第72話:それぞれの道へ
式典のあった日の夜遅く。
泊まっている宿のオレの部屋に集まり、今後のことについて話し合うことにした。
S級昇級のための依頼内容がわかり、ようやく見通しがたったからだ。
それにしても豪華な宿だよな。
ついこの間まではそれなりに節約生活していたのに。
本音を言うと『妖精の呼子亭』の方が落ち着くのだが、たまにはこういう高級志向な宿もいい。
お金はもう困らなくなってきているので、王都では富裕層向けの宿に泊まっており、集まっているこの部屋も四人と一匹でも十分な広さがあった。
ちなみにジルの財宝には手をつけていないのだが、本来なら一番お金のかかる装備代が浮いているのがかなり大きい。
その上、遠出の依頼でもジルに乗ればひとっ飛びで馬車代もかからず、戦力過剰で依頼があっという間に片付く。そりゃぁお金も貯まるというものだ。
あとそれに加えて、なぜかカリンから回してもらう依頼が高額なものが多かったお陰もある。
ただ、まだドアラの街にいる時はC級冒険者だったのに、オークの集落殲滅依頼を受けたら砦みたいなところにオークキングまでいたから、討伐難易度的には妥当な金額なのかもしれない。
「それでコウガ。昇級試験に指定された依頼はどうするの? ……にゃ」
「すぐ行くの? ……にゃ」
「あぁ。さっそく明日にでも正式に依頼を受けて出発しようと思う。ちょっとドラゴンゾンビってのは予想外だったけど頑張るよ」
この数日の間に依頼で必要そうなものはすべて購入済みだし、ジルの次元収納に格納してもらっていた。
それもさっきオレとリルラそれぞれの簡易型次元収納式小袋にすべて移し替えたのでもう準備万端だ。
「コウガ様としばらくお別れするのが寂しいですし、さくっと終わらせて王都に帰ってきますね!」
「リルラはトロールだよな。たしかにリルラの実力を考えれば本当にさくっと終わらせて帰ってきそうだな……。でも油断してはダメだぞ?」
魔界門から溢れる無数の魔物を精霊にお願いするだけで全滅させてしまうのだ。
それと比べれば数も少ないだろうし、魔物がちょっと強くなった所で結果は変わらないだろう。
そもそも『神に準ずるモノ』を一人で倒せる実力があるのだ。
あれ? リルラに関してはもう試験免除でいいんじゃないのか……?
「コウガ様! せっかくですから競争しましょう!」
なにがせっかくかわからないが、やっぱり試験いらないんじゃ?
「あ~すまない。オレの方は結構ギリギリの依頼だと思うから競争は遠慮しとくよ。それでリリーとルルーはどうする? 他のA級の依頼とか受けて待ってる?」
ジルの暴走が怖いので街で大人しくしていて欲しい気持ちもあるが、オレの我儘でジルをあずかってもらうことになったので無理は言えない。
「そうですね。さっきルルーと話したんですが、今のうちに獣人の里の様子を見に行ってきてもいいですか? ……にゃ」
「あの事件の後、すこし顔を出しただけで後始末とか他の族長に丸投げしてしまっている……にゃ」
あの時は獣人の里にとっては大事件だったし死人まで出ていたのに、二人はたしか族長会議に一度出席して状況説明しただけだったはず。
でも、オレが一度里に帰ったらと勧めたのを二人が断ったと記憶しているのだが……。
「それはかまわないが、前は里に顔を出すのを嫌がっていなかったか?」
「実はちょっと用事ができた……にゃ」
「さっきジルさんには話したのですが、送ってくれるそうなのでひと月かからないと思います……にゃ」
一緒に転移するのは断られたようだが、背に乗せて一緒に行って貰えることになったらしい。
「そうか。二人とジルが一緒ならひとまず安心だ。ジルもリリーとルルーのいうことをしっかり聞いて、何かあった時はしっかり守ってやってくれよ」
≪承知した。リリーとルルーのことは心配には及ばない。我に任せておけば大丈夫だ。主はドラゴンゾンビ討伐に集中すれば良い≫
ジルが暴走しそうな時は二人が止めてくれるだろうし、リリーとルルーの身に何か起こった場合は逆にジルが助けてくれるだろう。安心して依頼に集中できそうだ。
「わかった。それじゃぁ明日は早い。みんな自分の部屋に戻って今日は早く寝るとしようか」
話が終わったので自分のベッドに向かおうとすると、なぜかリリーとルルーがついてきた。
「ん? どうした?」
「コウガ、一緒に寝てあげましょうか? ……にゃ」
「しばらく離れるから。それより…………がいい? ……にゃ」
と言って、両サイドからオレの腕に手を回し、腕を組んでしな垂れてきた。
「ちょ、ちょっ!? リリー!? ルルー!?」
動揺して慌てていると、今度はリルラが追い打ちをかけて……。
「あー!? ズルいです! 私もコウガ様と一緒に寝たいです!」
走り込んできて、後ろから腰に抱きついてきた。
「そそ、そう言うのはいいから! 明日からみんないろいろ大変なんだぞ! ちゃんと自分の部屋に戻って早めに寝るように!!」
◆◇◆◇◆◇◆◇
翌日、冒険者ギルドに行くと、そのままギルドマスターの執務室へと通された。
「なんじゃ? もしかして、もう依頼を受けるつもりか?」
まさか式典の次の日の朝にいきなり依頼を受けに来るとは思っていなかったようで、ギルドマスターは溜息を付きながら驚くという器用な反応を見せてくれた。
「はい。S級の話を聞いてから日があったので、携行食を用意したり既に準備はできていたんですよ」
本当は携行食ではなくて、屋台などで買った美味しそうな料理なのだが。
携行食美味しくないし。
「そうか。しっかり準備をしてあるのなら文句はない。昨日のうちに依頼の発行準備は終わっておる。ホレ!」
ギルドマスターはそう言うと、二つのクリスタルをオレとリルラに向けて投げ渡してきた。
リルラが落としそうになって慌てているのがちょっと可愛い。
「これは何ですか?」
ギルドマスターに聞いたのだが、答えは横から返ってきた。
≪ほう。それは記録結晶か? それを改造して特定のモノにだけ反応するようにしているな≫
「うぉ!? まったく……年寄りを驚かすんじゃない……。ジル殿、次からは部屋に入る前に隠蔽を解いておいてくだされ」
≪うむ。すまないな。最近は四六時中隠蔽をかけているので解くのを忘れていた≫
確かに街中ではずっと隠蔽をかけてもらっているし、最近は依頼で外にも出ていなかったのでずっとかけっぱなしだった。
「まぁ混乱が起こるよりはマシじゃが……。それでそのクリスタルじゃがの。ジル殿の言う通りの物じゃ。それを持って依頼をこなせばその内容が映像と共に記録される。ちなみに……それ、高いから壊さずちゃんと返すのじゃぞ?」
その後、それぞれの依頼内容を詳しく教えて貰い、オレたちはギルドを後にした。
王都の外、街道からすこし外れた人目につかない所までやって来ると、リルラが別れの挨拶を告げた。
「それじゃ、あまり話していると別れが寂しくなるのでもう行きますね。コウガ様、リリーさん、ルルーさん。みなさまもお気をつけて」
事前の打ち合わせで、最初にリルラを『静寂の丘』の手前まで転移で飛ばすことになっていた。
転移先の付近にトロールがいないことは千里眼で確認済みだ。
「リルラこそ気を付けて。危なかったら無理せず戻ってくる……にゃ」
「トロールは空を飛べないから飛べば逃げれる……にゃ」
そう言えばリルラは空を飛べるとか言っていたな。
もう空を飛んで近づいて魔法連発するだけで一方的に殲滅できるのでは……?
「リルラの実力はわかっているが、くれぐれも油断だけはしないように注意してくれ」
「はい! コウガ様も気を付けてくださいね! 討伐対象こそ一匹だけですが、ドラゴンゾンビはそれなりに強いですから」
それなり……ね。
オレは苦笑しながら「わかった」と返すとジルに向かって頷く。
≪それではリルラよ。気を付けて行ってくるのだぞ≫
ジルが転移魔法を発動すると、オレたちの足元に二つの魔法陣が現れた。
あれ? 二つ?
そしてオレを包む浮遊感……。
「え? オレまだ別れの挨拶もしてないんだけ……」
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