症「フルホン」
少し歩くと夕依の家らしき場所についた。外から見るとかなり大きい。いい例えが見つからないが、とりあえず大きい。
玄関には刀(多分レプリカ)と日本人形。そして狸の剥製が置かれていた。院瀬見屋敷といった感じだろうか。
玄関には夕依の帰りを待つように、キリッとした大人が立っていた。おそらく夕依の父だろう。
「おかえり夕依。二人もいらっしゃい。ゆっくりしていきなさい」
二人……?ここにいるのは夕依を含め四人のはずだ。夕依、私、雨宮、桐野江……
まさかと思い雨宮のほうを見ると、ニヤニヤ笑っていた。
「どうなのです?やっぱり私は霊感のある人にしか見えないのです!」
私は雨宮が霊感のある人にしか見えない、ということよりも私に霊感があることに一番びっくりした。
お化け屋敷に行っても笑っていたし、心霊スポットに行っても寒いなぁぐらいにしか感じなかった私だが、
意外にも霊感があるのだ!私ってやっぱりスピリチュアル的な何かを持っているんだ!
もう一度雨宮のほうを見ると、期待通りの驚き方じゃなかったのかがっかりしている。
「私はお茶を用意しておくから、リビングで待ってなさい。家を探検してもいいよ」
夕依の家は絶対にお宝が眠っている。たとえば歌川広重が書いた絵のオリジナルだっり。縄文時代の陶器だったりとか。
テレビで有名な「探偵!どこでも鑑定団」にも出せるような品がないか。私は少しワクワクしていた。
すぐ横に「書斎」と書かれた部屋があったので早速入ってみようと思った。次の瞬間。身の毛もよだつような低い声が聞こえた。
「書斎には……入っちゃだめだよ」
その声が合図かのように急に雨が降り始めた。気づけば私の心臓は跳ね上がりそうなほど大きな鼓動を刻んでいた。
その時の夕依の父の声はさっきまでいた紳士の声ではなかった。洞窟の中の熊のような唸り声交じりの、直球に言うと怖い声だった。
私は居間のほうへ招待され、結局そこで待つこととなった。私は一度として校則を破ったことがない。
教師に対する反抗心から破ろうと思ったことはあったが、結局ばかばかしいと思いとどまった。
今まで校則には一つ一つ理由があった。たとえばテスト前に職員室に入ってはいけない。
これはテストの答案がバれるのを防ぐためだ。たまにわけのわからない理由もあったけど、基本はルールには理由がある。
でも今は違う。書斎に入ってはいけない。なんでだろう。子供向けではない、いわゆるあっち系の本が置いてあるからなのか。
それとも仕事関係の書類を見られたくないからなのか。それとも……。なんて考えているうちに一つの答えにたどり着いた。
「書斎に行けばすべてがわかる」
気づけば口走っていた。夕依は少し驚いていた。ユキは今まで通りの無表情を貫いていた。
「でっ……でもお父さんが……」
私は好奇心のほうが圧倒的に勝利し、夕依の腕を強引につかみ書斎へと忍び歩きで足を運んだ。
「やめたほうがいいのです……何があっても雨宮は知らないのです……」
雨宮からの冷やかしもあったが、そんなのは気にせずに歩いた。
気づくと書斎のドアの前。さっきよりもドアが大きく感じた。
私は手汗に濡れた手でドアノブをつかみまわした。ゆっくり開くとギィギィ音が鳴った。私の緊張は最高潮へと達した。
その時、私の左肩に強いナニカを感じた。振り向くと夕依の父親が私の肩をつかんでいた。
「いやっ……!」
私はとっさに手を払い除け書斎の奥のほうへと進もうとしたが、足をもつらせ倒れこんでしまった。
夕依の父は鬼のような顔をしていた。さっき私の肩をつかんだ手が私のほうへと延びてきた。
私はこのままどうにかされるのだ。そう思った。目をつぶってすべてを覚悟したとき。
「いやぁ、驚かせてすまないねぇ」
パンッ、パンッという音が聞こえてきた。恐る恐る目を開けるとそこには夕依、ユキ、夕依の父が射出済みのクラッカーをもって立っていた。
私は唖然とした。すぐ横にいた雨宮はニヤリと笑っていた。
「今日はリナちゃんの誕生日だって夕依から聞いていたからね。実は君のことはだいぶ前から知っている。」
夕依とユキはお誕生日おめでとうと言ってくれた。そういえば今日は私の誕生日だ。
もう人生で十七回目のことだ。すっかり忘れてしまっていた。
「驚かせてごめんね、はぅちゃんがあまりにも予想通りに動いてくれるものだから、こっちもびっくりしちゃったよ」
「ごめんねリナさん。実は少し前から夕依から話を聞いててね。雨宮にも相談して今日にいたるんだ」
「はぅちゃんがびっくりしたのです。すごく見ものだったのです(笑)もう目に焼き付けておいたのです」
「ん?雨宮?」
私の心臓はまだ大きくリズムを刻んでいた。それが収まるのに5分はかかりそうだ。立とうと思ったが、うまく力が入らず立てない。
夕依から手を差し伸べられてやっと立てた。その時、私の目にとある本が止まった。こういう時全然関係ないものに興味が行くのが私の性格だ。
題名は「無尽蔵にある夢のカケラ」作者は「来栖千代」別に面白くなさそうだったので興味はすぐに引いた。
それより、夕依がすき焼きを用意してくれているらしい。びっくりしたせいか、とてもおなかがすいていたのでいただくことにした。
「なにか懐かしい気がするね!私、はぅちゃんと昔どこかで会ってるのかなぁ、かなぁ?」
私も夕依と同感で、夕依と何度かあった気がする。その時もすき焼きを食べた気がする。ただその時は……何だったかな。
思い出せない。私の記念でパーティーをした気がするのだが……
と考えていると、私の横腹に二回ほどツンツンとした感触がした。そっちを向いてみるとユキが恥ずかしそうに顔を真っ赤にしていた。
しばらくすると口を開き、
「あの……一緒に座ってもいい……ですか……?」
と言ってきた。くぅ…!かわいい小悪魔め!どうせなら私の膝の上に座ってもらいたいくらいだ。
オーケーというジェスチャーを送ると、ユキはすごくうれしそうにパァァっと顔を明るくして、ちょこんと私の隣に座った。
それがかわいいのなんの。それに加えてユキはこう言ってきた。
「明日から、一緒に学校にいきたい……です……」
私は即オーケーを出した。あたぼうよ。ユキとなら雨の日でも風の日でも、雪の日でも夏の暑い日でも一緒に行ってやろうじゃないか。
私は夕依と雨宮の嫉妬深い目を横にユキとイチャイチャしていた。
神様。私をこの村に導いてくれてありがとうございます。
私は運命というものに深く感謝した。
*「無尽蔵にある夢のカケラ」
1945年、旭書籍出版。夢を見続ける少女を描いた作品。作者来栖千代
この作品を書いたのち作者は自殺。
本はほとんど印刷されず、現在日本には20冊ほどしかない。