紫のカツラと私
「ミナったら、ずっとカッコイイとか言ってたんですよ」
山の中盤辺り、ランドの周りにはミナとレイナと土木もんにジャンゴ。少し離れた辺りに、ジャン子と全員分の荷物を持たされた安友が歩いていた。
「ちょっとレイナったら!ずっとなんて言ってないでしょ!」
この明るい雰囲気をうってかわって、安友の気分は最悪だった。
「安友ぐん!重だぐ無いの?力持ぢなんだね!」
このジャンゴの妹、ジャン子はそれはヒドイ顔で、地球上に存在してもいいのかくらいの口臭と体臭を振り撒き、1歩歩く毎に花が枯れ始めていた。
「痛てっ!小枝で、手を切っちまったよ」
何を触ったのか、ジャンゴの指先がぱっくり割れ、血が流れ落ちる。
「大丈夫か?ちょっと見せてみな」
ランドがジャンゴの指先に触れると、傷がたちまち治っていく。
「スゴーい!信じられない!奇跡でしょ!魔法使いなの!」
初めてランドの治癒術を見たレイナとジャンゴは感動していた。
「これくらいの傷だったら、獣人化しなくても治せるからさ」
「ううう…みんな騙されてるぞ!そいつは、血や肉が大好きな肉食獣みたいな奴なんだ…」
流石に荷物が思いのか、息を切らしながら登る安友は小さな声で毒ついた。
「きゃあっ!蜂に蛇に、黄色毒虫イグアナまで!」
ミナが叫ぶ。
ランドはすかさずミナの前に立ちはだかると、蜂を握り潰し、蛇を捕まえ結んで投げ飛ばし、黄色毒虫イグアナの尻尾か触角か良く分からない部分を掴むと、液状の体を四方八方に散らばらせ、中から出てきた紫色のチョンマゲのカツラをジャンゴの頭に乗せた。
「やっぱり、ランドさんって素敵すぎ!」
ミナは完全にランドにホの字の様だった。そんな姿をかなり後方から見ていた安友はまた毒ついた。
「くそ…まぁいいさ。未来では、アイツより僕を選ぶんだからね!君と結ばれるのは僕なんだからっ!くっくっくっ…」
「えっ!アダジ?」
安友の隣を歩いていたジャン子が過敏に反応を示した。
「えっ?そんな訳無いじゃん!未来を変える為に土木もんが居るのにさ、ここでそんなバッドエンディングのフラグ立ったら土木もんが来た意味が無いじゃないか!」
「嬉じい…ぞんな事、初めで言われだわ」
ジャン子の頬と呼ばれる人間の部位が、赤く染まる。
「何が!?マジで!おかしくない?人の話を聞いてますか?」
「うん…やっぱり一軒家がいいよね!大ぎざは、2LDKの6階建でぐらいが良いがも!」
安友はこの悪夢が夢であって欲しかった。何を言っても良い風にしか聞こえない都合の良い耳をもつ生物と一緒にいるだけで、バッドエンディングに行くための重要なサブイベントを淡々とこなしていってしまっているからだ。
「おぉーい!安友にジャン子ちゃん!早く来いよ!」
土木もんが気持ち悪いくらいの笑顔で、頂上と思われる位置から見下ろしていた。
「みんな頂上に着いだんだね!安友ぐん!もう少じで着ぐよ!行ごっ!」
ジャン子が安友の手を掴み引っ張りだした。ジャン子の手は、生暖かく汗で湿っており、よく分からないヌルヌル感が手の中にあった。
「ああ…神様。今日の出来事は僕の記憶から消し飛んで頂く様に細工してください!時間なんか止まらないで、グルングルンと長い針と短い針が回って下さい」
ジャン子に導かれ地獄への坂道を引きづられて行く。
「おっ?アイツら、手なんか繋いじゃっていい感じじゃんかよ。未来変えなくてもいいかな…」
土木もんの不吉な呟きを他所に、ランド逹4人は少し離れた場所で休憩していた。
「なんか、たまにはこんな自然ってのも良いよね!草とか木とか…心が安らぐみたいな感じで」
ミナが地面から突き出た岩の上に座る。
「ああ…そうだな。こう大きく息を吸うと、酸っぱい臭いがぷんぷんするな」
ランドは崖っぷちに立ち遠くを見つめていた。
「ランドさんって、高い所とか大丈夫な人なんですか?良くそんな所に立てますね…」
ミナが恐る恐る近づき下を見る。霧が凄く底が見えない。
「高い所は苦手だよ。もう何度も落ちたからね」
そう、大体ランドが落ちる高さは高い塔の天辺や、学校の屋上に近い場所ばっかであった。それでいつも無事なのは奇跡としか言い様が無い。
そうこうしてる内に、安友とジャン子が頂上に着いた。
「おうっ!ジャン子じゃねーか!安友もよぉ!お前ら遅かったけど、何か2人して変な事してたんじゃねぇのかよぉ」
ノシノシと足音を立てて、酸っぱい臭いの汗と脂肪の塊のジャンゴが近づいてきた。
この兄弟が集まると、臭いは凄まじいモノになっていた。ベタつく様な熱気に、土木もんは既に避難していた。
ジャンゴの彼女と言い張るレイナは、彼に近づく時はいつもマスクをしている。ジャンゴの体臭が気になるらしく、鼻詮をしていてマスクで隠しているらしい。
「変な事って…そんなお笑い芸人がやるような罰ゲームをすると思うかい?」
そんな安友の言葉とは裏腹に、ジャン子の顔が真っ赤になっていく。それを見たジャンゴが、安友の胸ぐらを掴み顔を近づけてきた。
「おうっ!安友!てめぇ、人の妹に手ぇ出してんじゃねーぞ!」
一言一言しゃべる度に、大気汚染するかの様な口臭が安友の顔に当り、吐き気を覚えさせてくれる。
「おぇっ!臭っ!マジで勘弁してくれって!助けて土木もーん!」
何とかジャンゴの口臭から逃れ、土木もんの所へ走って行こうとすると、足を絡ませ荷物の重さに重心が前に移り、崖っぷちに立っていたミナを後ろから突き落とした。
「へっ?きゃああああ!」
ランドは素早く手を伸ばしミナの手を掴んだのだが、足元が崩れ一緒に落ちていきそうになる。
「やべぇ!」
「ランドの兄貴ぃ!」
土木もんが必死に手を伸ばしランドの手を掴むが、人間2人の体重に、重力が加えられ支える事が出来ずに土木もんも一緒に落ちていきそうになる。
「お前も一緒に来いよ!」
土木もんが手を伸ばし、安友の足を掴む。安友も必死に手を伸ばしレイナの手を掴んだ。
「レイナちゃん!」
落ちていく彼女にジャンゴが手を伸ばす。もう少しで掴めそうな時に、レイナは手を引っ込めた。
「ごめん!今日、ゴム手袋してないの!素手でアナタと手を繋ぐくらいなら…」
5人はなすすべも無く落ちていく。
「なぁ、土木もん?」
「なんすか兄貴!」
落ちていく中、アイコンタクトをするランドの意思を引き継ぐとランドの手を離した。
「兄貴!行きますよ!」
「おうっ!」
ランドは力一杯に、ミナを上に放り投げる。土木もんは、安友を軸にそこからジャンプするとレイナとミナをキャッチした。
ランドは獣人化をすると、落ちてきた安友の足を掴み、安友を軸に回転し崖に爪を突き立てる。
落ちる速度が落ちてきた所で、安友を上に放り投げる。土木もんが安友をイヤイヤ捕まえた所で、今度は土木もんの下に潜り込む様に宙に舞い上がった。
「兄貴!どうするんですか?」
「なんとか着地してみ……ゴフッ!」
言葉が終わらない内に、地面に到達する。
ランドは地面にのめり込み、土木もんは背中を強打したが、他3人は無事だった。
下は、硬い岩場で近くに川が流れている。雨も降ってきたので、適当な洞窟を見つけそこに避難していた。
「兄貴、大丈夫っすよ。俺はロボットなんで全然平気っす」
ランドは土木もんの背中を治そうとしたが、断られる。
「何か安友まで治してもらっちゃって…本当すいません」
未だに気絶している安友を引っ張ってくると、後頭部を掴み地面に叩きつけた。
その衝撃で、安友が気がついた。
「全く、何でこうなっちゃったかな…」
土木もんは立ち上がりタバコに火を着けた。
「大体、お前のせいだからなっ!」
安友が強気にも叫ぶ。
土木もんは、当りを見渡すが外はどしゃ降りで川も反乱していた。
洞窟の中は薄暗く、ランド自信の傷を癒す為に微かに青く光っている光があるだけだった。
土木もんは、ため息をつくと震えてる女の子逹の為に持っていたライターでたき火をし始めた。
火がつくと洞窟の中は明るくなり、ミナとレイナも少し安心したようだった。それを見ていた安友も、たき火に近づいた。
「こんな洞窟で、よく燃やすもんなんてあったな?」
安友も寒かったのか、手を擦り合わせ火に当たる。……が、火の中で見覚えのあるものが見えた。
「って言うかよ!これ、僕の服じゃんかよ!何勝手に人の荷物を燃やしてんの!?頭おかしいんじゃないの!」
火の中では、家で用意した安友の服が全て燃やされていた。
「別にいいだろうが!毎日毎日同じ服に同じズボン履いてんだからさ!何着持ってんの?同じ服を!」
土木もんは少しカリカリしながら、次々と安友の服を火の中に放り込む。
「土木もんだって、毎日毎日同じフンドシつけてんだろーが!後、コイツだってこんな汚ない格好してよ!前に来たときと、同じ格好じゃんかよ!」
安友が指をさす方向にランドがいた。
「お前さぁ、俺の事は何を言ってもいいよ?」
土木もんが立ち上がり安友に近づく
「ランドの兄貴の悪口と、てめぇさっきから誰に口を聞いてんの?なぁ!小僧コラァ!」
土木もんが安友の胸ぐらを掴むが、ランドが間に入り土木もんを止める。
「別に構わないよ。こんなボロい服を着て、こんな化け物に変身するんだから、周りから見たら変な奴にしか見えないさ」
ランドは背中越しに手を振ると獣人化を解いた。
「安友…お前、家に帰ったら覚えとけよ?」
小声で大事な事を伝えると、笑顔でランドに振り向いた。
「兄貴!大丈夫っすよ!周りの奴らが変な奴に見たってこの世界じゃ俺は兄貴の事をそんな風に見ないっすから!」
その言葉にミナとレイナも同意する。
「ああ…ありがとな。…て言うか、お前は俺の事を見ても恐くないのか?」
ランドはレイナを見た。レイナにとってランドの獣人化を見るのは初めてだったハズなのだが…。
「いえ…もう最高に格好良いです!…でも、私には彼がいるから」
レイナは少し表情を曇らせた。
「今頃、私達を探すために自衛隊を派遣して24時間くまなく探してくれるんだろうな」
レイナが上を見上げた。
そう、ジャンゴの家庭は実業家らしく世界で1位2位を争うくらいの大金持ちなのだ。
その成功の秘訣は、小さな雑貨屋から始めたのがキッカケで、夫婦喧嘩の次の日は奥さんがキレて腐ったバナナの皮を馬鹿みたいな値段で売っていると、それに目をつけた新聞記者が広告したことで、腐ったバナナの皮が大量に売れ、更に結婚詐欺やオレオレ詐欺を展開したら全て大ヒットした。
その息子のジャンゴは、土木もんに時々お金を貸す姿が目撃されていた。
「えっ?でも、確かジャンゴの家庭って税金がどうたらこうたらで、自己破産したって聞いたけど…そんな自衛隊を雇うお金なんかあるのかしら?」
ミナがポツリと呟いた。
「えっ?嘘でしょ?ジャンゴ間違いじゃないの?」
レイナがスゴい顔でミナの肩を掴んだ。
「ジャンゴの事が嫌いで通信簿を毎回オール1にしてた先生が、笑いながらみんなに話してたもん」
レイナの顔から血の気が引いていく。そしてポツリと呟いた。
「え…じゃあ私って、何を我慢してあんなデブの近くに半日もついていたのよ」
フラフラと歩き壁に寄り掛かる様に座り込んだ。
「おい大丈夫か?どっかケガでもしてんのか?」
ランドが心配そうにレイナの顔を覗きこんだ。
「心に大きな傷をね…」
レイナは胸に手を置いた。
「まさか、金持ちじゃ無かったなんて…もう別れるしか無いわ…あんなデブで臭い奴なんて」
金の無い豚は只の豚。そんな豚に金が無いと分かった時点で、レイナからジャンゴに対する愛が消え失せる。
そんなレイナに、土木もんは隣に座り耳元で囁いた。
「ランドの兄貴は、超大金持ちだぞ…」
急にレイナの目がキラキラと輝きだした。ルックスも良くてお金も持っていて、しかも怪我しても治してくれるし言うことは無し。レイナはいきなりランドの手を掴む
「付き合って下さい!」
「あっ!レイナちゃんズルい!私が先に目をつけたのに!」
ギャーギャー騒ぐ女の子達を尻目に、1人残された安友は呟いた。
「一応は主役なのに…」
もはや、そんな呟やきは誰も聞いていなかった。