第42話:学院長
ビアンカさんに手を引かれて連れて来られたのは『学院長室』と書かれた部屋の前だった。
学院長にさっきの出来事を報告するのを手伝えってことか。
まぁあんな魔物が突然現れ、それを見学者が全部蹴散らしたのだから報告も必要だろう。
でも、いつまで手を握っているのか……ちょっと恥ずかしくなってきた。
これ、オレから言うほうがいいのか?
しかしどうするか迷っていると、なぜか対抗心を燃やしたリルラが突然背中に飛びついてきて、リリーとルルーの二人までオレの袖を掴んできたため、変な団子状態になってしまった。なにこのカオスな状況?
とりあえずいそいそとみんなを引き剥がし、ビアンカさんの手もそっと放しておく。
すると、この変な状況に気付いていなかったビアンカさんがようやく振り向いた。
「今日、ちょうど見学ツアーの案内の後に学院長とお会いする約束だったの。だからちょうど良かったですわ。学院長にさっきのことを報告するから手伝って欲しいのですわ」
と言うと、ノックをして返事も待たずにさっさと扉を開けて入っていってしまった。
オレは面倒なことになったと溜息をつきつつも、みんなで後に続く。
「C級冒険者パーティー『恒久の転生竜』と言います。失礼させて頂きます」
部屋の中は思っていたより質素だ。
だけどよく見ると、いたるところに魔道具と思われる物や装飾品が並んでいる。
かかっているお金は下手な成金趣味な部屋よりも上だろう。
そしてその部屋の中央、執務机の向こうには一人の女性が座っていた。
ただ、学院長と聞いて想像していた姿よりずっと若い。せいぜい二〇代後半に見える綺麗な人だった。
「学院長! 急ぎ報告することが起きたので失礼しますわ! この者たちも当事者ですので一緒に連れてきましたの!」
「あららら? えらく団体さんでいらしたのね~」
ビアンカさんの切羽詰まった言葉とは対照的に、なんとも気の抜けた言葉で迎えられる。
ずいぶんのんびりした人だなぁと思っていると、後ろで誰かのちいさな悲鳴と息をのむ音が聞こえた。
「ひゃっ!? お、おば……」
誰だと確認しようと思ったのだが、先に話が始まってしまったのでオレも説明に参加する。
「実はさっきまで学園の見学案内をしていたのですが……」
ビアンカさんが順序立てて説明し、どれだけの大変なことが起こったのかを必死に報告していく。だけど、結局最後まで学院長は驚いた様子もなく聞き終わった。
「あららら? それは大変な事態ですね~」
「学院長! そんな呑気なことを言っている場合ではありませんわ! 大ホールにとんでもない数の魔物が現れたんですよ!」
「あららら? でもそのゴーレムたちはそこの『転生の恒久竜』の人たちが倒してくれたんでしょ~?」
「た、確かにそうですが! その点についても報告したではないですか! この者達は只者ではありません! すくなくとも決して額面通りのC級冒険者などではありませんわ! 特にその小さな少女など見たこともないような魔法を駆使して……すごいなんて簡単な言葉で言い表せません!」
「あららら? それは嬉しいわね~」
自分の見た異常な事態と、オレたちの異様な強さをなんとか学院長に伝えようと必死なビアンカさんだったが、学院長の言葉の意味がわからず困惑する。
「え? 嬉しいってどういう意味ですの?」
「あららら? だって~孫をすごいと褒められて嬉しくないお婆ちゃんはいませんよ~」
そしてオレたちも困惑する。
「「「へ?」」」
全員の視線がリルラに集まった。
リルラはこっそりオレの後ろに隠れて隠蔽の魔法を使おうとしていたようだが、どうやら間に合わなかったようだ……。
「えっと……お、お婆ちゃん……ごご、ご無沙汰していますです!」
「「「えぇぇぇーーー!? お婆ちゃん!?」」」
「は~い~。お婆ちゃんですよ~」
いろんな意味で驚いた……。
「が、学院長のお孫さんだったんですね……。なんかもうそれだけでいろいろ納得してしまいましたわ」
ビアンカさんが学院長の孫だと聞いて、それならあの魔法の実力も頷けると一人で納得したようだ。
学院長もやっぱりリルラ並みに規格外なのだろうか。
今まで焦っていたビアンカさんだったが、学院長への絶対の信頼からか、リルラの信用が跳ね上がったようで急に落ち着きを見せた。
たぶん、さっきこちらに向かう前にリルラに張ってもらった一〇階大ホールの結界が破られないかと心配だったのだろう。
「すごい驚いたけど、リルラのお婆さんなんだな」
「孫がよくしていただいているようですね~。ウィンドアよ~。よろしくね~」
「コウガ様には私のフルネームを教えたのでもうお気付きかと思われますが……」
「え、えっと……」
う、ごめんリルラ! 長すぎて間の名前まで覚えていなかった。
こっそりメモは取ってるんだ……。
「もう、仕方ないですね。私の正式な名前は『リルラリルス・ウィンドア・スクラーサ・ソリテス・クロンヘイム』です。クロンヘイムは『はじまりの四精霊』と呼ばれるハイエルフの始祖の一人で私はその血筋の者です。そしてその血筋の中で、偉業を成し遂げたものの名は代々受け継がれるのですが……」
「つまり『ウィンドア』『スクラーサ』『ソリテス』の三人が偉業を成し遂げた人ってことだから、リルラのお婆ちゃんも何か偉業を成し遂げてるってことになるのか?」
偉業というのがどういうものかわからないが、すごい人なんだろうな。
「そうですね~この学園の創設者にして学院長。元S級冒険者でもあるこの『ウィンドア』とは私のことなので~す。えへん」
うん、きっとすごい人なんだろうけど……なんだろうな……この残念臭は……。
「それでぇ~一〇〇〇年前に家出した悪い子がここで何しているのかしら~?」
ここに来てさらに「家出娘」とか言う属性を追加してくるリルラ。
家出してる期間が半端ないです……。
「そ、それは……ごめんなさい……。でも、精霊界でどうしても大精霊と契約したかったんです!」
そして『精霊宿る花』の仇を討ちたかったの~! と泣きだすリルラ。
この感覚だけは未だに理解できない……。
「あららら? 泣き虫なのは一〇〇〇年経っても変わらないのね~」
ウィンドア学院長は席を立つと、泣いているリルラに近づいてそっと抱きしめた。
「まぁこうして無事に再会出来たのだから許してあげるわ~可愛い孫だもの~」
何気にジルを見ると、ちょっと気不味いのか頬を指でかきながら そっと目を逸らしていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
予想外の一〇〇〇年ぶりの再会劇のあと、ようやく本題に戻ったオレたちは、みんなで現場となった一〇階の大ホール前まで戻ってきた。
しかしリルラの結界で大ホールには誰も出入り出来ないようにしてもらっていたのだが……。
「お、お婆ちゃんに簡単に破られた……」
ウィンドア学院長に軽く触れられただけで結界を解除されてしまったことに、リルラが軽くショックを受けていた。
ただ軽く話を聞く限り、リルラが精霊魔法の中でも召喚系魔法特化なのに対して、ウィンドアさんは結界や護りの魔法が得意なようだから、あっさり解かれるのは仕方ないだろう。
でも、ジルほどではないにしろ、この人もリルラ並みに規格外だということだけは確かなようだ。
そんな感想を抱いていた時だった。
ウィンドアさんが大ホール奥の階段あたりを眺め……。
「あららら? 十一階に続く階段の封印が解かれているようね。困ったわ~」
と、ぜんぜん困ってなさそうに呟いたのだった。
お読み頂きありがとうございます!
すこしでもお楽しみ頂けましたら、励みになりますので
ブックマークや★評価などによる応援をよろしくお願いします!
※評価は↓広告の下にある【☆☆☆☆☆】をクリックでお願いします
※旧版とは一部設定や物語の展開などが異なっています




