記「オニガオカカンセンショウ」
院瀬見夕依と帰路についてから十分ほどたったころ。夕依が聞いてきた。
「ごめんね、はぅちゃんはなんで宇雅高校からひっこしてきたのぉ?」
そもそも宇雅高校出身ではないのだが、私は先生の言葉を思い出した。
-- 「リナさん。もし前の学校のことを聞かれても、宇雅高校の生徒だったと答えてください。それから引っ越してきたという事実を隠していてください。私はあなたの味方です」 --
私は宇雅高校付近から引っ越してきたことになっている。鬼ヶ丘は土地が広いためこのような嘘をついた。
「親が気分転換に、ってね…私、病気してたからさ」
そんな適当な嘘をついた。
「ごめんね、嫌なこと聞いちゃって。とてもつらかったよね、鬼ヶ丘感染症…」
急に夕依の声は真面目なトーンになった。鬼ヶ丘感染症…?名前からして風土病かなにかなのか。とりあえず私は聞いたことがない。
「ごめんね、今のは忘れて!もっと楽しい話しようか!」
なにかすごく突っかかる部分がある。私は夕依に言ってみた。
「鬼ヶ丘感染症ってなに?怖い風土病なの?」
夕依は急に黙った。それは夢の少女に似ているところがあった。
「……ごめんね、ちょっと私の家に来てくれる?」
私は夕依に腕を捕まれどこかに連れて行かれる。私は夢のこともあって怖かった。
すこし歩いたらすぐについた。夕依は駆け足で玄関へ上がり。靴を脱ぎ捨て…るかと思ったら、
きちんと並べて靴を置いた。この人ゾンビ系の映画ですぐに死ぬタイプの人だな。
「ごめんね、ゲンおじいちゃん突然押しかけて!」
「なんねぇ、夕依ちゃんがそんな慌てるなんて久々ねぇ」
長老の男は夕依のあまり見ない姿を見たからなのか、ニンマリしていた。
「ごめんね、ゲンおじいちゃん、話を聞いて」
夕依は男の耳に口を近づけなにかモゴモゴ喋っていた。
「なんじゃって?!コヤツは鬼なんか?!」
初対面で鬼呼ばわりとは変わった爺さんだな。少しムッとした顔になってしまった。
「あぁ、すまないね」
「わしの名前は院瀬見玄次じゃ。この鬼ヶ丘の村長をやっておる」
なんとこの男は村長だった。つまり院瀬見夕依は村長の孫だったのか。
挨拶の一つでもしないと。そう思い、
「はぅ、はじめまして!」
まーた噛んでしまった。
「まずは、すまない!謝らせてくれ!あんた、鬼ヶ丘村の外から引っ越してきたんじゃろ?」
「えぇ、以前は岐阜の方に」
それがどうしたというのか。岐阜県は日本じゃないとでも言うのだろうか。
「この村は長年閉鎖しておって、誰も出入り出来なかったんじゃ。しかし十年前わしはこのままじゃ鬼ヶ丘が死んでしまう。そう思って村を開放したんじゃ」
ここまでは知っている。このことは全国ニュースになったらしい。「閉鎖村ついに開放にむかう」って。
「その時村人の間で<移住賛成派>と<移住反対派>にわかれてしもうたんじゃ。
結局、反対派と賛成派で武力衝突がおきてしまった。」
まぁ仕方ないことだと思う。でも武力行使はやりすぎじゃないかな。なんて呑気なことを考えていた。
「最後に勝ったのは…移住反対派じゃ」
私は耳を疑った。移住反対派が勝ってしまうと、自分がここにいることが間違いになってくる。
夢でのことを思い出した。あの少女は父が引っ越しの話をしてから段々と様子がおかしくなっていった。
もしかして、と思ったが引っ越してきたぐらいであんなに怒るだろうか。校則を破ったぐらいの罪ではないだろうか。
「そしてもう一つ。この村の人間は、まだ戦争が続いていると信じている。わしが村を閉鎖した理由は戦争から村人を逃がすためなんじゃ」
私は度肝を抜いてしまった。太平洋戦争は1945年、昭和二十年に終わったはずだ。
終わったから私がここにいるんだ。終わってなかったらもう…おじいちゃんは…
「ごめんね、こんな話しちゃって…体調が悪くなったなら明日話すよ」
私は吐き気を覚えたが、続きが気になる。吐き気を抑え話を聞くことにした。
「大丈夫。ちょっとびっくりしただけ」
「昭和七年から閉鎖が続いておる。わしはとある団体から外部の情報をもらって終戦のことは知っていたんじゃ」
「そして村人に伝えた。戦争はおわったんだと。でも誰一人として信じなかったんじゃ…それどころか鬼ヶ丘以外は敵国に占領されてしまったと、デマを流す馬鹿もおって今に至る」
確かにそうなれば、私が夢で殺された辻褄が合う。私はあいつにしたら敵国から来たスパイ。
そりゃ殺されて当然だ。私は謎が解けて少しスッキリした。それよりも気になったことがある。
夕依がすごく驚いた顔をしていた。もしかしてこのことを知らなかったのか?
「夕依、まさかこのこと知らなかった?」
夕依は頷いていた。つまり敵国のスパイをみて殺すでもなく叫ぶでもなく、救助したのと同じだ。
私は夕依のお人好しに心配を覚えた。この子、大丈夫かな…って。
「夕依も、黙っていてすまなかった…許してくれ」
「ごめんね、大丈夫だよ」
「つまり、村人はあんたを敵だと思ってる。だからわしは団体と手を組んで引っ越してきたモンを保護しとるんじゃ。しかしあんたが引っ越してきたなんて知らなかった。挨拶もくれんから…」
私はハッとした。父は借金から逃れるため引っ越しをしたんだ。だから引っ越しが世間に知られちゃまずい。
あの手この手を使って情報を抹消したのだろう。だから村長でさえも引っ越しのことを知らない…と。
「すみませんでした…私の父のせいで迷惑をかけてしまって…」
「とんでもない、それより名前を聞いていなかったね。あんたじゃ失礼じゃろう」
「自己紹介遅れました、私の名前は、きさ…」
「ちょっとまって!」
村長が私の自己紹介を遮ってきた。でも嫌味は感じなかった。
「さっき、はぅ、って言ってただろ?だからはぅちゃんでもいいかね?」
-- 「はぅ、はじめまして!」 --
確かに言ってる。着目点が似ている。やっぱり夕依の祖父なのだな。そう思った。
「あっ!ごめんね、私もはぅちゃんって呼んでるんだ~」
「じゃろ!やっぱ親子だから仕方ないのぅ!」
は?親子?最初は冗談で言っているのだと思った。
「親…子?」
「ごめんね、いい忘れてたね。ゲンおじいちゃんは私の父なの。でもおじいちゃんの方がしっくり来るでしょ?」
はぇ~私には村長は七十歳ぐらいに見える。元気なんだなぁ。
「そうじゃ忘れておった。本題の<鬼ヶ丘感染症>について話す」
そういえば、私も鬼ヶ丘感染症について知りたい。驚くべきことが多すぎて忘れていた。
「鬼ヶ丘感染症は十年前からある鬼ヶ丘村の風土病…ということになっておる」
つまり、実際には存在しない病気なのか。と素早く理解した。私はさっきの話のせいで小説のような話に耳がなれていた。
「そして鬼ヶ丘感染症通称<OID>ははぅちゃんに感染していたことになっておる」
確かに夕依は私のことを心配してくれていた。それはOIDにかかっていたことに対しての心配だったのか。
「OIDははぅちゃんのような引っ越してきた人、この村では<鬼>と呼んでおるが、その鬼を保護するために出来たものなんじゃ」
だからさっき、私のことを鬼と言っていたのか。納得納得。それよりなぜOIDが鬼の保護につながるのだろうか。気づいたら口走っていた。
「なぜOIDが私の保護につながるのですか?」
「鬼ヶ丘の空き家は住人がいるということになっておる。そしてその住人はOIDに感染していることにするんじゃ」
「するとどうだ、誰かがその空き家に引っ越して外を歩き回っても村人からすれば病気が治ったってことで不自然ではないだろう?」
確かにそうすれば鬼はOIDが治った人間として引っ越してきた事実を隠せる。
「ごめんね…私ちょっとよくわからないや」
「まぁ夕依は仕方ないな!今まで風をひいたこともないし!」
「ごめんね、ちょっとそれどういうことよ!」
村長の冗談に反応しムスッっとする夕依はとても可愛かった。
「ハハッ!冗談だよ、冗談!」
私達はみんなで笑った。ほんとに初めて出来た友達が夕依で良かった。そう強く思った。
「さて、今日ははぅちゃんの鬼ヶ丘感染症完治記念ですき焼きでもしようかな!」
「ごめんね、私お肉買ってくるよ!」
幸せだ。今まで幾度もの引っ越しを経験してきたが、この村が一番幸せだ。
*鬼 : 鬼ヶ丘に引っ越してきた人のこと
*鬼ヶ丘感染症 : 鬼を保護するために作られた偽の感染症
*OID : 鬼ヶ丘感染症の略称(Onigaoka Infectious Disease)