表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
学生公務員と夢見る旅人  作者: 椎原将
6/22

-6ー

「そそそそーですけどけどそーいってもいるかどうかはヤッパリ僕ニーゲ

ーテー」

「うりゃっ」「ぐわっ」

 鮎川は上川の頭に空手チョップをくらわせると、きっぱりした口調で

いい放った。

「なら、今『視て』みなよ。ほらっ」

 鮎川に引き起こされ、おどおどした上川が周囲を見渡す。一瞬、窓の方に視線が

止まるが、構わずそのまま全体を見渡して突然肩の力が抜ける。

 鮎川が掴んでいた襟首を離した。

「どうよ?」

「ん、ああ。確かに、パッと見、殆ど感じない。妙な感覚は有るんだけど、

祓いモノじゃないな。なんだろう」

 取り乱して悪かった、という上川の肩を鮎川がポンと叩く。

「大体、こんな事もあろうかと、ソレを持ってきたんじゃないかネッ?」

「おお、そうだったね」

「ん、そのエアガン、何か仕掛けが有るのか?」

 俺の問い掛けに、何故か鮎川の方が自慢げな顔をする。

「エアガン自体は普通のモノだよ。でも、弾頭が違うのだよ、弾頭がっ。

な、上川君っ」

 何故か西洋風のお辞儀をしながら、上川が続ける。

「は、由緒の有る神社で、本職の手により祓い清めの式を受けた塩を、固形化した

弾で御座います。これなら当たりさえすれば、余程性質の悪い『モノ』で

無い限り、一発で祓い清められるかと」

「パーフェクトゥだ、上川っ」

 イエーイッ、という声と共に、頭上でハイタッチする二人。というか上川、

なんだその変な喋り方は。後、鮎川はしてやったりみたいな顔しないっ。

「あはははははっ変んないね、テツローの突っ込み気質」

 あっけらかんとした笑い顔を見せる鮎川を見てると、怒る気も失せるわい。

ま、体が覚えてるペースというか、言われてみれば昔っからこんな感じだった

ような気がしてくる。

 会って一時間も経ってないのに、もうこんなペースだもんな。

昔馴染みは強し、か。

 互いの近況についてはろくに話さないまま、ほんわかとした他愛ないお喋りが

始まった。

 鮎川が子供の頃歌った童謡の歌詞について話し始めた頃、先程言われた俺の

気質が騒ぎ出した。

「って違う違う、ウサギ追いしがウサギ美味しだなんて話をしている場合じゃ

ない」

 俺の剣幕に、ポテチを殆ど一人で平らげていた鮎川がキョトンとする。

「結局最後に食べるんだったら、美味しでいいじゃん」

 あーもー、まこっちゃんはどうしてこう揚げ足を取るかね。本筋に戻すぞ。

「だから、俺は昨晩体験したんだよ、ココで」

 未明に掛けて起こった一連のポッキー陵辱事件やセピア色の悪夢等々、俺は時系

列を追って説明する。二人は特に突っ込みもせず、ふんふんと聞き続けた。

 で、用意周到な俺は、何が起こっても良いように上川のコートの裾を踏み続けて

いるのだが、反応薄いな、お前。

「解らないのか?」何が?

 上川は長めな前髪をさらりと掻き分けると、床を転がった後に見せた借り物の

ニヒルな表情を、再び浮べた。

「僕はさっき、この部屋をキッチリ視た。で、霊が視える俺に対し、アプローチし

てくるモノは何も無いし祓いモノの気も無い。という事は恐れるモノなど何も無い

という事だ」

「だから、説明しただろう。間違いなく夢でも何でも無いんだ。ポッキーを、

まっ赤っ赤にされたんだぞ。一味唐辛子味だぞ。『ポッキーの洗い』を、つい

さっきも食べたんだぞっ」

「美味しいじゃん、唐辛子付きポッキー。そうだ、このポッキー食べて良い?」

 俺、絶句。てか、食ったことあるんかい鮎川。……それは最後の一箱だ、大切

に食え。

 ほいほい、と軽い返事で、ポッキーを引っ張り出す鮎川。上川は、冷めた

缶コーヒーを飲むと、凛々しい表情で言い放つ。

「君の体験は、物理科学的に証明出来る事例だ」

 聞きました? 奥様。祓い屋が物理学ですってよ。

「いや、封を切ってないポッキーにも……」

「物質移動だな」

「……その方がむしろ凄いと思うんだが」

 空に成ったコーヒー缶を置きながら、上川は苦笑する。

「君を疑ってる訳じゃないんだ。ただ、僕自身感知出来ない以上、それが何なのか

は想定しようもないよ」

 確かにそうだ。祓い屋としての上川は折り紙付きだし、この部屋に上川が祓い

清めを行う事もせずくつろげているのは、何も居ない証拠たりえる。

 考え込む俺に、鮎川がポッキーを差し出した。

「ほい、美味いよコレ」

 考えている俺の口に放り込まれたポッキーが真っ赤に染まって居るのを見て、

俺は声に成らない悲鳴を上げた。慌てたせいで、ポッキーが半分くらい折れ残って

しまっている。

 一味唐辛子の辛い味が続き、その後にマロンの風味豊かなテイストが口一杯に

広がるってオエッ。

「マロン味駄目なのに、買ってきたの?」

 そういう問題じゃないって……鮎川さん、貴方何をくわえてらっしゃるの

ですか?

「トッピングが一味唐辛子のやつって、初めて食べたですよ。これって期間

限定?」

 真っ赤なポッキーを、鮎川はポリポリ美味しそうに食べていく。

 驚愕しているのは、俺と上川だけだ。流石の上川も、目の前で実証試験が

行われたとあっては、信じざるを得ないのだろう。

「一味唐辛子マロン味って、凄いポッキーを売ってるんだね」

 違うだろ。そこは違うだろ。俺の突っ込みが炸裂する前に、上川はポッキーの

箱をしげしげと眺めた。

「何だろう、嫌な感じは微かにするけど、祓いモノとまではいかないし」

 そうそう、そういう方向で思考して頂きたい。後、鮎川さん、ポッキーを食うの

は良いが成るべく俺の視界に入らないようにして下さい。

「はーいはいっ」

 鮎川は真っ赤なポッキーの詰った袋(既に最初の袋を完食している辺りが恐ろ

しい)を持って、部屋の奥の方へ移動する。ポリポリというリズミカルな音を

BGMに、俺は箱を凝視したままの、上川に小声で尋ねた。

「何か解ったか?」

「打ち消しあってるのかな? 混ざってるのかな? 僕は祓い専門で、物見に

長けてるんじゃないから、判定は難しいね。神儀局に送って調べて貰った方が、

確実だと思うよ」

 むう、そういう事すると経費が余計に掛かるから、一条主任が嫌な顔

するんだよね。

「あのさー、テツロー」

 鮎川がのんきな声を掛ける。今度は何なんだ、もう一味唐辛子味の御菓子は

無いぞ。

「お客さん」

 鮎川の居る畳部屋の方を振り返る。平然とした顔で鮎川が指差す先に、色味が

薄い人影が立っていた。

 漆黒の長髪は、閉め切った室内にも関らず、大きくうねりを伴って揺らいで

いる。スレンダーな全身に古めかしいセーラー服をまとっていた。足もちゃんと

有り、黒い靴下を履いているのはギャグか何かのつもりか。顔部分だけ、黒く塗り

つぶされたように何も見えない。ただ、目に当たる辺りが逆光のように成って

いた。もちろん、どこぞの霊番組のよろしく全身透けており、後ろの窓枠や風景が

重なって見える。

 俺は思ったね。心霊番組って、結構ちゃんと作って有ったんだな、と。

 黙って見つめる俺達に、仮称『女の霊』はハスキー気味の声を上げた。

「で・て・いけ」

 はい、決定。こいつが俺のポッキーを無残な姿に変え、イタズラメール送って

きた張本人だわ。俺が何か気の利いたカッコ良い台詞を言おうと、脳内であれこれ

考えていると最前線に居た鮎川がトコトコと板間側に戻って来る。

 うんうん、君も一応女の子なんだね、そりゃあんなもん見たら真っ昼間でも

怖かろう。

 戻った鮎川は、上川のエアガンを手に取ると、スライドを引く。シャコンという

小気味良い音が響いた。は? という目で見守る三人(誓っても良いが、女の霊も

絶対疑問系の目で見ていたぞ)の前で霊目掛け狙いを付けると、パスパス撃ち

始めやがった。

「!? いた、いててててっ」

 あー、エアガンはゴーグル付けてない人に向けて撃っちゃいけないんだが、霊の

場合はどうなんだろうね。訴訟対策に取説書いて置いた方が良いぞ。

「霊に向けて撃たない」って。

 待て待て、落ち着け俺。それにしても、エアガンを受けて痛がる霊って初めて

見たぞ。

 霊の光っていた目が鋭くなる。仕掛ける気か?

「これで勝ったとおもうなよっ」

 そう声が響くと、ふっと姿が消える。俺は呆気に取られた顔で、霊が消えた窓辺

を見つめていた。上川も小さく、驚嘆のため息を漏らす。

 渋くポーズを決める鮎川。

「フッ、こんな事もあろうかと、用意しておいた特殊弾頭が役に立ったようだ」

 えっと、鮎川先生と呼ばせて下さい。後、上川、弾拾っとけ。

 昨日今日と、普通なら一生分の驚きを使い果たしているような気がする。俺は、

上川の弾拾いに付き合いつつ、鮎川に賞賛の声を向けた。

「それにしても、鮎川は凄いな。あんなもん見て、全く動じないとは」

「ホントはドキドキだったんだよ。足も震えて、心臓止まっちゃうかと思った」

 鮎川は先程の事を思い出したのか、ちょっと俯いて、潤む瞳を瞼が覆う。えらく

甘い声と相まって、一瞬ドキッっとするくらい可愛らしく思えてしまった。

「……なんてな」

「え?」

 俺の顔を覗き込んだ鮎川が、ニヤリと笑った。というか、何だその顔、さっきと

うって変わって、無茶苦茶腹黒く見えるぞ。

「あははははっ、あたし最大の武器を忘れたのかね、明智君っ」

 明智って俺の事か? 鮎川最大の武器って、何の事だ。俺の疑問に、上川が苦笑

交じりで答えてくれた。

「ほら、鮎川って、子供の頃から怖いもの知らずだったろ? その後、鍛錬した

所為も有るけど、今の彼女は恐怖心というものを完全に自己コントロール出来る

ように成ってるんだ」

「え、そうなのか?」

 鮎川はアゴに手を当て、驚く俺に向き直った。

「ふむ、今のあたしに怖いものは無いのだよ」

 いや本当に漢前です鮎川先生。という事はもしかして。

「ああ、彼女は最近、僕の仕事を手伝ってくれてるんだ」

 成る程、そういう事だったのか。だから恐慌状態の上川を上手くあしらえるし、

例のエアガンも普通に使えたんだな。納得する俺に、上川はやや口調を改めた。

「それにしても、これは厄介な問題だぞ、緒方」

「何が。祓いモノは祓えた訳だし、俺のバイトも基本終了、後は所定期間ココに

居れば」

「そうじゃないよ。実際の所、アレは祓えてないと思う」

 深刻な表情をする上川に、俺もちょっと居住まいを正す。

「アレが姿を現した時、僕は何もしなかった」

「いや、驚いてたんだろう?」

「それも有るけどね。まず、出現するまで僕の感知能力に全く引っ掛からなかった

事。そして現した姿に、祓いモノとしての感じが殆どしなかったんだ。こんな事は

初めてだよ」

 諦めたような笑顔で笑う。コイツもしかして、感知できなかった事に責任でも

感じてるんじゃないか?

「最大の問題は、BB弾さ」

「うん? ちゃんと効いてたみたいだし、祓いが出来ない鮎川でも、アレを

退散させる事は出来たんだから、十分じゃないか」

「あのエアガン自体は確かに玩具だよ。でも、弾である清め塩の塊は、かなり

本格的なモノなんだ。真面目に言って、ちょっと性質の悪い祓いモノでも掠めた

だけで昇天させる事が可能なんだよ。それの連打を喰らって、念が崩壊する事無く

去る事が出来た。常識じゃ考えられない」

 祓い云々の常識をどう捉えればいいかは、俺には判断しかねる。

「ようするに、かなりまずいものが相手だという訳だな」

「マズイモノか。そうだね、そういった判断が妥当かもしれない。

ただ、本来の意味でね」

「どういう事だ?」

「僕達が触っちゃいけないもの、って意味でだよ」

 上川健吾は一際、声を潜めて言った。

「実物を見るまでは信じられなかった。でも、はっきり視た今なら言える。

アレは、分類だけでいうなら、神に等しいよ。あの時何故、僕が祓いその他何も

出来なかったか、本当の理由が解るかい?」

 さっぱりだ。

「畏怖と畏敬の念に打たれて、がんじがらめになってたんだよ。恥ずかしい話、

一人だったら跪いてお迎えしてたかもしれない」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ