第85話:スルースキル
アスタロトが邪神から授かったギフト【竜殺し】はオレたちにとっては最悪のもののようだ。
能力の詳細はわからないが、すくなくとも竜気や竜言語魔法が使えなくなるのは確かだろう。
まさにドラゴンにとって天敵とも言えるギフト。
そりゃぁ緑の竜王『リドリア』とその眷属が滅ぼされるわけだ。
だがどうする? アスタロトのお陰でどんなギフトか把握することができたのは良かったが……。
「アスタロト……貴様がここまで馬鹿だとは想定外ですよ……まったく……」
ビフロンスが聞かれたことをペラペラ話すアスタロトに呆れて額に手を当ててうな垂れている。
ただ、からくりがわかったところで、状況が良くなったわけではない。
なにか方法を考えなければ……。
「どうぜこいづらは死ぬんだ。問題ないだろぉ」
「まぁいいです。本当はドラゴンゾンビを倒した実力をもうすこし調べたかったのですが、様子見はここまでにしましょう。私も手を出しますよ」
ビフロンスはアスタロトをじろりと睨んで「文句は言わせませんよ?」と続けると、なにかを呟いた。
すると、二つの巨大な魔法陣と、大小さまざまな大きさの魔法陣が次々と現れた。
「じゃぁ死んでください。死体は私が有効活用してあげますので」
最初に巨大な魔法陣から先ほど倒したドラゴンゾンビが再び出現すると、すさまじい数の不死者の群れが追うように現れ、腐臭とともに辺りを瘴気で満たしていく。
ドラゴンゾンビの二匹だけでも手に余るというのに……。
「くっ!? このままでは……」
「そんな……倒したドラゴンゾンビが……。ここまでなの……」
いよいよ追い詰められ、オレたちが焦りを見せたその時、なにやらビフロンスの……いや、不死者の群れの様子がおかしいことに気付いた。
「な!? いったどうしたことだ!? これは、何が起こっている!?」
ビフロンスの後方に現れたドラゴンゾンビを始めとした不死者の群れが、急に不規則な動きを見せ始めた。
「なにあぞんでるんだ? ビブロンズ?」
ビフロンスは体を薄っすらと発光させ、ドラゴンゾンビを落ち着けようと何度も命令をだしているようだが、そのことごとくが無視されていた。
「なぜだ!? ドラゴンゾンビどもが、不死者たちが私の制御を離れていく!」
ビフロンスの叫び声が響いたかと思うと、どこからか笑い声が聞こえてきた。
声の主を探し、皆の視線が空を仰ぎ見る。
「だれだ!?」
その者は淡い光を纏い、空から舞い降りてきた。
≪ふふふ。それはね。あなたが操れるのが、あくまでも不死者に限られるからよ。この意味わかるかしら?≫
この頭の中に直接響くような感覚は……魔法音声!?
その声の主は、幼い少女の姿をしていた。
「ど、どういう意味だ!? お前はいったい……ま、まさか……」
その幼い少女の背には、薄っすらと光る半透明の四つの羽が生えていた。
そのことに気づいたビフロンスが続けて叫ぶように問いかけた。
「よ、妖精族なのか!? なぜこんな迷宮の奥に……しかも高位の妖精ではないか!?」
ビフロンスの慌てる様子をケラケラと笑う少女の姿をした妖精は、楽し気にその疑問に答えていく。
≪あれれ~? 高位の妖精ってわかっちゃう~? そっかぁ♪ 溢れ出る気品がわからせちゃったのね~。でも……なぜここにいるのか? そんなこともわからないのかしら? 答えは簡単よ~。ドラゴンゾンビにちょっとばかり仮初の命を吹き込んであげたの。私は高位妖精『セイル』と申します。コウガ様。僭越ながら使徒であるあなた様の助けになればと思いまして≫
そう言って、今度はオレの方に振り向くと優雅に頭を下げた。
つまりなにか? ドラゴンゾンビたちに仮初の命を与えて不死者じゃなくしたことで、ビフロンスの制御下から解放したってこと?
え? なに、そのジルみたいな非常識さ……。
ビフロンスがそんな馬鹿なと狼狽えているが、それはそうだろう。
たしかに仮初の命を付与する魔法っていうのは聞いたことがある。かなり高位の魔法らしいが、存在するのは確かだ。
ただそれは、せいぜい小動物がやっとのはずだ。
それを強大なドラゴンゾンビを二匹に無数の不死者すべてに行使したと?
オレだって俄かには信じられない。
それに、オレのことを使徒と知っているようだがなぜ妖精が?
あれはまだ国の上層部しか知らないはず……。
「いったい君は? それに使徒様って……」
≪はい。私たちは妖精女王から密命を受けて参上いたしました。女神様の使徒であらせられるコウガ様には、もう数週間前からおそばに仕えさせて頂いております≫
は……? 数週間前からって?
コノコ、ナニイッテンノ?
「え? どういうこと? 数週間前からって? え?」
≪そんな数週間前はいいではないですか~。それよりビフロンスは私どもが抑えておきますので、そちらのアスタロトと思う存分お楽しみください。あ、そうそう。これをジル様より預かっております≫
些細って……それにジル? え? これってジルが絡んでるの!?
あれ? ジルが絡んでるって聞いただけでどこか納得してしまっている自分がいるんだけど……。
なんか変な納得の仕方をしていると、オレの疑問を全スルーした妖精の上空に、彼女よりすこし小さな無数の妖精たちが現れた。
嘘だろ……いったい何人いるんだ……。
ぜんぜん些細な疑問じゃないと思うのだが、ほかにもいろいろ疑問だらけなのだが 一旦ぜんぶまるっと飲み込んで意識を切り替える。
これはジルのせい、これはジルのせい、これはジルのせい……。
「わかった! そっちは頼む! アスタロトだけなら何とかしてみせる! ……いや、やっぱり聞かせて? これってジル絡みなのか!?」
いや、戦いに集中するのに疑問をすこしぐらい解消しておかないとね……。
≪ジルニトラさま絡みといいますか、使徒さまのおそばに仕え始めた時に許可は頂いております~≫
許可? え? どういうこと? ジルが指示したんじゃないの?
なんか、気になることが増えたんだけど?
再び混乱していると、高位妖精がオレに向かって何かを放り投げてきた。
とりあえずジルには今度会った時に説教することを心に誓い、それを受け取った。
「えっと、これは……?」
それは何かの水晶のようだった。
≪ジル様によると、若造……と言っておられましたが、たぶん『邪神ナーガル』って堕ちた神のことだと思いますが、その邪神ナーガルの影響をある程度封じることが出来るものと伺っております≫
もっと詳しく話を聞きたいが「ちょっと魔力を全力で込めてみて下さい」と言うので、言われた通りにしてみる。ジルとリルラで培われたスルースキルは伊達ではない。
魔力を込めても特に光ったりはしないし水晶にも変化は見られないが、何だか体が軽くなったように感じる。
もしやと思い、慌てて周りを確認してみると、なんと竜人たちの姿が竜化した姿に戻っていくのが見えた。
「こ、コウガさん! 力が! 力が戻ったわ!!」
「え? なでだ!? おらのギブトがねじ伏ぜられただど!?」
≪その二人の魔族が授かったギフトはこれで無効になったはずです。ただ『邪神の加護』は消えないそうなので油断はしないでくださいませ≫
ギフトと加護は別物だからか『邪神の加護』までは消せないようだが、どうやら奴らが邪神から授かったギフトを打ち消すことができたようだ。
さすが生きる非常識。
オレは軽くなった体の調子を確かめると、ヴァジュランダをくるりと回して構えをとり、アスタロトへと穂先を向ける。
「さぁ! 仕切り直しといこうか! 今度はこちらの番だ!」
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