第78話:わがまま
そいつは突然上空に現れ、舞い降りた。
「え? な、なんだこいつ……?」
オレの呟きを無視して、ドラゴンゾンビは声なき声をあげた。
「 !!」
なにをした? 竜気に似たなにかを叩きつけられた?
なにをされたかわかないが何かの攻撃を受けたようだ。
すると、ゼクトたちの苦しそうな声が聞こえてきた。
「くっ……か、体が……」
「ま、まさ、か……ドラゴンハウル、か!?」
そして次の瞬間、ゼクトたちが薙ぎ払われた。
「「「ぐがぁ!?」」」
叫び声を残し、ゼクトたちが尾の一撃を受けて吹き飛ばされたと理解したのは、彼らが迷宮の壁に叩きつけられたあとだった。
「ゼクト!?」
次にその攻撃が向けられたのはオレだ。
咄嗟に雷槍ヴィジュランダを体との間に滑り込ませるが、当然その巨大な質量を受け止められるわけがない。数十メートルを吹き飛ばされたオレは、ゼクトたちと同じくダンジョンの壁へと叩きつけられた。
「ぐ……痛てぇ……」
邪竜の加護が無ければ、ステータスが強化されていなければ、恐らく今の一撃だけで死んでいた。
これほどの一撃を受けてこの程度の痛みと怪我で済むのだから、ジルにはあらためて感謝だ。
完全に油断していた。
だけど……警戒を解いたつもりはなかった。
ただ、これほど巨大なドラゴンゾンビが突然現れて襲ってくるなんて、警戒していたからといって防げるものではない。
そもそも、ついさっきドラゴンゾンビを倒したばかりだというのに、いったいこれはどういうことだ。
混乱はまだ収まらないし、状況も把握はできていないが、それより竜人たちだ。
出会ったばかりとはいえ、友好的に話をしていた彼らを放っておくわけにはいかない。
「ヴィーヴル! ゼクト! 大丈夫か!?」
「私は大丈夫よ! コウガさんこそ大丈夫なの!?」
「ぐっ……こ、こっちはちょっとヤバイな……。骨を何本かやってしまったようだ。だいたい竜化していなければ死んでる所だというのに……コウガはなんでピンピンしている……?」
ヴィーヴルはさっきの尾の一撃は免れたようだが、纏めて薙ぎ払われたゼクトたちはちょっと戦闘は厳しそうだ。
「しかし、なぜドラゴンゾンビが突然……?」
気付く直前まで気配がまったく感じられなかった。
とつぜん上空に現れたようにしか思えない。
「コウガさん、私たち竜人は今、魔王軍との戦争の真っ只中なの。それで私たちは魔王軍の先遣隊を返り討ちにすることはできたのだけど、続いて送り込まれてきた不死の軍団に苦戦を強いられていて……」
ドラゴンゾンビとすこし距離をとってからヴィーヴルから手短にすこし話を聞いたところ、魔王軍を率いている魔将がネクロマンサーのようで、延々と不死の軍団を送り込まれているようだ。
最初はゾンビやスケルトンだったらしく、難なくその不死の軍勢は全滅させられたが、しばらくすると上位のアンデットが増え始め、数日前からはとうとうドラゴンゾンビまでもが送り込まれるようになった。
それでも屈強な竜人たちは何とか踏みとどまり、最終的には不死の軍団を打ち破り、ここまで押し返した。
ここに来るまで迷宮中のいたるところが破壊されていたのは、ドラゴンゾンビとの死闘を繰り広げてきたことによる被害だったようだ。
そしてとうとうドラゴンゾンビを撃破した。
そう、これでひとまずは戦いは終わるはずだった。
それなのに……。
「ドラゴンゾンビがもう一匹とか悪い冗談だよな。しかも、さっきの個体よりも強そうだし……」
そう呟きつつ、あらためて状況を整理する。
ドラゴンゾンビはさっきの奴とは別の個体。
能力は似ていると思うが、詳細不明なドラゴンハウルを放ってくる。
ヴィーヴルは無傷だが、ゼクトたちはみんな負傷しているようで戦うのは厳しそうだ。
さすがにゼクトたちを庇いながらだと一度引くことも考えないといけないが……。
「ゼクト! この場から退避できるか?」
「あぁ! 戦闘は厳しいが移動ぐらいは問題ない! 回復したら戻ってくるがこいつを任せても大丈夫か!」
普通なら即死していてもおかしくないドラゴンゾンビの尾による薙ぎ払いを喰らってあの程度の怪我で済んでいるのだから、ゼクトたち竜人も大概だな。
みんな思ったより動けるようだし、これならオレはこいつに集中しても大丈夫か。
「さすがにこれ以上は待ってくれないか。ドラゴンゾンビも痺れを切らしたようだし、そろそろ始めるとしよう」
こちらから来るのを待ち構えていたドラゴンゾンビだが、オレたちが一向に向かってこないので、とうとう地響きを立てながら歩き出した。
「遅くなったが、お望み通り相手をしてやる!」
オレは雷槍ヴァジュランダをくるりと回して構えると、すぐにドラゴンゾンビへと攻撃を仕掛けた。
「まずは挨拶代わり! 黒闇穿天流槍術、【雷鳴】!」
ドラゴンゾンビだからこの距離からでも外すことはない。放った雷鳴は狙い違わず命中した。
だが、やはりさきほどのドラゴンゾンビ同様に瘴気による障壁を纏っているようで、まったくダメージを受けた様子はない。
だけど、感触的には巨大な体を覆うためなのか、さっきのドラゴンゾンビよりも瘴気の膜が若干薄い気がする。
そんな風に分析していると、突然また声なき咆哮をあげた。
「くっ!? さっきからこれはなんなんだ? 精神干渉か?」
ドラゴンゾンビのあげる咆哮には何らかの魔法効果があるのか、受けると一瞬身がすくむ。
ジルの威圧と比べればなんてことはないが、それでも邪竜の加護を持つオレの動きを一瞬でも止めてしまうのだから、かなり凶悪な技だ。
戦闘中に受けると大きな隙に繋がりそうだし、気をつけなければ。
オレは咆哮の効果を振り払うと、立体的に月歩を繰り出して見上げるような巨躯を持つドラゴンゾンビへと次々と奥義を叩き込んでいった。
「黒闇穿天流槍術、【雷樹】!」
雷鳴と雷樹を中心に次々と技を叩き込んでいくが、なかなか瘴気の膜を破れない。
だけど、オレもあの咆哮さえ気をつけていれば、そうそう攻撃を喰らうこともなかった。
「私もいることを忘れないで!」
ドラゴンゾンビとオレがお互い攻めあぐねていると、死角へと回り込んだヴィーヴルが、隙をついて竜気を漲らせた爪で瘴気を切り裂いた。
ダメージを与えられたわけではないが、無視できるほど弱い攻撃ではなかったようで、しきりにヴィーヴルの方を気にしだした。このままうまく立ち回ればダメージを与えることも可能かもしれない。
「やったわ!」
うまく連携してダメージを重ねていけば有利に戦闘を進められることだろう。
でも……せっかく追加されたドラゴンゾンビだ。
S級試験のために、出来ればもう一度だけ一人で挑戦したいと思ってしまった……。
「ヴィーヴル! 悪いんだけど、まずは一人で戦わせてくれないか!」
「え~……せっかくコウガさんとの初めての共同作業なのに~!」
「冒険者ギルドの試験なんだ! 頼む!」
なんか前世の結婚式ケーキカットみたいなセリフを吐いて渋っているが、ぶーぶー言いながらも一旦下がってくれた。
試験のことを気にしている場合でないことも、これがオレの我儘なのもわかってはいるんだが、すこし戦ってみた感じ、頑張れば勝てない相手ではない気がするんだよな。
もちろん、このまま戦っていてもさっきのドラゴンゾンビと同じく決め手にかけてしまうのはわかっている。
おまけにネクロマンサーが絡んでいるのなら、たとえオレのギフトが当たったとしても従えられる可能性はほぼ皆無だ。
だから……今回は最初から頼りになる相棒にすこしだけ手助けをお願いしようと思う。
「ジル! 聞こえているか! 遠隔でサポートを頼む!」
≪うむ。心得た≫
願いはすぐに叶えられた。
体内を巡る竜気の乱れが収まっていく……。
≪滾れ! 『竜気功』!≫
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