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親友の死  作者: クスクリ
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成澤の葬儀Ⅷ(火葬・骨上げ)

 鳥巣の斎場は九千部の山手の奥まった場所にある。まぁ火葬場は周囲に嫌われるから、どこの自治体でも山の中の市民の目につかないところに建てるものだ。北九州でも例外ではないが、福岡市は結構街中に近い場所にあった。

 成澤の嫁が霊柩車に乗って先に出る。俺と豊田はそれぞれ自分の車で向かう。

豊田が、「鳥巣の斎場知っとるやろ?」と訊くので、「俺が知っとる訳ねぇやん。お前の車について行くわ」

 鳥巣-筑紫野道路を横切って結構山に入っていく。着いたら早速、導師が棺を前にして経を上げる。

焼き場に運び込まれた成澤の棺、火葬のボタンを押したのは妻である成澤の嫁の役目。終わるまで約二時間、俺らには大広間の控え室での暫しの団欒のとき。北海道に住んでいるSYZと呼ばれていた成澤の末の弟も葬儀に間に合ってこの場にいる。一般企業に勤めているようだ。三人兄弟の中では一番背が高い。佐賀◯◯に勤める真ん中の弟、HRAKが一番背が低い。

成澤の本家の者らしい婆さんが、俺と豊田に、「一族で固まっとる中にすいませんねぇ。お二人はどういう関係でいらっしゃるんですか?」と問い掛ける。成澤の嫁が答える。

「豊ちんとYMR君はHRHMさんの高校時代の親友で、特にYMR君には車ばずっと世話になっとったとよ」


 テーブルにはスナック菓子類とノンアルコールビール、成澤の嫁が菓子を用意せんと、と言っていたのはこのことだったのか。お土産のことだと勘違いしていた。

さっき俺らに問い掛けた婆さんがノンアルビールを注いでくれて、飲んでみる。久しぶりのノンアルビールだったが、大昔に飲んだときより格段に味が進歩している。不味くない。

二時間の待ち時間、いろんな話題が飛び交った。鳥巣高校の体育祭のこと。俺が成澤に売った歴代のMB車のことなど。まぁほとんどは成澤の存命中の逸話だが。


「私がお父さんと付き合っとったときに乗って来とった車は、エアコンの付いてないランサーやったんよ。夏はもう暑うて暑うて団扇は必需品やったとよ」と成澤の嫁。

 俺が、「そいは俺がMBに入って最初に買うた車や。パジェロば買うんに処分せないかんやったけん、成澤やったら買うやろうと思うて話持っていったんや。あの頃はそう暑くなかったけん頭にタオル巻いて営業しよったけんな」

「今は夏場エアコンなしじゃ車に乗れんばい」と豊田。

「次が軽やったかな。二人がまだ小さかったけん軽のバンで十分やったとよ。その次が赤のミラージュ。私の不注意でバンパーぶつけてしもうて大きな傷が付いたまま乗りよったとよ」と成澤の嫁。

「アパートに行ったときふと見たら確かにバンパーに大きな傷が付いとったわ」と俺。

 KI君が、「俺は赤いミラージュ覚えとる」

「俺は全く知らん」とSTS君。

「ばって親父って陸上部やった割には運動会では全く走ってくれんやったよね。そいに髪薄うなりだしよったし」

「親父禿げたら剃るって言いよったよね」とKI君。

 成澤の嫁が、「そうそう」と相槌を打ってくる。

 俺にも言えることだったので、「剃ったら客商売はできんって」


 STS君が、「でも親父って何でも適当やったよね。俺が用のあって役所行ったら親父客の前に入れ歯置いとったけんね」

「TSMの嫁に紹介されてお父さんと初めて会ったとき歯がなかったんよ」と成澤の嫁が笑う。

 俺が、「歯がないって前歯一・二本?」

「違うよ。前歯全然なかったんやけん。初めて会うときくらい歯入れて来てって言いたかったよ」憤ったふりをする。

 豊田が、「確か成、酔っぱらって溝で口打って歯折れてしもうたんよね。朝起きたら枕が血だらけやったって笑いよったわ」

「ばって歯がないんによう付き合いOKしたよね?」と俺。

「うん。どうしてか私にも分からん」ときょとんとする成澤の嫁。

「親父よう歯が抜けるんよね。いつか、あらぁ抜けたって俺に見せるんよ。そいも奥歯ばい。神経が長~く繋がっとるんやけん」

「何で抜けるん?」と俺。

「親父酷い歯周病やったとですよ」


「お父さんこの前対向車が見えんで事故ってコルト廃車にしたやろ。どうも目はずっと前から視野が欠けとったみたいなんよ。自分では分かりにくいものなんかな。事故起こす前に前原に牡蠣食べに行ったやろ。私にしてって言うて全然運転せんかったんよ。標識が見えんかったみたんなん」

「病院に行ったらってしつこく言うたばってん大丈夫って行こうとせんやったもんね。それで事故って慌てて病院に行ったら腫瘍があるっていわれて、多発性硬化症の再発やったんやけど、あれよあれよという間にこんなんなってしまって」と、成澤の嫁はこうなるべくしてなったような口ぶりだった。そこに旦那を思い遣る気持ちはあまり見受けられないが、それで良い。いつまでもめそめそしてても何も始まらない。

 あの世に行った者を立てたところで詮無いことだ。俺も死んだ両親に関しては辛辣だ。特に子供は二人で良かったのに、意地でも女の子が欲しいと三人目に挑戦した結果が男兄弟三人で、互いに、今は断絶状態だ。

 40年働いて稼いで残してくれた老後の資金はたんまりあるし、建ててくれた家もあるから、あなたが居なくなっても私は私で楽しく生きていくから心配しないでいいよ。今までありがと、てな感じで良い。ドライになって割り切らないと、伴侶をなくしての一人での余生は淋し過ぎる。


 俺が知らなかったプライベートでの成澤、自分の身体に馬鹿が付くくらい無頓着な上に好い加減。俺だったら、歯がそんなに簡単に抜けたらビックリしてビビッてすぐ歯医者に行く。多発性硬化症という難病を患っていたのなら、日頃もう少し節制して、自分の身体に対して神経質になっていても良かったのではないか。

 実際、俺も糖尿病の持病を持っているが、体重は毎朝毎晩計って気に掛けているし、許容数値を超えたら一食くらい軽く抜くし、少量の食事で我慢もする。義足で走れない分、腹筋もちゃんと続けて運動にも心掛けている。異常を察知したら、直ぐ病院に飛んでいくだろう。自分の身体は自分にしか分からない。労わって管理してやらないと、家族でも身体は別人なんだから責任は持ってやれない。ガキじゃあるまいし、いい大人が情けない。

 俺にはまだやることがある。書いて書いて書き捲らねばならないから、まだ死ぬ訳にはいかない。俺が死ねば、俺を心の支えに生きている難聴の嫁が、人生に絶望して俺の後を追わないとも限らない。


 今回、人生で三度目の骨上げ、一度目は親父、二度目は石田さんだった。

 真っ白く脆い骨らしきものを残してこんがり焼き上がった成澤の遺体、まだプスプスと音をたてているみたいだ。この灰の盛り上がりが生前俺の親友だった成澤かと思うと涙を禁じ得ないが、ある意味惨めだ。

 意識のない情けない姿を半年曝した上にやってきたのは、結局死か。命運を嫁と子供二人に握られて。その三人の家族計画には成澤は含まれていなかったと考えざるを得ない。俺は思う、もう少し有意義な生き方があったのではないかと。


 壮大な葬儀、俺はそんなもの要らない。死んで機能しなくなった脳で、その情景を霊体になって眺める訳でもなし。人間は高度な脳を持っているが故に、死後の世界を勝手に創造して人々を洗脳してきたが、死んでしまったら無だ。ナッシング、何もない。生まれる前の記憶のない状態だ。仏式、キリスト教式、どんな宗教の元で供養されようがされまいが土に戻るだけ。孤独死しようが、獣に食い散らかされながら野垂れ死にしようが、病院で看取られながら死のうが、死は死だ。人間で唯一平等なのが死だ。その死に方が悲惨であろうがなかろうが、それは生きている人間の価値観、主観であって、死んだ者には分からないし、関係ない。


 愛するあなたのために、あなたを悼むこんなに大勢の弔問客を集めましたよとパフォーマンスされても、それは遺族の単なる世間体だ。

 俺のお客さんであって、二十数年来の家族ぐるみの付き合いだった石田さんの奥さん(真木さん)が亡くなったとき、その死を悼んだのは石田さんの家族三人と俺と嫁の五人だけだった。

 家族葬が初めてだった俺は、寂しさと惨めさは否めなかったが、受けた印象は俺と嫁では対照的だったようだ。

 帰り、「私の葬式は家族葬でいいよ。家族以外の人に参列して貰ったってどうせ分からんもん。TYMちゃんとKUちゃんに見送って貰ったら充分天国に行けるよ」

 息子の転職記念旅行で琵琶湖畔を通っている最中、俺は宣言した。

「俺が死んだら琵琶湖に散骨してくれや」


 成澤の葬儀は滞りなく終了し、俺は役目を終えた。斎場を後にする直前、成澤の嫁が親族の参列者の前に立って最後の挨拶に臨む。

「本日はお忙しい中、主人の葬儀にご参列を賜り、誠にありがとうございました。なお、初七日法要は家族のみで故人の冥福を祈りたいと存じます。四十九日法要にはご出席を賜るかとも思いますが、その折はどうぞ宜しくお願い申し上げます」



  駐車場に停めた俺の車に寄ってきた豊田が、「同窓会には来るやろ?」

「まぁ考えとくわ」

「俺の実家に泊まってよかけんな」

  豊田には悪いが、俺は行く気は全くなかったし、今後、鳥巣という街自体に寄る理由を完全に失っていた。もう、福岡から西へ行くつもりは毛頭ない。

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