表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/95

第9章: 拒絶

何が公平であるかを決めるのは誰ですか?

何を恐れるべきか、そして何にチャンスを与えるべきかを誰が決めるのでしょうか?


太古の昔から、神々はバランスの守護者であると信じ、上から世界を裁いてきました。

しかし、彼らの間にも、大理石のひび割れのように疑念が忍び寄るのです。

混沌が人間の形をとったら何が起こるでしょうか?


世界が止まる時がある。戦争の轟音のためではなく、

しかし、選択の重みによって。

剣がぶつかり合う音も、巨大な力が轟く音もない。

しかし、すべての言葉、すべての投票、すべての沈黙…

運命を変える力を持っている。


この章は強さについてではなく、視線についてです。

権力者がまだ価値を証明していない人々に投げかける視線から。

誰かが破滅するか、受け入れられるかを決める種類のもの。


なぜなら、権力や血統を超えて、人を本当に定義するものは何か...

それは、誰もが彼に背を向けたときに彼が決意したことだ。


そして今日、その視線の中心には、ひとつの名前があります。

エデンヨミ。

部屋の中は、かすかな光に包まれていた。

中央には、黒く脈打つ心臓のような球体が浮かんでいる。

その中に閉じ込められていたのは――エデン。

不規則に波打つエネルギーが、空気を震わせていた。


球体の周囲では、神々が沈黙のまま佇んでいた。

その静けさを破ったのは、怒気を孕んだゼウスの咆哮だった。


「……一体何を考えて、あの少年をここに連れてきた!?」


シュンは瞬きひとつせず、答える。

「面白かっただろう?」


「……面白い、だと……?」


ゼウスの声には、軽蔑が滲んでいた。


「お前は今、最も古い禁を破ったのだぞ。

候補者に“悪魔”を混ぜることは――禁じられている」


「やめてくれよ、じいさん。そんな偽善は似合わない。

そのルール……破ったのは俺が初めてじゃないはずだ。

違うのは……俺に“後ろ盾”がないってことだけだ」


「それはお前には関係のないことだ」


ズズッ……!


見えない圧力が空間を満たす。

シュンの身体から、無言のまま放たれたオーラが波紋のように広がる。

床が軋み、壁がわずかに震えた。


「……本当に、そうか?」


ヘラクレスが拳を握る。

一歩、前へ。


「やめろ。今すぐその力を引っ込め」


「お前みたいな雑魚に、何ができる?」


その一言は――刃だった。


ヘラクレスが今にも飛びかかろうとした、その瞬間。


「――やめておけ」


低く、冷静な声が飛ぶ。


「今度はお前が味方かよ?」


「違う、馬鹿。

……お前を“確実に死なせないため”に止めてるんだ」


その言葉に、シュンの口元がわずかに緩んだ。


「いい判断だ」


ゼウスは一歩も動かなかった。

だが、その存在感は、まるで山のようにその場を支配していた。


「――オリュンポス神評議会にて、処遇を決める。

それまでの間、そいつの制御を失わないようにしておけ」


「了解。ゼウス様」


ゼウスは背を向けて歩き出す。

ヘルメスが静かに後を追った。


だが、アフロディーテだけは、その場を離れなかった。


「……私は残るわ」


「なぜだ?」


「……もしもの時、彼の傷を癒せるのは、今この場では私だけよ」


「だが……我々は“十二柱”だ。お前も必要だ」


「私の票はもう投じたわ。

――あの少年に、ね」


空気がざわめく。

だが、誰一人として異を唱えなかった。


アフロディーテは静かに、球体に近づく。


「……今日、私は奇跡を見たわ。

恐れでも、怒りでもなく――“敬意”によって立ち上がった神々を。

もしかしたら……あの子こそが、“GODSの歴史”を塗り替える存在かもしれない」


腕を組んだままのシュンが、静かに息を吐く。


「信じてくれ。あいつは――特別だ」


ゼウスは、振り返ることなく頷いた。


「……ヘラクレス。見張っていろ」


「了解した」


神々が一人、また一人とその場を去っていく。


だが――その場には、確かに残っていた。

誰もが口に出せない、拭えぬ“不安”という影が。


そしてその中心――

沈黙のまま脈打つ球体。


まだ、誰の声も届かない者が……

その中で、静かに――息づいていた。


廊下に響いていた足音の残響は、次第に遠ざかっていった。

だが、空気に漂う緊張は――まだ消えていなかった。


別の部屋では、雰囲気が少し違っていた。

より若々しく、人間らしく……

だが、それでもなお、重苦しさは変わらなかった。


互いの視線が交差するたびに、どこか気まずい空気が漂った。

誰も、最初の一言を発することができない。


その沈黙を破ったのは、ユキだった。


「……一体、何だったの?」


鋭く、はっきりとした声。

シュウが顔を上げ、無関心を装って答える。


「何のことだ?」


「アリーナの中よ。あの時感じたオーラ……あなたのものじゃなかった」


その否定は素早かった。だが――明らかに、浅かった。


「……何の話だ? 俺がエデンと戦ってたんだぞ」


「違う。あそこで戦っていたのは……あなたじゃない」


その口調には、責める響きはなかった。

ただ、確かな事実を“伝える”声だった。


ナズも、落ち着いた様子で頷く。


「彼女の言う通り。

私があそこで見たオーラと、今ここで感じるあなたの気配――まったくの別物よ」


シュウの喉がごくりと鳴る。

一瞬、何かを言いかけたが……沈黙が勝った。


そのとき――


ドガアアアアアン!!


何の前触れもなく、壁が吹き飛んだ。

爆音と共に、瓦礫が四散し、何かが部屋を横切った。


ズドォン――!


その“何か”は反対側の壁に激突し、そこにめり込む。

――それは、ヘラクレスだった。


三人は即座に立ち上がる。

目を見開き、信じられないものを見るような表情。


「な……何が起きた……!?」


答えは、言葉ではなく――姿だった。


埃が舞う中、誰かがゆっくりと歩いてくる。


衣服は、着ていなかった。

だが、体から噴き出すように溢れていた黒いエネルギーが、

靄のように彼を包み、まるで“装甲”のような形を取っていた。


それは防具ではない。

叫びだ。

存在そのものの“叫び”。


ナズとユキの頬が、思わず染まる。

視線を逸らした。


だが、シュウは――動けなかった。


恥じらいではない。

純然たる――衝撃。


目の前に現れた存在は、明らかに“エデン”だった。

だが、それは“彼そのもの”ではなかった。


その足取りに、迷いはなかった。

震えることも、言葉を発することもない。


ただ――進む。


その瞬間。

空気は、今までで最も重くなった気がした。


喧騒と驚きから離れた、聖なる大理石の間。

そこでは、どんな技よりも――言葉が強い“武器”だった。


十二の玉座が、完璧な円を描くように配置されている。

そのうちの一つ――ポセイドンの席だけが、空のままだった。


他の椅子はすでに埋まっていた。

オリュンポスの神々が、珍しく一堂に会したこの場で――


ゼウスは中央に立っていた。

手を背に組み、静かながらも張り詰めた声で語り始める。


「急な招集にも関わらず、集まってくれて感謝する。

本日決めねばならぬことは……軽々しいものではない」


神々は静かに耳を傾けていた。

ただ一人、アポロンだけが苛立ちを隠さず、鼻を鳴らす。


「それで、あのポセイドンの馬鹿はどうした?」


ゼウスは冷たい声音で返す。

「所用があるとのことだ。今回は不在だ」


アテナは変わらぬ優雅さで脚を組む。

「全員を呼んだということは……それ相応の理由があるのでしょうね、父上」


「当然だ」

ゼウスはうなずく。

「対象は一人の少年。――エデン・ヨミ。試練に参加中であり、シュンの弟子でもある」


その名を聞いた瞬間、空気に微かな緊張が走った。


「彼は、戦闘中に“悪魔の力”を解放した」


沈黙が、重く、長く続いた。


アポロンが即座に立ち上がる。


「だったら、議論の余地などない。お前が何をすべきかは分かっているだろう」


ゼウスはすぐには返さなかった。

その視線は、どこか遠く――天井の向こうを見ているようだった。


「……それでも、私はまだ迷っている」


「……その力が気になるのか?」

ディオニュソスがにやりと笑って尋ねる。


ゼウスは、迷いなく頷いた。


「そうだ。気になる。

なぜなら……気が付けば、私はあの少年に拍手を送っていた。

そして、それは私だけではなかった。

あの場にいた者――全員がそうだった」


その告白に、場が静まり返る。


「特別な存在か……」

ディオニュソスが興味深げに呟く。

「会ってみたくなってきたな」


「特別でも、関係ない」

アポロンの声は冷たく響く。

「我々はGODSを守らねばならない。それが“義務”だ」


「……いつからそんな堅物になったんだ、お前」

ディオニュソスが小さく笑う。


「俺は真面目なだけだ」


「それを“退屈”って言うんだよ」


その一言に、視線がぶつかる。

空気がざらつき始め、ヘパイストスが場を和ませようとしたが――


ズンッ!


言い合いはすぐに小突き合いに、

そして小突き合いは殴り合いへと変わった。


アテナは席から動かず、ため息をつく。


「……猿どもね」


バチィィィィン――!!


乾いた雷鳴が鳴り響く。

ゼウスの杖が床を打ち、稲妻が部屋の中心を貫いた。


誰もがその場で凍りつく。


「――終わりだ。これ以上は不要。

ここにいる全員、投票で決める。

……少年にどう対応するかをな」


静かに――だが確実に、決定は進んでいく。


「反対だ」

アポロンは即答。


「反対」

アテナも同調する。


「賛成だ」

アレスは肩をすくめながら。


「賛成」

アルテミスはそっと呟く。


「興味ないわ」

デメテルはそう言ったが――投票は“反対”として記録された。


「賛成」

ディオニュソスは、いつものようにいたずらっぽく笑いながら。


「反対だ」

ヘラは迷いなく言い放つ。


「……賛成」

ヘルメスは長い沈黙の末に、静かに頷いた。


「俺も賛成だ」

ヘパイストスが口を開く。

「……たとえお前に背くことになってもな、親父」


「アフロディーテの票は、先ほど私が預かった。

……少年に“賛成”だ」


――賛成五票。

――反対五票。


全員の視線が、ただ一人へと集まる。


ゼウス。

ただ一人、まだ決断していない者。


アレスだけが、ふっと笑みを浮かべる。


「責任は、お前にあるみたいだな、じいさん」


ゼウスは目を閉じた。

深く息を吸い――


――その瞬間。


ガァァン――!!


石の壁が爆音とともに砕け散った。


立ち上る粉塵の中、ただ一人――立っていた。


エデン。


静寂。


誰もが言葉を失い、息を呑む。


最初に反応したのはアポロンだった。

怒気に満ちた声で叫ぶ。


「……無礼者!! ここがどこだと思ってる!?」


「……これは予想外だな」

ディオニュソスが笑う。

「なあ、俺に彼と戦わせてくれよ?」


だが、エデンは動じなかった。


深々と頭を下げ、はっきりとした声で言った。


「――どうか、GODSへの入学をお許しください!!」


アポロンが再び口を開こうとした時、

ゼウスが手を上げて制止する。


「……なぜ、我々がそんな“リスク”を負う必要がある?」


「……まだ、あなた方の世界を理解しているとは言えません。

でも、僕にできることは全て尽くします。

それでもダメなら……罰は、全て受け入れます」


「分かっているのか?」

ゼウスが静かに問いかける。


「お前は――“悪魔に取り憑かれた”のだ。

この世界では、それは“死刑”に値する」


「……それでも、構いません」


沈黙。

そのあと――笑い声。

ゆっくりと、拍手。


気づけばそこに――シュンがいた。


いつものように、誰にも気づかれず。


「感動的じゃないか、なあ?ゼウス」


ヘルメスの顔が青ざめる。


「……いつ入ってきた……?」


「で?決めたか?」


シュンが笑顔のまま問う。


ゼウスは答えなかった。

しばし目を伏せ、そして小さく頷く。


「……まだ決めかねている。時間が必要だ」


「焦らすなよ、じいさん」


「全神を集めてやったんだ。感謝しろ」


「そりゃそうだな。……連れて帰るぞ。訓練が必要だ」


シュンがエデンの肩を軽く叩く。


神々の目の前で、少年は静かに頷いた。


そして、彼らはその場を去った。


残されたオリュンポスの空気は――なお、重く。

ゼウスはその背を見送りながら、呟いた。


「……本当に、あいつに似てきたな……」


アポロンが腕を組み、不満げに言う。


「……甘いな、お前は」


「ルールを破ることが、いつも悪とは限らん」

ゼウスは静かに微笑んだ。


「時にそれは――唯一の“正しさ”となる」


風が、山々を駆け抜けていた。

都市を囲むように連なる峰々の上――

その頂から見下ろすと、GODS学院の灯りはまるで豆粒のように、小さく、遠く、現実味さえなかった。


エデンは深く息を吸った。

冷たい空気が喉を焼く。


隣には、シュンがいた。

腕を組み、無言のまま、景色をじっと見つめている。

まるで、この風景を心に刻もうとしているかのように。


「……なんで、ここに?」


その声には、今日という一日を背負った“重さ”が残っていた。


シュンはすぐには答えなかった。

ゆっくりと、言葉を選ぶように口を開く。


「忘れたのか? ……さっき、結構派手に暴れてくれただろ。

人目を避けるには、ここがちょうどいい。

それに……お前と話したかった」


エデンが横を向く。


「……話? 何の?」


シュンは視線をそらさず、微かに笑った。

それは、いつもの傲慢な笑みではなかった。

どこか――寂しげな笑み。


「……明日の朝、街を離れる」


再び、沈黙が二人を包む。


風だけが、その隙間を吹き抜けていく。


「……そんなに早く……? もし……もし俺が受け入れられなかったら?」


「受かるさ」


迷いなく、シュンは答える。


「……あの頑固ジジイ、ゼウスでさえな。

お前のあの“騒ぎ”の後だ。説得されたに違いない。

それに……俺、もう数ヶ月も職場サボってるんだ。

さすがに上司が俺を殺しに来る頃だろ」


エデンはぎこちなく笑った。


「……じゃあ、これで終わりか」


シュンは首を横に振る。


「違うさ。

これは“さよなら”じゃない。……“またな”ってやつだ」


「……また?」


「……どこかで、また会う。

その時まで、俺は影から見守ってる。……いつでも、お前の背中は俺が守る」


風が吹き抜ける中、エデンは目を伏せる。

髪が揺れた。


「……ありがとう。ピンク野郎」


「礼なんていらないさ」

シュンは笑う。

「……結局、俺も“自分のため”にやってることだからな」


「またそれ言う……」

エデンは笑う。

「じゃあさ、いつになったら“自分の目的”ってやつを教えてくれるんだよ?」


シュンが静かに向き直る。


「……この宇宙で、最も強い戦士の誕生を見届けること」


「……俺のことだとでも?」


「信じてるとかじゃない」

シュンの声は、強く、まっすぐだった。

「……分かるんだ。理由なんて知らない。ただ、そう“感じる”んだよ」


「……未来が見えるわけじゃないよな?」


「……見えたら、つまらないだろ」


二人は笑った。

疲れを含んだ、小さな、けれど確かな笑い。


「……いつか、お前と戦ってみたいな」

シュンは遠くを見ながら言った。


「……俺も、倒したいと思ってる」


視線が交わる。

言葉はなかった。

だが――自然に、手が伸びる。


しっかりと、力強く、まるで兄弟のように――握手を交わす。


「……俺、もっと強くなる」

エデンは、遠くの地平を見つめながら言った。

「……じいちゃんを連れ去った奴ら。絶対に見つけて、倒してやる」


「……そいつら、俺が先に捕まえてやるかもな」


ふと、彼らのオーラが自然に広がった。

対立もなく、ぶつかることもなく――ただ、共鳴するように。


その一瞬、宇宙が認めたかのようだった。


この二人の道は、何度でも――交差する運命にある、と。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ