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学生公務員と夢見る旅人  作者: 椎原将
7/22

-7ー

 そう言うと、上川は摘んでいた塩製BB弾を指の先で押し潰す。

綺麗なパウダー状の塩が指先からこぼれ、一瞬だけ陽光を反射した。

「ああっ!」

 鮎川のすっとんきょうな声が部屋に響く。ビックリしてそちらを見ると、鮎川が

真剣な顔で訴えてきた。

「あたしのポッキー、無くなってるですよっ何時の間にっ」

 手に握られたポッキーの袋には、一味唐辛子の粉が僅かに残っているだけだっ

た。本気で悔しがっている鮎川の仕草に、何処か生暖かい視線をおくってしまう。

 俺は食ってないぞ、そんな罰ゲームみたいなアイテム。

 食った奴が居るとすれば、それはお前と同じ味覚を持った神分類された

奴だけさ。

 そう思いながら、俺は昨日作った必要アイテム購入予定リストを探していた。

神様だか何だかが領土権を主張していようと、俺は当分ココに住まねばならず、

そうするために買って来なければ成らないアイテムが変わる訳じゃない。

 何より、日常をこなす事は、押し寄せた非日常の波を乗り切る際、一番いい……

そう感じたんだ。


 部屋の掃除は、思ったより早く済んだ。

 人手が多いと、作業ははかどるね。購入予定だった品々は、上川が教えてくれた

ディスカウントストアで総て入手できた。

 掃除は拭き掃除その他、鮎川がテキパキ指示してくれたお陰で、俺達は何も

考えず、ただハイハイと与えられた仕事をこなすだけでサクサク終了。

 一人だったら、ココまで来るのに一週間近く掛けちゃうんじゃなかろうか。

 綺麗に成った室内を見て、俺は満足げに頷いていた。

「ホント助かったぜ。俺だけだとこうはいかないからな」

 玄関先のダンボールを見ながら、鮎川が思案顔でいう。

「あのさ、荷物これだけなの?」

「そうだけど」

「もしかして、着替えとかだけかい?」

「ふふふ、そこは抜かりない」

 俺はダンボール箱の一つを開けると、文明の利器を取り出した。

「じゃーん、薄型てれびぃ」

 ポカンとした顔で俺を見る、鮎川上川の両川コンビ。声真似までしたネタを、

思いっきりスルーされたが、まぁいいか。

 薄型テレビのウラをしげしげと眺めた上川が、ポツリと呟いた。

「で、どうやって受信するんだ、ケーブル無しで」

「ビデオ経由で上手く、おっ?」

「ビデオ云々の前に、地デジアンテナ、絶対無いよな」

「無い……な、当然」

「あり得ないとは思うけど、ケーブル局の回線が来てるなら、同軸ケーブルから

引ける可能性が……」

 俺はテレビを置くと六畳間の中を見渡す。壁に開いている同軸ケーブルの小さな

差込口が見えた。もちろん、配線? そんな物は無い。うん、小粋なインテリアが

設置されました。タオル掛けでもいいぞ。

「待ちたまえジェントルメンズっ!」

 誰の声か言うまでも無いな。鮎川が板間の隅にしゃがみこみ、何かごそごそ

やっていた。

「これを見たまえっ」

 バーンと掲げられた両手に、黄変した箱が掴まれている。寄って見ると、

うわっ、鮎川、前の住人が残したダンボール開けたのか。

「そんなこたぁどーでもイイッ救世主がココに居るのが、解らんのかね?」

 そう言うと、手にした箱を俺に突き付ける。何だコレ、えらく古びてるが、

ゲーム機っぽいな。鮎川は呆れたような顔を出して、芝居掛かった声を上げた。

「ええぃ、ココにおわす方をドナタと心得るっ。恐れ多くも先の市場を席巻した

ゲーム機、『家族でコンシューマ』様にあらせられるぞっ。ええい、御老公の

御前である、図が高いっ控えおろう~っ」

 お約束として、ひかえたぞ、一応。

「へぇー、昔のゲーム機か。あ、俺が持ってる携帯機と同じメーカーだわ、コレ」

「テツロー、君は馬鹿かね。コレをテレビに接続すれば、我等は十年戦えるっ」

 えっと鮎川先生、ネタに一々突っ込むのは面倒なんで、結局コレをどうしたら

良いか教えて頂けませんかね。そういう俺に、鮎川は子供に教える教師の

面持ちで、ビシッとレクチャーしてくれる。

「あのテレビと、このRF出力端子を繋げれば、無限に広がるゲームワールドで

遊び放題って事なのさっ」

 そう言うと、カセットみたいなものが一杯入った先住民ダンボールをガシャ

ガシャ振ってみせた。

 勝ち誇った表情の鮎川に、上川が思いっきりすまなそうな笑顔を向ける。

「あの、無いから、RF出力。コレ、薄型の安いやつだから」

 沈黙。

「なんだってぇーっ」

 いや、鮎川、其処まで演技派な顔しなくて良いから。

「テレビとケーブルは、僕が何とかするよ。物置に古いのが有った筈だから」

 ガッカリしている鮎川を、上川がフォローしてくれた。お前いい人だ。

俺にとっても。

「ありがとう。後、ココの事なんだけど、僕なりに調べてみるよ。何か解ったら、

連絡するから」

 その一言に、俺は真面目に手を合わせて拝んでいた。


 帰り際、上川は細々とした注意と、思う所を言い残していった。

 実害として、命を奪われるとか極端な事は起きないだろう。気は抜かず、仮に

何か出ても刺激しない事。むしろ、コンタクト出来るなら色々問い掛けて向うの

目的を掴んで欲しい。それと、これは手掛かりに成るかも知れない、と言って古く

なった一味唐辛子の瓶を突き出した。

 何処に有ったのか聞くと、あの前の住人が残したダンボール箱に入っていたのだ

という。

ゲームカセットの山に埋もれていたのを、鮎川が発見したそうだ。

 それってどういう事だ?

 ポッキーを汚染したのが、前の住人が残した、この一味唐辛子だとすると……

入院した云々不動産屋から聞いた話と総合して鑑み、何となく意識不明になったと

いうソイツが、今日見た霊の正体みたいに感じるが。

「手掛かりとは思うけど……断定するのはまだ早いんじゃないかな。ちょっと

不可解な点が有るんだよ。実は僕、ココに来た時から窓の外が気に成ってたんだ。

丁度、裏山の辺りだね。今はそうだと解るんだけど、あそこに何かある気がする」

「裏山?」

 なんでまた、と問う俺に、上川は迷いながら答えた。

「うん、実体、と言ってはおかしいけれど、さっき見たアレ、裏山と同質の念を

感じたんだ。ココで意識不明となった人の念が、裏山から感じられるのは

おかしいよ。もっとも、裏山は微弱でハッキリとは掴めない。抑えているか、

隠しているのかな?」

 隠してるって……まるで裏山の方が本体みたいじゃないか。

「まだ解らない。兎に角、戻ってから調べてみるよ。じゃ、今日はこの辺で」

 上川の言葉に、ダンボールのゲームをジャンル別に仕分けていた鮎川も立ち上

がった。

「今度は名作ゲームで盛り上がろうなっ! ばいばいテツローッ」

 そう言って、二人は帰っていった。

 見送った後、何となく窓から外を眺めてみる。夕日に照らされた冬寸前の雑木林

の奥に、枯れ木と薄い緑でデコレートされた小さな山が見えた。

 上川と違い、俺は『視る』事が出来ない。それが、良い事なのか悪い事なのか。

 やや躊躇った後、俺は新品のカーテンを引いた。


 コンビニ弁当といえども、暖かいとこんなに有り難く感じるものかね。

俺は湯気の出る唐揚げをつまみながら、満ち足りた気分で昼飯兼夕飯を食して

いた。コンビニへ買出しに出て戻った際、何らかの変化が起こっていないか、

さり気無く期待していたのだが……。

 全く変わりない室内を見ていると、上川が勘違いしているだけなんじゃないか

と、思えてくる。実際には、もう完全に退散されちゃってたりしちゃったりして。

俺は真新しい畳の匂いを感じつつ、ゆったりとした食事時間を過ごした。

 むろん、今回も夜食兼おやつの類を、色々と買い込んできている。

 当然、ポッキーも、だ。

 昨日の経験を生かし、買った御菓子類は、盛り塩した簡易結界みたいなもんの

中に仰々しく置いてあった。

 本来なら六畳間の隅々にそうすれば十分なのだろうが、範囲を狭めるほど

効果が上昇しそうな気がしたので、菓子類が隠れる狭いサイズで構築してある。

手出しできるモンなら、やってみやがれ。食い物の恨みは怖いぞ。

 俺は見事な盛り塩防衛ラインに会心の頷きをすると、沸かしておいた風呂に

入った。

 のんびりと体を洗い、湯船につかる。つうか、霊って普通ならこういった水場の

方に出るもんじゃないのか? かといって、あんな格好の女装じゃなければ推定

女性な霊に、風呂の隅から睨まれつつノンビリ出来るほど、俺の神経は図太く

ない。

 それにしても、本当に女の霊だったとは。女の子の霊ならウェルカムだ、とか

思ってたがいざ本物とご対面すると、そんな気持ちは全くおこらん。ついでに、

本物と会ったら本気で恐怖を感じるかも、と密かに思っていたのだが、恐怖より

何とかしなければ、という気持ちが先に立って、それどころでは無かった。

上川は霊と言うより神に近い、と言っていたが、姿を見る限り霊だっだよなあ。

 何より、セーラー服着込んだ神なんか聞いた事も無いぞ、俺。

 頭を洗っている途中(ああ、もちろん何度も天井とか確認したぞ)部屋の方から

ごそごそ妙な音がしていた。特攻野郎なネズミか、光学迷彩着込んだネコが忍び

込んでいたのでもない限り……って、未だ霊だと信じたくない気持ちが働いている

のかね。兎に角、物理的なもので無ければ、あの結界は破れないだろう。

 じっくり暖まった後、未練が残るぬるま湯を出て風呂の栓を抜く。表に置いて

あったバスタオルを取ると、水滴をしっかり拭い外気の冷たさに備えた。足拭き

マットの有る板間に出て、仕上げの拭取りをする。

 ごしごし髪を拭きつつ、何気なく六畳間の結界の方を見た。

「!?」

 昼間見た霊と目が合った。合っちゃったんだ。つか、何で居るんだよ。いや、

音がしてたから居たのか。うん、思う様混乱してるぞ。

 おどろおどろしい漆黒に見えた長髪は、蛍光灯の下で宝石のごとく藍色に透けて

見える。

 形は古いものの、折り目正しい濡れ羽色なセーラー服。スカートのすそから、

白い膝小僧が綺麗な曲線を見せていた。

 そんなオバケさんが、ちょこんと正座して片手にポッキーの箱を持ち、二、三本

くわえていらっしゃる。

 さて、今現在、俺が取れる行動は数パターン考えられるのだが、この場合、何処

から手をつけたら良いだろうか? 列挙しよう。

 間違いなく昼間見た霊だと思えるのだが、昼とは違いちゃんと顔部分が有る、と

いう点を驚くべきか。

 霊が俺のお楽しみ、ポッキーを片手に取り、ポリポリ(霊がだぞ)やっている

イコール結界を破っている、という点に本気で怒るもしくは恐怖すべきか。

 むしろ、ポッキーに執着するセーラー服霊という類稀な存在を逆手に取り、

「太るぞ」という一言でクリティカルヒットを狙うべきか。

 今俺はバスタオルで頭を拭いていたのであり、もちろんそうなると下半身丸出し

というか、上品に言うと生まれたままの姿で仁王立ちしている訳で、イコール

「キャーッえっちっ」という黄色い悲鳴と言うやつを、俺の声帯で出せるか

チャレンジするべきか。

 もう一つ品性下劣な選択肢も有るが、ボク子供だから解んないやっ。

ヒント「おーばけちゃぁーんっ」といいつつ、平泳ぎな感じで霊目掛け飛び込む。

 

 件のセーラー服は俺と目があった事に驚愕の表情を浮かべ、悪さしている所を

発見されたネコのように固まっている。

 しっかし、こうして見るとセーラー服着た普通の女の子にしか見えないね。

いや、ちょこっと透けてるんだけどさ。長い髪の間から覗く卵形の顔は結構

整っていて、すらっとした体つきと合わせて、美人系に見える。目元爽やかな

感じが、お化けにゃ不釣合いだな。

 妙にデジャヴ、というか記憶の底的懐かしさを感じるのは、服装の所為か?

「ヘンタイッ!」

 暫くの睨み合いの後、突然声が響く。まるで思い出したかのように霊が

消えた。もちろん変態と叫んだのは霊の方で、俺は世界で初めて霊に変態と

言われた男と成ったのである。

 俺別に悪くないのに、罪悪感が残るのは何でだろう。小さくくしゃみした

後、パンツを履きシャツを着込むと、万全だったはずの結界を調べた。

 結界自体は、全く崩されていない。横には食い散らかされたポッキーの箱が

幾つか。ポッキーの空箱に当然の如く残っている一味唐辛子の粉。

 よかったなあ、鮎川。お前の嗜好を理解してくれる奴が、確実に一人居るぞ。

霊だけどな。

 しかし、結界を崩す事無しに中のものを平気で取り出せるとは……

上川の言う通り、聖にせよ邪にせよ、余程高位の存在なのか。

 ん? 空箱の下に有るのは何だ?

 ああ、神よ。俺はその答えを見つけてしまいました。

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