5 やると決めたらやり抜くようです。
「スーンノハが、あの最強の砦が堕ちるなんて……」
「公女様!」
ふらつく公女サマをユウスケと俺は慌てて受け止めた。
……酷い顔色だ。
「こちらが公女様の自室になります。そちらへ、運びましょう」
側近の爺さんに促され、俺たちは部屋に向かう。
自室は一国の主、とは思えないくらい質素で簡素だった。慎重に公女サマをベッドに寝かせる。
「……すみません、私としたことが……」
「いえ、それよりも……」
「はい。スーンノハ砦は、我がヨルムンガンドを守る重要な砦の一つになります。竜は空を舞い、空を支配する頼もしい仲間ですが、時として我らに牙を剥くものも存在します。そういったモノたちが近づけぬよう、砦には特別な結界を敷く陣がありました。いかに黒竜と言えど、簡単に結界を破ることは出来ません」
公女サマは顔を濁らせる。
「まさか面ではなく、面を作る点を把握されるとは……しかし、あの砦には有事に備えて手練れの竜騎士を多数、配備しておりました。彼らが全滅するなんて……信じられません」
「お言葉ですが、あの兵士がわざわざ嘘を告げる利はありません。シレーネ様、国の結界を大至急、調査せねばなりませぬ。黒竜が現れたとなれば、一刻の猶予もありませぬぞ」
「分かっています。しかし、ユウスケ殿たちはまだ旅に出られるほど……」
俺とユウスケは顔を見合わせた。
迷ってる暇も、悩んでる暇もなさそうだ。
やるって決めてた事だし、それが少し早くなってレベル1だけどチュートリアル的なのをすっ飛ばすだけだろう。
……大丈夫、だよな?
「公女様。事態は理解しました。俺とトウヤはすぐにでも出発し、四匹のドラゴンに会いに行きます」
「……! ダメです、まだお二人はこの世界に来たばかりで――」
言葉を遮るようにユウスケはドラゴンスレイヤーを抜剣し、演武のように軽やかに振って見せた。
俺は右手をアヴェンジャーに変化させる。
「覚悟は決まってますよ。俺たち、やると決めたらやり抜くんで」
「……おい、そんなの初耳だが?」
「ちょ、ここは空気読んで合わせてくれよ!?」
「へいへい。まあでも公女サマも俺たちの事、信じて呼んでくれたんですから、ここも一つ、任せてくれませんか?」
暫しの沈黙。揺れ動く瞳は様々な葛藤の中で答えを見つけようとしているのだろうか。
ややあって、口が開かれる。
「……お願いします。どうか、この国を」
ああ、やってやろうぜ。
俺たちは目配せして、頷き合った。
「四匹のドラゴンはそれぞれ、ヨルムンガンドを守るように四方に存在しています」
地図を広げた公女サマはそれぞれの場所を指で示していく。その傍ら、俺は急ピッチで旅支度を進め、説明を聞く係はユウスケに一任した。
「北のラーグン連山の炎の竜、紅竜ルベル。南のリドア海の水の竜、蒼竜ランス。東の大平原の風の竜、翠竜ヴェルデ。西のヴェルダニ荒地の地の竜、黄竜アマレロ。ここから一番近いのは、ラーグン連山でしょう」
ですが、と公女サマは首を横に振った。
「ラーグン連山は活火山です。周囲は高温ですが、特に内部となれば致命的な灼熱の空間となるでしょう。ルベルの縄張りともなれば、最早人の身では近づけぬ領域です」
強大な力を持つドラゴンは縄張りを作る。何故なら自身を維持するため、最も適した環境を用意したいからだ。強いドラゴンはその代償でただそこに在るだけで、膨大なエネルギーを費やしてしまうらしい。
故に巣穴となる縄張りは、普段は最小限の消費で済み、愚かな侵入者が来た時には最大限の力を奮えるようにそのドラゴンが好む生態となる。
「炎の縄張りに挑むには、蒼竜ランスを最初に仲間にすると良いでしょう。彼女は義に厚く、強きを好む竜です。力を示せば、契約に応じてくれるはずです」
「そこは俺の腕の見せ所ですね」
仁義を貫く竜なら公女サマの願いで助けてくれそうなものだが、もし仲間に出来たとしてもランスと契約を結ぶれるだけの竜騎士がいないのだ。
力ある竜と契約すれば、見合う強さは貰える。しかし同時に相応しいだけの資格が求められるようだ。
それが異界の竜騎士……って事だ。
「蒼竜に会うための入り口は、海底洞窟です。リドア海の海岸線にポッカリ開いてるのですぐに分かるかと思います……お気をつけて」
「はい。公女様もお体をご自愛くださいませ」
ついに、ヨルムンガンドを救う戦いが始まった。