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親友の死  作者: クスクリ
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死についてそのⅢ

 あれから、成澤の嫁から衝撃の事実を伝えられるまでの十ヶ月、俺は悠々自適の隠遁生活をエンジョイしていた。まぁそれも金が続くまでだが。

 無職になってからの俺は度胸がつき過ぎだ。車で走行中に因縁つけられても、街で難癖つけられても全く動じない。堂々と受けてたってやるつもりだ。といっても手は出さない。口で相手を煽る。だが、致命傷を負わないように、後遺症が残らないように仕向けることが肝要だ。そうすれば、優雅な入院生活を送れる上にたっぷり慰謝料ふんだくってやれる。どうせ、今俺が生きている時間は余生なのだから。

 ならば何故今生きているのかと問われれば、頭の中にある文章を全部形にして残すためだ。まだ、数十年は掛かる。問題はそれまでちゃんと頭が働いて目が見えて両手の指が動くかだ。足はどうでもいい。無職だから。不思議なものだ。職を失うのをあれだけ恐れていた現役時代の俺が馬鹿のように見える。過去、車を売っただけの頭の悪い高卒の上司にいいように使われていたなんて。

 今の考え方としては、別に友人との交流は全く必要ない。このまま家族とだけ顔を合わせて生きていければ全く寂しくないし何の問題もない。ただ、最低限の付き合いは出てくる。俺は人の誘いは基本的に断らない。こちらから動くことが全くないだけだ。


 今年、俺の同窓生は当たり前だが、みな還暦を迎えた。中学時代の同窓会委員から案内のハガキが郵送されてきた。8月のお盆の日曜日、鳥巣のホテルで還暦同窓会を開催するとのこと。俺の友人では唯一役員に昇進した井本に、会社側から見た障害者差別に関する意見を聞きたくて電話したら、奴は行くと言っていた。

 俺は行くつもりは毛頭なかった。まだ無職になって半年ちょっと、井本を始め、役員まで昇進した同窓生は結構いることだろう。俺はまだ無職の自分を恥じていたし、これから会社にどう恨みを晴らすかで頭がいっぱいだったから。

 今は相手が社長であろうが重役であろうが著名人であろうが全く物怖じしない。悟った俺の頭は冴え渡っている。同窓生にディスカッションで負ける気がしない。べらんめえ口調で言い負かしてしまうだろう。自分の力で飯が食えて生きてさえいれば、同窓生イコール同格だ。


 同窓会委員には豊田も名を連ねている。案の定、俺に直接電話が掛かってきた。

「YMR、同窓会のハガキ着いたか?」

「おうちゃんと来たぜ」

「来るよな?」

「申し訳ねぇが行かんわ。そいに車で行ったら酒飲んで泊まるところもねぇしよ」

「俺の実家に泊まればいいやねぇか」

「気乗りせんわ。成澤の家には10年前の同窓会のときと、7年前の年末の飲み会のとき泊まったけん慣れとるばってよ」

「成は残念やが今回は翌日が仕事で疲れるけん来んって言よるんよね」と豊田。

「なら成澤が行くなら俺も行くことにするわ」

「分かった。絶対成説得するわ。また電話する」と言って豊田の電話は切れたが、再び掛かって来ることはなかった。成澤を説得できなかったんだろう。


 年末、大学時代の空手部の同期から連絡がきた。正月3日に同期会をしようとのこと。勿論俺に断る理由はない。あと、豊田からもラインがきた。成澤にも声を掛けるから正月帰って来いとのこと。成澤とは行き違いはあったが、別に会いたくない訳ではない。ただこちらからはもう動かないというだけだ。誰かが機会を設けてくれて、それで会えるのなら好都合だった。同窓会では機会がなかったが。

 もう一人、そう親しくはしてなかったが、会社の先輩・西村からラインが来た。MBの八幡東店勤務のときの上司だ。歳は俺より二つ上、俺が入社して二・三年後だったか、年末年始休に軽で事故って足を大怪我した。一年ほど入院していたが、身障者六級の手帳を手にして仕事に復帰してきた。

 在職34年間で一番楽しかった時期が八幡東店に勤務していた数年だ。よく営業五人で飲みにも行ったし、和気藹々だった。特に店頭営業の女子社員、榎並(玲子)の存在が大きかった。スタイルが良く身長160センチ、小顔でかわいかった。それより何より、北九州では超有名な進学校、小倉高校卒だ。この会社には小倉高校卒なんて一人も居ない。ほとんどが三流私立高校卒だ。

 よくこんな子がうちの会社を選んだものだと感心した。そのくせ、気さくで取っ付き易く、彼女が居るだけで八幡東店は明るかった。結局、店長の西村と一悶着あって辞めてしてしまったが、どうしてか俺はその件で西村を全く恨んではいない。

 ラインでは、今足に入れているプレートの除去手術で入院しているが、退院したら飲みに行こうとの誘い。MB関係の人間付き合いはできるなら遠慮したいところだが、西村だけには何故か懐かしさの方が勝る。二つ返事でOKしたが、数ヶ月経っても連絡は無い。無いなら無いで俺は全く構わない。結局、豊田からも連絡は来なかった。


 何事もなく開けた2019年、家族と平穏な日々を過ごしていた俺だったが、1月29日、豊田からラインが来た。年末の忘年会に成澤を誘ったが、体調が思わしくなく断られたとのこと。連絡せず申し訳ないとのことだった。

 体調が思わしくない?もしかして脳の持病のことかいな?このときも俺は成澤の病気のことを軽く考えていた。続けて、同級生の今村道明の件で誰かから連絡来たかと訊くので、知らないと答えた俺に、今村が肺癌で亡くなって今日が通夜とのこと。高校を卒業して一度も会ってない今村だが、勿論行くと返事した。俺は衝撃を受ける。まさか同級生が還暦になってすぐに亡くなるとは…無情だ!

 他人事ではない。人生何が起こるか分からないことの暗示のように思える。今村のために、せめて鳥巣に飛んで帰って焼香したい衝動に駆られる。


 今は家族葬が増えているようだ。親父の葬儀にはホールに溢れるくらい弔問客がやって来たが、俺の年代ではよほどの名士でなければそれだけの弔問客を集めるのは不可能だろう。お客さんとして知り合ったが、俺たち家族の親友とも言っていい、一年半前に肺癌で亡くなった北海道出身の石田さんの家族葬には、俺たち夫婦だけが参列して骨上げした。まだ63歳だった。無性に悲しかったし、寂しかった。


 ちょっと迷ってしまったが、立派な葬儀場だった。弔問客は数十人は居た。もし、俺の葬儀が家族葬でなかったとしたら果たして何人来てくれるか。その意味では今村は幸せだ。彼は生涯独身だったため、喪主は兄貴だった。兄弟仲も良かったんだなと偲ばれる。弟二人と断絶している俺とは大違いだ。


 同級生も数人弔問に訪れていた。中学校の教師をしている佐藤(ノリミチ)、同窓会委員をいつも引き受けてくれているらしい松雪(マナミ)さん、野方の姿もあった。勿論豊田も居た。豊田以外は小倉に出てから会ってないから37年ぶりだ。やっぱり同窓生の顔は懐かしい。俺は野方の顔が分からず失礼した。

 成澤とも仲が良かった佐藤(ノリミチ)とは、「おうノリミチ久しぶりやのう。三十数年ぶりや。禿げて白髪頭になってジジイやけど、俺に勝るとも劣らずジジイになったのう」

 ノリミチは俺のべらんめえ口調の毒気など全く気にせず、「お互いにのう」

 彼は禿げてはいないが、総白髪で、顔中に現れた老斑は凄かった。俺も気にして、時折、鏡で自分の老斑を確認するが、額に数個だ。


 実はこのとき俺は一人では来れなかった。一人で小倉に残るのを嫌がる嫁が付いて来ていた。21時に迎えに行く約束をしてショッピングモールで待たせていた。

 葬儀が終わったのが20時、豊田とは葬儀場を離れるぎりぎりまで言葉を交わした。前にも述べたが、俺は自分からは動かない。豊田とこうして面と向かって話すのは、2011年年末の、鳥巣の焼き鳥屋での思いがけず同窓会以来だから、八年ぶりだ。まだ在職していたとき、車のアフターサービスで成澤に電話したら、「豊田がお前と話したがっとるぞ」と教えてくれた。

 俺が、「田尻と成澤は来んやったのう」

「あぁ、ノリミチの話じゃ、成澤休職しとるようなんよ」と豊田。

「例の持病が悪化したんやろうか?」と俺はこのときも軽く考えていた。確か、以前本人から聞いた再発したときの症状は手の震えだった。直ぐに収まって復職できるだろうくらいの認識だった。それに定年後も二年くらいは嘱託で働くと元気に宣言していたから。

 田尻は同級生の中では唯一、俺と同じ障害者の四級だ。去年、小児麻痺の症状が重くなって中学校教員を早期退職した。

 続けて豊田が、「田尻が言うには、今しゃん(今村)には悪いが足が痛うて椅子に黙って座っとくんは無理ってことなんや」

「相当悪化しとるごたるな。ばって田尻学校は辞めたばって塾でバイトしよんやけどな」と俺。


 嫁との約束の21時が迫る。迎えに行くとき、国道3号線を通る。成澤の家は国道をちょっと入ったところだ。遅い時間ではあるが、ちょっと顔を出して、休職して養生している成澤を見舞うくらい許される筈だと思う反面、去年5月のすっぽかし事件が嫌な気分で脳裏を過る。

 それよりも嫁の言葉が俺を呪縛する、「ここ9時になったら閉まってしまうんよ。この寒い中、外で待つんは絶対嫌やけんね!」

 耳の聞こえない嫁との言い合いは俺の神経を擦り減らす。鳥巣まで出てきて喧嘩はご免だ。俺は成澤の家に至る交差点を直進してしまった。

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