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遊霊-Yurei-  作者: 藤原 凌
柴橋 勇気
2/5

2話 思考

長い夜が終わり、母さんは朝食を食べ、身支度を整え仕事に向かった。

一見するといつも通りに見える母の強さに、軽く引いている。

「俺なんて朝まで……」

母さんが動き出す音を聞くまで、ベットで固まっていた俺がバカみたいだ。

それはそれとして、一晩中起きていてわかった事があった。

眠くならない、おなかが減らない、トイレも行きたくならない。

これらの事からも、改めて、自分が幽霊である事は確実だ。

それでもまだ疑問が残る。昨日出会った男性は、俺のことを遊霊だと呼んだ。

「……他にも種類がいるのか?」

頭の中に1つの言葉が浮かぶ、『悪霊』。

生きてた時は心霊、ホラー系を信じることはなく過ごしてきたが、今は話が別だ。

「イケメンなおじさんに聞くしかないか……」

 

家を出て、街を歩き、電車とバスを乗り継ぎ、火葬場に着いた。

昨日と同じように質問をしている男性を見つけたことで、少し安心している。

「あの、昨日は、ありがとうございました」

「あぁ! いや、私は何もしてないよ。少しは落ち着いたかい?」

男性は、昨日と同じく優しい表情をしていた。

「いえ、まだ、わからないことが多すぎて……」

「えっと、昨日の質問の続きが聞きたくて、ここに来たってことだよね?」

「はい、そうです……」

「いいよ、大丈夫。 あ、ごめん、ちょっと待ってもらえるかな、」

そう言うと男性は他の幽霊の方に向かい、質問が終わると、ごめんねと謝りながら戻ってきた。

「それじゃあまず、私の名前から……」

 

火葬場で幽霊たちに質問を繰り返してる男性、イケメンなおじさんは佐々木一ハジメと名乗った。

「何でも聞いていいなんて、カッコつけて言ったけども、正直、私もよくわからないことの方が多いんだ」

「え、そんな、」

佐々木さんに聞けば答えを得られると安直に考えおり、少しバツの悪そう顔をしている目の前のおじさんに、若干の苛立ちと焦りを覚え、吐き捨てるように疑問をこぼしてしまう。

「それじゃあ、俺は、これからどうすればいいんですか、」

「ん? その質問の答えは簡単だよ。したいことをすればいいんだ。もちろん幽霊にできる範囲で、」

「したいことする、死んでるんですよ?」

バカにしてるんですか。 口から出かかった言葉を寸前で飲み込む。

先ほどまであんなに俺を安心させてくれた佐々木さんの微笑みが神経を逆なでする。

「いやいや、そんな、ほんとにしたいことをすればいいんだ」

「幽霊にできる事なんて何も……」

ないだろ。何を言っているんだこの人は、言葉にできない苛立ちが積み上がっていく。

「例えば、ほら、宇宙旅行とか」

佐々木さんの口から出た言葉が、あまりにも意味が分からず、思考が空の彼方まで飛んで行ってしまった。

空洞になった頭が反射的に今の言葉を繰り返す。

「……うちゅう、」

気の抜けた炭酸のような顔の俺に、佐々木さんは微笑みながら空へ指を立てた。

「そう、 宇宙」

この人は頭がおかしい。だから、幽霊に同じ質問をしているんじゃないか。俺は真剣にそう思い始めた。

「私の友人も、よく行ってるみたいだよ」

なるほど、これはおじさん特有の虚言と自慢が混ざったアレだ。答えが分かり、急速に冷静になっていく。

「あ~、へ~、」

「あー、 嘘だと思ってるね?」

「いや、そんなことないですよ、すごいです」

「……まぁでもびっくりするよね、それはわかる、けれども年上の人に、その態度はあまり良くない」

自慢の後の説教という流れがもうアレ過ぎて、イケメンでもおじさんなんだなと、この世の理を理解する。

「……だって、宇宙なんて、酸素もないし、特別な訓練もしてないのに」

「酸素もだけど訓練だって必要ないよ」

「……そうですか、そんなの無理に決まって……」

そう言いかけて全身に衝撃が走る、雷に打たれたように、何てありふれた言葉だけど、それ以外に表現の仕方が分からない現象だった。

「友人は、床をすり抜けないように気を付けろって言ってたかな?」

「ほ、ほんとに?」

「その友人はね、普段は世界中を旅しているんだけど、ロケットが打ち上げされる時には、必ず同乗するらしいよ」

「……世界中を、」

「アポロ11号の時から同乗してるんだって自慢されたなぁ」

懐かしむように言葉を口にする佐々木さんを見ながら、今の言葉を必死に咀嚼する。

刺激的すぎる内容を受け止めた俺の頭は、打ち上げカウントダウンの幻聴が聞こえるほどに混乱していた。

混乱はしている、だけど、この高鳴りはそれだけが原因じゃなくて。

「勇気くん、顔、少しニヤけてるよ」

先ほどまで、残念イケメンおじさんだと思っていた佐々木さんは、いつも通り、優しく微笑む。

「君のしたいことをすればいい。」

そう口にする佐々木さんの頭上には、青々とした空が広がっており、今日が晴天だった事を、今になって知った。


「街が綺麗に見える」

家への帰り道、いつもと同じ場所が、不思議な光で照らされているように、キラキラと俺の目に反射する。

「悪霊の事とか、他にもいろいろと聞くはずだったのになぁ」

歩きながら俺は、先ほどの話を思い返していた。宇宙、または世界を巡れる。

そんな事を言われてウキウキになってしまい、本来聞きたかった質問をできていなかった。

「宇宙かぁ、どんな感じなんだろ。 ロケットに乗れるってやばくね⁉」

「……うぅ、……しん……」

この時、有頂天な俺の脳みそは、まだ、地球に帰還できていなかった。

「………………あぁ、……しんでください」

「!?」

すごく、耳障りな音で表現された言葉が耳から侵入し、脳にまで届く。

「……な、なんなんだあれ、」

隣を歩く1人の男性の真後ろに、黒い人型がぴったりと憑いている。

その姿はまるで影が意思を持って立ち上がっているようだった。

思わず周りの幽霊を見渡す。そして気が付く、みんなあえて無視をしているのか?

「あれが、……『悪霊』」

浮かれていたこともあり、どこか上の空だった俺は、初めての体験に危機感を持たず、ソレを見続けてしまっていた。

 

そして、それは突然起こる、強い震え、吐き気と頭痛、黒い人から自分に対して注がれている視線。

「……オェ」

あまりの吐き気にうずくまり、胃の内容物を吐き出そうと試みるが、幽霊であるため失敗に終わる。

「全身真っ黒で、どっちが正面かも、はっきりしない見た目してる癖に、」

危機的状況であるにも関わず、俺の脳みそは、未だに大気圏をさまよっているようだ。

その時、後ろの方からハキハキした女性の声がした。

「悪霊さん‼ あなたの想い人がどっか行っちゃうよ‼ 憑いて行かなくていいんですか!」

助けて貰える、反射的にそう思った俺は、その声につられ視線を上げる。

「……!!!!」

目と鼻の先に黒い足があった。

タイミング悪く、大気圏から帰還した脳みそによって状況と精神がリンクし、恐怖が爆発的に膨れ上がる。

あぁ……怖い……やばい、怖い、たすけて、誰か。

ソレから目が離せない、表面は焼け焦げた木のようで、パチパチとした小さな火花が、脈打つようにその奥に存在している。

ねっとりとして重く、熱い空気を全身に感じる、なのに体は血が凍っていると錯覚するほどに、冷えていくのが分かる。

『金縛り』

耐えきれない感情がそうさせるのか、それとも本当に氷になったんじゃないか、動かない体を恐怖だけが巡る。

ひどく耳鳴りがするのに、ソレから発せられる火花の音だけは、しっかりと聞こえてくる。

「……しんで……ください、……ください……しんでください」

耳鳴りと火花、黒い人から発せられる言葉の不協和音が、徐々に力を強める。

あ、……そっか、ごめん。こんなの、無理だ。

思考が薄れる、死んだ後の幽霊に死という概念が存在するのかは疑問だが、これは間違いなく死ぬのだろう。

「あなたの想い人‼ 憑いて行かなくていいんですか!! 女性と話してますよ‼」

先ほどと同じ人の声がする。

「……」

耳障りな言葉が止む、火花の音だけが体に響く。

「……」

1歩ずつ、ソレが遠ざかっていく。

体を押し潰す程の熱い空気がなくなり、周りを歩く人や車、街の喧騒が冷え切った体を、ゆっくりと温める。

クソほど使えない脳みそが、涙腺を緩める指令を出す。

「大丈夫?」

声の人だ、返事をしようと思って、うまく言葉が出ないことに気が付く、体にも力が入らない。

「……ッ」

脳天から足先までの激痛に、体が割れたんじゃないかと錯覚する。

「悪霊さんは離れていったから、安心していいよ! 辛いよねー、少しそこで安静してれば大丈夫だから、」

真横から聞こえる女性の軽快な言葉に、感謝を伝えたいのに、口がうまく回らない。

「大丈夫、大丈夫! 言いたいことは伝わったからさ、ゆっくりしてなよ!」

少しずつ解凍されていく体を動かし、歩道の上で仰向けになる。

「それいいよねぇ。 駅前の交差点もおすすめだよ!」

いいお店を紹介するようなノリで、車道で大の字になることを勧められた。

でも、確かに、これは好きだ。

ここから見える景色はまるで、このままビルの外壁を垂直に歩いて進んでいけるんじゃないか?

そんなバカな妄想をさせる、こわばった思考を忘れさせてくれる風景だった。

「さっきは、ありがとうございました」

仰向けのまま、声の人にお礼を言う。

髪をポニーテールにした、明るく凛とした雰囲気の女性がのぞき込んでくる。

「いいよ、いいよ! それじゃあ行くね! 悪霊さんの事、あんま刺激しちゃ駄目だよ!!! Do you get it?」

女性の笑顔は、街の喧騒に溶け込んでいった。

「……気持ちいなぁ」

1時間ほどだろう、昼下がりの街の地面から、空とビルを眺めていた。

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