成澤の葬儀Ⅱ(通夜Ⅰ)
豊田の家に寄れることもあって、今日は普段着で車を運転して鳥巣までやって来た。喪服への着替えは豊田の家の座敷を利用させて貰う。脱いだ普段着とサンダルは車の中に放り込んだ。
豊田に先導させて成澤の通夜会場に向かう。もう俺も鳥巣を出て37年、地理に不案内で、成澤の嫁にラインで送って貰った地図を頼りに向かうのは億劫だったから。豊田は勿論、地の人間、向かうのに裏道を使う。付いて行ったら、俺が奴の家に行くのに使った国道34号線をリンガーハットから右折した道だった。その34号線の交差点を直進した左手が会場だ。こじんまりした葬儀場で、対面にはセブンイレブンがある。入ってすぐが広い駐車場、葬儀場の右手にも細長い駐車場があって、そこに車を停めた。
豊田が、「親父の葬式んときもここ使ったんよ」
今日は暑い。その上冬物の礼服、冷房がガンガンに利いてないと、俺は汗を掻きやすい体質だから、果たして耐えられるか。
会場に入る。右手が受付で左手がホール、奥が控え室になっている。受付には男が二人立っていた。勿論、俺には誰だか分からない。
豊田が、「YMRや」
左手に立っていた背が低くムサい、前歯の欠けた奴が酒の臭いをぷんぷんさせながら絡んでくる。俺は辟易する。
「僕、成澤の弟です。YMR先輩ですか…ずいぶんお歳を召されましたね」
ムカつく野郎や。空手部以外の奴に先輩と呼び掛けられると違和感以外何もない。それに俺のビジュアルが年相応に見えず、偉く老けているというのか。自覚してはいるが、失礼な奴だ。腹は腹筋で抑えることはできるが、見た目の禿げと白髪は努力ではどうしようもない。
確か、成澤の1年下の弟は現役で〇大に行って佐賀〇〇に就職した。変わり者とは聞いていたが、実際会ってみるとただの相手にしたくなく煩わしい嫌な奴だった。知性の欠片も感じられない。それに兄貴の葬儀というのに昼間っから酒、かっくらっている。まるで常識のない奴だ。これで〇〇職員が勤まるとは佐賀県も落ちたものだ。まぁ県全体で北九州より人口が少ないんだから当然か。成澤の嫁が控え室から出てきて俺に挨拶する。
成澤の弟にカチンときていた俺は意地悪してやりたくなった。
「この前井本が成澤見舞いに来たとき病室であったそうやの。同じサッカー部やったそうやん。連絡したや?」
「いやまだしてません」
「せんとまずいんやないや?」
成澤の弟は慌てた素振りで成澤の嫁に訊ねる。
「井本さんに連絡した?」
「しとらんよ。電話番号知らんけん」
「すいません。知ってたら教えてくれませんか」と頼ってきたので、不本意ながら教えてやったら、懸命に電話を掛けていた。
カウンタ―の中に居た俺に寄って来て、「井本先輩仕事で葬儀は無理だそうです。でも必ず近い内に時間作ってお悔みに伺うそうです」
俺は黙って聞き流す。訃報を知った段階で俺から井本に知らせてもよかったのだが、天邪鬼の俺は何故か気が乗らなかった。俺からばかり連絡しているような気がしたから。親友だったとは言いながら、遠くに離れて長らく経てば、ただの知り合いくらいの関係に薄れていく。親友だったら用がなくても連絡してこいやというのが俺の持論だ。神澤のように。
豊田は受付をてきぱきと熟す。俺は暫く様子見だ。もう一人の男の名前をわざわざ豊田に訊くようなことはしなかった。どうでもいいことだ。ホールと控え室の間に棚が設置されて、成澤の在りし日の写真が飾ってある。俺も職員に頼んで持って来た写真を左端に置いて貰う。ちゃんと額縁に入れてくれた。
「これ明日棺と一緒に焼いて下さい」
「三枚ありますが全部ですか?」
「はい」
訃報が届いた日曜日、俺はアルバムから俺と成澤と豊田の写った写真を選んで、パソコンで引き延ばして文字を書き込んだが、上手く写り込まず三枚も印刷してしまった。やっぱり、成澤の嫁はこの写真、見たことがないようだ。棚にあった写真は成澤が結婚してからのものばかりだった。
通夜は18時からだ。俺と豊田は17時前に着いていた。ぱらぱらだった弔問客が式の始まる15分くらい前から急に多くなる。俺も手伝わざるを得なくなる。香典袋と記帳用紙に済のスタンプを押して絡めてカウンタ―の下に収めていく。鳥巣を出て37年も経てば、同窓生の容姿も変わって見分けがつかない。香典袋に書いてある氏名を見て初めて判別出来る。
香典袋に日隈の名前を認めた。
「おっ、久しぶり」と俺から声を掛ける。
まぁ帰ってくる返事は、「え~と誰やったかのぉ?」となる。ここで天邪鬼の俺は、「YMRたい。忘れたとか?」とか野暮なことは聞かない。
「分からんなら分からんでええわ」と、にべもなく返す。どうせ、今日は成澤の為だけに俺は鳥巣に帰ってきた。今更カビの生えた旧交を温めるつもりなど更々ない。




