令嬢と黒猫執事の婚約破棄騒動
「リアーナ・モンテギュー、お前との婚約は破棄する!」
その台詞をいわれ、リアーナは目をぱちくりした。
よく読む恋愛小説の一節のようだ、と思ったのだ。
まさか自分が婚約破棄されるとは思ってもみなかったが……。
ここは、王城の一室。豪華な家具に調度品の並ぶ、来賓用の部屋である。そこに付き人も着けず、二人っきりで二十歳そこそこの男女がいるのだが……、甘い雰囲気とはまったくの真逆であった。
「あの……、フランシス様、何故そのような……突然、そんなのって……」
祈るように胸の前で手を組みながら、リアーナは婚約者であるヴァラン王国の第二王子・フランシスに尋ねた。
「何故? そんなのは決まっている! お前の胸が、その……、下品だからだ!」
「え……」
リアーナは自分の胸を見下ろした。――銀色の髪がかかる、脚元が見えないくらいの、大きなバストを。
「そんな……、胸の大きさで婚約破棄されるなんて……」
「僕は胸の小さい女が好きなんだ!」
くすんだ金髪と垂れた青い目の、甘ったれた顔をしたフランシスが、唾を飛ばさんばかりの勢いで叫ぶ。
「そんな……、そんなのって……」
リアーナはとたん、大きな胸がきゅうっと縮まったかのような痛みを覚えた。
この大きな胸には散々悩まされてきた。暑い時には汗疹になるし、ドレスだって似合わないし。今の流行は胸を強調するドレスだから、基準より大きい胸のリアーナが流行りのドレスを着ると、確かに下品に見えてしまう。
だからリアーナは野暮ったい昔風のドレスを着るしかないのであった。本当は、最新のお洒落を楽しみたいのに。
なにより重い、重いのだ、この肉の塊は。とにかく肩が凝るのである。
「そんなのってないです、フランシス様。どうか、どうかご容赦くださいませ」
「ふん、伯爵令嬢風情が僕に意見しようというのか!」
フランシスは腰に手を当てて、胸を張る。
伯爵令嬢風情。確かにリアーナは伯爵令嬢だ。一国の王子からしてみたら、『伯爵令嬢風情』と言われてしまうのも仕方がない。
実際、この婚約は玉の輿だ、なんていわれていた。現国王陛下とリアーナの父親が親友同士であり、娘と息子が生まれたら結婚させような、という盟約のもと結ばれた婚約なのである。
「でも、あの……、国王陛下にはもう言ったのですか? こんな婚約破棄、無効な気がするのですが……」
「『こんな』とはなんだ、『こんな』とは!」
フランシスは顔を真っ赤にして地団駄を踏み始めた。これが一国の王子かと思うと、なんだかちょっと情けなくなる。
「とにかく婚約は破棄する! 父上にはあとでいう、きっと分かって下さる!」
「そんな……」
リアーナはがっくりと肩を落とす。
落としつつも、お話だったらそろそろ……と新登場人物を期待していた。
たとえば、この客室のドアから、ずっとリアーナに思いを寄せていた男性が登場してくれるのだ。
そしてリアーナをこの地獄のような状況から助け出してくれる……。
なんの変哲もない、よくある婚約破棄のお話だったら、そんな展開になるはずだ。
そして、それは実現する。
ガチャリ、と現実のドアが開いたのだ。
「話は聞かせてもらった」
入ってきたのはさらさらの茶色の髪に紺色の瞳のイケメンだった。――リアーナは、彼を知っていた。
「レヴィン殿下……?」
隣国・アルデン帝国の第一皇子であるレヴィン・アルデンである。アルデンは近隣諸国を侵略して大きくなってきた帝国で、このヴァラン王国も帝国の一領国である。
「ずいぶん酷いことをするものだな……フランシス」
「レヴィン殿下は関係ないだろう。いくら殿下であろうと、引っ込んでいてもらいたいな」
ちょっと棒読み気味なフランシスの声など無視し、レヴィンは、流れるように自然な仕草でリアーナの肩を抱いた。そして耳元に唇を寄せて囁く。
「もう心配はいらないよ、俺のお姫様」
「まあ……」
情熱的なレヴィンの言葉に、リアーナの頬がぽっと赤くなってしまう。
フランシスは顔から表情を無くして、さらに棒読み気味に叫んだ。
「レヴィン殿下、なんの権利があって君がここにいるのかは知らないが、ただちにご退出願おうか」
「権利はあるさ」
ぐっ、とリアーナの肩を抱き寄せ、彼はハッキリと宣言した。
「俺はリアーナのことが好きなんだ。だから、君が婚約破棄するというのなら、俺が彼女を貰う。……文句は言わせないよ?」
「なっ……」
カアッ、とフランシスの顔が赤くなる。
「ふっ、ふんっ! そんな下品な女でよければいくらだってくれてやる!」
「下品? どこが下品だというんだ、こんな美しい令嬢なのに」
「胸がデカすぎる!」
「それはどうも。俺は胸がデカいほうが好きなんだ」
そこでレヴィンはリアーナの肩をぐいと引き寄せ、ドアに向かった。
「さ、行こうリアーナ嬢。こんなところ、君には相応しくないよ」
「はい、レヴィン殿下……」
ぽーっとレヴィンの顔を見上げながら、リアーナは部屋を出て行った。
これは、もう決まった。
自分は婚約破棄されたヒロインで、フランシスは我が儘な元婚約者で、レヴィンはリアーナを溺愛する、真の恋人なのだ。
リアーナはめくるめく婚約破棄物語のヒロインになったのである。
◇ ◇ ◇ ◇
「と、いうようなことがあったの……」
リアーナは城内に割り当てられた自分の部屋に戻ると、執事に髪を梳かしてもらいながら、先ほど実体験した婚約破棄物語の冒頭を説明した。
この部屋は王子の婚約者だから与えられた部屋である。王子の婚約者でなくなった今となっては、遅かれ速かれ出ていかなくてはならないだろう。
だが今はそんなことも考えず、リアーナはぽっと頬を染めて夢見心地だった。
「レヴィン様、すごくかっこよかったわ……!」
「出来すぎじゃないですかね」
リアーナより少し年下の執事・セリクがムスッとした顔で言う。
「でも私、本当に婚約破棄されたの、お話みたいに」
リアーナはぷくっと頬を膨らませた。
やれやれ、という感じにセリクは首を振る。
「確かに婚約破棄されたのは事実でしょうし、そのすぐあとにレヴィン殿下が告白してきたのも事実でしょう。でも、だからこそ出来すぎだって言ってるんですよ」
「そうかなぁ……」
「だいたい、胸胸いいすぎですよ。人間は胸を気にしすぎなんじゃないですか? そもそも胸なんて8つあってしかるべきなのに、二つしか無いなんておかしいって俺は常々思ってるんです」
「私、猫じゃないから……」
「俺は猫獣人ですけどねっ」
ぷい、と顔を背けるセリク。黒い髪の間から生えた黒い猫耳が、ぴくぴく、と動いている。
――彼は猫獣人であり、小さい頃からリアーナに仕えてくれている幼馴染みでもあった。
この国には、獣人がそこそこいるのだ。
セリクは白い肌に黒髪、そして猫耳と尻尾を持つ人間に近い獣人である。
鏡に映ったセリクを見ていたら、その黄金の瞳がリアーナの瞳と合った。
「……だいたい、すぐにレヴィン殿下の部屋に来いだなんて、ちょっと話が急すぎませんか?」
「でも、これからのことを話し合いたい、って……。いろいろ積もる話があるんだわ、ずっと私のこと見ていてくれたっていうし」
「お嬢様はちょっと危機感がなさすぎます! ああもうっ、俺が断ってきますから、ここに座っててください」
ブラシを置いて部屋を飛び出ようとする。
「待って、セリク」
「いやです、お嬢様はここにいてください」
「レヴィン殿下は私を助けてくれた恩人よ? 失礼があってはいけないわ。それに私、こういうお話のことはよく知ってるの」
照れたように、リアーナは俯いた。
「……だからね、お話の流れにそってみたいのよ。私はこのままレヴィン殿下と結婚して帝国の王女になって、それでフランシス殿下が自業自得で落ちぶれる……って。そういうの、この目で見たいの」
「……」
セリクが呆れたように目を丸くする。
そして、その猫耳がへにゃりと力を失った。
「……もー、しょうがないなぁ……」
へなちょこになった尻尾を左右に振りながら、セリクはリアーナをちょっと睨んだ。
「俺、お嬢様がどうなっても知りませんからね!」
◇ ◇ ◇ ◇
「やぁ、ようこそ」
王城にあるレヴィンの部屋に入ると、彼はリアーナを笑顔で出迎えた。
レヴィンは自分の帝国からヴァラン王国に遊びに来ているところで、王城内に部屋を借りているのである。
「お招きありがとうございます、レヴィン殿下」
リアーナはスカートの裾を持ち上げながら、軽く膝を折る。
「堅苦しいのはよしてくれ。……さ、座って」
「はい……」
レヴィンが指差したソファーに腰かけると、彼はリアーナの向かいに座った。
「改めて、フランシスとの件では大変だったね。フランシスの友人として、君にお詫び申し上げる」
きちんと頭を下げるレヴィンに、リアーナは慌てた。
「そ、そんな。頭を上げてください殿下、殿下は悪くないですから。むしろ私を助けてくれましたし……」
「あの男は昔からろくでもない奴でね、昔なじみの俺も困ってたんだ。だけどあいつは婚約破棄してくれた。……これで、君は俺のものだ」
レヴィンが爽やかな笑顔を浮かべる。茶色の髪に紺色の瞳のイケメンが浮かべるこういう笑顔は、とても絵になる。
リアーナといえば、レヴィンの台詞にただただ顔を赤らめて俯いていた。
『……これで、君は俺のものだ』
ですって! なんて情熱的な台詞なんだろう。もしかしたら、この皇子様はいわゆる『俺様系溺愛皇子』なのかもしれない。それは、偶然ながら、リアーナが大好きなヒーロー像であった。
「さ、これでも飲んでリラックスしてくれ」
と長細いグラスを差し出される。なかには、とろりとした白い色の、可愛らしい感じの液体が注がれていた。
甘ったるく、それでいてフルーティーな香りがリアーナの心を掴む。
「あの、これ……?」
「ああ、ただのジュースだよ。帝国の特産品、『ピーチグリン』っていう果実から作られた飲み物なんだ」
「へえ……」
「甘くて、一口飲むだけで疲れが吹き飛ぶってジュースでね。君はずいぶん辛い思いをしたから、これを飲んで気を取り直してほしいんだ」
「レヴィン殿下……」
なんて心優しい、粋な皇子様だろうか。
レヴィンはぱちんとウインクして、窓の外に目をやった。
「まだ昼だしね」
締められた窓ガラスの外には、青空が広がっている。
「本当なら酒でも飲んでじっくり語り合いたいところだが、まだ早い。だから、君にはこのピーチグリンジュースを飲んでほしいんだ」
「はい……」
リアーナはレヴィンの優しさに感動しっぱなしである。
そして、そのグラスを口元に持っていき……。
「……っ!」
一口飲んだ途端、リアーナの口の中に強い甘みが広がった。
ねっとりとした、舌にまとわりつくような甘みだ。
「あ……、甘いですね……」
「だろう? この甘さが何もかも覆い隠してくれるよ。嫌なことも、辛いことも、何もかもね……」
「レヴィン殿下……」
「さあ、飲み干してくれ。お代わりはいくらでもある」
「……」
リアーナは言われるままに二口目を飲んだ。二口目のピーチグリンジュースは、慣れもあるのだろうか、少しさらりとした感触になった気がした。
◇ ◇ ◇ ◇
「……リアーナ嬢?」
「うぇ、なんれすか、レヴィンれんか……」
何杯目かのピーチグリンジュースを飲み干したあと、リアーナはソファーの背もたれにしなだれかかっていた。
「どうした? 呂律が回らないようだが」
いつの間にかリアーナの隣に来ていたレヴィンが、リアーナの顎をクイッと持ち上げる。
「あ……」
顎クイだ、と朦朧とする頭でリアーナは思った。なんてロマンティックなんだろう。
それにしても、これはおかしい。
身体が熱い。身体がぽっぽと火照って、とにかく暑くて、なんだかドレスを脱ぎたくなってくる。
強い酒を無理矢理飲んだような、そんな酩酊感だった。
おかしい、お酒は飲んでいないはずなのに……。
「……そろそろかな」
リアーナの顎をぱっと離すと、レヴィンは立ち上がった。
歩いて行きながら、彼は背中でクスクス笑う。
「まったく、疑いを知らない令嬢で助かったよ」
「れんか……?」
「これなら誤魔化さずに直接酒を飲ませてもよかったかな」
「へ?」
リアーナは間抜けな声を出した。
『誤魔化さずに酒を飲ませてもよかった』?
それって、どういう……?
「ふふ、リアーナ嬢」
レヴィンは続きの部屋のドアに手をかけて、リアーナを振り返る。
「その大きな胸で、俺たちをたーっぷり、楽しませてくれよ」
続きの部屋から出て来たもの。それは、複数人の男性だった。
そのなかには、先ほどリアーナを婚約破棄したフランシス王子の姿もあった。
フランシスは心配げにレヴィンを見る。
「レヴィン、本当にやるのか?」
「なんだよ、今さら怖じ気づいたか?」
クスクス笑いながら、レヴィンは今度は豪華なタンスに近づいていった。
「こんな上玉、自分にはもったいない……って言い出したのはお前だろ?」
「僕はただ、あんたに味見してもらいたくて……」
「は、お子様め。こんなデカい胸なんだぜ、これは共有物にしないとな。みんなで分けるんだよ」
「……」
フランシス王子は押し黙るが、その目はリアーナの大きな胸を凝視している。
レヴィンはタンスの一番上の引き出しを開け、中に入っていたものを取り出した。それは、束ねた縄だった。
「さてと、じゃあ始めるか」
「れ、レヴィンれんか……」
リアーナはソファーからよろよろと起き上がろうとするが、体がいうことをきいてくれなかった。
身体が熱くて、熱くて、頭がぼやんぼやんして……。まるで夢の中にいるようで、何をしゃべっているのか自分でよく聞き取れない。
ただ、分かることがあった。
あのジュース、本当はジュースだなんて真っ赤な嘘で、アルコールが入っていたのだ。しかもとびきり強いやつが。それで自分は酔わされて、いま、彼らに襲われようとしている……。
しかも、どうやらレヴィンとフランシスは仲間なようである。
きゅうっ、と胸が締め付けられて、リアーナは涙ぐんでいた。
「レヴィンれんか、ろうして……」
せっかくヒロインになれたと思ったのに。フランシス王子は落ちぶれ役の元婚約者で、レヴィンこそが真の恋人役だと思ったのに。
どうして……。どうしてこんなことに!
決まっている、自分が悪いのだ。よく知らない男を信じてしまった自分が。
ああ、セリクのいうことをもっと真剣に聞いておけばよかった……!
「そうだな、お前の胸がデカいから、だな」
サディスティックな興奮に酔っているのだろう、レヴィンは舌なめずりをした。
「俺はデカい胸が好きなんだ。特に、馬鹿みたいにデカいのがな。さぁ、いい感じに縛ってやるから期待してくれよ?」
縄を解きながら近づいてくるレヴィン、そしてその背後の男たち。男たちは皆身なりがいいことを見ると、いいところの子息なのだろう。
「あ……あ……」
リアーナは、ただ怯える。力が入らない。
「た、たすけて……たすけて……」
それでもリアーナは動こうとした。ぐったりする腕を上げ、背もたれを掴んで起き上がる。体が重い。
「たすけ、て……」
助けて。
リアーナは脳裏に、獣人の黄金の瞳を思い浮かべていた。
いうことを聞かなかったのに。なのに彼に助けを求めるのは失礼なんじゃないか……そんなふうにも思うけれど。
――セリク。黒猫獣人の執事、私の幼馴染み。
セリク、助けてセリク。もうこんなことしないから。ちゃんとあなたのいうこと聞くから……!
「ぐはっ」
男のうめき声がした。
同時に、リアーナの背後に誰かが立つ気配がある。
「だから言ったんですよ」
聞き覚えのある声が、リアーナの頭上から降ってくる。
「なんだか出来すぎだってさ!」
リアーナが振り返ると、そこにはセリクがいた。
いつもの執事服で、リアーナを守るようにして立っている。
セリク……! 来てくれたんだ……!
「なんだ、お前は!」
レヴィンに問われるが、セリクはレヴィンを睨み付けた。
「あんたらに名乗る名前はないよ。この強姦犯が!」
「強姦犯? 言葉を慎め、汚らわしい獣人が。俺はただ仲間の結束を高めたいだけだ」
「ズレてんだよ、あんたは!」
セリクは腕を上げると、軽々とした身ごなしで男たちの群れに突っ込んでいく。
「うらぁあ!」
セリクはまず、先頭にいたレヴィン王子の腹を有無を言わせず蹴り上げた。腕を上げていたのはフェイントだったのだろう。
「ぐ……っ」
腕を上げていたから殴られると思って上半身をガードしていたレヴィンは、なすすべもなくその場にくずおれていく。
そして、後ろ回し蹴りでさらに別の男の頭を蹴って倒した。見事に遠心力の乗った蹴りであった。
フランシスがよろよろと後じさる。
「や、やめろ、僕はレヴィンに言われて仕方なく協力しただけだ……!」
「あんたが元凶なのになに言ってんだよ!」
セリクはフランシスの鳩尾に拳を入れた。
「ぐぉ……」
フランシス王子は白目を剥き、その場に膝からくずおれていく。
「猫野郎が、覚悟しろっ!」
その隙をついて飛びかかってきた男の腕を、ひょいと掴むと。
「動きが甘いんだよ、人間様は!」
そのまま背負い投げで床に叩きつけた。
それからも男たちを軽い身のこなしで倒していき……。
すべての男を片付けてしまった。
強い。セリクって、こんなに強かったんだ。
「爪を使わなかったんだから、そこは感謝してほしいぜ。俺の爪には毒があるからな」
倒れた男たちを見下ろしながらいうセリクが、なんだか大人っぽく見える。
――あ……、なんか、私、助かった……っぽい……?
ほっとしたリアーナは、急に意識が遠のくのを感じた。
「お嬢様、終わりましたよ。お嬢様……お嬢様?」
セリクの声を聞きながら、リアーナは意識を失った。
◇ ◇ ◇ ◇
ふと目を開ける。
そこは、王城ではない、自分の屋敷の自分の部屋だった。本棚に婚約破棄ものの小説がたくさん並んでいるのが見える。
「……」
「お目覚めですか、お嬢様」
ベッドの脇に座っていた男が声をかけてきた。
セリクだ。
「……私……」
起き上がろうとしたけれど、頭にズキリと痛みが走った。
「無理はしないでくださいよ、酒精がまだ抜けきってないみたいだから」
「……いったい、あの……」
「どこまで覚えてるか分からないから言いますけど、お嬢様、襲われかけたんですよ。フランシス王子に婚約破棄されて、そこを助けたっていうレヴィン皇子にね。あいつらつるんでたんです」
「……殿下たちはどうなったの?」
「今頃、城の木陰でぐるぐる巻きになって木からぶら下がってますよ。あ、別に殺しちゃいませんよ、ただの蓑虫です」
それからセリクはニヤリと笑う。……鋭い犬歯が白く覗いた。
「まあ、ちょっとした看板掛けましたけどね。『強姦野郎共の成る木』ってね。どうも余罪がごろごろありそうだし、タダじゃあすまないでしょうね、あいつら」
「そう……」
リアーナは俯き、あったことを反芻する。
フランシス王子に婚約破棄され、そこをレヴィン皇子に助けてもらった……と思ったら、それはすべて芝居だった。
レヴィン皇子の部屋に行ったリアーナはジュースと偽って強い酒を飲まされ、彼の仲間(フランシス含む)に手籠めにされるところだった。それをセリクに助けてもらったのだ……。
「あの……、ありがとうね、セリク。助けてくれて……」
「これに懲りたら、いくら好きな物語と同じ展開だからって、初見の男なんかほいほい信用しないでくださいよ? お嬢様には俺っていう最高の相棒がいるんですから」
「うん……、え、相棒?」
「おほん」
わざとらしく咳払いするセリクの猫耳が、ぴくぴくと動いている。
「いっときますけど、言葉通りの意味ですからね。俺の好みは乳が八つある女ですから」
「そ、そう。分かったわ」
猫獣人であるセリクの趣味は、人間であるリアーナにはちょっと付いていけないところがある。
「まったく」
セリクは、大きく溜め息をついた。
「そんなだからお嬢様は狙われるんですよ。もっと言葉の裏を読まないと。読書量多いんだから、それくらいの頭は使えるでしょ?」
「う、ごめんなさい……。え?」
「なんでもないですっ」
セリクはばっと立ち上がると、そのままドアに向かって歩いて行った。
「水持って来ます。ついでにお嬢様が気がついたって侍女に連絡してきますね」
それだけ言うと、そっとドアが閉じられる。
「セリク……」
リアーナは微笑もうとして……ズキッ、と頭に痛みが走って、しかめ面になった。
「うぅ、痛ぁ……」
でも、この痛みもセリクが助けてくれたから、これくらいで済んでいるのだ。
ありがとう、セリク。リアーナは、心の中で呟いた。
なんだか心の中がじんわりと温かくて、なんだろう……と思ったら、夕陽が物理的にリアーナを照らしていた。それで心まで温かくなったような気がしていたのだろう。
窓の外を見ると、おだやかな夕焼けが空を染めていた。激動だった一日が、ようやく終わろうとしていた。
お読みいただきありがとうございます。
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愛されすぎて困る聖女の日常~自己肯定感ゼロの私が騎士団長様と副騎士団長様に取り合いされてます!?~
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