずっとピリピリしてた。

うん、ボク、よく菫に見捨てられなかったな。思い返してみても、ボクとんでもなく嫌な奴だった気がする。

この掲示板、ちゃんと、利用してみようか。

菫も参加、できないのかな?いや、その前に謝らないとか。何だよ「よこせよ」って、何様だよボク。


提案って書いてるし、元の世界に戻る方法を見つけたって名言してるってことは、場合によってはボクに教えてくれようとしてた可能性もある。

なのに何だボクの態度。殴られてもおかしくないだろ。鈴城はそういうタイプじゃないけど、弟はどうだかわからないし。

と、とりあえず謝ろう!何か時間経っちゃったけど!



***



4:桜庭要


ごめん、頭冷やした

本当にごめん。>>2は忘れて。マジでごめん

色々調べてくれたみたいで、ありがとう

エリクサーと回復魔術ってホントにあるの?

もしあるならぜひ欲しい

菫が、城の連中に大怪我させられたんだ

それを治したい

対価は、思いつかないけど



5:鈴城瞳


>>2と違いすぎててびっくりなんだけど…

どうしたの?いや、それより菫さん大丈夫なの?大丈夫、じゃないか…

うーん、会えたらいいんだけど、城から離れられないのよね?

少しでも離れて…前みたいな実地訓練とかに行くとかそんな用事があれば何とかなるかもしれないんだけど



6:桜庭要


ボクの黒歴史なので、忘れてほしい

いや本当にごめん、菫が大怪我してから、ボクおかしくて、ものすごく荒んでたんだ

治せる方法があるってわかって、何とか元の精神状態に戻った感じ?


近いうち、ダンジョンに行くって話はさっき聞いたんだけど、どこのダンジョンかとか全然わかんないんだよね

それに、監視みたいに城の連中も着いてくるみたいだから、接触できるか怪しい



7:鈴城瞳


ダンジョンに行く?ほんとに?いつ?



8:桜庭要


え、食いつくとこそこなの?

五日後とは言われたけど、それ以上のことはわからないんだ

どのくらい離れてるかとか、何日間か、とか



9:鈴城瞳


ごめん、一番知りたいことだったから

ちなみにそれって桜庭くんだけ?他には誰が行くの?

ヒャッハー組も行く?



10:桜庭要


ヒャッハー組って何…?

って思ったけど、多分攻撃スキルの奴らのことだよね?内心でそんな風に呼んでたの?

でも考えてみたらものすごく納得したからもうヒャッハー組でいいや…


伝令に来た騎士が言うには、勇者全員だってさ

菫なんて、まともに歩けないのに

捕まった奴らも、どういう状態かわからないのに



11:鈴城瞳


ヒャッハー組って言い出したの私じゃないのよ?うつっただけなのよ?(謎の弁明)


それにしても、全員か…

てか、捕まったって何?

私たちが城を出てから何があったの?

…出来るだけ、教えてくれる?



12:桜庭要


ボクがわかる範囲でいいなら、いいよ

鈴城たちが逃げた後、同じように逃げようとした奴らがいてね



***



メールみたいにポンポンやりとりが出来るわけじゃない。

少しだけど、集中力がいるし、文面も考えるとなったらそれだけ色々考えないといけない。

だからどうしたって時間が空く。それでも、鈴城は返信を返してくれた。

ボクのこういう精神状態は、予想してたのかもしれない。

出来るだけ、詳しく、ボクが把握してることを伝えた。鈴城はそれに対してありがとうと返してくれた。

どうやら、彼女の知りたい情報を提供できたらしい。…よかった。

それに、菫以外とまともな会話が成立したのはいつぶりだろう。冷遇組とも、最近は最低限に近い会話しかしていない。

あまり話すと余計な一言を言ってしまいそうで、みんなで口を噤んでいるとも言う。

何となく、自分がまともに戻れたような感じがした。鈴城がまともだから、つられた形で。


ここまできたら、この掲示板の書き込みは本物の鈴城だと思った。

本物の鈴城ならと思って、提案した。

これに、菫が参加することは出来ないか、と。

返事はあっさりと「いいよ」というものだった。

どうやら彼女が心配してたのは、城の連中に操られたりしてる可能性だったらしい。

ボクなら、城の連中が接触したがらないだろうから、操られたり隷属されてる可能性は低いと思ったそうだ。

それでボクに連絡してくれたのか。


隷属とか怖いなと思ったけど、これは根拠があってのことだった。

どうやら、今ボクたちにはその「隷属」という状態異常がかけられているそうだ。

城にいる間は表面に出ないけど、いつでも手綱を握られているような状態、らしい。

鈴城たちが、そうだったと言っていた。今は解除されたようだけど。

この隷属は、命令がない限りは自分の意思で行動が出来るものだそうだ。

逆らった時に押さえ込むためのものだと。クソかよ。


そして一番警戒してたのは、この掲示板で連絡を取ることで、城の連中に鈴城たちの行動がバレること。

だからまず、城の連中から接触されてないだろうボクに連絡した。菫の状況を考えて、菫も問題ないと判断した。

なるほどな…じゃあ、これからはその方向も気にしないといけないのか。

そりゃ城の連中に懐柔されてそうな攻撃スキル組には連絡取りたがらないわけだ。

あいつらなら喜んで情報の横流しくらいしそうだ。



「…瞳さん、こんなに色々、調べてた、のね…」

「またね、って言ってたな。ちょっと希望出てきた、かも。やれること、頼まれたこと、やらないと…!」

「うん、でも要くん、『よこせよ』はないと思います」

「ごめんなさい」



何だかんだで、菫も掲示板に参加して、情報交換という名の雑談を楽しんでしまった。

ボク以外とあんまり話をしてなかった菫は、いい気分転換になったみたいだ。

これ、話す必要ないもんね。心の中で考えるだけだから、菫も痛みが走ることもない。口元、切れてるからなぁ。


希望が、出てきた。

もしかしたら、本当の意味で期待してもいいのかもしれない。

この部屋に移って来て、いや、この世界に来て初めて、希望が持てたかも。



「今日は、ゆっくり寝れそうだ…」

「そう、だね」

「ああ、もうちょっと菫の骨を繋げて、それで………、っ!?」

「…どうしたの?」

「………部屋の隅に、おばけがいます…」

「…そうみたいね?私は見えないけど。要くん、気にならないって言ってなかった?」

「…精神状態が、まともに戻ったら、怖くなってきた…」

「…いいのか悪いのか…」



希望は嬉しいけど!恐怖心まで戻ってきた!

鈴城、お前のせいだ!お願いだからこのおばけ追い払って!!!


しばらくして、管轄外よ、という返信が来た。ですよね!


弱すぎる霊は特定の才能がある人にしか見えない

神官とか

魔物ならほぼ見えるけど、中には姿を消すことができる魔物もいる

桜庭くんのスキルは通常姿が見える霊を視認できなくすることもできる

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