第62話:たまにはゆっくり
国王様との非公式の謁見から数日が過ぎた。
その後もビアンカさんや文官の人たちと話を詰めたりはしたが、あれから国王様とは直接は話してない。
だが、国王様の意向はしっかりと伝わっており、最初に聞いた話そのままでオレたちにかなり配慮した形での報奨になったと思う。
そしてオレたちは、三日後に行われる式典に出る準備もあり、一旦王都で宿をとって久しぶりにゆっくりとした時間を過ごしていた。
「コウガ様。ちょっと行きたい所があるのですが連れて行っては貰えませんか?」
ビアンカさんに紹介してもらった高級宿の一階で、リルラと二人で朝食をとっているとリルラが上目遣いでお願いしてきた。
ちなみにリリーとルルーはまだ寝ており、ジルはひとり部屋でなにかしていた。あぶないことはしないと言っていたので大丈夫だろう。たぶん……。
「たまの休暇みたいなものだし今日中に帰ってこれるところなら別にかまわないよ。どこに行きたいんだ?」
思い返してみれば、オレは冒険者になってから立て続けに何かの事件に巻き込まれている。そもそも普段も冒険者として一人前になるのが最優先でひたすら依頼を繰り返していた。
たまには、こうして依頼もせずにゆっくりとした時間を過ごすのもいいものだな。
ん? たまには? そう言えば村にいる時から特訓で忙しかったし、こんなゆっくりするの八年ぶりぐらい……あれ? 目頭が熱く……。
「それは嬉しいのですが……コウガ様? どうかされました?」
オレがちょっと自分の辛い思い出を振り返っていると、リルラが首を傾げて覗き込んできた。
「あぁ~すまない。たまにはこういうゆったりした時間の過ごし方も悪くないなって思っただけだ」
「はい! 私も一〇〇〇年近く大精霊との契約に悪戦苦闘してましたので、こういう時間はずいぶんと久しぶりです!」
えっと……リルラの「ずいぶん」のスケールが大きすぎる件について……。
「…………うん。それはずいぶんと久しぶりだね。それでどこ行きたいんだ?」
「実はですね。昨日、リリーさんたちと行ったカフェで聞いたんですけど、街の東地区にある広場で『聖エリス神国』から来たキャラバン主催の市が開かれているそうなんですよ」
そう言えばビアンカさんと雑談しているときに、王都では定期的に開催される市以外にも、大きなキャラバンなどが到着したときに開催される市があると言っていた気がする。
ちょうど聖エリス神国から大きなキャラバンが到着したのか。
「へ~、やっぱり王都は色々な国から商人が来るんだな。じゃぁ、朝食を食べたらみんなで行ってみようか」
「はい!」
リルラは元気よく返事をすると、まだ寝ているリリーとルルーを起こしに二階へと走っていったのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
リリーとルルーが朝食を食べ終わるのを待って、ジルも含めた恒久の転生竜みんなで東地区にある大きな広場へと向かう。
ジルはいつものようにオレのすこし後ろを飛んでいるが、隠蔽魔法のお陰で気付いている人はいない。会話も魔法音声でパーティー限定で話しかけてくるので、オレたちがジルに話しかけたときに独り言っぽく見えることを除けば大きな問題もない。
と言っても、変な人に思われたくはないのでジルに話しかける時は小声だが。
「コウガ、聖エリス神国って何が有名なんです? ……にゃ」
リリーに聞かれたので、昔母さんに聞いた話を思い出しながら話をする。
「そうだな。オレもあまり詳しくはないんだけど、特産品としてはシルクという布が有名だな。とても肌触りのいい布だよ」
リリーは最近お洒落に目覚めたようで、シルクにずいぶんと興味がわいたようだ。話をもうすこし詳しく聞かせてあげると喜んでいた。
「へ~。そんな肌触りがいい布があるんですね! ……にゃ」
「私は布より美味しい物が食べたい。なにか有名なのない? ……にゃ」
しかし、シルクに興味のないルルーが、今度はなにか美味しい食べ物はないかと聞いてくる。
すぐに思いつかないが……聖王国の美味しいものって、何かあったかな?
あっ、そう言えば発酵食品がよく食べられているって話してた気がする。
「たしか食べ物だと羊の生乳から作るチーズがすごく美味しいと聞いた気がするな」
母さんが言うには、臭みや癖もなく、濃厚で美味しいという話だったはずだ。
意外といろいろ覚えているものだな。
「コウガ! 私チーズ大好き! 絶対食べたい!」
ルルーが興奮して語尾が普通になっている。
それをリリーに指摘されると、だいぶん遅れてから恥ずかしそうに「にゃ」って言っていた。そこまでして語尾に「にゃ」をつけないといけないのか……。
しかし、ルルーがこんなにチーズが好きだとは知らなかったな。
対してリリーはあまりチーズが好きじゃないらしく、がっかりしている。
最近よく思うのだが、こうして二人を比べてみると意外と似ているようで違う所も多い。
リリーはどちらかというと冷静で大人びていて言葉遣いも丁寧だが、ルルーは結構感情のままに行動するし、口数は少な目で単調な物言いだ。
最近はそれに加え、服装もリリーが女の子っぽいものが増えたのに対し、ルルーはよりボーイッシュな感じのものが多くなっているので、それぞれ個性が出来てきた感じだろうか。
まぁ冒険者として活動する時はお揃いのスタイリッシュな革鎧を着ているのだが。
そんなことを考えながら二人を眺めていたのだが、ルルーが「チーズ♪ チーズ♪」と口ずさむので、なんだかオレまで食べたくなってきてしまった。
「たぶん聖エリス神国から来たキャラバンならチーズも置いているだろうし、ちょっと買いだめでもしておこうか」
「そうする! それがいい! ……………………にゃ」
≪うむ。いくらでも保存出来るから好きなだけ買うと良いぞ≫
最近はジルの次元収納に、パーティーのほとんどの荷物を収納してもらっている。
食べ物も収納したときの状態を維持してくれるので、屋台などで美味しそうなものを見つけると片っ端から買い占めていたりする。
たぶん屋台の食べ物だけでも、パーティーみんなで三ヶ月は食べていけるぐらい入ってある。
ちなみにジルの次元収納にあった魔道具の中に、簡易型の次元収納式小袋があったので、ジルに隠蔽と使用者制限の魔法をかけてもらったうえでみんなに一つずつ渡してある。
国宝とまではいかないようだが、かなりの貴重品らしいので普段使いするなら対策が必須だ。
こちらは容量が馬車一台分ぐらいなのと、緩やかに時間が経過してしまう点で劣っているのだが、個人の持ち物を管理するには十分すぎる性能だろう。
ジルと一緒にいない時もあるし、なにか問題が起こってバラバラで行動することになっても安心だ。
「じゃぁ、チーズは一人三ホール買う! ……にゃ」
「チーズばっかりそんなにいらないです! ……にゃ」
そんなやりとりをしつつ、いろいろと他愛もない話をしながら歩くこと三〇分。
ようやく広場で行われている市が見えてきた。
「うわぁ♪ いっぱいお店が出ていますね!」
リルラが駆け出して、嬉しそうに周りをキョロキョロと眺めている。
その姿はどこから見ても一〇歳の美少女然とした可愛らしさで、見ていると本当に和む。
「リルラ! 一人で先に行っちゃダメですよ! ……にゃ」
リルラが一人で駆け出したので、リリーが心配して追いかけていった。
そしてそれを眺めていたルルーが……。
「リルラは本当に子供なの……にゃ」
と言っているが、自分も駆け出したいのかウズウズしているのが丸わかりだ。
頑張って冷静を装ってはいるのだが、目はチーズを売っている店をロックオンしている。
「ルルー……発言と行動が一致していないぞ。たぶんあそこの店でチーズ売ってると思うから先行ってきなよ?」
オレの言葉を受けて尻尾がさらに大きくぶんぶん振られだした……。
「そそ、そんな必要ない。ルルーはいつも通り。でも、コウガがそこまで言うなら先に行こうかな……にゃ」
と言い終わるやいなや駆け出していった。
こうやってみんなの後ろ姿を眺めていると幸せを感じるな~。
「ははっ、ちょっと爺臭いかな?」
自分で思っておいて、ちょっと笑ってしまった。
ジルがクスクスと笑い出したオレを不思議そうに見ていたが、オレたちも行こうと促し、一人と一匹でゆっくりとみんなの後を追ったのだった。
お読み頂きありがとうございます!
すこしでもお楽しみ頂けましたら、励みになりますので
ブックマークや★評価などによる応援をよろしくお願いします!
※評価は↓広告の下にある【☆☆☆☆☆】をクリックでお願いします
※旧版とは一部設定や物語の展開などが異なっています




