リーネとアルトの勝負
翌日、学園に戻るとある騒ぎが起こっていた。
ある男爵令嬢が沢山の貴族子息達に近づいているらしい、と。
元々問題視されていたらしいが、最近になり噂がさらに大きくなったらしい。
ある男爵令嬢とは、学園の試験結果の発表の時に沢山の貴族子息に守られるように愛されていた者と同一人物であった。
彼女の名は、フローラ・ヴィアローズ。
そのフローラ・ヴィアローズに、沢山の貴族子息が夢中になっているらしい。
そんな時、私をアルト様が空き教室に呼び出した。
「ねぇ、リーネ。俺と賭けをしない?」
「君が勝ったら、一つだけ君の質問に必ず答えることを約束しよう」
唐突すぎる申し出である。
「・・・賭けの内容は何でしょう?」
「実は俺、今話題の男爵令嬢・・・つまり、フローラ・ヴィアローズに付き纏われてるんだよね」
「それを解決して、俺のことを諦めさせて」
「それが出来たら君の勝ち。出来なかったら、君の負け。どう?」
「あまりに難しいことを仰るのですね?」
「そうかな?彼女は俺になんて本当は興味がないよ。ただただ、皆に羨まれるくらいに愛されたいだけの人間だ。・・・それに、君は「俺が一つだけ君の質問に答える」という魅力に逆らえないだろう?」
このアルト・レクシアという人物はあまりにも謎が多すぎる。
確かに私は、この賭けの魅力を感じている。
しかし・・・
「では、私が負けた場合はどうなるのでしょう?」
「うーん、リーネから俺に口づけをして」
「っ!・・・本気で仰っているのですか?」
「当たり前だろう?愛する者からの口付けほど嬉しいものはない」
私は一度深く息を吐いた。
「いいですわ。その賭け、受けて立ちましょう」
私は、公爵令嬢らしく美しい微笑みをアルト様へ向けた。
聡明な公爵令嬢と、同じく聡明な隣国の公爵子息の勝負。
一体、どちらに軍配が上がるのでしょうか?
私はまず屋敷に帰り、賭けについて頭を整理した。
この賭けでアルト様は一言も、「フローラ・ヴィアローズ男爵令嬢に夢中になっている貴族子息たちを正気に戻せ」、とは【言っていない】
つまり、フローラ・ヴィアローズ男爵令嬢にアルト様を諦めさせるだけでよいのだ。
そしてその方法で一番手っ取り早いのは、アルト様にフローラ・ヴィアローズ男爵令嬢が間に入れない程、仲の良い女性がいることを示すのが早い。
今、その女性のふりを出来るのは、賭けの内容を知っている【私だけ】
つまり、どう転んでもアルト様は私と近づきたいらしい。
賭けに勝つためにはアルト様と仲睦まじいフリをしなければならない。
そして、賭けに負ければ私から口づけをしなければならない。
「アルト様は策士ですわね」
さぁ、どうしましょうか。
このまま、アルト様の思惑に乗る?
冗談じゃない。
私は私の方法で、この賭けに勝って見せますわ。
翌日、私はアルト様を空き教室に呼び出した。
「リーネ、どうしたの?不戦敗でも申し込みに来た?」
「そんなことしませんわ。私、これでも負けず嫌いですもの。しかし、この賭けにはある問題がありますわ」
「どれだけ私がフローラ・ヴィアローズ男爵令嬢を諦めさせても、アルト様がフローラ・ヴィアローズ男爵令嬢に気があるフリをすれば永遠に彼女は貴方を諦めない」
「つまりアルト様が賭けに勝つために彼女を利用する限り、私に勝ち目はない」
「へー、さすが。やっぱり、リーネは頭がいいね・・・そう、リーネのいう通り、リーネに隠れて俺が彼女に気のあるふりをすれば、君に勝ち目はない」
「俺は、賭けに狡さは必要だと思っているからね」
「でも、君は一度受けた勝負を降りることなどしないだろう?」
「ええ、だから本当に私を愛しているのなら証明して下さい」
私は、公爵令嬢らしく微笑んだ。
アルト様の表情は変わらない。
「私、浮気性の男は嫌いですわ。だから私にアピールしたいなら、付き纏う女など自分で振り払ってくださいまし」
「その代わり、アルト様の愛を信じますわ」
アルト様が一歩だけ私に近づく。
「つまり俺の愛を信じる代わりに、賭けは勝たせろと?」
「ええ。私、一途な男の人が好みですもの!」
その瞬間、アルト様は吹き出した。
「ははっ!いいよ、この賭けは君の勝ちでいい。・・・それで、本当に俺の愛を信じてくれるの?」
「ええ」
私ははっきりそう述べると、アルト様は今まで見たことがないほど嬉しそうに微笑んだ。
初めて見るアルト様の表情に、顔に熱が集まるのを感じる。
「・・・それで、質問は何にするの?」
私は一度目を瞑り、気持ちを落ち着かせる。
そして、顔をゆっくりと上げた。
「アルト・レクシア様。貴方は【レータ・カルデ】ですか?」
まず、そのことを確認しなければ何も始まらない。
私の質問にアルト様は予想通りとでもいうように簡単に答える。
「俺は、【レータ・カルデ】ではないよ」
「っ!?」
アルト様は、さらに私に近づく。
そして、私の首を掴むようにそっと触れた。
「でも前も言った通り君を殺したのは、俺」
アルト様に首を絞められたわけでもないのに、息が苦しくなる。
震える私を見て、アルト様の表情が変わる。
アルト様は悲しそうな表情で私の目をじっと見つめている。
「アルト様、先程の賭けに勝つために私は貴方の愛を信じると述べましたわ」
「では何故、貴方は自身が殺した者を愛するのですか?」
私は呼吸を整え、私の首に触れているアルト様の手に自分の手を重ねる。
「アルト様、私は貴方の秘密を知らない。・・・しかし貴方が私を愛しているというのなら、私を頼って下さい」
「貴方の秘密、私も共に抱えてあげますわ!」
その瞬間、アルト様が私を抱きしめる。
「アルト様!?」
「うるさい」
「うるさいとは何ですの!?急に抱きしめたのはそちらでしょう!」
「だから、うるさいと言っている。・・・今は、ただ静かに抱きしめられていればいい」
そう仰ったアルト様は、さらに私を強く抱きしめた。
その日、私はもうアルト様の謎を追求することは出来なかった。
屋敷に帰った私は、もう一度疑問を整理した。
前に整理した疑問は四つ。
1、彼は何故、私がリーネ・フローリアだと気づいたのか
2、彼が本当に私を殺したのか
3、彼もまた誰かの生まれ変わりなのか
4、彼は、何故私を愛すると言ったのか
一つ目の疑問は、私の首飾りを留める癖によって気づかれたのだろう。
二つ目と三つ目の疑問はまだ分からない。
そして、四つ目の疑問。
彼は何故私を愛すると言ったのか・・・しかし、今回の賭けで私はアルト様の気持ちを信じると約束した。
その時のアルト様の嬉しそうな顔が頭をよぎる。
「彼は本当に私を愛しているというの・・・」
私は何故か心臓が早くなるのを感じながら、その日はいつもより早めに眠りについた。