3話 発見
もう少しで夕焼けが始まりそうな空だ。
下校をしている小学生達の歓声が街に響き、その声に家へ帰ろうと、背中を押される。
ようやく起き上がることができた俺は、歩きながら、改めて自分の身に起きた事を思い返す。
「本当に怖かった、」
鮮明に描写される悪霊の姿が、せっかく温まった体を震わせる。
……もしかして……俺もいずれ。
ドロっとした、嫌な妄想を頭から拭き取るように、歩く速度が早くなる。
いつも通りの帰り道は、先ほどまでと違い、少しほろ苦く感じる。
大きな公園の正門に差し掛かる時、不意に、前を通り過ぎる青年に焦点が合う。
「あれ、……今の小谷じゃね?」
エプロンを持った優男、その青年は公園の目の前にあるカフェへ入っていった。
小谷太一とは、小中学校の同級生だが、仲が良かったわけではなく、一緒のグループで遊んだ記憶もない。
それなのに、なんで俺が小谷の事を覚えているのか。それは俺が一方的にアイツのことを見ていたからだ。
小谷の事が気になりだしたのは、小学校の高学年の時だった。
放課後、塾までの時間を友達グループで遊んでいた俺は、教室に筆箱を忘れたことに気付き、急いで取りに戻っていた。
廊下から誰もいないはずの教室に入ると、1人楽しそうに本を読んでる奴がいた、小谷だ。
「おーい、何してんの?」
「……」
本に夢中なのか返事がない、俺はニヤニヤしながら静かに近づき、背中を強めに叩きながら大きな声で。
「ワァ!!!」
「うぁあああ!?!?」
小谷は椅子から飛び上がり、その衝撃で机は倒れ、本が床に落ちる。
「痛ッ」
叩かれた背中を気にする小谷を見ながら爆笑する俺、そんな俺に対して小谷は睨みながら文句を言ってくる。
「いきなりなにするんだ!!!」
驚いたからなのか、背中の痛みがそうさせるのか、小谷の目は薄っすらと充血し、今にも泣きそうだった。
「ただちょっと驚かしただけじゃんか、」
思わず言い訳を口にする。俺は楽しいことがしたかったのに、何でコイツは泣きそうなんだ。自己中心的な感情で罪悪感を上書きする。
そんな俺の横暴さに気が付いたのか、小谷は目元を腕で、ゴシゴシと拭きながら立ち上がる。
「もういい、帰る!」
突然、何も持たずに走り出す小谷、想定外の連続で呆然とする俺の目が、小谷の本に焦点を合わせる。
これ持って帰らなくていいのかな? そう思った瞬間に、俺は動き始めていた。
本を拾い、机を起こし、小谷のランドセルを持って走り出す。
幸いなことに、すぐに小谷を発見できた。
校門を出て、少し行ったところを泣きながら歩いていたからだ。
「小谷!!! これ!!!」
「!?」
名前を呼ばれたことで、反射的に振り向き、声の主がわかると逃げようとする、小谷。
「ちょ⁉ 待てよ‼」
幸か、不幸か、小谷の運動能力は高くなく、逃走劇は数秒で幕を下ろした。
「なんで、追いかけてくるんだぁあ」
「ちょっと、うぁ、いいから!話、聞けよ!」
泣きながら暴れる小谷を捕まえ、なんとか話をしようとするが、うまくいかない。
「これ!!!」
苛立ちながら、小谷の顔の前に持っていた本を突き出す。
「それとこれ!!!」
ランドセルを小谷の胸に押し付ける。
「あ、ありがとう」
思わず感謝を口にする、純粋で気弱な小谷に対して、上書きしたはずの罪悪感が滲み出てくる。
「………………さっきはごめん」
「…………いいよ」
「……男なんだからそんなすぐ泣くなよ」
「…………うん」
少し俯く小谷を見ながら、俺は大きな見落としがあることに気が付く。
「あ!!!」
「!?」
「塾行かなきゃ! 筆箱! 教室‼」
「!?」
「俺、行くから‼」
学校に向かい走り出す俺の後ろから声がする。
「じゃあね! ……また、明日‼」
「じゃあね!!!」
塾に遅刻した俺は、塾の先生に怒られ、もちろん母さんにも怒られた。
その時から、視線の端で小谷を追うようになっていた。
罪悪感からなのか、簡単に泣いてしまう小谷を、俺が守ってやらなきゃいけないと思っていた。
小谷の事を、何度か友達グループの遊びに誘おうと考え、その度に躊躇する。
なぜなら、いつも彼は楽しそうに何かをしていて、俺が声を掛けるとまた小谷の世界を壊してしまうんじゃないか。
そんな風に考えている内に時は過ぎ、俺は少し離れた進学校、小谷は地元の高校と別々の道を進んでいた。
「いらっしゃいませ、ご注文は何になさいますか?」
「ミルクティーに、タピオカトッピング。氷少なめ、シュガーは普通で、お願いしま~す」
「ご注文を繰り返させていただきます、ミルクティーにタピオカトッピング。氷少なめ、シュガーは普通で、お間違えないでしょうか?」
「大丈夫で~す」
4年ぶり見る小谷の顔は、どこかスッキリとしているが、優しく少し気弱そうなその雰囲気は、相変わらずだった。
途切れることなく続く、女子高生やカップルからの注文に、ハッキリと受け答えしている小谷を見て、1人うれしくなる俺。
「小谷、久しぶりだな、俺だよ、柴橋勇気! 覚えてる?」
あの時から声を掛けず、話をすることも出来なかったくせに、何故か今は、話がしたくて仕方がない。
「小学校4年か5年の時だっけ? 俺が、お前の事、泣かしちゃったの。あんときごめんな~、ほんとそんなつもりじゃなくてさ」
「あれから何回もお前の事、遊びに誘おうと思ったんだけどさぁ、お前いつも何かしてんじゃん⁇」
「楽しそうなお前を見てると、なんか話し掛けられなくてさ、まぁ、……そんな昔の事はどうでもよくて」
「なに、いつからここで働いてんの? ここの前よく通るけど気付かなかったわぁ、」
「…………あれだな、変わんないな、お前、今も楽しそうな顔してるよ」
昔と変わらないその顔は、本当に楽しそうで、俺にはない、その熱量にいつからか憧れていた。
「なぁ、今日さ、俺、お前の家まで、憑いて行っていいかな?」