第38話:隠蔽と偽装
結局オレたちはそのまま見学することにした。
もちろん入学するつもりはないが、受付付近にあった案内板には見学ならだれでも可能なことが書かれていたので、こちらから訂正する必要もないかと……。ちょっと騙してるみたいで申し訳ないけど、そもそもこちらは何も言っていないからね。
そんなわけで、すこし塔の周りをブラブラしてから時間を潰し、五分前には受付の前まで戻ってきた……のだが……。
「遅いわよ! この学園に入るつもりなら普段からもっと余裕を持った行動を心がけなさい!」
と怒られた。もちろん何度も言うが入るつもりは全くない。
さすがにややこしくなる前に入学するつもりはないと伝えておこうと口を開きかけたのだが、受付のお姉さんが強い口調で注意しはじめたので話す機会を逸してしまった。
「こら! ビアンカさん! せっかく興味を持って見学を希望している人たちなのですから、そういう態度はやめなさい。あなたたちの後輩になるかもしれない人たちなのよ! もっと優しく接しなさい!」
なんかすごく言い出しづらくなった……。
そんな風に言われると軽い観光気分で来ていることに申し訳ない気持ちになる。
「いきなりごめんなさいね~。この子は根が真面目すぎて……。もっと柔軟に行動できるようになると良いのだけど」
「そ、そんなこと言われても……」
「まぁいいわ。えっと、今日の見学はあなたたちだけみたいだから、のびのび見学出来るわよ。この子はビアンカ。今日の案内を担当するからよろしくね」
「び、ビアンカですわ。今日はあなたたちの案内を受け持つから、よ、よろしく」
ちょっと頬を赤く染めて照れながらそう言うと「ついて来て!」と言って歩き始めた。
ビアンカさんは学園指定の黒いローブは着ておらず、チェックのスカートにニーソックスという女の子らしい服装をしていた。その姿は赤髪にサイドテールの美少女というのも相まって、前世のアイドル衣装を彷彿とさせる。
こちらの世界の人はとてもカラフルな髪色をしているので地毛の色かはわからないが。
それは簡単に髪の色を染めることができる魔道具が比較的安価で売られているためで、年頃の女の子は気分によって変える子が多い。
ただ、うちのパーティーの女性陣は今まで髪色を変えたところを見たことがない。
リルラは黒髪ロングでそもそもその魔道具を持っていないし、リリーとルルーは一応買って持っているらしいが『白き獣』の獣人としての誇りからか染めるつもりはないらしい。なぜ買った?
ちなみにカリンは意外なことに女の子らしくよく髪型や色を変えて楽しんでいる。緑系がお気に入りのようでよく見かけるのだが、髪型や色が変わっているのに気付かないと不機嫌になるのは勘弁して欲しい。緑のトーンを一段階下げたとか言われてもわからないから……。
などと考えていると、どうやらオレがビアンカに視線を向けていたのがわかったようで、リルラが拗ねて腰に抱きついてきた。
「コウガ様……ここにとびっきりの美少女がおりますのにご不満ですか?」
リルラも純和風エルフとちょっとややこしい出で立ちだが間違いなく美少女だ。だが、ちょっとまだ幼いからな……。どちらかと言えば妹みたいな可愛さだ。
「リルラみたいな可愛い子がいるのに不満なんてないよ」
そっと抱擁をときながら頭を撫でてやるとはにかんで見上げてきた。
「リリー。今からでも髪を染めることも再考しないと……にゃ」
「ルルー。それより私たちももう少し服装に気を使う方が先かも……にゃ」
今度はリリーとルルーもなにか張り合っているし……。
「二人は今のままで十分綺麗だから、そのままでな」
どの程度かまではわからないが、二人がオレに好意を抱いてくれているというのはなんとなくわかっているつもりだ。これだけの期間一緒に過ごせば鈍いオレでもさすがにね。
ただ、オレも年頃な健全な男子なわけで、すごい可愛い子や綺麗な子に目がいってしまうぐらいは許して欲しい。
「何をしていますの! 早くこっちに来てくださいませ!」
オレたちが中々こないのでビアンカが怒り出してしまった。
ん? 彼女は最初からずっと怒ってるんだっけ?
◆◇◆◇◆◇◆◇
オレたちはビアンカの案内で一階から三階までの学院の施設を順に見せてもらった。
この塔は直径三〇〇メートルもある丸型のフロアになっており、階によってその高さが違うすこし変わった構造になっていた。
本当は上の階も見てみたかったのだが、四階から九階までは魔法学の研究機関が入っているので見れないそうだ。
ただ、一〇階は吹き抜けの大きなホールになっているようで、そこはこの後見せてもらえることになっている。
しかし、最初から興味を持っていたリルラだけでなく、リリーやルルー、それにジルまでもが、興味深そうにビアンカさんの説明に聞き入っていたのは意外だった。
今日は学院は休みのようで教室に生徒はほとんどおらず、魔法の実習室などで数人見かけた程度だったのだが、不思議な材質の実習室の壁や奇妙なオブジェ、魔物が出現するポイントに張られた結界など、見てて飽きることがなかったのは確かかもしれない。
ちなみにビアンカさんは、いまだにジルの存在には気付いていない。
ジルに隠蔽魔法の説明を聞いた時は、道端の石みたいに注意が向かないようになる簡単な魔法だと言っていたが、そもそも存在にまったく気付けないようなすごいレベルのようだ……。
「では、最後は一〇階大ホールに向かいますのでついてきてくださいませ」
案内に従って歩いていたところ、ビアンカが一人の男性に話しかけられた。
「お? これはこれはビアンカさんじゃないですか~。休みだというのに今日も登校しているとは、やはり優等生は違いますねぇ」
その男はどうやら教師のようなのだが、ビアンカやうちの女性陣を足の先から舐めるように見る視線がいやらしく、ちょっと不快だった。
「ど、ドアンゴ先生……。今日は見学ツアーの案内役を引き受けましたので」
「ほう……その子たちですか……ん!?」
「どうされたのですか?」
そのドアンゴと呼ばれた教師は、ビアンカさんではなく、オレが背負っている槍を見て驚いたように見えた。
オレの装備はすべてジルに頼んで偽装の魔法をかけてもらっているのだが、驚くことに気付かれた気がする。
でも、ジルも似たような隠蔽の魔法で意識が向かないようにしているはずなのだが、こちらはまったく気付いていないようだ。
どういうことだろう? と疑問に思っていると、オレにだけ聞こえるようにジルが魔法音声で話しかけてきた。
≪主よ。どうやらその男、物品鑑定系のギフトを持っているようだ。普段から癖のように装備などを鑑定していてたまたまヴァジュランダに鑑定を使ったのだろう。気を付ける価値もないような強さの男だが、その槍の本当の価値を見抜かれたかも知れぬ。消滅させておくか?≫
「ちょ!? 消滅させるな!」
思わず大声で突っ込んでしまった……。
「な、なんですか!? 急に大声をださないでください! いったい何ですの!?」
「えっと……すみません……」
うぅ……恥ずかしい……。
しかし、そうか。魔法で道端の石のように感じていても、その道端の石にまで普段から鑑定を使っていれば気付いてしまうのか。
今のオレたちなら、そうそう遅れを取ることはないだろうが気をつけておこう。
「それじゃぁドアンゴ先生、まだ案内が残っていますので失礼します」
ビアンカさんもこの教師は苦手なようで、さっさと話を終わらせると歩き出した。
オレたちもあまり関わりを持ちたくない相手なので、軽く会釈だけしてすぐにビアンカさんの後を追ったのだった。
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