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8 実体のある幻ってズルくないですか?


 俺は取り囲む六体のランスを見る。どれもこれも、生き生きとしていて幻には到底見えない。本当に分裂したとしか……。


『さあ、我が虚実入り混じる妙技、とくと味わうがいい!』


 ランスたちが一斉に口を開き、再び水の塊を形成し始める。

 ――不味いッ!!


「ユウスケ!!」

「うお!?」


 俺は迷わず、ユウスケを抱き抱え、全力で地面を踏み抜く。


『【水气砲シェイ・コウチー】!』


 六体のランスが同時に激流を吐き出した。同時に、僅差で俺は宙に飛び上がり、一回転しながら砲弾を撒き散らす。

 放たれた弾丸は全てどのランスにも直撃し、確かに古文書の通り一切の見分けがつかない。


「だったら、片っ端から斬っていけば分かるだろ!」


 俺の手を足掛かりに、ユウスケが更に跳躍。手近のランスへ斬りかかった。


「せいっ!!」

『ぬぅ!』


 横一文字の斬撃がランスの顔に傷を作る。流石、竜殺しの剣だ。


『甘いぞ、若き騎士よ!』


 その背後を、別のランスが襲い掛かった。大口を開け、噛みつかんと差し迫る。


「だから俺がいるんだよ!」


 俺は真上から、ランスの鼻っ柱に蹴りを叩き込んだ。勢いそのままに水面へと叩きつけ、水柱が盛大に跳ね上がる。


「サンキュー、助かったぜトウヤ!」

「お礼は後にしとけ! この状況、何とかできる気がしない!」


 更に別のランスが肉薄してくる。開かれた咢は周りの岩を嚙み砕きながら、強引に俺に向かって突っ込んできた。


「タイミングを合わせて――、飛ぶ!!」


 飛び上がり、のたうつ長い身体に着地。足場にして疾走し、ユウスケに突進していくランスのどてっぱらを狙い、銃撃するが精々動きを鈍らせ、ユウスケの回避をサポートしてやるくらいの役にしか立たなかった。


「ハハ、中々のピンチじゃん! 野球部の助っ人やった時のノーアウト満塁、四番打者、一打逆転の危機を思い出すな!」

「でもそん時もお前、21球で抑えただろ。今回も何とかなるか?」


 俺たちは地面に降り立つと背中合わせになり、荒い呼吸を繰り返す。悔しいがユウスケですらランスの幻影を見破ることは出来なかった。

 公女サマが俺たちを止めようとした理由が今更、分かったよ。


 ――強すぎる。


 デレさせるとか、そういう以前の問題だ。


「そうだな……、なあトウヤ」

「ん?」

「一つ聞きたいんだけど、お前さ――」




 ランスは油断なく、ユウスケとトウヤを観察する。久しぶりの縄張りに入り込んだ侵入者は、聖剣ドラゴンスレイヤーを携えた騎士と、懐かしい気配のする小さな人型のドラゴンだった。

 最近、世の中を騒がせる黒竜退治にシレーネが呼び出したのだとすぐに分かった。ランスとて、黒竜が暴れまわっていることは巣穴にいても把握しており、力を貸すべきかと重い腰を上げかけていた。


 だが、黒竜はランスよりも格上の存在だった。自分一人が出ていってもまず勝ち目はない。かつての戦いのように、竜騎士と残る三匹のドラゴンたちと力を合わせれば黒竜と言えども敵ではないが。

 問題はランス以外の三匹の動向が分からないことだ。ランス自身も癖の強いドラゴンだが、他の三匹も更なる変竜と言える振る舞いをする。


 もしかしたら、この事態を傍観すると決め込んだ怠け者もいるかもしれない。故にランスは日々、悶々とした時を過ごしていた。戦いを好む性分でありながら、勝ち目がないという理由だけで巣穴に引き籠る己に嫌気すら感じていた。

 もし世界を司るという重要な役目が無ければ、すぐにでも飛び出し、先陣を切って戦い迷いなく死ぬことを選ぶだろう。


 そんな中だった。二人の小さな侵入者がやって来たのは。ドラゴンスレイヤーを与えられた竜騎士を見た時、ランスは心のどこかで喜んでいた。

 己の鬱屈とした気持ちを打ち払ってくれる、と期待して。あのかつての騎士のように、契りを結ぶに値する男と願って。


 しかし、とランスは戦いながらも困惑を抱かずにはいられない。


 何故、トウヤと名乗る少女はあの無色透明の気配を宿しているのか? 彼女に子孫がいたとは聞いたことが無い。

 彼女は一人だった。いつも一人で、どこかにいて、何物にも染まらなかった。


 それが無色透明のドラゴン――透竜。


「いけるぞ、ユウスケ」


 そのトウヤの声にランスは自分が思考の海に沈みかけていた事に気づく。

 戦いの最中、気を抜くなど言語道断である。ランスは残る五体の幻に指示を下す。


 一斉に大波を引き起こし、勝負を決めよ、と。


 この二人は強い。将来も有望だ。

 だがランスの幻を看破できない未熟者でもあった。黒竜の脅威が差し迫るせいで、満足な訓練も詰めなかったのだろう。


「なら――俺を全力で放り投げてくれ!」

「覚悟しとけよ、手加減無しだからな!」


 それでも、望んでいた。

 必ず超えてこい、と。


「どっせぇええええい!!」


 竜騎士が天高く舞う。ドラゴンスレイヤーが閃く。


「ユウスケ、お前の真正面にいる奴が、本物のランスだ!!」


 ランスはゾクッと、身が震えた。


『フ――ハハハハハァ!! よくぞ、見破ったものよ!! だが、我がブレス、防げるかァ!?』

「行くぞ、ランス!!」


 水と刃が、交錯した。

 


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