4日目:『救出作戦』p.9
むかしむかしある所に、仲のいい双子の王女さまと王子さまがいました。
「あら、もう来たのね」
蕾ひとつ付いていない寂しげな梅の木。その前に佇む民族衣装に身を包んだ瓜二つの美少女。
「もう来たの、早いね。」
「そうね。此岸、アナタは姉の塔で彼女たちを待っていて」
「えぇ、わかったわ。」
薄ら笑みを浮かべて、宙に吸い込まれるように。
白い民族衣装の少女は消えた。
「梅花姐さん、待っていて。きっと今に…」
1人、呟いて
魔法陣を展開する。
人が使う魔法の術式とは異なった言葉が書かれた円形の魔法式。
「召喚」
魔法式が黒い光を帯びる。光が全て吸収され、何も見えなくなるほどの深淵の色。
光が消え、現れたのは無数の魔族。
ゴブリン、ガーゴイル、ドワーフ…。
数え切れないほどの魔族。その全ての魔族は目が赤く染っている。
彼岸はその姿に小さく笑って。
「頑張ってね。」
そう呟いて、魔族達を何処かへ転移させた。
姉の塔 入口
「あれ、なんで来ないの?」
アンナは不思議そうにハルターを見つめる。
「いや、入れないんだよ」
ハルターもアンナを不思議そうに見つめる。
お互いがお互いに疑問を抱いている非常に奇妙な光景だ。
「そんな入れないことあるか?」
俺は疑問を抱いて姉の塔にある大きな扉を通ろうとした。
"バイン"
だが謎の力に押し返され、俺は元の位置へ戻される。
なにかの間違えだろうと思い、もう一度扉へ歩いていく。
"バイン"
やはり通ることが出来ない。訳がわからない。
「やっぱりトモカズさんも通れませんよね」
ハルターが声を震わせて俺に問いかけてくる。
その瞳はキラキラ輝いていてしっぽは振り切れんばかりに左右に揺れている。
「えぇ…。男2人はダメかぁ」
アンナの声は明らかにトーンダウンしており、その声色からは困惑と疑問が滲み出ている。
大人3人がグルグルと思考を巡らせていると、ステラが扉をするりとくぐった。
「「え」」
男2人は目を丸くするがステラはそれが当然だと言わんばかりの顔で話し出す。
「多分、ここが姉の塔だからじゃないかな」
「どういうこと?」
突如そんなことを言い始めるステラに戸惑いながらアンナが聞き返す。
「姉、だから女の人以外は弾かれちゃうんじゃないかな。」
あぁ、といち早く考察の意図をくみ取ったのはハルター。
「そういえばこの塔、おとぎ話があってね。」
ハルターはその言葉を皮切りにこんな話をした。
昔々、仲のいい双子の王女さまと王子さまがいました。
彼女たちはとてもとても仲が良く、そしていたずらっ子だったため周りの人達をよく困らせていました。
そこで、王さまは「高い高い2対の塔を建てなさい」と家臣に命令したのです。
家臣たちは長い時間をかけて、10階建ての高い2対の塔を建てて、その塔のそれぞれ1番上に王女さまと王子さまを閉じ込めてしまいまったのです。
「…という話だね。そして彼らがいた塔にそれぞれ姉と弟と名付けたらしい」
「なるほどなぁ…。」
「あぁ、そっか!」
俺とアンナ感嘆の声が同時に上がる。
「忘れてたなぁ。この話、続きがあってね。」
そしてアンナは語り始める。
塔の1番上に閉じ込められた王女さまと王子さま。
王さまは後継者になる王女さまと王子さまに教育を施すために考えました。
王女さまには女性の家庭教師とメイド。そして王子さまには男性の家庭教師と執事をつけたのです。
来る日も来る日も勉強に追われた王女さまと王子さまは疲れ切っていました。
王女さまは王子さまの塔に手鏡光を反射させて合図を送りました。
毎日毎日送り続けた結果、やっと王子さまは気づいてくれました。
王女さまと王子さまはとても仲が良かったので、合図の意味もきちんと理解し合うことが出来ました。
そして2人で協力して脱走することが出来ました。
2人は今もどこかで幸せに暮らしています。
「おしまい!」
アンナは最後に一言付け加えて話を終えた。
「おとぎ話の割にはラストが曖昧だな」
「そういうものじゃないの?」
アンナは不思議そうに問いかけてくる。
ヴァナヘイムのおとぎ話はラストが曖昧なのだろうか。
そんな思考を巡らせていると、突如として地面が大きく揺れた。
イザベル特有の地震にも似ているようで似つかない。むしろ…
「え、なになに、地震!?」
「いや、これは違うと思う」
驚くアンナと対照的にステラの言葉は落ち着き払っている。それでも声色から察するに俺が勘違いしているだけで、内心は焦っているかもしれない。
揺れ続ける地面、立っているのもやっとの思いだ。
俺は腰から剣を抜き地面へ突き刺す。倒れないように必死に抵抗を続ける。
ハルターは地面にうつ伏せになって青い芝へ爪を突き立て続けている。
永遠に続くかと思われた揺れが収まったのは、月にかかっていた雲が過ぎ去った頃だった。
「みんな無事か?」
俺は仲間の安否を確認する。
「うん、こっちは平気。天井に何も無くて助かった。」
ステラが返答する。塔の天井には落ちてくるよなものはないようだ。
「オレも大丈夫。アンナも大丈夫?」
ハルターも心配そうにアンナへ問いかける。
「あたしも平気だよ。」
アンナは気丈に振舞っているが、先程の揺れで悲鳴を上げまくっていた。
ひとまず仲間が無事だということを確認し終えた。
不思議な揺れには謎が深まるばかりで、俺は考えをふくらませ続けてしまう。
「トモカズ、わたしたちは塔を登って被害者の人たちを探してくる。トモカズたちも気をつけてね。」
ステラの声で現実に引き戻される。
無駄は考えを捨てまずはアーシェたちを探す方が優先だと思い出すことができる。
「あぁ、わかった。俺たちもすぐに弟の塔に行って被害者を探す。ステラたちの旅に幸多からんことを。」
念の為、冒険者の祈りの言葉を告げた。
後ろを振り返り歩き出すステラたちを見送る。
「よし。ハルター、俺たちも行こう。」
ハルターに告げると、彼はもう既に決意を固めているようだ。
俺はハルターの少し緊張したような表情を見つめ、軽く笑みがこぼれてしまった。
なんで笑うんですか、と突っかかってくるハルターに謝りながら浮遊魔法を展開する。
行き先は、弟の塔だ。
アーシェ、もう少しだけ待っていてくれ。
心の中でそう呟きながら塔を目指す。
満月は、優しく微笑む誰かの顔を思い出させた。
くじらのはらです。
Twitter:@kujirrrranohara




