不真面目シスター、邪神の巫女を救わんと決意する の巻
闇です。
真っ暗闇です。
目の前にかざした自分の手すら見えません。ここはいったいどこでしょう。どうして私はここにいるのでしょう。
ひっ!?
なんか声が聞こえました。恐る恐る耳を澄ますと――女の子の泣き声のようです。安心なんてできません。暗闇に響く女の子の泣き声なんて、怖いだけじゃないですか。
恐る恐る、そぉっと声の方に目をやると、ぼんやりと光が見えました。ゆらゆらと揺れるその光、幽霊の火の玉かと思ってめっちゃビビりました。
全力ダッシュで逃げたいのですが、体が動きません。目をそらすこともできません。
これが金縛りというやつでしょうか。人生初体験です。なるほどこういう感じか。今後、怪談話をするときにリアリティをもって語れますね♪
いや、そうじゃなくて。
光はずいぶんと遠いところにあるようです。目を凝らすと、光の中に人影が見えます。
幽霊?
死霊?
悪霊?
「霊」のつくものばかり思いつきました。それより怖いものではないことを祈りつつ、さらに目を凝らすと――。
「あれ……は?」
光の中に女の子がいました。ツギハギだらけの服を着て、うずくまり、体を震わせて泣いています。聞こえてくる泣き声は、その女の子のものでしょうか。
…………え。
泣き声にまじり、何か声が聞こえます。
なんでしょう、なんて言っているんでしょう。声の響きからは、悲しみを通り越して憎しみというか、なんか禍々しいものを感じます。
……じゃえ。
…んじゃえ。
やばいです。なんかわかってしまいました。
ダメです、それ以上は言ってはダメです。人を呪わば穴二つ、呪いは、最後は自分に返ってくるんですよ!
「うるさい!」
がばり、と女の子が体を起こしました。
おおう。
すごい美少女です。こんな美少女見たこと――あれ?
「うるさい、うるさい! もう神様なんか信じない!」
涙をボロボロ流しながら、射殺すような目で睨んでくる女の子。
その目。
見覚えあるどころじゃありません、ついさっき見たばかりです。つまりこの子は――。
「みんな、みんな……死んじゃえ!」
――とまあ。
そこで、目が覚めました。
◇ ◇ ◇
はて、ここはどこでしょうか。
洗いたてのシーツが敷かれた、しっかりとしたベッドの上で寝ていました。体には毛布がかけられています。なかなかに心地のよい肌触りを全身で感じ――え、ちょっと!?
私、真っ裸じゃないですか!
「目が覚めましたか?」
軽くパニクっていたら声をかけられました。
近づいてきたのは、ほぼ白のシスター服を着た人。「従者」と呼ばれる教堂の大幹部の一人、大聖女様の側近中の側近、アラフィフ・シスターのマイヤー様です。
「あ、あの……あの……」
胸元で毛布を抱きしめ、一言。
「わ、私が寝ている間に、何をしたんですか!?」
心配そうだったマイヤー様のお顔が、みるみる険しくなりました。
「お元気そうで何より。心配して損しました」
「あ、すいません。定番かな、と思って」
てへっ、と笑ったら、マイヤー様が、はぁっ、と重いため息をつきました。そんな重いため息、幸せが逃げちゃいますよ?
「ご忠告ありがとう。心しておきます。それで、体に異常はありませんか?」
「あ、はい……」
毛布にくるまったまま、全身を動かしてみます。
「これといって特には」
「そうですか」
ホッとした声になったマイヤー様。あ、心配してくれてたんですね、茶化してすいません。
改めて周囲を見てみると。
どうやらここ、大聖堂の医務室のようです。ここへ来たばかりの頃、リリアンに案内されて一度のぞいたことがありますが、それっきりでした。カゼひとつ引かない丈夫な体なので、来る必要がなかったんですよね。こんな形で初めてお世話になるとは。
あれ――ここにいるの、私だけですか?
「シスター・ハヅキ。申し訳ありませんが、あなたの服は焼却処分としました。代わりの服はこちらに」
ベッドの傍らに、新しいシスター服が用意されていました。
色は――なぜか臙脂色。え、こんな色のシスター服があるんですか?
「……とりあえず、手元にあったのがそれだけなので」
「はあ。あの、前の服は焼却処分って……」
シスターは清貧がモットーです。服が汚れたり破れたりしても、よほどのことがない限り洗濯・修繕して使います。もうあかんとなっても、雑巾として使い倒してからのはず。
なぜに焼却?
「邪悪な気配が染み付いており、大聖女様が張られた結界に弾かれて、着たままでは大聖堂に入れなかったのです」
「結界、ですか」
へえ、大聖堂に結界なんて張られていたんだ。知らなかったなー。まあ、大聖女様がおわす、教堂の中枢ですからね、悪いものが入ってこないようにしているのでしょう。
「聖水をかけましたが太刀打ちできず。脱がして燃やすしかありませんでした」
「はあ、そうだった……」
――ん?
待って、ちょっと待って。てことは、ですよ?
「わ、私、外で裸にされたってことですか!?」
「そうですが」
うぎゃー!
いやいや、ちょっと待って! さすがのハヅキちゃんも、外で裸になるのは恥ずかしいですよ! これでも一応、まもなく十八歳の乙女なんですからね!
「ちゃんと隠していましたから安心なさい」
「いやそうだとしても! 恥ずかしいものは恥ずかしいんですよ!」
「おや」
マイヤー様、心底驚いたという顔になりました。
「あなたにも、恥ずかしいという概念がありましたか」
概念、て。
いやまあ、シスターとしては恥の多い生活を送っていますけどね。乙女の恥じらいはそれとは別です! 断固抗議いたしますよ!
「はいはい、わかりましたから。とりあえず服を着なさい。乙女の恥じらいを忘れてますよ」
おっといけない、真っ裸でわめいていました。
臙脂色のシスター服を手に取り、素早く装着。うーん、ずっと黒だったから違和感あるなあ。てゆーかこれ、大聖堂内でめちゃくちゃ目立ちそうですね。せめて青系になりませんかね。
「着られましたか?」
私の着替えをじーっと見ていたマイヤー様が、わざわざ確認してきます。
ええまあ、この通り。
幼稚園児じゃないんですから、服ぐらい自分で着られますってば。
「……の、ようですね」
なんだか深刻そうな顔をしています。何なんでしょうか。
「あの、ところで」
私はキョロキョロと医務室を見回しながら、気になっていたことを尋ねました。
「リリアンさんは、どこにいるんでしょうか?」
◇ ◇ ◇
リリアンは、礼拝堂の祭壇で眠っていました。
一糸もまとわぬ姿に、毛布一枚をかけられて。
祭壇の前では、大聖女様が祈りを捧げていました。鬼気迫るその迫力、毎朝のお勤めとは別次元の、全身全霊で本気の祈りです。
さらに大聖女様を取り囲んで、マイヤー様以外の「従者」、大聖女を支える十人の幹部の皆様が。
さらにその外側には、完全武装の聖堂騎士団長様と隊長クラスの精鋭たちが。
物々しい雰囲気に、さすがの私も息を呑みました。
これ、いつものノリで悪ふざけしたら、即座に張り倒されそうです。
「リリアンはその身に邪神を下ろし、穢されました」
淡々と、どこか冷たい口調で話すマイヤー様。
いつも冷静な方ではありますが、今はちょっと怖いです。
「穢れを祓うべく、大聖女様が祈りを捧げていますが……完全に祓うのは難しいでしょう」
「大聖女さまでも、ですか?」
「リリアンと邪神はつながってしまいましたから。つながりを絶たないことには、また同じことになります」
祭壇を金色の光が包みました。
光りに包まれたリリアンが、苦しそうな顔で声を上げました。声とともに、リリアンの口から何かどす黒いものが飛び出してきて、それを聖堂騎士が一刀両断にしました。
気味の悪い悲鳴とともに、どす黒いものが霧散し。
金色の光が消え、静寂が訪れます。
ふう、と息をついた大聖女様がぐらりと揺れ、従者の方が慌てて支えました。
「終わったようですね。来なさい、シスター・ハヅキ」
マイヤー様に連れられて、祭壇へと近づいていきました。
私に気づいた聖堂騎士の皆様が、目を丸くして驚いていました。団長様も「本気か?」とつぶやき、マイヤー様をまじまじと見ています。
はて、何に驚いているのでしょうか。なんだか居心地が悪いです。
「マイヤー」
そして。
大聖女様もまた私を見て驚き、キッ、とマイヤー様をにらみました。
「本気ですか、あなた」
「神のみ心は示されたかと」
淡々と答えるマイヤー様に、大聖女様の目がますます厳しくなりました。
なんでしょう、皆様何に驚いているのでしょう。
大聖女様は、何に怒っているのでしょう。
聞きたいのですが、うかつに口を開けない雰囲気です。
「大聖女さま……あの、リリアンさんは?」
とりあえず私のことは後回しです。
リリアンは大丈夫なのでしょうか。祭壇に横たわるリリアン、表情は和らぎ呼吸も落ち着いていますが、目を覚ます様子はありません。
「邪神の穢れを、大聖女様がどうにか祓いました。ですが、一時しのぎでしょう」
「マイヤー!」
「事実でございましょう」
大聖女様の咎めるような声に、淡々と応じるマイヤー様。
そのままにらみ合うこと十秒ほど。
なんというか、さきほどからこの二人、バチバチです。
「……休憩を取ります。ハヅキ、来なさい」
大聖女様に連れられて、控室へと行きました。
疲れた様子で椅子に座る大聖女様。茶器一式が置いてあったので、お茶を入れてお出ししました。
「ありがとう。手際がよいですね」
これでもハウスキーパー目指してますから――とは言えませんね。そういう雰囲気じゃないですし、言えばあの人が――大聖女直属のシノビ・ポンパドールさんが闇から現れて、「嘘ついたね?」とにっこり笑いそうです。
ヤダコワイ。ブルっちゃいます。
「どうしました?」
「いえ、なんでも……」
「トイレならその扉を出て右ですよ」
「いえ、大丈夫です」
なんだか勘違いされてしまいました。
「せっかく入れてもらいましたからね。先にいただきます。座って待っていなさい」
「あ、はい」
私はうなずき、大聖女様の正面に座りました。
サクサクとお茶請けのクッキーを一枚食べて、優雅にお茶を飲む大聖女様。寝起きに見せる、隙だらけのかわいらしさは微塵もなく、気品にあふれています。ホントに同一人物でしょうか。
「さて」
空になったカップを置き、ようやく口を開きました。
「マイヤーが言ったことは、本当です」
「え?」
「リリアンは邪神をその身に受け入れました。邪神の巫女となった、と言ってよいでしょう」
胃の辺りが、ぎゅっとなりました。
邪神。
王都の東にあった牢獄に封じられていたヤバいやつ。大聖女様が全力の一撃でぶっ潰していたので、特に気にすることもなかったのですが。
「あれとは別の邪神が、下町の聖堂に潜んでいたのでしょう。まさか聖堂になんて……油断しました」
そう言えばあそこの礼拝堂、妙に暗かったですね。それにリリアン、あそこで誰かと話していたようですし。ひょっとして邪神と話していたのでしょうか。
「あの子は、その邪神に魅入られたようです」
「魅入られた?」
取り憑かれたでも、騙されたでもなく、魅入られた?
それってつまり、リリアンさんは――。
「言葉巧みに言いくるめられたのか、あるいは違う方法か。とにかくあの子は、自分の意志で邪神を受け入れてしまいました」
は?
いやいや、そんなばかな。シスターの鑑みたいな人ですよ。聖典なんてほとんど暗記しているし、打てば響くように神の教えを説いてくれるし、面倒見もいい人ですし。
そんな人が自分から邪神を受け入れるなんて、信じられません。
「あの子は……心に大きな闇を抱えていました」
闇?
リリアンさんが? え、なんですかそれ。
「……それは、本人に聞いて下さい」
本人の許可なく言えることではない――まあそうですよね、だからこそ闇なんですよね。
「その闇から逃れたくて、シスターの修行にのめり込んでいる。私にはそう見えました」
つらい現実から救ってほしくて神にすがる。
それ自体、間違っているとは言えません。すべてを自分の力だけで克服できる人間なんていないのですから。神にすがらないと生きていけない、そんな人もいっぱいいます。
「ですがあの子はシスター。そこから一歩踏み込んだ者です」
神の教えに従い、世の人々の苦しみを救うために生きる者。神の救いを求める人たちに正しい道を示し、その祈りを神に届ける者。
それは「己」より「他」を優先する生き方です。だからこそ人々に敬意を持って接してもらえるのです。
「あの子が努力家で才があることは認めます。ですがシスターとしては、根本的なところが間違っているのです」
リリアンはただ「己」を救いたいと願っている。そのために「シスター」として振る舞い続けているだけで、本当に人々のために生きようとしているわけではない。
だから側仕えとして認めなかった。
大聖女様はそう言ってため息をつきました。なるほど、決して身の危険を感じていたからではなかったんですね。
「まあ……それもありましたが」
「あ、気づいていたんですね」
「私も若い頃に、色々経験していますので」
そう言えばこの人、その美貌で国を六つ滅ぼしていると言っていましたね。そういう目で見られるのに慣れているから、わかるんでしょうね。
しかし若い頃って――今も十分若々しいので、現在進行系ではないでしょうか。
「私では無理。あの子の誤りを正せない。とうにわかっていたのです。ですがあまりに優秀すぎて、ここから出て行かせる理由がなかった」
悔恨、という言葉がピッタリの表情で、大聖女様が天を仰ぎました。
いやいや、ちょっと待ってください。
「あの……聖女の中の聖女、大聖女なんて呼ばれている方が無理と言ったら、誰にもできないんじゃないですか?」
「大聖女、ねえ」
私の素朴な疑問に、大聖女様が自嘲的な笑みを浮かべました。
「質問に質問を返すようですが。ハヅキ、聖女とは何ですか?」
「え、それはその……聖なる力を持つすごい人というか……神様の力を使って邪悪を倒せる人、ですかね」
「違いますよ」
やんわりと、でもしっかりと断言されました。
え、違うんですか?
「聖女、あるいは聖人とは、人々の祈りを神に届けることに生涯を捧げた人のことです。あなたの言うそれは、超能力者と言ったほうがよいでしょう」
へえ、そうだったんですか。知りませんでした。
「ですので。生きている聖女なんて、ありえません」
「え?」
「生涯を捧げた人、ですよ。人生を終えた後でなければ判断できないでしょう。私は今、大聖女と呼ばれていますが、もしも明日、私が己の欲得のために多くの人々を殺めたとしたら、あなたは私を聖女と呼びますか?」
あー、呼ばないですね。むしろ大虐殺者と呼びますね。
「私の『大聖女』というのは、ただの役職です。もちろんシスターとしての本分を忘れたつもりはありません。ですが本当の意味での聖女とは、ほど遠い存在です」
教堂も大きな組織であり、その中では多かれ少なかれ「政治」があります。教堂の外には「国」という別の大組織があり、そこと渡り合っていくのにも「政治」があります。
教堂の「聖女」とは、その「政治」を行う総責任者。国における「国王」と同じ意味で、本来の意味とはかけ離れているのです。
「わかりましたか?」
「うーん、めんどくさいですね」
率直な感想を述べたら、大聖女様が小さく笑いました。
「素直でよろしい。まあそういうわけで……私ではあの子を、リリアンを救えないのです」
◇ ◇ ◇
「このまま自室に戻り、許しがあるまで出ないように」
大聖女様にそんな厳命を受けてしまいました。
え、なんでですか?
「……あなたも邪神の力を浴びた身よ。安全だとわかるまで監禁です」
反論を許さない雰囲気に黙るしかありません。
「従者」の二名の方が、私を部屋まで送り届けてくれました。マイヤー様ではなく、ええと確か――名前、覚えてません。聞いたら怒られるかな?
「大聖女様以外の誰かが尋ねてきても、絶対に出ないように」
「いいですね?」
お二人にも厳命されました。
私を閉じ込めておきたいという雰囲気をひしひしと感じます。はて、なにゆえでしょうか。
『あれだけ念を押されると、逆に抜け出したくならない?』
「なりますねえ」
『抜け出しちゃおうか? 抜け出しちゃおうよ』
「そうですね、やっちゃいますか」
『さすがハヅキちゃん。よーし、行くよ!』
「よっしゃ行きましょう!」
て。
「ちょーっと待ったぁ!」
誰ですか、悪事をそそのかす悪い子は。
危うくノっちゃうところだったじゃないですか!
『チッ、我に返ったか』
そこでくるくる回っていたのは、我が相棒、デッキブラシのカリンちゃんでした。
「あ、ちゃんと運んでもらえたんですね」
私とは魂レベルで通じ合うデッキブラシですが、見た目はただのデッキブラシです。そのまま捨て置かれたのではと心配していました。
『イケメンの聖堂騎士が運んでくれたの。お姫様気分味わえたわぁ♪』
ひょっとしてお姫様抱っこで運んでもらったんでしょうか? 想像してみましたが――なかなかの絵面ですね。
『ま、そんなことより! ハヅキちゃん、急がないと手遅れになるよ!』
「手遅れ?」
『あの闇堕ちシスターちゃんよ! 早くなんとかしないと、死んじゃうよ!』
ええっ!?
だってさっき大聖女様が穢れを祓った、て言ってましたよ!
『だってまだつながってるもの』
デッキブラシいわく。
その身に邪神を下ろしたことで、リリアンの魂はあちらにつながってしまったのだとか。そのつながりを絶たない限り、祓っても祓っても邪神が下りてくるそうです。
マイヤー様が一時しのぎと言っていましたが、そういうことだったんですね。
『いやー、私もあの一撃で倒したと思ってたけど、甘かった。反省してまーす♪』
いやそんな、ウィンクバチコーン、みたいに明るく言われても。
『で、そのつながりを利用して、邪神を送り込み続けてるやつがいるの』
「邪神を……送り込む? 誰ですか?」
『魔族でしょうね。天敵たる大聖女の喉元に邪神の巫女がいる。私なら、もろともに滅びてしまえ、て考えるね!』
「もろともに、て……どうするんですか?」
『簡単よ。邪神の巫女を通して、大聖女が祓いきれなくなるまで邪神を送り続けてパンクさせるの。邪神の巫女はもたないでしょうけど、大聖女が倒せればお釣りが来るね!』
もたない、て――それってつまりリリアンは。
『そ、死んじゃう、てこと』
「で、でも! ここは大聖女さまの結界で守られてるんですよね?」
『その結界に、邪神の巫女という勝手口ができた状態だからね。防ぎようがないの』
デッキブラシ、そこで一呼吸おいて続けます。
『大聖女が倒されれれば教堂は崩壊。そうすればなし崩し的に王国も崩壊。つまり今は、世界の危機よ』
私が寝てる間に、世界がとんでもないことに!
え、どうしよう、どうすればいいんですか!?
『対処方法は二つ。勝手口たる邪神の巫女を倒すか、邪神を送り込んでくる魔族を倒すか。手っ取り早いのは、前者ね』
倒す。つまり――殺す。
リリアンを?
なんで? どうして?
せっかく助けたのに、なんでそうなるんですか!
『ハヅキちゃんが気絶している間に、そりゃーもう喧々諤々たる議論があったのよ。ほぼ全員がリリアンを処刑すべしと言ったんだけど、大聖女は拒否したの』
ここでリリアンを救えなくて、何が大聖女か!
大聖女様は処刑を主張する人たちを一喝して黙らせたそうです。わお、かっこいい。
『いやー、シビレたね。ゾクゾクきちゃったね。だてに大聖女なんて呼ばれてないね。私の推しリスト、第五位にランクインよ!』
あ、私は第九位です。
『九位!? ちょっとハヅキちゃん、それはないんじゃない? 私は第一位が四人いるから五位なだけで、実質二位なのよ!』
四人いる、て――第一位とは?
『まったくもう、ハヅキちゃんにも困ったものね』
「じ、じゃあ……私も第五位にランクアップしちゃおうかなー」
『ちょっと、人に言われて変えるなんて、ポリシーないの!?』
「あ、いや、そういうわけじゃ……」
『言い訳無用! あーもー、これがイマドキの若者ってやつ? 他人に何を言われようが、自分の好きを変えちゃだめでしょ!』
「あ、はい、そうですね。じゃあ……」
『いやちょっと! 推しリスト、て今話すこと!? それどころじゃないでしょ!』
「いや、カリンちゃんが振ってきた話題……」
『口答えしない! 素直に謝りなさい!』
「あ、すいません」
『よろしい。まったく、好きを貫くのはいいことだけど、状況をわきまえてよね!』
えー。
まあ確かにそんな話をしている場合じゃないですが。なんだか釈然としないです。
『というわけで、推しが反対してるんだもの、邪神の巫女を倒すのはナシ。となれば方法はひとつ、魔族討伐よ!』
そうですね、それしかありませんね。
『よっしゃ、意見は一致ね! それじゃあ早速出発よ!』
「え……わ、私が行くんですか!?」
『そりゃそうよ。大聖女も聖堂騎士団も、ここの防衛で手一杯だもの』
無、無理ですよお! 私、戦闘訓練なんて受けていないですってば!
『あらあら、ご謙遜を』
デッキブラシ、おほほほ、と高笑い。
『私のサポートがあったとはいえ、かなり上位の邪神を一撃で倒したというのに? 神ですらない魔族を倒すなんて、子供のお使いみたいなものでしょ?』
なんだかなー。
その論法で言われるの、これで三回目です。あなたひょっとして、前世は教堂のシスターとかじゃないでしょうね?
『あ、言ってなかったね。私は……』
ドンドンドン、と扉を叩く音が響きました。
わ、びっくりした。
「シスター・ハヅキ。誰と話をしているのですか?」
『あ、やっばーい。話に夢中で来てるのに気づかなかった』
てへぺろ、て感じでくるりと回るデッキブラシ。
『さあハヅキちゃん、私を手にとって。強行突破よ!』
「え、なんで!?」
『バレたら私は没収。そうしたらリリアンは助からない。ま、あなたが「姉」シスターを見捨てると言うならそれでもいいけどね』
ず、ずるい!
その言い方はずるいです! リリアンが助からなかったら、一生罪悪感を背負って生きていくことになるじゃないですか!
『助けたいんでしょ、あの子を』
「そ、それはもちろん」
『なら悩むことはなし! さあ私を手にとって! これは聖戦よ!』
「ハヅキ、開けなさい! 開けないのなら扉を叩き壊しますよ!」
扉の向こうに人が集まってきている気配がします。
ガチャガチャと鳴る金属音は――ひょっとして聖堂騎士も来てるんですか? 聖堂騎士相手にバトルなんて、さすがに無理ですよぉ。
『なーに言ってるの、あなたには頼もしい騎士がいるじゃない』
「え、誰のことです?」
『あらひどい。ナイスガイな悪霊、アーノルド君よ!』
いや確かに強いですけど。アーノルド卿なら、一人で聖堂騎士団ごと引き受けてくれるでしょうけど。
ここで悪霊を呼び出した時点で、私、破門確定じゃないですか!?
『だーいじょうぶ、デッキブラシを信じなさい! 勝てば官軍、なんとかなるって!』
ドンッ、ドンッと誰かが扉に体当りする音。
うわ、もうだめだ、考えてる余裕ない!
「あーもー! 行きますよ、行けばいいんでしょ!」
『そーこなくっちゃ!』
私は手を伸ばし、くるくる回っていたデッキブラシをつかみます。
『さあ、アーノルド君を呼び出して! そして変身よ!』
「りょーかいです!」
女は度胸、腹くくりました!
「出でよ我が相棒、アーノルド卿!」
『参上! アァァァーノルド=マッスゥ!』
私の呼びかけに勇ましい声が響き。
トレーニングパンツ一丁の大男が現れます。そのかけ声――今度新しいの考えましょうね。
『状況は理解しちょる! わしが蹴散らしちゃるけん、後に続けい!』
「合点承知!」
扉にひびが入りました。「悪霊の気配が!」なんて声が聞こえてきます。もはや後戻りはできません、こうなったらやるのみです。
「ハヅキ・フラーッシュ!」
まばゆい光が私を包み、デッキブラシが金色デッキブラシに変身。
準備完了、いざ!
「突撃ぃーっ!」
『おうさぁっ!』
◇ ◇ ◇
狭い廊下にひしめいていた聖堂騎士をなぎ倒し、私達は無事脱出しました。
「ひぃぃぃっ! 追ってくる、追ってくるよぉ!」
決死の形相をした聖堂騎士が追いかけてきます。重い鎧を着てるのに、どうしてそんなに速く走れるんですか! わぁん、追いつかれちゃう!
『わしに任せい!』
前を走っていたアーノルド卿が、急反転し聖堂騎士の前に立ちふさがります。
『聖堂騎士よ、ここから先は通さぬぞ!』
「アーノルド卿!?」
『行け、ハヅキ様! 必ず後で追いつく!』
「いやそれ、死亡フラグですよぉ!」
ですが立ち止まるわけには行きません。ここはアーノルド卿を信じて進むしかありません。
「絶対に追いついてくださいよー! 信じてますからねー!」
マッスルパーンチ!
そんなかけ声とともに爆発音、そして聖堂騎士たちの気合い入りまくりの声。訓練なんかじゃない、マジモンのバトル音を背中に受けつつ、私は大聖堂を飛び出しました。
「そ、それで、どこへ、行けば、いいんです、か!」
『下町の聖堂よ! 礼拝堂の祭壇奥に、魔族が潜んでいると見た!』
言われてみれば、そこしかありませんね。
「了解です!」
『覚悟はいいね、ハヅキちゃん。ここから先は、生きるか死ぬかよ!』
「もうこうなったら、とことんやってやりますよ!」
『それでこそ我が相棒!』
サムズアップをかましてそうな勇ましい声で、デッキブラシが笑います。
『さあ行くよ! 邪神を呼び出す魔族のところへ……殴り込みじゃあ!』
──というわけで。
またもや To Be Continued♪
連載形式でやれや、なんて言わないでね、てへ♪