記「オニガオカムラ」
鬼ヶ丘村はのどかな村だ。村人全員気さくに挨拶をしてくれる。
あのヤクザなんか世界にいないんじゃないのか、そう思うほどだ。
それに鬼ヶ丘はなんと言っても景色が良すぎる。村は長年閉鎖状態で、昭和7年に誰も村に入れなくなったらしい。
理由は不明。そのおかげか村はゴミひとつない。でも十年前村長が引っ越しツアーなるものを行ったらしい。村長は「やっぱりこの村に は若者が必要」そう言っていたらしい。
「ほら、もう着くぞ」
私にとっては忌まわしき父の声が車内に響く。これから新しい学校へと行くが、私には新しい友達が出来るか心配だ。
自覚があるくらい内気な性格で、これまでも友達が出来なかった学校は多数ある。でもこの村の人は全員優しい。
そう思った。何故か背筋が凍傷になるくらい凍る自分の気持ちを抑えて。
「ようこそ私の学校へ」私の前にいる校長と思われる背の高くガタイのいい男は言った。
私は反射的に父の後ろに隠れてしまった。この人顔は笑ってるけど目が笑ってない。目に光がない。
「リナの父です。すみません…一応高校生なんですけどね、内気で弱気なんですよ…」
私は気のせいであることにした。改めて顔を見ると笑っているじゃないか、やっぱり気のせいだ。
「如月リナです。よろしくおねがいします」父の背中から顔を出し、自分が作れる最大の笑顔で言った。
校長はこちらを見て言った。
「これからよろしくね、困ったことがあったらいつでも私のところに来なさい」やっぱり校長の顔は笑っていた。
私は校長に案内され、二年一組のクラスへ行った。クラスは一つしかないらしい。三学年すべてがこのひとクラスに集まっている。だか ら、二年一組のように組を作る必要は無いのではと思った。
そんなくだらないことを考えていると、担任の先生なる人が現れた。先生は神妙な面持ちで
「ようこそリナさん、鬼ヶ丘第一高校へ。私は青山美智代です。今から教室へ行きますよ。校長先生、保護者様、もう帰ってもらって結 構ですよ」と言った。冷酷な対応に癪に障る人が多そうな先生だった。でも校長に比べて嫌な気はしなかった。この差はなんだろうか。 冷酷なのは青山の方なのに、私は校長のほうが嫌いだ。
青山は教室のドアの前につくとこう言った。
「リナさん。もし前の学校のことを聞かれても、宇雅高校の生徒だったと答えてください。それから引っ越してきたという事実を隠し ていてください。私はあなたの味方です」
私には何を言っているのかわからなかった。宇雅高校は鬼ヶ丘にあるもう一つの学校だ。父が宇雅高校は鬼ヶ丘第一高校よりも生徒が少 ないから、内気なお前が友達を作れるか心配だと言っていた。だから鬼ヶ丘第一高校にしてくれたらしい。
「なんでですか?」青山に聞いても何も返答してくれなかった。先に教室に入り、十数人の生徒に何かを説明していた。
おそらく私のことを説明してくれているのだろう。ドア越しではあまり声が聞こえなかった。
「リナさん、入ってきてください。お友達が待ってますよ」
校舎の傾きにより開きにくそうなドアをガラガラと開けて言った。もうすぐ新しい人間との出会いがあるのだと思うと、ドキドキしてき た。
私は教室へ入り、教壇の上に立って泣き声になりながら言った
「はじめまして、私の名前は如月リナです。如月が2月という意味なので、ニツキというあだ名がついていたので、そうお呼びください!」
はぁ、緊張した。これだけは何度やってもなれない。たとえもう百度このときが来たとしてもね。
それにしても、やはり鬼ヶ丘村の人間は優しい。裏声が出てしまった私を笑うでもなく、蔑むでもなく、「大丈夫だよ!」との救いの手 を差し伸べてくれたのだ。ここならうまくやっていける。そう思った。