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学生公務員と夢見る旅人  作者: 椎原将
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「ご、ゴメンなさい!」

「御免で済むかぁっ!」

 ええ~っ。御免なさいは? って疑問系で尋ねといて、謝ったら御免で済むか

って、無茶過ぎでしょう、MYマイン上司。

 というか、そういうのはパワハラなのでいけないと思います。

 等と、口答えすると自分がどうなるか解っている俺は、立派に社会人いちね

んせいだと思います、まる。

「いやもう、本っ当にすいません」

 社会人いちねんせい心得『下手な口答えは寿命を縮めるので、全力回避&

謝罪連打』

 五分程のスイマセン連打(むろん、その間にも主任の容赦ない罵声が飛んだ

のだが)に、一条主任も「もういいわ」と不承不承許してくれた。

「で、どうなの? 現場は」

 多少改まった口調に、俺もようやく本題に入る。

「パッと見、何も感じなかったんですよ。室内も問題無さそうですし。よく聞く、

額縁の裏に御札、なんてモンも見つからなかったです。まぁ、しばらく泊まって

みないと、何とも言えませんが」

「ふむ」

 電話口の一条さんが、何事かを考えて黙り込む。やや有って、いつもの快活で

爽やかな主任の声が響いた。

「ま、先ずは一晩過ごしてみなさい。きっちり気合入れときなさいよ、アンタ本物

に出会った経験は無いんだから」

「え? それはどういう」

「どうもこうも無いわよ。緊張感を常に保ちなさいって事。それと……」

 真夏の太陽を思わせる快活な口調が、突然半年カレンダーを進め氷点下になる。

「定時連絡はキッチリ入れなさい。さもないと、式打ってアンタの耳元で一晩中、

くだらないスベリまくる小話喋らせるわよ」

 まるでどこぞの声優さんみたいな声の切り替えだな、等と余計な事は一切

言わず。俺は、最敬礼しつつ「サーッイエスッサーッ!」と電話口に叫んでいた。

 社会人いちねんせい感想『パワーハラスメントは、いけないと思います』

 肝が冷える定時連絡を終えると、俺は気の早い太陽が傾き始めるまで、再び

商店街をぶらついた。ゲームセンターを覗いて、クレーンゲームの景品を

ウインドウショッピングよろしく見てまわったり、シューティングゲームに

興じてみたり。

 それにしても、一人でこういった行為を行うのは、空しいものが有るかも

しれない。彼女と二人で、等と贅沢は言わないが、せめて気心が知れた友人と

やりたいものだ。明日、上川と会ったら、近場で面白い場所でも教わろう。

 シュ-ティングゲームの最後の一機が、どーやって避けるんだコレ、と思える

弾幕に落とされたのを頃合に、俺はアパートへ戻るべく駅へ取って返した。

 丁度、タイミング良くホームに滑り込んできた電車を見、慌てて切符を購入

すると、閉まる間際の扉に飛び込む。そういや、今日の午前中は散々だったな。

 午後は、午前中のようなドタバタは無かったが、心にヤスリを掛けられるような

心温まる定時連絡が有ったし。

 窓から覗く夕日に顔を染めつつ、そんな事をぼんやりと考えた。

 がたん、という三半規管を試される揺れの後に、独特の音を立てて電車の扉が

開く。我先に降り立つ学生や、勤め帰りのサラリーマンに混じり、朝と同じホーム

へ降り立った。自動改札を出る時、ふと、視線をめぐらすと、道を挟んだ反対側に

コンビニがある。

 丁度いい、夜食代わりになる弁当やお菓子を買い込んでおこう。

 買った本を小脇に抱え直すと、俺は横断歩道を渡ってコンビニに向かった。


 「ヘックショイッ」 

 既に空は藍色に染まっている。俺は寒々しい空気の中、足早にアパートへ

戻っていた。駅からアパートまでは、七分少々ってとこか。必要な物を買って、

とっとと帰れば、日が暮れる前に戻れたのだが、止せばいいのについ情報誌を

見聞なんかしちゃったもんだから、背中を丸めて鼻をすすりながら晩秋の夜風を

堪能する破目と成っている。

 昼間訪れた不動産屋は既にシャッターが下りていた。常夜灯の明かりが路面を

照らし、道が緩やかな上りである事を教えてくれる。人通りは結構有るので、

物寂しい感じは無かったが、それにしても寒い。この分じゃ折角暖めた弁当も、

冷めてしまうだろう。スニーカーの足音と、コンビニ袋が足に触って立てる

カサカサ音がリズミカルに響いた。

 ようやく、アパートの前まで辿り着く。常夜灯と月明かりのお陰で、黒々と

したアパートの外観が見て取れた。軋む階段を用心しながら上がり、部屋の前に

辿り着く。一瞬、聞き耳を立てて中の様子を伺いたい衝動に駆られたが、精一杯

自制し、何事も無かったように鍵を開けた(ナメられるなってパワハラボインも

言ってたしな)。

「ただいまっと」

 玄関先の壁をまさぐり、スイッチを探す。平面の中に突起を見つけると、カチッ

という結構大きな音と共にオンにした。蛍光灯独特の、ブーンバチバチという低い

音の、ワンテンポ遅れて頼りない明かりが板間を照らし出す。

 何にせよ、明かりが有るというのはホッとするもんだ。

 買って来た荷物を置くと、板間を軋ませながら奥に向かう。畳部屋の電気を

付けようと試みるも、いくらカチカチやっても明かりが付かない。

 どうやら蛍光灯が切れているようだ。しまったな、昼の内に確かめて置けば

よかった。

 ひとっ走りコンビニまで買いに行こうかと一瞬考えるも、寒い中もう一回戻るの

はやってられないな、と思い直す。ふと見ると、カーテンが掛かって無い窓に、

板間の蛍光灯を背にした自分の顔が映っている。幸い、俺の顔が別人になって

映っているとか、俺以外の白い顔が端に見えるとか、そういった事は無かった。

 取りあえず、腹ごしらえか? そう思い板間にとって返す。そういや、埃だらけ

だったんだよな、床。一応購入しておいた化学ぞうきんとウエットティッシュで

辺りを適当に掃除すると、ようやく本日のくつろぎ空間が誕生した。

「ふーっファーストステージクリアー」

 屈めっ放しだったから、腰がちょっと痛い。軽く伸びをしてリラックスすると、

板間に座り込み、晩飯にした。内側に水滴が付いた幕の内弁当のふたを開けると、

すっかり冷めた米をかき込む。食事の間、室内を目だけでキョロキョロ観察して

いたのだが、特に変わった様子は無い。暗くなって部屋に戻ってからココまで、

一時間以上経過している。

 時間が早いからかもしれない、と思いつつ、時間が経てば経つほど、緊張感が

薄れていったのは俺のせいじゃない筈だ。

 飯を食って一息入れると、腹ごなしに畳部屋の拭き掃除でもしようかと考え、

濡れぞうきんが無いのに気付く。明日買いに行くリストをキッチリ作っとかなきゃ

駄目だなこりゃ。

 結局、何をしたかというと、風呂に水を溜めのんびり入浴と相成った。

 もちろん、風呂場の蛇口から出る赤錆水との格闘その他、プロジェクト

うんたらが出来そうな位にイベントが有ったりはしたのだが。肝心の祓いモノの

類は一切起きない。

 風呂から上がって携帯を見ると、メールが一件有った。

 親父からだ。普段はメールなんて全く使わない機械オンチの親父が、

ワザワザねぇ。何のかんの言って、俺の事を心配してくれているのか……。


「がんば うま」


 いや、どうしろと。冒険でもしろというのか? というか、この場合頑張れ!

 というニュアンスで受け取って良いのか? なにより『うま』って何だよ。

馬かUMAの事か。

 さんざん頭を捻った挙句、直接電話して確かめようと思ったら、電源を切って

やがった。

 もういい。

 弁当ガラを片付けると、手持ちで来た数少ない荷物の一つ、寝袋を板間に

広げた。その上に寝っ転がり、霊のフィーバータイムとも言うべき、草木も眠る

丑三つ時(午前二時)を待ち構える事にする。

 未だ変わった事も無く、何か有るとすれば、季節通りに肌寒いので、誤って

このままうたた寝すると確実に風邪を引きそうだ、というくらいか。

 板間に転がっていた本屋の袋を開き、なるべく、まぶた戦線が即陥落しなさそう

な推理小説を選ぶ。この場合大切なのは頭を使う事であり、一番問題なのは退屈

する文章が並ぶパターンであり「ふぁ~~あぁっ」……失礼。なんのかんの言っ

て、今日は一日バタバタしていたからな。フィーバータイムまで持たなかったら、

明日頑張ろう。

 と、まぶた戦線が半落状態で小説を読み始めたのだが、コレがとても面白い。

一気に目が冴え、次から次へとページをめくっていく。犯人が誰か? を真剣に

考え、時を忘れて没頭してしまった。

 さて、皆さんもご承知かと思うが、脳みそを円滑に働かせるには甘いものが

一番だ。俺の場合、何かを読みながら糖分補給する時は、ポッキーを使うのが最適

だと思っている。

 ローストされた部分を片手でつまめ、誤ってチョコやら何やらが手に付く可能性

が低く、ページを汚す心配も無い。モノによっては袋に小分けされているので、

長期戦闘(日をまたぐ読書って事だ)も可能。至れり尽せりだ。

 今回は、クラッシュストロベリー味を御用意してみました、って誰も居ないのに

何を言ってるんだろうな。

 文庫にしおりを挟むと、ポッキーの袋を開け、取りやすいように軽く出して

おく。ピンク色のコーティングが、商品の特徴を良く表していた。

 さあ、万全の体制を整え、いざ犯人探しの旅に行かん。

 ……ん、こんなに進んでたか? しおりを挟む際に間違って数ページ先に挟んで

しまったようだ。内容を読まない様に、右ページの頭部分だけ流し、読み終えて

いるページまで戻る。うーん、リオーズが犯人じゃないのは間違いないとして、

トルッカが犯人、と断言する材料はまだ無いわなぁ。

 俺は右手でポッキーを探し、二本掴み取るとリスか何かのようにボリボリ

食っていく。

ほお、このポッキーはかなり美味い。甘ったるいストロベリー味を酸味が上手く

カバーしている。直ぐに次のポッキーを取ると、口の中に放り込んだ。

 そうそう、このポッキー表面に付いているツブツブがピリリリと辛くて、甘い

イチゴ味を極端に……。

「ゲホッゴホゲホッ」

 俺は思いっきり咳き込んでいた。

 埃が付いてしまったのかと、慌ててポッキーの箱を見る。埃は特に無い。ただ、

先程まではファンシーなピンク色だったポッキーのストロベリーコーティングが、

見目真っ赤な色に総て変わっていた。

 血か? 一瞬、ドキッとするも、震える手で取り出したそれは、ポロポロと赤い

粒子を箱の上に撒き散らしていく。これは、もしかして。ポッキーの先を少し舐め

てみる。一味唐辛子の男らしい突き刺す辛味が、舌一杯に広がった。

「なんじゃこりゃぁっ!」

 俺は思わず大声を上げる。

 俺が買ってきたのは、クラッシュストロベリー味であり、ストロベリー一味唐

辛子味では無い。そんな商品有ってたまるか。

 という事はこれは、間違いなくホンモノが出たって事か?

 俺は緊張して部屋全体を見渡す。が、窓辺に白い服を着た女が立ってるとか、

人魂が頭上を飛んでるとか、ラップ音(霊が出る時、バキバキと変な音がするそう

だ)がコンサート状態で鳴ってるとか、そういった事は一切無かった。

 ある意味ホッとすると共に、拍子抜けした感も否めない。

 時刻を確かめると、驚く無かれ、キッチリ午前二時である。

 これまでのバイトで、物理現象を伴った事例を体験した事が無かった俺も、遂に

大人の階段(むしろ、怪談というべきか?)を上りました。ワーパチパチパチ。

 もうゴーストチェリーとは呼ばせないぜっ!

 等と、一人で騒いでみても、シンと静まり返った部屋は何も答えてくれず。

 もう一度ポッキーを確認するも、間違いなくストロベリー一味唐辛子味のまま。

 それにしても、だ。読書の友にして、カロリー糖分補給の救世主、ポッキー様に

何という仕打ちをするのか。正に罰当たりである。ココに棲んでいるモノは間違い

なく俺(と上川、というか、むしろ上川)が、あの世におくってやる。

 それがポッキーへの供養にも成ろう。

「ふざけんな、この野郎っ!」

 大声でハッキリと否定の意思を伝える。俺が口を閉ざすと、元の静寂が部屋を

包んだ。

 ま、済んだ事はさて置き、続きが気になる小説を読もう。イチゴポッキーに

御退場頂き、周囲へ油断無く目を向けながら佳境一歩手前の小説を手に取る。

 誓いも新たに文庫を開くと、目次の辺りからしおりが舞い落ちた。


 セピアトーンの畳部屋の中、目に見える形で風が渦巻く。奇怪なうねりは

そこだけ、赤黒く鮮明な色合いを帯び、全身を吹き抜けていく。色付いた風は

禍々しく、頬を撫でる度に震えが走る。体の芯は凍てついた様に痺れ、どうしよ

うもなく立ちすくむ俺の前で、長い髪の誰かが背中越しに叫び……


 朝、俺は頬をよぎる冷たい空気で目を覚ました。カーテンの無い窓から差し込む

朝日が、爽やかな秋晴れを予感させる。

 ポッキー一箱が駄目になるという(俺にとっての)惨劇から一夜明け、大通りか

ら聞こえる車の音が、昨日の出来事を、何もかも夢であったかのように感じさせ

た。

 結局あの後、小説も読まずにしばらく粘ってみたが、何も起こらず睡眠不足に

なっただけである。例の悪夢を見た気がするが、内容を正確に覚えて無いのに、

微妙に前と違う感じがするのは、何故だろう。


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