第97話:圧倒的な力
意識が……朦朧とする。
必死に体を動かそうとしているのだが、そもそも力が入らない。
あれ? この女はだれだ? なぜ楽しそうに笑っている?
思考が定まらない……。
「ごふっ……」
喉の奥からなにか熱いものがこみ上げてきた。大量に。
あ……なんだ……。オレ、やられたのか。
視線を下に向けると、女の腕が腹に突き刺さっているのが見えた。
「短い間だったけど楽しかったわよ~。人族にしては異常に強かったし。おかげで私の覚醒が早まったみたいだから感謝しているわ」
そう言って眼の前の女……原初の魔王ショウハブロは、腕を横薙ぎに振り抜いた。
「かはっ……」
一瞬の浮遊感ののち、地面に打ちつけられ、転がり、とうとう体がまったく動かなくなってしまった。
「いやぁ!? コウガ!!」
「コウガ!? コウガ! ダメ! 死んじゃダメなんだから!!」
リリーとルルーが、あの不思議な歩法で一瞬で駆け寄ってきたのがかすかに見えた。
「あごふっ……」
最期に「ありがとう」と、せめて一言だけでもいいから伝えたかったのだが、それも難しいようだ。
口の中に次々と暖かい液体が溢れかえってうまく話すことが出来ない。
抱きかかえられて回復薬を次から次へと振りかけてくれているのだが、なぜかまったく効果は発揮されなかった。
「どうして!? どうして回復しないの!?」
「ジルさんがくれた欠損も一瞬で治すポーションなのに!?」
二人が泣き叫んでいると、遠くからゆっくり歩いてくる魔王ショウハブロが、芝居がかった大げさな喋り方で話しかけてきた。
「あれれ~? ポーションでずぶ濡れじゃな~い。おかしいね~? どうして回復しないんでしょうね~?」
そう言って下卑た笑みを口元に浮かべる。
どうせ強力な呪いかなにかでもかけているのだろう。
この超人じみた身体がまったく回復しない時点でそれは感じていた。
いや、オレのことはもういい。
それより、このままでは二人まで殺されてしまう……。
朦朧とする意識の中で二人に逃げろと伝えようとするのだが、もう体も口も動かなかった。
「さぁ♪ 次は、だ・れ・に・し・よ・う・か・な……」
と言ってこちらを向くと、オレのすぐ側の二人を指さした。
「決めた。そこの二人の女にしよう」
だめだ……だめだだめだだめだ……!!
頭の中でリリーとのルルーの二人に向けて「逃げろ!」と叫ぶが、どう気力を振り絞っても声にならない。
「こふぅっ……に、にげ……」
どうにか最後の力で言葉を吐き出した時には、すでに魔王がすぐそばにまで迫っていた。
「「カタカタカタ!」」
しかし、隙だらけの二人の身体を切り裂くはずのその一撃は、杏と柚の連携によってギリギリのところで受け止められていた。
「ほぅ。この竜牙兵はすごいな……」
今のオレの目では捉えられないような速度で斬り交わされる戦闘。
ニ体の巧みな連携でなんとか魔王の攻撃をしのいでくれていたのだが……。
「えぇい! うっとぉしぃわね!!」
業を煮やした魔王が放った魔法の一撃で強引に決着をつけられてしまう。
オレたちが後ろにいたためだろう。魔王から放たれた爆破魔法をまともに喰らって吹き飛んでしまった。
「なに? これで破壊できないとは……いったいどんな竜種の牙を使っているのかしら」
杏と柚が無事かはここからではわからないが、魔王の言葉からすると破壊は免れたようだ。
ただ……オレからの魔力の供給が断たれているためか、元の牙に戻ってしまったのが感覚で伝わってきた。
ヴィーヴルたちも心配だが、セイルがどこかに匿ってくれたようだし姿が見えない。
あの妖精がどういった理由で助けてくれているのかわからないが、今は無事なことを祈るしかなかった。
あとは……なんとかリリーとルルーの二人にも逃げ延びて欲しいのだが、泣きじゃくっていてこの場を動こうとしない。
セツナに無理矢理にでも二人を連れて逃げて欲しいのだが、魔王てとらぽっどだった時と違い、おそらくスピードでも負けているだろう。逃げる気のない二人を連れていては難しそうだ。
くそ……もう、なにもできることはないのか……。
そんな絶望の中、最後に縋るように脳裏に浮かぶのは一匹の巨大な邪竜の姿だった。
オレが慢心せずに、いざというときのためにジルを連れてきていれば……。
後悔に苛まれる中、とうとう視界までぼやけて暗くなり……突然、視界が漆黒に乗り潰された。
あれ……? いや、これは……鱗?
見上げるほどに巨大な漆黒の鱗…………まさか……。
≪主よ。転移魔法は酔うので絶対嫌なのだが、位相同期して位置情報を交換し、存在を具現化するこの新理論にもとづいた魔法ならそこまで酔わないようだ≫
その声が聞こえた瞬間、オレの体が強烈な魔法の光に包まれる。
≪あと、やはりその身体は脆すぎるな。ちょっと錬金魔法で創り変えるぞ。ついでに主は竜言語魔法の覚えが悪いようだから、楽に唱えられるように我の知識とコツを記憶に書き加えておくとしよう≫
意識が朦朧としていたために言っていることがよく理解できなかった。
なんかちょっと恐ろしいことをさらっと言っている気がするが……。
だけど、なにも感じなくなっていた身体の感覚が……霞んでいた視界が戻ってきた。
え……? オレの体が……創りかえられてる!?
「ジル!?」
目を見開き意識を覚醒させる。
状況が理解できなくて、混乱しているわずかな時間で漲っている力が身体に馴染んでいく。
今までジルにサポートしてもらって使っていた、竜気功やステータス解放の比じゃない。力が漲り、身体に定着していくのがわかる。
何が起こったんだ?
いや、ジルはいったいなにをしたんだ?
自分の身体に起こった変化がわからず呆然としていると、後ろから軽い衝撃。
「コウガ……コウガが……コウガが……わたし、私なにもできなくて……よかった……本当によかった……」
「生きてる……コウガが生きてる!!」
二人の少女が力いっぱい抱きついていた。
「リリー、ルルー。ずいぶん心配をかけてしまったな。すまない……それと、ありがとう」
抱きつく二人をそっと抱きかえし、もう一度「ありがとう」と伝える。
≪主よ。調子はどうだ? ちょうど主の体がほどよく破壊されていたのでな。またとない機会だと思って再構築……いや、こういうのをなんと言うのだったかな。そうそう。魔改造させて貰った≫
ん? ほどよく破壊? またとない機会? 魔改造?
「ジル……まずは命を救ってくれたことを感謝する。礼を言うよ。ありがとう」
この気持ちは嘘じゃない。だから誠心誠意、感謝の気持ちを伝えておく。
≪主を救うのは当然のことだ。気にする必要はないぞ≫
「さて……礼はちゃんと伝えたな。で……ほどよく破壊されたのがまたとない機会ってなに? それと……魔改造ってなに!?」
≪うむ。それはだな。我は主であるコウガの体に危害を加えることが出来ぬのでな。だから身体の構造をまるごと変化させるようなことは、今まで出来なかったのだ。だがしかし! この戦闘でほどよく破壊されてくれたではないか! 我はこれはまたとない機会だと思ってな。錬金魔法でまるごと創り変えたのだ≫
えっと……さっきは意識が朦朧としていたせいで理解が出来なかったのだが、今度は理解してしまったせいでなんだか意識が朦朧としてきた。
あとだれだ? 魔改造とかいう言葉教えたの……。
「それはあれか……オレはもう人の身体ではないってことか?」
≪なにをもって人と呼ぶかによるな。魂には手を加えておらぬので、人と呼べぬこともない≫
つまり、物理的には人族やめてしまったってことか……。
≪安心してくれて良いぞ? 先日の竜牙兵で実験は上手くいっているから大丈夫だ!≫
え? 人では一発本番だったの?
ちょっと後遺症とかでないか怖いんですが?
ジルはなぜか胸を張って……って、デカすぎて張っているかわからないが、それからすこし時間をかけて自慢をするように説明してくれた。
なるほどな……って、違う! こんな話をしている場合じゃなかった!
「と、とりあえず詳しい話は後で聞く! 絶対聞く! というか問い詰める! でも、まずは魔王ショウハブロだ! 気を付けろ! 相手はただの魔王じゃない!」
あまりの出来事に普通に話を聞き入ってしまった。
いまさらと思いつつも慌ててジルにそう警告を発したのだが、オレはまだジルの実力を把握できていなかったようだ。
≪ん? あぁ、ショウの小童のことか。それなら魔法で動きを封じておるぞ?≫
え……こわっぱ?
よく見れば、ジルの足元で動きを止めて顔を引き攣らせている魔王ショウハブロの姿が見えた。
◆◇◆◇ そのころ……神獣セツナ 視点 ◆◇◆◇
≪ジルニトラ様……ここはいったいどこなのでしょうか……≫
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