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去りゆくものよ 永遠に 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 うーん、ここのラーメン屋さんも閉店しちゃうのか〜。

 理由はいろいろあるとは思うけれど、慣れ親しんだものが遠くへ行ってしまうのは、やっぱ寂しいし、全然慣れないわ。

 永遠なんてないといっても、そいつはまったく同じものが、まったく同じ状態でそこにい続けることができない、という範囲のことでしかない、と僕は思っている。


 似て非なるもの。それになくなりしものの面影を求めてしまう。

 もちろん、失われたものに操を立てるかのごとき行いも美しい。しかし、美しいと思うことは、心のどこかで現実には難しすぎると思っているのも確かだ。

 本質は違っていても、代わりが欲しくなる。それはどこの世界においても、同じなのかもしれない。

 おじさんから聞いた話なんだけど、耳に入れてみないかい?



 おじさんが当時、住んでいた地域のある中古屋さんが閉店することになったとき。

 そのお店は、昔はホームセンターだったというが、紆余曲折あって複数のお店がひとつのスペースを取り合う、デパートのひとフロアのごとき様相を呈していたとか。

 そのようなつくりは当時、そうそうあるものじゃなくて、おじさんにとってはある意味、ひとつの町のように感じられていたとか。

 しかし、スペースを共有しても、売り上げまでも同じ都合で安定するとは限らない。

 何年かののち、その一角から撤退するお店が出てきてしまったんだ。


 おじさんがひいきにしていた、レコードと楽器を売っているお店だったらしい。

 おじさんは自分が演奏するのはからっきしだけど、音楽を聴くのは好きだったようでね。カセットテープが置かれるようになってからも、足しげく通っていた。そこの店員さんが美人さんだったのも理由のひとつだったらしいけどね。

 だから、そこが閉店してしまうと聞いたときは、心底がっくり来たみたいだ。自分がもっといろいろ買っていれば、こうはならなかったんじゃないかとも思ったらしいけれど、そいつはうぬぼれ。

 限りある小遣いから捻出できる額は、たかが知れている。ポケットマネーでどうにかするには大富豪の酔狂でもない限り、うまくはいかないだろう。そのうえ安定供給という課題もある。


 予告されていた閉店日は、隣接する本屋のスペースともども、棚卸も兼ねているようで立ち入りが禁じられてしまう。

 即席の衝立も設けられて、近づくどころか中の様子をうかがうことも許されず。一連の準備が終わるころには、レコード屋の一角は本屋の延長したコーナーに埋め尽くされてしまっている。

 カウンターも棚の色合いも、レコード店の青色を基調にしたものから一転。本屋の緑色を基調としたものに変わってしまっていた。

 例の店員のお姉さんの姿もなく、がっくり来るおじさん。かつてのレコード店の名残と言えるのは、かのコーナーにおまけ程度に置かれているレコードと楽譜たちくらい。


 完全に潰えたわけじゃないのは、おじさんとしては不幸中の幸いだけれども、時を置くにつれてそれらも少しずつ、本に圧迫されていく。

 自分が買うものばかりじゃなく、目にした数日後に知らない誰かが買っていっただろう、棚の空白がのぞいた。

 そうして、また時間を置いて補充されるのは音楽と関係のない雑誌たち……。


 ――本当に、このレコード屋はなくなっちゃうんだな。


 おじさんにとっては、それがカウントダウン。

 見た目が損なわれても、存在を続けていた残滓。それが目減りしていく様子に、おじさんはどこか空しさを感じていたのだとか。


 それから何カ月も経って。

 いよいよレコード屋の遺産が、消えるときがやってきてしまう。

 このところ数を増やしてきた、カセットテープの最後のひとつ。ケースの最奥にしまい込まれて、棚の奥にひそんでいた。

 外や天井から降り注ぐ光を避けんとするように、隠れるかのようなポジション。でも、こうして人が少しでも意識を向ければ、ばれてしまう立ち位置。

 いずれ、「とどめ」を刺されてしまうのも時間の問題。ならば……。


 ――俺の手で、それを刺す。これが最後の手向けだ。


 おじさんはカセットを手に取った。

 聞いたこともない歌手のもので、曲名も聞き覚えがない。よほどのマイナーなものなのだろうか。

 購入したおじさんは、さっそくテープを再生してみる。

 やはり初めて聞く曲だ。音楽番組などで、それなりに知れたものであればイントロで判断できるのがおじさんの特技だったけど、その網に引っかかることはない。

 インターネットなどない時分で、手軽に調べ物をできる環境はそばになかった。それでも家に置いてある音楽関連の雑誌をひっくり返しながら、テープの歌手や歌がないかを探っていく。


 おじさんの琴線に、やたらと触れる曲だったからだ。

 音楽の専門的な知識には疎いおじさん。具体的にどこがどうだと、理路整然と説明することはできない。

 ただその旋律も、聞きなれない外国語かなまりになまった日本語かも分からない歌詞も、不思議とおじさんの胸を打つものだった。

 これまでのフェイバリットすべてに並ぶか、あるいはそれを上回るか……。

 ついイヤホンをしたまま部屋にあった座椅子にもたれかかり、リラックスしてしまうおじさん。

 激しい系のものではない、陽気なスローテンポ。のちの世にいう、チルアウト系のメロディだったみたいだ。

 それでも眠気を誘うには十分で、昼間の疲れもあってまどろみの一本道であったおじさん。音楽を聴きながら目を閉じ、ほどなく寝息を立て始めてしまう。



 いったい、何度目かの呼吸だっただろう。

 これまで何度も吸い込みをしていた鼻と口が、いっぺんに何かをすすった。

 麺類のごとき形状。しかも、おじさんが意識を取り戻すまでの、ほんのわずかな時間でもって、ごくんとそれらを飲み下す感覚があったのだとか。

 正体のつかめないその物体を、必死に吐き出そうとするおじさんだけど、それはかなわなかった。ただ、そうと意識せずに出した鼻息が、これまでにない一片を鼻から飛び立たせたんだ。


 初見で、それを昆布の佃煮におじさんは見たらしい。

 でも、そのようなものをおじさんは口にしていないし、いざ触ってみると、あまりに硬質。おじさんがなじんだような、佃煮のやわさなどどこにもない。

 自分が飲み下したのは、もっと別のもの。

 つい部屋を見渡しにかかるおじさんだったけど、ぐっと耳を中心に動きをおさえにかかるものがある。

 耳に入れたままのイヤホン。そのコードが無理な動きに対し、ストップをかけてきたんだ。


 そういえば、テープをかけっぱなしにしていたとおじさんは思う。

 すでに動きを止めたカセットを手に取って、おじさんは気づいたんだ。カセットがいまや、中身の磁気テープをすっかり失っていることを。

 もぬけの殻。だが、その行方についてはおおよそ見当がついてしまっている。

 この、床に転がる破片。まさにこれは磁気テープの一片。つまり、眠っている間にすすってしまったあれこそが……。


 それからおじさんは、お医者さんに診てもらうもテープらしきものが、体内から見つかることはなかった。排泄などに関しても同じだ。

 ただその時以来、おじさんは目をつむるたびに、くだんの曲が勝手に思い浮かぶようになったのだそうだ。

 そうしてまなこの裏に勝手に浮かぶのは、在りし日のレコード店の風景。棚もフロアも店員さんの顔も、一部の抜けも乱れもなく現れる。

 その景色は、本格的に眠りに着くまで消えることはなく、原因を特定できないまま今に至るらしいのさ。

 

 消えゆくお店は、自分の居場所を見つけてしまったのかもしれない。

 おじさんの頭の中という、形は違えど生き続けられる場所を。そしてそれは、お店に在り続けて欲しいと願ったおじさんの想いと、溶けあった形なのかもね。


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