4 不穏な空気は突然やって来るようです。
「では、ユウスケ殿。前に……」
翌日。昨夜の寝つきは良くなかったが、大事なイベントなので欠伸をかみ殺す。
壇上にはジャージ姿から、ヨルムンガンドの竜騎士に与えられる鎧に着替えたユウスケ。
そして恭しく一振りの鞘に収まった長剣を差し出す公女サマ。
――聖剣ドラゴンスレイヤー。
ヨルムンガンドに伝わる竜殺しの剣だ。かつて、この剣を携えて異界の竜騎士は悪しきドラゴンを打ち滅ぼしたという。
「はい」
ユウスケは公女サマと同じく、堂に入る所作でその剣を受け取った。見よう見真似でもスマートにこなすんだから、羨ましい限りだ。
「あなたに偉大なる始祖竜の加護があらんことを――!」
鞘から剣を抜き、突き上げるユウスケに兵士たちの喝采が轟いた。
俺もちょっと感動してしまった。まだまだこれからだってのに。
聖剣の授与式が終わると、肩を回しながらユウスケが俺の元へやって来た。ドラゴンスレイヤーは背中に背負っている。
「ひゃー、緊張したわ~」
「ハハ、似合ってんぞ。馬子にも衣裳ってか?」
俺はパチパチと拍手しながら茶化す。
「お前こそ、そんな色気のないジャージいつまで着てるんだよ」
「ほっとけ、女物の服なんて着ないし、これが一番なのさ」
授与式の前に公女サマはドレスを着ないかと打診してきたので、丁重にお断りしておいた。
なけなしの男だった時のプライドは絶対に死守しなければならない。
「これから訓練だっけ?」
「ああ。こいつを使いこなせるようにならないとな」
ドラゴンスレイヤーを抜いたユウスケは、手慣れた様子で軽々とそれを手元で回転させる。流石、助っ人で剣道部に呼ばれてそのままインターハイを制したバケモンだ。もう既に十分だと思うが。
「お二人とも、お疲れさまでした」
公女サマがやって来たので、頭を下げようとしたが制止される。
「そう硬くならないでください。式典は終わりましたし、お二人の立場は私の賓客となっておりますから」
「んじゃ、お言葉に甘えて――」
姿勢を崩すユウスケ。俺も倣い、気を抜いた。シレーネ公女は国のトップで、特別な血筋特有の雰囲気もある人だ。でもその一方で不思議と砕けて話せてしまう空気感を併せ持っていた。
実際、臣下兵士民草全てから高い支持を受けている。だから黒竜という脅威の中でも、人々は公女サマを信じて強く生きていた。
「ドラゴンスレイヤーの具合はどうでしょうか?」
「そうですね、軽いし何か凄い手に馴染みますね。早くこれをうまく使えるようになりたいです」
「フフ、なら兵士長にミッチリ仕込んでもらわないといけませんね」
「お、お手柔らかに」
兵士長は見ての通りの巨漢だ。大剣を片手剣のようにぶん回し、大岩をバターか何かのように切断してしまう。
「ユウスケ、ご愁傷様」
「見捨てないでくれよ~、トウヤぁ」
「ええい、引っ付くな! 暑苦しい!」
馴れ馴れしく触ってくるが、こいつ、少しは俺が女になってる事を自覚したらどうだ? 地球ならセクハラだぞ、セクハラ。
「お二人は仲が良いのですね」
そんな俺たちのやり取りを見て、公女サマは楽しそうに笑う。
「ええ、そりゃあもう! 強敵と書いて友と読む! それくらいの仲ですよ!」
ビシッと親指を立てるユウスケ。こんな姿はクラスメイトや女子たちの前では決して見せない。俺といる時だけ、ユウスケはありのままの自分を見せるのだ。
しかしここは異世界。ユウスケを知る奴はいない。だから最初から全てを曝け出せる。俺も外でここまではっちゃけるユウスケを見るのは久しぶりだ。日本ならいつ同級生や顔見知りと遭遇するか、分からないからな。
「まあ、なら私も仲間にして貰えますか? お二人のいた世界の事も、実は気になってまして」
「全然、オッケーですよ。なあトウヤ?」
「はい。俺たちで良ければいくらでも」
「ありがとうございます。でしたら、午後の休憩時間にでも――」
和気藹々と話す俺たち。だが、そこへ――。
「こ、公女様!! シレーネ公女……ッ!」
激しく息を切らし、全身から血を流すボロボロになった兵士が転がり込んできた。
一瞬にして式典の会場となった中庭は騒然とする。
「あなたは北のスーンノハ砦の……いったい、そのケガは!? 早く、衛生兵を! 急いで!」
「公女様! 私の事は構いません! あなたにお伝えしなければならない事が!」
「伝えたい、事?」
「はい……! スーンノハは黒竜の奇襲を受けて陥落ッ! 城に到達まで、残す砦はあと二つのみに……!!」
公女サマの顔が絶望に染まった。