閑話1.ラージフールの混乱
一方その頃、ラージフール王国の王城では。
「…いなくなった、だと!?馬鹿者!すぐに探し出せ!」
「は、はいっ!」
食事の場に現れない三人を不審に思い、宛がわれた部屋まで行ったらもぬけの殻。
それが示すものは、逃亡である。わずかにあった服に加え、スキルレベルを上げるための道具。これらも消えてるとなれば、それしかないだろう。
元より生活範囲の周囲しか案内はしていない。騎士の待機してる区画や王族の部屋、大臣などの執務室。他にも彼女達の知らない場所は大量にある。
どこかの部屋に身を潜めて逃亡の機会を狙っているに違いない。門は閉め切られていたし、巡回で夜中には部屋にいたことが確定している。
一晩で、たった14歳の少女がどこまで行けるものか。すぐに捕らえ、二度とこんなことを考えないように躾けよう。そんな風に誰もが考えていた。
だが一時間経っても見つからない。新たに入った報告は、もう一人見つからないというもの。
これは勇者のくせにスキル無しだという落ちこぼれの少女のことである。彼らはその少女の名前が村雨涼であるということさえ知らない。
スキルのない人間が一緒に逃げていたところでただの足手纏い、すぐ見つかると嘲笑ったのは誰だったか。
彼女こそが脱出に一番役立っているという事実は、彼らに知る由もない。
そしてその様子を、密かに眺めている勇者が数人いたことも、彼らは気づかない。
数人の勇者たちは知っていた。騎士たちが必死で探している四人が逃げる計画を立てていたことも、それが昨夜であったことも。
この様子を見てまんまと脱出できたのだろうと察していた。そんな事実、教えてやる義理もない。
自分たちをないがしろにし続けた城にいる人間より、自分たちに共に逃げないかと誘いをかけてきた同郷の人間の方に心を傾けるのは当然である。
もし聞き取りに来たとしても、言ってやるつもりはない。
食事さえ与えずにいたスキル無しの勇者もどきに宛がわれていた部屋。そこに乱暴に押し入った騎士が、ドアを開けた振動で積まれていた荷物の下敷きになったことも。
それを見た誰かが、こんな少しの衝撃で荷物が崩れるなんて、どうやって暮らしていたのか疑問に思い、直後下敷きになった騎士の悲鳴でその疑問を忘れたことも。
崩れた荷物がやたら多く、その衝撃でバラバラに砕け、割れ、埃や残骸に埋まり、時には目に粉が入り肌を破片が傷つけたことも。
彼らは知らない。それに理由があったのかなかったのか。彼らに対する災難は何者かの怒りであるのかどうかも。
そこに滞在していた少女がどうやって無事過ごしていたのかも、知るすべもない。
そして何日経っても行方が一切掴めないことも知らず、無意味に探し回って疲れ果てる。
何の落ち度もない見張りの騎士や兵士が理不尽に鞭で打たれる。
城の中は絶えず混乱し、同じことを考えるのではないかと疑心暗鬼になり、勇者への見張りが酷くなる。
ただ、望んで行っているわけではなかったのか、勇者もどきにしてやられた怒りで、その見張りは雑なものだった。
こんなことになる前の方がマシだったのではと思うくらいに、城の中は混乱していたのだ。
だから気づかない。
城の中でも重要な召喚の間。床と壁一面に描かれた魔法陣に異常が起きていたことを。
魔法陣には保存の魔術がかけられていたものの、それが描かれている壁や床には魔術が及んでいないことを。
魔法陣の保存の副次的な効果で壁も床も一見何事もなく見えていたが、迸るマナの奔流で既に耐久の限界であったことを。
何か一つ、保存の魔術を超える負担がかかることがあれば、魔法陣もろとも壁も床も崩れ去るということに、誰も気づいていなかった。
魔法陣は召喚の間にある。この事実を当然と思っていた者は気づかない。その当然は当然でなく、薄氷の上に成り立っていたものだと。
そしてその崩壊の切欠が、壁や床の想いを聞き届け、崩壊の手助けを出来てしまうスキルを持った少女であることを。
小さな切欠だ。魔法陣の描かれている部分以外の壁や床、石でできたその建材を、マナの支配から解き放ち、ただの石にした、ただそれだけ。
魔法陣は魔法の力で成り立っている。けれどそれが描かれた石はただの石で、マナを帯びた素材でも何でもない。
だからマナの干渉より『無機物に対する干渉』の力の方が支配力が強い。たったレベル1のスキルが、永い間ここにあった国の宝を崩壊させた。
そのスキルを持つ少女を連れてきたのが、自分達であることを。その少女が既に手の届かない場所に行ってしまったことを。
気づかない、気づけない。気づくための手掛かりは全て失われているのだから。
さらに数日後、再度数人の勇者の行方がわからなくなったという報告が入ることも知らず、ラージフールの者は無様に走り回るのだった。
思い通りにならないわけがないっていう考えが大前提なので、想定外の事態にはとことん弱い。