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学生公務員と夢見る旅人  作者: 椎原将
8/22

-8ー

 ポッキーの空箱を除けると、下から竹製の30cm物差しが出てきた。

 あー成るほど。コレを使って、結界から押し出した訳ですね。あったまいーっ。

 ……何だか俺、切なくなってきたよ。

 心の底から溜息を付き、一味唐辛子まみれなポッキーの空箱を片付ける。

 さて、する事が無くなってしまった。持って来たテレビは、現在バスタオル掛け

兼お部屋のインテリアとして使用中だし。昨日、最後まで読めなかった推理小説

でも読破すべきか。

 寝袋を畳部屋に敷き、小説を持ったまま中に潜り込む。

 俺は苦労してどの辺まで読んだか思い出し、ようやく読書を再開する事が

出来た。そうなると、元々面白いこの小説。夢中でページをめくる。

 なんか、途中ページの端に赤い粉が挟まっていたが、掃除の際に手に付いてた

のか?

 そんな事より、ようやく犯人の筋書きが読め、頭の中で推理が成り立った。

 後は次のページ、そう、どうやって凶器を処分したか解れば犯人が……。

「犯人はヒューリックッ」

 さして大きくも無い声が、鈴の音のように響く。はい、もちろん俺の声じゃあり

ません。

とっさに室内を見渡すも、当然のように誰も居ない。震える手で、文庫のページを

めくり犯人が誰か解るくだりまで読み進んだ。

 うん、ヒューリックはちゃんと名探偵が捕まえたよ。

 めでたしめでたしだろうか、いやめでたくない(反語表現)。

 チクショーッと、心の中で叫ぶ。何と言うか、激昂する俺を、影からニヤニヤ

眺める存在が確実に居るっ、と思い、全力で平静を保った。

 真面目に視線を感じるが、当然の如く誰も居ない。OK、先ずは落ち着いて、

主導権をこちらに取り戻そう。冷静に、つつがなく、やろうと思っていた就寝まで

の優雅なひとときを最後までやり遂げるのだ。

 もっとも、推理小説を予想外に早く読み終えてしまったので(例の速報の

御蔭でな)、手持ち無沙汰になってしまった訳だが。

 いや、俺には心の支えが有るじゃないか(心の中でイイ笑顔)。

 寝袋から起き出すと、明らかに空気が変った。俺の一挙手一投足を、絶対に注視

している何かが居る。俺は、宅急便の宛名が付いたままのダンボールから携帯

ゲーム機を持ち出した。極力、自然体を装って寝袋に戻ると、やりかけのロール

プレイングゲーム(RPG)を再開する。

 辺りの空気が驚愕したような感じがしたが、気のせいか?

 なんか、目玉風船を真横に置かれた鳩みたいな気分でゲームを始めた。

 いやぁ、出来のいいRPGは違うわ。出来が良すぎて、液晶画面に反射する俺の

顔の横に、別の誰かの顔が反射してるくらいだもの。しかもその顔が興味津々だっ

たりすると、もう何と言って良いやら。もちろん俺の顔じゃないですよ、興味

津々。

 のめり込めないまま、視界の隅九十度辺りが気になってそわそわする。ハッと

そっちを見ても誰も居ない。フェイントを掛けてそっちを振り向くと、一瞬幻影

みたいに長髪の女が見えて、すぐ掻き消される。なんか、王道コメディ番組の

コントコーナーじみてきたよ。

 ココまで来ると、推理小説の犯人速報に対する意趣返しとして、意地でも顔を

見てやり「やーい、隠そうとした顔見られてやんの、ヘボ霊」とか言って

(刺激するなと上川に言われてなかったっけ)悔しがる所を嘲笑いたかった……

のだが、イベント満載な今日一日と、適度に温まった寝袋からくる眠気には

勝てず……。

 ふおっと意識が遠くなる事数度に及び、もう駄目だと判断。ラスボス前の

佳境でセーブしてゲーム機の電源を落とすと、寝袋に潜り込んだ。

 俺は余程そのゲームの事が気になっていたのだろう。寝ている間にも、ゲームの

BGMが脳内で反響していた。あー、きっとラス前のBGMだ、それ。

 “タリラリラッタッターンッ”(宿屋に泊まって朝になったBGM)

 ふと、尿意で目が醒めた。部屋は真っ暗だが、窓から外を伺うと、漆黒の空が、

うっすらと青味を帯びている。雑木林の方から、チチチチッというスズメの

鳴き声が聞こえた。

 もう朝か。部屋の蛍光灯を付け、トイレを済ませる。寝ぼけ眼で、買っておいた

お茶を手に取ると、足早に寝袋の中に戻った。

 亀の子の様になりながら、お茶を飲む。

 枕元の携帯ゲーム機が目に止まった。なんだろう、誇り高きチタンブラック

ボディに、赤い粒子がおしゃれなアクセントとして複数付いているね。特に、

ボタンと十字コントローラーの所にさ。

 ハッとして食料庫(結界)を見た。直ぐ脇に、食い散らかしたチョコパイの

空箱が落ちている。もちろん一味唐辛子まみれ。恐る恐る携帯ゲーム機の

電源を入れる。

 おかしいね、俺はラス前一歩手前でセーブしたのに、最初の町に戻ってるよ。

後、このパーティメンバーの『ああああ』『いいいい』『うううう』

『ええええ』さんは何処の誰だろうね? レベル8ですか、初々しいパーティ

だなぁ。ははははは、責任者出て来い。

 俺は周囲を見渡すと近所迷惑も顧みず大声で叫んでいた。

「ふっざけんなバカ霊っ!いい加減にしろっ!」

 部屋の何処とも知れない場所から、憎々しげな声が聞こえる。

「でていけ」

「うるせぇバーカッ。菓子盗み食いとか、一味唐辛子振りまくしか出来ない

くせにっ」

 部屋の空気がピンッと張り詰め、薄型テレビの向うにセーラー服が現れる。

「祓いも出来ぬガキが、何を言う」

「お前こそなんだよ、地味なテロ行為ばっか仕掛けやがって。

このジミリストッ!」

「地味っ……」

 おー、霊でも絶句するんだね。俺はここぞとばかりに、まくし立てる。

「推理小説読んでる途中の人間に、犯人ばらすか? グランドフィナーレ一歩手前

のRPGのセーブデータ消すか? 小説家さんとRPG作った開発会社の皆さんに

悪いと思わないのか? 謝れっ、ここぞとばかりに謝れっ」

 うん、俺も大分無茶な言い掛かりを付けているな。だが、敵もさるもの。

「犯人の事はちょっと悪かったかもしれないけど、ゲームはちゃんと終わらせた

もの。その上でやり直してるから、悪くないわっ。何なら、ラストがどうなったか

話してやるわよっ」

 むぅ、それはやっぱりジミリストに分類される嫌な攻撃というか、推理小説と

同じ事に成らないか? なんか、霊と対峙してるっていうより、普通の女の子と

口喧嘩しているっぽく成ってるな。

「ココから、アンタがでていかないから悪いんだからねっ」

「何故、出ていかなきゃ成らないんだよ。理由を教えろよ」

 俺の問い掛けに、キツイ顔に成った霊が何事かを言放つ。

「…………っ!」

 確かに口をパクパクさせたのだが、何を言ったのか全く聞こえず、最後に俺に

向かってしかめっ面で舌を出すと、セーラー服を着た霊はスッと消えた。

 なんだろうね、この展開……。

 その後どうなったかって? どんなに挑発しても霊が現れる事は無く、俺は、

『ああああ』達のレベルアップをしながら、上川が来るのを待った。

 なんか矛盾してるよな、これって。


「ヘイッお待ちっ」

 結局、その日の昼過ぎに上川達はやって来た。もちろん、へいお待ちの声の主に

ついては説明する必要は無いな。上川は一抱えあるブラウン管テレビを持ち、鮎川

は大き目の紙袋を下げていた。ややげんなりした俺を見、上川は何事か理解した

ようだが、口に出したのは「お疲れ様」の一言だった。

 これが思いやりってやつかね。

 鮎川は、上川の手からブラウン管テレビをひったくると軽々と部屋まで運び、

同軸ケーブルの穴の横に据える。しっかし力持ちだな。感心している俺を気にも

止めず、鮎川は紙袋から出した同軸ケーブルをTVに繋ぎ、昨日発見したゲーム

機をセッティングしていく。

説明書無しで、よく出来るもんだ。「ぬふふふふ、日頃から鍛えているのじゃよ」

 程無くして、総ての準備が整ったらしい。鮎川は、ダンボールの中から適当に

カセットを取り出すと、俺の手に押し付けた。

「さぁ、やりたまえ青少年っ! 明るい未来は今君の手にっ」

 だから何なんだ、それは。鮎川に促がされるままに、俺はゲーム機にカセットを

はめ込んだ。カチッという音と共に、電源スイッチを入れる。

「? おい鮎川、何も映らないぞ」

 テレビには灰色の画面が写っていた。それを見た鮎川は俺に向かって口先を

尖らせる。

「テツローッ、ふーしなさい、ふーっ」

 なんじゃそりゃ。キョトンとする俺。

「画面が映らない時は、カセットの端子をふーって吹くと、写るようになるの

だよっ」

 等といって、カセットを引っこ抜き、自ら端子部分をふーふーしている。

 なんつーか、霊に関ってる俺が言うのもなんだが、霊現象並みにオカルトっ

ぽいぞ、それ。

 俺の視線を真っ向受け止めると、鮎川は自信を持って電源を入れた。

 キャンッっていう音と共に、右から『家族でプロ野球』なんてタイトル画面が

スクロールしてくる。うぉっ、ホントに写りやがった。

「おお、メジャー級タイトルをイキナリ選ぶとは、お客さんお目が高いっ」

 選んだのはお前だ、鮎川。ゲームがきちんと動くと、鮎川は夢中に成って遊び

始める。

 俺は、思案げに室内を見渡していた上川に、昨日の出来事を総て話す。

 野球ゲーム中の鮎川が、親指立てて言放った。

「もうイイから結婚しちゃいなよっ!」

 ……勘弁して下さい。

 俺の話を聞き終わった上川は、もう一度室内を見渡すと、深刻な表情で語り

出した。

「どうも、おかしいんだよ。親父に聞いても生返事だけで、詳しい話はしてくれ

ないんだ。反応を見る限り、以前、ココで起こった出来事を知ってる筈なんだけ

ど」

「……何か、とんでもない事件でも?」

「ああ、散々問い詰めて、ようやく何か有った事は認めたよ。ただ、内容を話すに

は誰かの許可が必要だとか何とか、言葉を濁してさ。おかしいんだよ。協力要請が

君の所から来てるのに、案件解決の助力を渋るなんて……。兎に角、その許可が

得られるかどうかの確認だけは取って貰う事に成った。OKが出れば、話は教えて

貰える筈だ」

「すまない、手間掛けさせちゃったな。親父さんにも、礼を言っといてくれ」

 上川は愁眉を開くと、いつもの穏やかな口調で言った。

「ああ、伝えるよ。結果が出るまでは、もう少しだけ待ってくれ」

「解った」

 ピロリロリロリローペレレンッペッペッペッペーンッ♪ という音が響く。

「あちゃーやられたぁ」という鮎川の声。見ると、ホームランを打たれたらしい。


 霊に。


「あの、鮎川さん?」

 鮎川は一瞬こっちを振り向くと、あっけらかんとした笑みを浮べた。

「いやー、上手いわこの人。燃えるぜっ!」

 人なの、人扱いで良いのそこは? っていうか、霊と対戦プレイって、どんだけ

剛の者なのよ。あと霊、こっち気にしない程集中してゲームすんな。

 つうか、どうして其処までゲームに未練が有るんだよこの人、って言うか霊っ。

「うりゃぁ!」ピロリロリロ♪

 あ、鮎川ツーランホームラン打った。いや、そうじゃなくて。

 上川がポンッ、と俺の肩を叩く。

 つか、諦めたような首の振り方をしないでくれ。頼む。

「こうなったら、誰にも止められないよ」

 あ、そうですか……。

 俺達が黙って見守る中、女の子二人の熱戦は続き、最終的に鮎川が一点差で逃げ

切った。

「ふひぃー、あっぶなかったぁっ……」

 何ですかね、そのやり遂げたって感じの笑顔。霊と鮎川の目が合うと、

「なかなかやるな」「お前もな」って何その熱血硬派路線。

 コトン、と音がすると、霊の持ってたコントローラーが畳の上に落ちた。

 ふっと、部屋の中に静寂が訪れる。鮎川の微笑が、どこか淋しげに映った。

「上川、これってもしかして……成仏したって事か」

 俺は思わず、声が上ずる。そうか、そうだったのか。

 部屋に残されていたゲームに、強い未練が有ったから、ずっと、彷徨っていた

んだな。

 上川が口を開く前に、ゲーム開始のBGMと、鮎川の声がそれに答えた。

「ちがうよーっ、眠いから帰っただけだよ。なんか徹夜でゲームして疲れたって」

 左様で御座いますか、鮎川先生。

 俺は思ったね。今現在、この辺りで最強なのは、間違いなくこの鮎川だわ。

つうか、霊が徹夜で疲れるとか、そっちの方を本来突っ込むべきなのだろうが、

もう、そんな気力も残っておりません。

 どっと疲れた俺は、寝袋に突っ伏し、上川と他愛も無い世間話に華を咲かせる

位の事しか出来なかった。

 鮎川はひとしきりゲームで遊ぶ(その間、何度か相手したが、やたら上手い。

霊に勝ったのも当然だな)と、「よしっ」と言って、突然コントローラーを

手放す。

 とてててっと流しの方に掛けていくと、石鹸を取り出して手を洗い始めた。

「どーした、鮎川。コントローラーが汚れてたか?」

「ヘイッ野郎共っ、お前等も手を洗いなっ」

 

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