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不真面目シスターシリーズ

不真面目シスター、邪神の巫女を救わんと決意する の巻

作者: おかやす

 闇です。


 真っ暗闇です。


 目の前にかざした自分の手すら見えません。ここはいったいどこでしょう。どうして私はここにいるのでしょう。


 ひっ!?


 なんか声が聞こえました。恐る恐る耳を澄ますと――女の子の泣き声のようです。安心なんてできません。暗闇に響く女の子の泣き声なんて、怖いだけじゃないですか。


 恐る恐る、そぉっと声の方に目をやると、ぼんやりと光が見えました。ゆらゆらと揺れるその光、幽霊の火の玉かと思ってめっちゃビビりました。

 全力ダッシュで逃げたいのですが、体が動きません。目をそらすこともできません。

 これが金縛りというやつでしょうか。人生初体験です。なるほどこういう感じか。今後、怪談話をするときにリアリティをもって語れますね♪


 いや、そうじゃなくて。


 光はずいぶんと遠いところにあるようです。目を凝らすと、光の中に人影が見えます。

 幽霊?

 死霊?

 悪霊?

 「霊」のつくものばかり思いつきました。それより怖いものではないことを祈りつつ、さらに目を凝らすと――。


「あれ……は?」


 光の中に女の子がいました。ツギハギだらけの服を着て、うずくまり、体を震わせて泣いています。聞こえてくる泣き声は、その女の子のものでしょうか。


 …………え。


 泣き声にまじり、何か声が聞こえます。

 なんでしょう、なんて言っているんでしょう。声の響きからは、悲しみを通り越して憎しみというか、なんか禍々しいものを感じます。


 ……じゃえ。

 …んじゃえ。


 やばいです。なんかわかってしまいました。

 ダメです、それ以上は言ってはダメです。人を呪わば穴二つ、呪いは、最後は自分に返ってくるんですよ!


「うるさい!」


 がばり、と女の子が体を起こしました。

 おおう。

 すごい美少女です。こんな美少女見たこと――あれ?


「うるさい、うるさい! もう神様なんか信じない!」


 涙をボロボロ流しながら、射殺すような目で睨んでくる女の子。

 その目。

 見覚えあるどころじゃありません、ついさっき見たばかりです。つまりこの子は――。


「みんな、みんな……死んじゃえ!」


 ――とまあ。

 そこで、目が覚めました。


   ◇   ◇   ◇


 はて、ここはどこでしょうか。

 洗いたてのシーツが敷かれた、しっかりとしたベッドの上で寝ていました。体には毛布がかけられています。なかなかに心地のよい肌触りを全身で感じ――え、ちょっと!?

 私、真っ裸(まっぱ)じゃないですか!


「目が覚めましたか?」


 軽くパニクっていたら声をかけられました。

 近づいてきたのは、ほぼ白のシスター服を着た人。「従者」と呼ばれる教堂の大幹部の一人、大聖女様(コウメちゃん)の側近中の側近、アラフィフ・シスターのマイヤー様です。


「あ、あの……あの……」


 胸元で毛布を抱きしめ、一言。


「わ、私が寝ている間に、何をしたんですか!?」


 心配そうだったマイヤー様のお顔が、みるみる険しくなりました。


「お元気そうで何より。心配して損しました」

「あ、すいません。定番かな、と思って」


 てへっ、と笑ったら、マイヤー様が、はぁっ、と重いため息をつきました。そんな重いため息、幸せが逃げちゃいますよ?


「ご忠告ありがとう。心しておきます。それで、体に異常はありませんか?」

「あ、はい……」


 毛布にくるまったまま、全身を動かしてみます。


「これといって特には」

「そうですか」


 ホッとした声になったマイヤー様。あ、心配してくれてたんですね、茶化してすいません。

 改めて周囲を見てみると。

 どうやらここ、大聖堂の医務室のようです。ここへ来たばかりの頃、リリアンに案内されて一度のぞいたことがありますが、それっきりでした。カゼひとつ引かない丈夫な体なので、来る必要がなかったんですよね。こんな形で初めてお世話になるとは。

 あれ――ここにいるの、私だけですか?


「シスター・ハヅキ。申し訳ありませんが、あなたの服は焼却処分としました。代わりの服はこちらに」


 ベッドの傍らに、新しいシスター服が用意されていました。

 色は――なぜか臙脂(えんじ)色。え、こんな色のシスター服があるんですか?


「……とりあえず、手元にあったのがそれだけなので」

「はあ。あの、前の服は焼却処分って……」


 シスターは清貧がモットーです。服が汚れたり破れたりしても、よほどのことがない限り洗濯・修繕して使います。もうあかんとなっても、雑巾として使い倒してからのはず。

 なぜに焼却?


「邪悪な気配が染み付いており、大聖女様が張られた結界に弾かれて、着たままでは大聖堂に入れなかったのです」

「結界、ですか」


 へえ、大聖堂に結界なんて張られていたんだ。知らなかったなー。まあ、大聖女様(コウメちゃん)がおわす、教堂の中枢ですからね、悪いものが入ってこないようにしているのでしょう。


「聖水をかけましたが太刀打ちできず。脱がして燃やすしかありませんでした」

「はあ、そうだった……」


 ――ん?

 待って、ちょっと待って。てことは、ですよ?


「わ、私、外で裸にされたってことですか!?」

「そうですが」


 うぎゃー!

 いやいや、ちょっと待って! さすがのハヅキちゃんも、外で裸になるのは恥ずかしいですよ! これでも一応、まもなく十八歳の乙女なんですからね!


「ちゃんと隠していましたから安心なさい」

「いやそうだとしても! 恥ずかしいものは恥ずかしいんですよ!」

「おや」


 マイヤー様、心底驚いたという顔になりました。


「あなたにも、恥ずかしいという概念(・・)がありましたか」


 概念、て。

 いやまあ、シスターとしては恥の多い生活を送っていますけどね。乙女の恥じらいはそれとは別です! 断固抗議いたしますよ!


「はいはい、わかりましたから。とりあえず服を着なさい。乙女の恥じらいを忘れてますよ」


 おっといけない、真っ裸(まっぱ)でわめいていました。

 臙脂(えんじ)色のシスター服を手に取り、素早く装着。うーん、ずっと黒だったから違和感あるなあ。てゆーかこれ、大聖堂内でめちゃくちゃ目立ちそうですね。せめて青系になりませんかね。


着られ(・・・)ましたか?」


 私の着替えをじーっと見ていたマイヤー様が、わざわざ確認してきます。

 ええまあ、この通り。

 幼稚園児じゃないんですから、服ぐらい自分で着られますってば。


「……の、ようですね」


 なんだか深刻そうな顔をしています。何なんでしょうか。


「あの、ところで」


 私はキョロキョロと医務室を見回しながら、気になっていたことを尋ねました。


「リリアンさんは、どこにいるんでしょうか?」


   ◇   ◇   ◇


 リリアンは、礼拝堂の祭壇で眠っていました。


 一糸もまとわぬ姿に、毛布一枚をかけられて。


 祭壇の前では、大聖女様(コウメちゃん)が祈りを捧げていました。鬼気迫るその迫力、毎朝のお勤めとは別次元の、全身全霊で本気の祈りです。

 さらに大聖女様(コウメちゃん)を取り囲んで、マイヤー様以外の「従者」、大聖女を支える十人の幹部の皆様が。

 さらにその外側には、完全武装の聖堂騎士団長様と隊長クラスの精鋭たちが。


 物々しい雰囲気に、さすがの私も息を呑みました。

 これ、いつものノリで悪ふざけしたら、即座に張り倒されそうです。


「リリアンはその身に邪神を下ろし、(けが)されました」


 淡々と、どこか冷たい口調で話すマイヤー様。

 いつも冷静な方ではありますが、今はちょっと怖いです。


「穢れを(はら)うべく、大聖女様が祈りを捧げていますが……完全に祓うのは難しいでしょう」

「大聖女さまでも、ですか?」

「リリアンと邪神はつながってしまいましたから。つながりを絶たないことには、また同じことになります」


 祭壇を金色の光が包みました。

 光りに包まれたリリアンが、苦しそうな顔で声を上げました。声とともに、リリアンの口から何かどす黒いものが飛び出してきて、それを聖堂騎士が一刀両断にしました。


 気味の悪い悲鳴とともに、どす黒いものが霧散し。

 金色の光が消え、静寂が訪れます。


 ふう、と息をついた大聖女様(コウメちゃん)がぐらりと揺れ、従者の方が慌てて支えました。


「終わったようですね。来なさい、シスター・ハヅキ」


 マイヤー様に連れられて、祭壇へと近づいていきました。

 私に気づいた聖堂騎士の皆様が、目を丸くして驚いていました。団長様も「本気か?」とつぶやき、マイヤー様をまじまじと見ています。

 はて、何に驚いているのでしょうか。なんだか居心地が悪いです。


「マイヤー」


 そして。

 大聖女様(コウメちゃん)もまた私を見て驚き、キッ、とマイヤー様をにらみました。


「本気ですか、あなた」

「神のみ心は示されたかと」


 淡々と答えるマイヤー様に、大聖女様(コウメちゃん)の目がますます厳しくなりました。

 なんでしょう、皆様何に驚いているのでしょう。

 大聖女様(コウメちゃん)は、何に怒っているのでしょう。

 聞きたいのですが、うかつに口を開けない雰囲気です。


「大聖女さま……あの、リリアンさんは?」


 とりあえず私のことは後回しです。

 リリアンは大丈夫なのでしょうか。祭壇に横たわるリリアン、表情は和らぎ呼吸も落ち着いていますが、目を覚ます様子はありません。


「邪神の穢れを、大聖女様がどうにか祓いました。ですが、一時しのぎでしょう」

「マイヤー!」

「事実でございましょう」


 大聖女様(コウメちゃん)の咎めるような声に、淡々と応じるマイヤー様。

 そのままにらみ合うこと十秒ほど。

 なんというか、さきほどからこの二人、バチバチです。


「……休憩を取ります。ハヅキ、来なさい」


 大聖女様(コウメちゃん)に連れられて、控室へと行きました。

 疲れた様子で椅子に座る大聖女様(コウメちゃん)。茶器一式が置いてあったので、お茶を入れてお出ししました。


「ありがとう。手際がよいですね」


 これでもハウスキーパー目指してますから――とは言えませんね。そういう雰囲気じゃないですし、言えばあの人が――大聖女直属のシノビ・ポンパドールさんが闇から現れて、「嘘ついたね?」とにっこり笑いそうです。

 ヤダコワイ。ブルっちゃいます。


「どうしました?」

「いえ、なんでも……」

「トイレならその扉を出て右ですよ」

「いえ、大丈夫です」


 なんだか勘違いされてしまいました。


「せっかく入れてもらいましたからね。先にいただきます。座って待っていなさい」

「あ、はい」


 私はうなずき、大聖女様(コウメちゃん)の正面に座りました。

 サクサクとお茶請けのクッキーを一枚食べて、優雅にお茶を飲む大聖女様(コウメちゃん)。寝起きに見せる、隙だらけのかわいらしさは微塵もなく、気品にあふれています。ホントに同一人物でしょうか。


「さて」


 空になったカップを置き、ようやく口を開きました。


「マイヤーが言ったことは、本当です」

「え?」

「リリアンは邪神をその身に受け入れました。邪神の巫女となった、と言ってよいでしょう」


 胃の辺りが、ぎゅっとなりました。

 邪神。

 王都の東にあった牢獄に封じられていたヤバいやつ。大聖女様(コウメちゃん)が全力の一撃でぶっ潰していたので、特に気にすることもなかったのですが。


「あれとは別の邪神が、下町の聖堂に潜んでいたのでしょう。まさか聖堂になんて……油断しました」


 そう言えばあそこの礼拝堂、妙に暗かったですね。それにリリアン、あそこで誰かと話していたようですし。ひょっとして邪神と話していたのでしょうか。


「あの子は、その邪神に魅入られたようです」

「魅入られた?」


 取り憑かれたでも、騙されたでもなく、魅入られた?

 それってつまり、リリアンさんは――。


「言葉巧みに言いくるめられたのか、あるいは違う方法か。とにかくあの子は、自分の意志で邪神を受け入れてしまいました」


 は?

 いやいや、そんなばかな。シスターの鑑みたいな人ですよ。聖典なんてほとんど暗記しているし、打てば響くように神の教えを説いてくれるし、面倒見もいい人ですし。

 そんな人が自分から邪神を受け入れるなんて、信じられません。


「あの子は……心に大きな闇を抱えていました」


 闇?

 リリアンさんが? え、なんですかそれ。


「……それは、本人に聞いて下さい」


 本人の許可なく言えることではない――まあそうですよね、だからこそ闇なんですよね。


「その闇から逃れたくて、シスターの修行にのめり込んでいる。私にはそう見えました」


 つらい現実から救ってほしくて神にすがる。

 それ自体、間違っているとは言えません。すべてを自分の力だけで克服できる人間なんていないのですから。神にすがらないと生きていけない、そんな人もいっぱいいます。


「ですがあの子はシスター。そこから一歩踏み込んだ者です」


 神の教えに従い、世の人々の苦しみを救うために生きる者。神の救いを求める人たちに正しい道を示し、その祈りを神に届ける者。

 それは「己」より「他」を優先する生き方です。だからこそ人々に敬意を持って接してもらえるのです。


「あの子が努力家で才があることは認めます。ですがシスターとしては、根本的なところが間違っているのです」


 リリアンはただ「己」を救いたいと願っている。そのために「シスター」として振る舞い続けているだけで、本当に人々のために生きようとしているわけではない。

 だから側仕えとして認めなかった。

 大聖女様(コウメちゃん)はそう言ってため息をつきました。なるほど、決して身の危険を感じていたからではなかったんですね。


「まあ……それもありましたが」

「あ、気づいていたんですね」

「私も若い頃に、色々経験していますので」


 そう言えばこの人、その美貌で国を六つ滅ぼしていると言っていましたね。そういう目で見られるのに慣れているから、わかるんでしょうね。

 しかし若い頃って――今も十分若々しいので、現在進行系ではないでしょうか。


「私では無理。あの子の誤りを正せない。とうにわかっていたのです。ですがあまりに優秀すぎて、ここから出て行かせる理由がなかった」


 悔恨、という言葉がピッタリの表情で、大聖女様(コウメちゃん)が天を仰ぎました。

 いやいや、ちょっと待ってください。


「あの……聖女の中の聖女、大聖女なんて呼ばれている方が無理と言ったら、誰にもできないんじゃないですか?」

「大聖女、ねえ」


 私の素朴な疑問に、大聖女様(コウメちゃん)が自嘲的な笑みを浮かべました。


「質問に質問を返すようですが。ハヅキ、聖女とは何ですか?」

「え、それはその……聖なる力を持つすごい人というか……神様の力を使って邪悪を倒せる人、ですかね」

「違いますよ」


 やんわりと、でもしっかりと断言されました。

 え、違うんですか?


「聖女、あるいは聖人とは、人々の祈りを神に届けることに生涯を捧げた人のことです。あなたの言うそれは、超能力者と言ったほうがよいでしょう」


 へえ、そうだったんですか。知りませんでした。


「ですので。生きている聖女なんて、ありえません」

「え?」

生涯(・・)を捧げた人、ですよ。人生を終えた後でなければ判断できないでしょう。私は今、大聖女と呼ばれていますが、もしも明日、私が己の欲得のために多くの人々を殺めたとしたら、あなたは私を聖女と呼びますか?」


 あー、呼ばないですね。むしろ大虐殺者と呼びますね。


「私の『大聖女』というのは、ただの役職です。もちろんシスターとしての本分を忘れたつもりはありません。ですが本当の意味での聖女とは、ほど遠い存在です」


 教堂も大きな組織であり、その中では多かれ少なかれ「政治」があります。教堂の外には「国」という別の大組織があり、そこと渡り合っていくのにも「政治」があります。

 教堂の「聖女」とは、その「政治」を行う総責任者。国における「国王」と同じ意味で、本来の意味とはかけ離れているのです。


「わかりましたか?」

「うーん、めんどくさいですね」


 率直な感想を述べたら、大聖女様(コウメちゃん)が小さく笑いました。


「素直でよろしい。まあそういうわけで……私ではあの子を、リリアンを救えないのです」


   ◇   ◇   ◇


「このまま自室に戻り、許しがあるまで出ないように」


 大聖女様(コウメちゃん)にそんな厳命を受けてしまいました。

 え、なんでですか?


「……あなたも邪神の力を浴びた身よ。安全だとわかるまで監禁です」


 反論を許さない雰囲気に黙るしかありません。

 「従者」の二名の方が、私を部屋まで送り届けてくれました。マイヤー様ではなく、ええと確か――名前、覚えてません。聞いたら怒られるかな?


「大聖女様以外の誰かが尋ねてきても、絶対に出ないように」

「いいですね?」


 お二人にも厳命されました。

 私を閉じ込めておきたいという雰囲気をひしひしと感じます。はて、なにゆえでしょうか。


『あれだけ念を押されると、逆に抜け出したくならない?』

「なりますねえ」

『抜け出しちゃおうか? 抜け出しちゃおうよ』

「そうですね、やっちゃいますか」

『さすがハヅキちゃん。よーし、行くよ!』

「よっしゃ行きましょう!」


 て。


「ちょーっと待ったぁ!」


 誰ですか、悪事をそそのかす悪い子は。

 危うくノっちゃうところだったじゃないですか!


『チッ、我に返ったか』


 そこでくるくる回っていたのは、我が相棒、デッキブラシのカリンちゃんでした。


「あ、ちゃんと運んでもらえたんですね」


 私とは魂レベルで通じ合うデッキブラシ(カリンちゃん)ですが、見た目はただのデッキブラシです。そのまま捨て置かれたのではと心配していました。


『イケメンの聖堂騎士が運んでくれたの。お姫様気分味わえたわぁ♪』


 ひょっとしてお姫様抱っこで運んでもらったんでしょうか? 想像してみましたが――なかなかの絵面ですね。


『ま、そんなことより! ハヅキちゃん、急がないと手遅れになるよ!』

「手遅れ?」

『あの闇堕ちシスターちゃんよ! 早くなんとかしないと、死んじゃうよ!』


 ええっ!?

 だってさっき大聖女様(コウメちゃん)が穢れを祓った、て言ってましたよ!


『だってまだつながってるもの』


 デッキブラシ(カリンちゃん)いわく。

 その身に邪神を下ろしたことで、リリアンの魂はあちら(・・・)につながってしまったのだとか。そのつながりを絶たない限り、祓っても祓っても邪神が下りてくるそうです。

 マイヤー様が一時しのぎと言っていましたが、そういうことだったんですね。


『いやー、私もあの一撃で倒したと思ってたけど、甘かった。反省してまーす♪』


 いやそんな、ウィンクバチコーン、みたいに明るく言われても。


『で、そのつながりを利用して、邪神を送り込み続けてるやつがいるの』

「邪神を……送り込む? 誰ですか?」

『魔族でしょうね。天敵たる大聖女の喉元に邪神の巫女がいる。私なら、もろともに滅びてしまえ、て考えるね!』

「もろともに、て……どうするんですか?」

『簡単よ。邪神の巫女を通して、大聖女が祓いきれなくなるまで邪神を送り続けてパンクさせるの。邪神の巫女はもたないでしょうけど、大聖女が倒せればお釣りが来るね!』


 もたない、て――それってつまりリリアンは。


『そ、死んじゃう、てこと』

「で、でも! ここは大聖女さまの結界で守られてるんですよね?」

『その結界に、邪神の巫女という勝手口(バックドア)ができた状態だからね。防ぎようがないの』


 デッキブラシ(カリンちゃん)、そこで一呼吸おいて続けます。


『大聖女が倒されれれば教堂は崩壊。そうすればなし崩し的に王国も崩壊。つまり今は、世界の危機よ』


 私が寝てる間に、世界がとんでもないことに!

 え、どうしよう、どうすればいいんですか!?


『対処方法は二つ。勝手口(バックドア)たる邪神の巫女を倒すか、邪神を送り込んでくる魔族を倒すか。手っ取り早いのは、前者ね』


 倒す。つまり――殺す。

 リリアンを?

 なんで? どうして?

 せっかく助けたのに、なんでそうなるんですか!


『ハヅキちゃんが気絶している間に、そりゃーもう喧々諤々たる議論があったのよ。ほぼ全員がリリアンを処刑すべしと言ったんだけど、大聖女は拒否したの』


 ここでリリアンを救えなくて、何が大聖女か!


 大聖女様(コウメちゃん)は処刑を主張する人たちを一喝して黙らせたそうです。わお、かっこいい。


『いやー、シビレたね。ゾクゾクきちゃったね。だてに大聖女なんて呼ばれてないね。私の推しリスト、第五位にランクインよ!』


 あ、私は第九位です。


『九位!? ちょっとハヅキちゃん、それはないんじゃない? 私は第一位が四人いるから五位なだけで、実質二位なのよ!』


 四人いる、て――第一位とは?


『まったくもう、ハヅキちゃんにも困ったものね』

「じ、じゃあ……私も第五位にランクアップしちゃおうかなー」

『ちょっと、人に言われて変えるなんて、ポリシーないの!?』

「あ、いや、そういうわけじゃ……」

『言い訳無用! あーもー、これがイマドキの若者ってやつ? 他人に何を言われようが、自分の好きを変えちゃだめでしょ!』

「あ、はい、そうですね。じゃあ……」

『いやちょっと! 推しリスト、て今話すこと!? それどころじゃないでしょ!』

「いや、カリンちゃんが振ってきた話題……」

『口答えしない! 素直に謝りなさい!』

「あ、すいません」

『よろしい。まったく、好きを貫くのはいいことだけど、状況をわきまえてよね!』


 えー。

 まあ確かにそんな話をしている場合じゃないですが。なんだか釈然としないです。


『というわけで、推しが反対してるんだもの、邪神の巫女を倒すのはナシ。となれば方法はひとつ、魔族討伐よ!』


 そうですね、それしかありませんね。


『よっしゃ、意見は一致ね! それじゃあ早速出発よ!』

「え……わ、私が行くんですか!?」

『そりゃそうよ。大聖女も聖堂騎士団も、ここの防衛で手一杯だもの』


 無、無理ですよお! 私、戦闘訓練なんて受けていないですってば!


『あらあら、ご謙遜を』


 デッキブラシ(カリンちゃん)、おほほほ、と高笑い。


『私のサポートがあったとはいえ、かなり上位の邪神を一撃で倒したというのに? 神ですらない魔族を倒すなんて、子供のお使いみたいなものでしょ?』


 なんだかなー。

 その論法で言われるの、これで三回目です。あなたひょっとして、前世は教堂のシスターとかじゃないでしょうね?


『あ、言ってなかったね。私は……』


 ドンドンドン、と扉を叩く音が響きました。

 わ、びっくりした。


「シスター・ハヅキ。誰と話をしているのですか?」

『あ、やっばーい。話に夢中で来てるのに気づかなかった』


 てへぺろ、て感じでくるりと回るデッキブラシ(カリンちゃん)


『さあハヅキちゃん、私を手にとって。強行突破よ!』

「え、なんで!?」

『バレたら私は没収。そうしたらリリアンは助からない。ま、あなたが「姉」シスターを見捨てると言うならそれでもいいけどね』


 ず、ずるい!

 その言い方はずるいです! リリアンが助からなかったら、一生罪悪感を背負って生きていくことになるじゃないですか!


『助けたいんでしょ、あの子を』

「そ、それはもちろん」

『なら悩むことはなし! さあ私を手にとって! これは聖戦よ!』

「ハヅキ、開けなさい! 開けないのなら扉を叩き壊しますよ!」


 扉の向こうに人が集まってきている気配がします。

 ガチャガチャと鳴る金属音は――ひょっとして聖堂騎士も来てるんですか? 聖堂騎士相手にバトルなんて、さすがに無理ですよぉ。


『なーに言ってるの、あなたには頼もしい騎士(ナイト)がいるじゃない』

「え、誰のことです?」

『あらひどい。ナイスガイな悪霊、アーノルド君よ!』


 いや確かに強いですけど。アーノルド卿なら、一人で聖堂騎士団ごと引き受けてくれるでしょうけど。

 ここで悪霊を呼び出した時点で、私、破門確定じゃないですか!?


『だーいじょうぶ、デッキブラシ(こ の 私)を信じなさい! 勝てば官軍、なんとかなるって!』


 ドンッ、ドンッと誰かが扉に体当りする音。

 うわ、もうだめだ、考えてる余裕ない!


「あーもー! 行きますよ、行けばいいんでしょ!」

『そーこなくっちゃ!』


 私は手を伸ばし、くるくる回っていたデッキブラシ(カリンちゃん)をつかみます。


『さあ、アーノルド君を呼び出して! そして変身よ!』

「りょーかいです!」


 女は度胸、腹くくりました!


「出でよ我が相棒、アーノルド卿!」

『参上! アァァァーノルド=マッスゥ!』


 私の呼びかけに勇ましい声が響き。

 トレーニングパンツ一丁の大男が現れます。そのかけ声――今度新しいの考えましょうね。


『状況は理解しちょる! わしが蹴散らしちゃるけん、後に続けい!』

「合点承知!」


 扉にひびが入りました。「悪霊の気配が!」なんて声が聞こえてきます。もはや後戻りはできません、こうなったらやるのみです。


「ハヅキ・フラーッシュ!」


 まばゆい光が私を包み、デッキブラシ(カリンちゃん)金色デッキブラシ(ゴールデン・ブラシ)に変身。

 準備完了、いざ!


「突撃ぃーっ!」

『おうさぁっ!』


   ◇   ◇   ◇


 狭い廊下にひしめいていた聖堂騎士をなぎ倒し、私達は無事脱出しました。


「ひぃぃぃっ! 追ってくる、追ってくるよぉ!」


 決死の形相をした聖堂騎士が追いかけてきます。重い鎧を着てるのに、どうしてそんなに速く走れるんですか! わぁん、追いつかれちゃう!


『わしに任せい!』


 前を走っていたアーノルド卿が、急反転し聖堂騎士の前に立ちふさがります。


『聖堂騎士よ、ここから先は通さぬぞ!』

「アーノルド卿!?」

『行け、ハヅキ様! 必ず後で追いつく!』

「いやそれ、死亡フラグですよぉ!」


 ですが立ち止まるわけには行きません。ここはアーノルド卿を信じて進むしかありません。


「絶対に追いついてくださいよー! 信じてますからねー!」


 マッスルパーンチ!

 そんなかけ声とともに爆発音、そして聖堂騎士たちの気合い入りまくりの声。訓練なんかじゃない、マジモンのバトル音を背中に受けつつ、私は大聖堂を飛び出しました。


「そ、それで、どこへ、行けば、いいんです、か!」

『下町の聖堂よ! 礼拝堂の祭壇奥に、魔族が潜んでいると見た!』


 言われてみれば、そこしかありませんね。


「了解です!」

『覚悟はいいね、ハヅキちゃん。ここから先は、生きるか死ぬかよ!』

「もうこうなったら、とことんやってやりますよ!」

『それでこそ我が相棒!』


 サムズアップをかましてそうな勇ましい声で、デッキブラシ(カリンちゃん)が笑います。


『さあ行くよ! 邪神を呼び出す魔族のところへ……殴り込み(カチコミ)じゃあ!』




 ──というわけで。

 またもや To Be Continued♪


 連載形式でやれや、なんて言わないでね、てへ♪

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― 新着の感想 ―
[良い点] ユッケル(森の賢者編で出た魔族。美ショタ)戦以来の大事になってるな、うん。 そしてカリンのノリ軽っ!!! [気になる点] まだ黒幕が祭壇にいるのかどうか。 戦略的には別の場所に拠点を移動…
[一言] 別に、聖堂騎士を倒してしまっても構わんのだろう?
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