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遊霊-Yurei-  作者: 藤原 凌
柴橋 勇気
4/5

4話 熱量

18:30 カフェは閉店の時刻になり、各々割り振られた締め作業を片付けていく。

俺は邪魔にならないように、カフェの隅にある、胸ぐらいの高さのサボテンと重なるように立ち、同僚と会話する小谷を眺めていた。

 

「お疲れ様でーす」

「お疲れ様です」

「おつかれさまー、今日もありがとねー」

「おつかれー、やっと終わった、待ちくたびれたわ」

まだ事務仕事が残っている様子の店長に声を掛け、小谷と同僚と俺はカフェを後にする。

「いやぁー、疲れましたねー」

「ほんとにね、今日もお客さんいっぱい来てたなぁ」

「えー、なんで嬉しそうなんですか⁇ 太一さんて変わってますよねー、天然⁇」

「そうなんだよ、コイツ昔から変なんだよ」

「お客さんが多いと、なんか嬉しくない? 賑やかでさ、」

「私は忙しいと、全く嬉しくないですね!」

「いや、時給変わんないなら暇の方がいいだろ」

人で溢れた街の流れに溶け込みながら、駅に向かって3人で歩いて行く。

「私、バスなんでここで! お疲れ様でしたー」

「お疲れ様ー、またね」

「おつかれー」

同僚と別れた俺達は、そのまま駅ナカの書店に入り、文庫本エリアを物色する。

「お前、ほんと本好きだよなぁ、漫画とかは読まねーの?」

小谷は、楽しそうに本の背表紙を見ており、時より気になった本を手にしては、表紙を確認して最初のページを開く。

数回それを行った後に、1冊の本を持ちレジに向かう。

カウンターの横に、人気漫画の最新巻が平積みされていることに気付き、それも一緒に会計をする。

「そうだ、今日だったわ。なんだ、お前も漫画読むんじゃんか」

俺が大好きな漫画を小谷も読むことが分かり、親近感を抱き、心の片隅にあったシコリが、少し柔らかくなった気する。

家に帰るためか、改札に向かう小谷の横を歩く。

「なぁ、太一」

初めて下の名前で小谷を呼ぶ。

「俺さぁ、死んだんだ、でさ、なんか昨日、火葬場にいて」

「……」

「遊霊って言うの? よくわかんないけど、それになったらしい、意味わかんねぇよな」

「……」

俺は思わず、立ち止まってしまう。

「……俺さ、昔、ほんとはお前と友達になりたかった、……気がする、はっきりとはわかんないけど」

「でも、楽しそうなお前見てると、なんで? 何がそんな面白いんだ?って、いつも話し掛けたかった」

「だからさ、……今からでも、お前のこと知るのって遅くない、よな?」

「……」

太一は、購入した本を早く読みたいからか、早足で自動改札を抜け、ホームに向かって進んでいる。

俺は、離れてしまったこの距離が、これ以上に広がってしまわないように、その背中を追いかけた。


俺の最寄りの駅から、都市部とは逆方向に約15分ほど移動した駅で、俺たちは下車した。

駅から歩いて約5分、比較的に古めな白い壁のマンションに入り、エレベーターに乗る。

「そういえば、お前って一人暮らし? それとも実家?」

家族と一緒に住んでいるなら、家にお邪魔するのは遠慮した方がいいか?

自分の家ではなく、人の家に憑いて行く、幽霊らしい自分の行動は、本当にしていいことなのか?

不意に浮かんだ不安を、熟考するよりも早く、小谷と書かれた表札の前に着いてしまう。

『ガチャ』

「ただいまー」

「……お邪魔します」

太一に続いて俺も家に入る、玄関から廊下に入ると両脇に幾つかの扉があり、奥にリビングが見える。

窓があるリビングには、ダイニングテーブルと4つの椅子にソファー、TVがあり、テレビの前には太一と太一の母親の写真が飾られていた。

2LDKだろうか、1人暮らしの部屋にしては広すぎる太一の家には、俺達以外誰もいないようだった。

洗面所で、うがい手洗いを終えた太一は、キッチンへ向かい冷蔵庫から麦茶を取り出すと、棚からコップを取る。

ダイニングテーブルの椅子に座り、お茶で喉を潤しながら、誰かに電話を掛ける。

「もしもし、母さん? うん、今帰ったよ」

「……うん、うん、僕は大丈夫だよ、うん」

「うん、ご飯もちゃんと食べてる、うん、おばあちゃんは大丈夫?」

「そっか、うん、週末だからって無理してこっちに帰ってこなくても大丈夫だから、」

「いや、そういう意味じゃなくて、母さん方が疲れてるでしょ、うん」

「大丈夫だよ、うん、母さんこそ倒れたりしないでね、」

「それじゃあ、切るね、うん、おばあちゃんに宜しくね」

「あ、おばあちゃんに変わる?」

「もしもし、おばあちゃん? 太一だよ~、体調大丈夫?」

「うん、うん、俺は元気だよ。 うん、そうだね、気を付けなきゃね」

家族通話は、それから30分間続いた。

電話している横顔は、少し困ったりしているが、確かに家族への暖かみを感じ、フワフワとしていた。

同じ空間に居たのに、親父はおろか、母さんともまともに会話をしなかった俺の横顔は、二人にはどんな風に見えていたのだろう。

暖かかったのか、冷たかったのか、柔らかそうだった? それとも硬かった?

「俺じゃなくてお前が」、2人の息子だったら。

なんて考えても無駄すぎて、悲劇のヒロイン気取りの俺には、念のために玉が2つ付いてるのかを確認しておく。

友人の家で、玉の所在を確認している幽霊と対照的に、キッチンに向かい晩御飯の準備を始める太一。

俺は、先ほどまで太一が座っていた椅子に腰を掛け、友人の後姿を眺める。

死んだ今となっては関係ないが、俺は全く料理をしたことが無い、そういった意味でも太一、お前を評価する。


「フライパンで簡単! 鮭とほうれん草のホイル蒸し!」、それが今晩のメニューらしい。

YouTubeの動画を再生しながら調理をする、その姿には迷いがなく普段から自炊をしている事が、容易に想像できた。

「後はタイマーを20分セットして、」

「お、できた?」

一通り工程が終わり、後は蒸すだけという状況になったらしく、手を洗いリビングに戻ってくる太一。

書店の袋から、大人気漫画を取り出した太一が、俺が座っている椅子に腰を下ろす事で、2人が完全に重なる。

「……」

この状況に若干の気持ち悪さを覚えながらも、俺はそのまま太一と同じ目線で漫画を読む。

太一がページを捲る音と、換気扇の騒音が、俺に心地よく響く。


『ピッピッピッ、ピッピッピッ』

タイマーが鳴る、集中していたのだろう、20分が一瞬で過ぎ去っていた。

太一は、タイマーとコンロの火を止めると、席に戻り漫画の続きを読み始めた。

「そうだよな、ここで終われねぇよ」

俺も太一と全く同じ気持ちだ。

心が奪われた俺達にとって、食事が冷めるなんて、些細な事でしかなかった。

静けさが戻ったリビング、対照的に俺達のボルテージは徐々に上がり、心なしかページを捲る音も荒くなっている。

重なっているからだろうか、太一の息遣い、鼓動、ページを捲る手、そのすべてが俺の物のように錯覚してしまう。


漫画を読み終わった俺達はしばらく余韻に浸っていた。

「お前、漫画を読んでる時も表情に出るんだな」

「…………」

読んでいる途中、不意に窓を見ると、夜の暗闇に反射され、室内が映し出されていた。

そこには1人、椅子に座り楽しそうに漫画を読んでいる、太一が見えた。

太一の表情は、あの時と全く変わってなくて、嬉しくなる。

それと同時に、息遣いや鼓動、それらは間違いなく、この友人の物だと認識させられた。

漫画を片付けた太一は、ご飯を食べる準備を始めている。

俺は、自分の前に運ばれてくるお皿を見ながら、ここに居ていいのかを自問していた。

そんな事を知る由もなく、太一はまた俺に重なるように椅子に座る。

「いただきます」

「……」

アルミホイルが破られ、溶けたバターと醤油の香りが俺達を包む。

至福の様子でご飯を食べ始める太一を、同じ椅子に座りながら、そのすぐ後ろで眺めている。

「……」

俺は椅子から立ち上がり、廊下を抜け、玄関の扉をすり抜け、夜の街を歩き出した。

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