第86話:杏と柚
「さぁ! 仕切り直しといこうか! 今度はこちらの番だ!」
オレは月歩で一気に間合いを詰めるとアスタロトに三段突きを放つ。
「ぐぉぉ! 調子にのるなあ”!!」
三段突きを何とか防いだアスタロトはお返しとばかりに正拳突きを放つが、それをくるりと回って避けると、石突で脇腹に突きを叩き込んだ。
分厚い筋肉に阻まれて大きなダメージは与えられていないが、それでも態勢を崩すには十分。
「黒闇穿天流槍術、【鹿威し】!」
今放てる最大の攻撃力を誇る鹿威しを放つと、一転月歩で一気に距離を取った。
すると、それに合わせるように竜言語魔法がアスタロトを包みこんだ。
≪塵と化せ! 【煉獄の裁き】!≫
≪燃え尽きろ! 【烈火の息吹】!≫
ヴィーヴルとザイルから放たれた炎のブレスは、鹿威しを十字受けで必死に凌いだばかりのアスタロトには避けることは出来なかった。
業火に包まれるアスタロトはこのまま塵と化すかと思われたが……。
「がぁぁぁぐぅがぁぁぁ!!」
怒り狂った叫び声が聞こえたかと思うと、炎の中からアスタロトが飛び出してきた。
「なっ!? 不死身かよ!?」
ザイルが驚きの声をあげるが、よく見ればまったくの無傷と言う訳でもない。
だが、火傷のあとは表面的な部分のみに見える。
そのダメージの通り方に違和感を覚えたオレは……。
「これは……この水晶で抑えられるのはあくまでも外部に影響を及ぼす力だけってことか? ブレスなどの竜言語魔法じゃ表面的な部分以外は無効化されるている?」
と大声で呟いてみた。
「よぐわがっだなぁ! 竜言語魔法では俺はだおぜないぞ!」
うん。相変わらずぜんぶ答えてくれるアスタロトに感謝だな……。
しかし、そういうことならオレも切り札を切るとしよう。
オレ一人でも唯一使える竜言語魔法を!
≪我、世界の覇たる竜を従える者として、その理に異を唱える!≫
竜に属する者だけが扱える竜言語で世界の理を覆す。
手に持つ二本の牙を投げるとさらに言葉を続けた。
≪付き従え! 『竜牙兵』!≫
力ある言葉を告げ、ありったけの魔力を込めて発動させた竜言語魔法は、オレの左右にそれぞれ魔法陣を展開すると、二つの影を創り出した。
それは二体の『漆黒の竜牙兵』。
その姿は暗黒の戦士。
禍々しい装飾の漆黒の鎧と盾に、黒い靄を纏った暗黒剣。
そして、骨までもが光を全て吸い込むようなどこまでも深い黒。
「え? な、なに? その禍々しい竜牙兵は?」
「おいおいおい……。触媒にいったい何の竜の牙を使ったら、そんな禍々しい竜牙兵を呼び出せるんだ?」
ヴィーヴルたちも恐らく竜牙兵を呼び出す竜言語魔法は使えるか知っていたのだろう。竜牙兵を呼び出したこと自体には驚いていなかった。
驚いたのはその竜牙兵の容姿。
だがオレは、どうしてそこまで驚いているのかわからなかった。
あとになって知ったのだが、以前オレが三〇体呼び出した竜牙兵ですら、高位の竜牙兵らしく、かなり上位に属するドラゴンの牙を使わないと呼び出せないとか。
しかも魔法の得意な竜人でもせいぜい一、二体、特別魔力の多い竜人でも五体呼び出すのがやっとらしい。
それに対し、オレが今呼び出している漆黒の竜牙兵は一体でその上位の竜牙兵一五体分ほどの魔力を消費する。
つまり、呼び出すのにかかる魔力の量からも、いかに非常識な触媒を使った竜牙兵かということがわかる。
「ジルに貰ったちょっと高位の竜の牙を触媒に使った竜牙兵だ。たしかニーズヘグ? あれ? なんだったかな? なんかそんな名前の竜の牙だそうだ」
ジルからは三〇本の白い牙と二本の漆黒の牙を貰っている。その時に聞いた話を思い出しながら説明したのだが……。
「「にに、ニーズヘッグだってー!?」」
「な、なんだ?」
ヴィーヴルたちが急に叫けぶから、こっちが驚いてしまった。
なんのことかわからず聞き返すと、返ってきたのは非難の声。
「お前なぁ!! ニーズヘッグって言ったら、古代竜の中でも最上位、神竜にまでいたった数少ない竜のうちの一体だぞ!? それをちょっと高位の竜だとぉ!?」
おぉぉ……まさかの神竜さまの牙だった。
ジル、なんてもの渡しやがる!?
「し、神竜様の牙……神竜様の……」
ヴィーヴルなんて衝撃がでかすぎて、精神がどっか旅立ってるじゃないか!?
戻ってこい!?
しかしさすがにオレもひくわ~……。
でも「くれたのジルだしな」と諦めて思考を切り替える。
戦いの最中だからな。棚上げともいう。
「そんなことよりアスタロトだ! 行くぞ! 杏! 柚!」
二体の漆黒の竜牙兵に呼びかけると、警戒して距離をとっていたアスタロトの元へと走り出した。
何かヴィーヴルが「え……杏と柚って……? もしかして竜牙兵に名前付けてるの?」とか呟いている気がするがきっと気のせいだ。というか気にしたら負けだ……。
なぜ竜牙兵に名前なんてつけているのか?
色々あったんだ。うん、いろいろとな……。
オレは走る勢いそのままに月歩で一気に間合いを詰めると、そのまま閃光で無数の突きを放つ。
その突きに合わせて漆黒の竜牙兵『杏』と『柚』が詰め寄り、袈裟切りと逆袈裟で魔剣のシミターで斬りかかった。
全力の月歩に後れを取らないほどのスピードで。
「ぐがぁっ」
オレの閃光までは何とか凌いだアスタロトだったが、同時に斬り込まれた魔剣の剣戟までは防げなかった。
もちろんダメージを受けて一瞬動きを止めたアスタロトに、立て直す時間を与えるつもりはない。オレも突きからの斬り上げ、薙ぎ払いと次々に攻撃を繰り出し、その攻撃の隙を埋めるように杏と柚が死角から魔剣を斬り結ぶ。
「な、なぜだ!? なぜ防げなぃ!? どうしで俺の守りをすり抜げてぐるのだ!?」
虚実入り混ぜたオレの攻撃をことごとく防ぎきるその守りに驚愕を受けるほどなのだが、杏と柚の竜牙兵たちの攻撃はほぼすべて喰らっている。蓄積するダメージにアスタロトは相当焦っているようだ。
ジル監視のもと、杏と柚とは何度も連携の特訓を行っており、その練習成果がアスタロトを追い詰めているのも確かだ。だけど、アスタロトが二体の攻撃を防げない最大の理由は二人の持つその魔剣にあった。
この魔剣を振るうと、纏われた黒い靄が実体化し、剣の軌跡にそって届かぬ距離を届け、避けた軌道を補正するようにアスタロトを傷つけるからだ。
「ここで説明したらオレまで馬鹿って言われそうだからな! 遠慮させてもらう!」
もちろん馬鹿正直にその事を教えてやる必要はない。
このまま二つ目の切り札を切って一気に追い込む!
「ジル! もう一度遠隔サポートを頼む!」
≪滾れ! 『竜気功』!≫
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