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学生公務員と夢見る旅人  作者: 椎原将
20/22

-20-

 俺は一瞬、ポカンとしてしまう。そりゃそうか。式が勝手に戦闘して

くれるんだから、本人は力を出すことだけ考えれば良い。その通りだ。

「きっ、如月さん聞いて下さい。貴方がゲーム機使って祓いをやる時、当然

自分の持つ力をゲーム機を媒介に発動するっでしょう? それと同じ事が

出来るんです。何も考えずに、自分の力を、祓いの力を最大限出して

下さいっ!」

 聞こえたのかどうか。如月さんは頷きすら返せず、ネコ耳にされるがままに

成っている。

くそっ遅すぎたのか? 軋むような絞め上げを続けていたネコ耳如月が、悦に

浸った声を上げた。

「ふん、もう果てたか。今少し戯れたかったが、我の手に掛かれば術者とて

他愛ないものよのう」

 舌なめずりをすると大きく口を開け、鋭い牙を剥き出しにする。

「暴れぬ獲物など興が乗らぬ。後は内なるモノの求めに応じ、血肉を貪る

のみよ」

 如月さんの白い首筋に、獣の牙が突き立てられようとした。

「如月さんっ」「おねいちゃんっ!」

 牙が届く寸前、如月さんの両目が見開かれた。一瞬、後ろのネコ耳に体重を

預け、バランスを崩させる。反射的に倒れまいとするネコ耳の隙を突いて

絡まりあった足を解き、ネコ耳の両手を首から外すと、そのまま自分の前に

投げ捨てた。

「!?」

「遅い」

 突然の投げ技に、ネコ耳如月さんは虚を突かれた。跳ねるように受身を

取って、立ち上がろうとしたその時には、既に如月さんの左足が側頭部に

命中している。

 ややあって形容し難いゴズッという打撃音が聞こえたような気がした。

凄まじいスピードの回し蹴りに、流石のネコ耳も受身を取れず地面に崩れ

落ちる。

 ネコ耳も驚いたろうが、俺達も驚いたね。さっきまで虫の息だった

如月さんが、突然蘇生し目も醒める様な回し蹴りを見舞ったんだから。

何より、如月さんの全身がうっすら緑色に輝いて見えるのは、どんな照明

効果だ? 両手両足、末端の方がより強く輝き、何らかの力を発しているっ

ぽい事は、何となく解る。これも式の御蔭なんだろうか。

 如月さんは少し荒い呼吸をしながら、肩越しに俺達へと微笑んだ。

「サンキュー、テツロウッ」

「大丈夫? おねいちゃん」

 鮎川の問い掛けに頷きで答えつつ、再び視線をネコ耳へと向ける。

「ちょっと待ってね、偽者の自分を何とかしてくる」

 見ると、ネコ耳は多少よろめきながらも起き上がりつつあった。凄まじい

蹴りにかなり消耗しているようだが、その闘志に衰えは無い。

「ふっ死んだ振りとは狢並みの狡猾さよな。狩る獲物はこうでなくては成らん」

「アンタは所詮あたしのダミー、偽りの存在でしかないわ。“気が付いた”

あたしにとっては、既に獲物以下の存在よ」

「戯言をぉぉ」

 猫耳が如月さんへと、前のめりに突っ込んでいく。如月さんは体を

かわすように半身を翻すと、猫耳のバックに回って細い腰に組み付いた。

「ニャッ?」

「猫耳しっぽなんて可愛らしい格好はね」

 如月さんが、猫の耳と尻尾を生やした昔の自分を確りフックしたまま抱え

上げる。

「あたしだって、まだやった事無いのよぉっ!」

 ブンッと猫耳の両足が残像を描いたように見えた。スレンダーな全身は

急角度の弧を描いて、漆黒の地面へ後頭部を叩き付けられる。ズンッという

腹に響く鈍い音と、重低音が足元で鳴っている様な振動が響いた。

猫耳は「にゃぐぅ」という悲鳴とも溜息とも付かぬ音を出して、

叩き付けられた格好のままピクリとも動かない。

 腰の辺りでコの字に折れ曲がった猫耳如月さんの体を、如月さんの綺麗な

ブリッジがガッチリ支えていた。

「おーっ」パチパチパチッ。

 見事なジャーマン・スープレックス・ホールドに、俺と鮎川は思わず

拍手してしまう。

 やや有って、如月さんがホールドを解くと、猫耳はぐにゃりと

うつぶせに成った。

「うぉの……れぇ……」

 猫耳如月さんが、精一杯の声で吐き捨てるように言う。その声は、

如月さんと、名状し難いくぐもった声と、甲高い猫の鳴き声のようなものが

混ざりあった不思議な声音に聞こえた。

 その後は一言も発する事無く、漆黒の体で唯一と言っても良い、色味のあった

肌が黒くくすみ、全身真っ黒になる。そのまま、黒い絵の具を薄めるように

擦れていき『猫耳しっぽを付けた如月さんだったもの』は俺達が見守っている

前で、雲散霧消した。

「やったんですよね?」

「あたしのニセモノはね。本体にも、多少のダメージは入ったと思いたいけど」

 如月さんはそう言いながら、ぺたんっと、女の子座りでへたり込む。深呼吸

とも溜息とも付かない大きな息を吐くと、全身が光り輝き、次の瞬間には今日

買ったセーラー服に戻っていた。胸元から、よれてボロボロに成った

やっこさんの折り紙が、ひらひらと舞い落ちる。

「おおっ変身解除っ?」

 鮎川のビックリした声が響く。

「何とか成ったみたいだね」

 周囲を見渡しながら、上川はホッとしたようにエアガンをしまい込む。

見ると、さっきまで波状攻撃で押し寄せていた怨念の靄は、総て消え失せて

いた。

「でも、本体はまだ存在しているわ」

 如月さんがぐったりした声をだす。確かに、俺達を取り囲む黒い空間は未だ

そのままであり、と成ると本体はまだ、何処かに存在してるって事だ。

「まさかとは思ったけど、もう間違いない。あのゲーム機とソフトが本体よ」

「はい?」

「まさか!?」

「へーっ」

 突然のラスボス発見宣言に、俺は間抜けな声を上げてしまった。上川も、

驚いた声を上げる。変らないのは鮎川位か。皆の視線が、据え置きなゲーム機

へと注がれた。

「しかし、あれだけ強い念を持っている筈なのに、そのゲーム機からは何の念も

感じませんが。どういう事です?」

 上川が至極真っ当な質問をする。

「テツロウの畳部屋には他にも色々な物が有ったけど、この閉鎖された

空間の中、ゲーム機とTVだけが存在しているのは、おかしいでしょ?」

 確かにその通りですけど、それでコレが思念体の本体だっていう証拠には、

成らないんじゃ?

「起動しているゲームを見て。さっきまで野球ゲームだったのに、今は

RPGの『夢見る旅人』に変っている。あたしが鎮めの呪法に使用した

ゲームに、よ。あたしが行ったルール付けの法は生きているみたいね」

 失敗したとばかり思っていたのに。そう言う如月さんは疲れた表情だが、

両目は先程より活き活きとしていた。

「つまり、今なら如月さんの呪法に則った祓いが可能だという事ですか?」

「そういうこと」

 上川の問いに、如月さんはゲーム機のコントローラーを手に取りながら

答えた。

「あたしが与えたルールのお陰で、力を発動できる状況が限られていたのね。

だから、アクションゲームやシューティングの真似事でしか、力を発揮

できなかったんだわ」

 いや、アクションじゃなくて、格闘ゲームっていうジャンルに最近は

分類されるっすよ、アレは。というジェネレーションギャップへのツッコミは

さて置き、どうやったら祓いは終了するんですか?

「このゲーム画面を見て」

 TVにRPGと思しき2Dグラフィックの画面が映し出されている。

携帯アプリを更に劣化させたようなグラフィックのキャラクターが、宿屋

みたいな所で佇んでいた。ステータス画面の文字が濃いオレンジに変色しており、

主人公キャラのHPが残り少ない、瀕死の状態である事を伺わせる。

「このゲーム、継続パスワードは宿屋で取得するの。今、パスワードを取って、

電源を切れば祓いは終了するわ!」

 如月さんは手馴れた調子で、コントローラーのボタンを連打していく。

カウンターに座った宿屋の親父の前にキャラを持ってくると、話すコマンドを

選択し『きろくをかきとめる』を選択した。

 大量に表示された規則性の無い文字の羅列を、鮎川を促がし携帯へ

記録させる。

 流れるようなボタンさばきに見とれていたが、ちょっと待て。なんつーか、

記録を書き留める、で良いのか? 上川。

「この呪法は如月さんオリジナルだから、僕には何とも言えないよ。ただ……」

 そこまで言って、上川は声を潜めた。

「記録を残す、っていうのは妙な感じがする。普通なら、メモリーを消去する、

とかに成るんじゃないかな?」

 まあ、メモリーカードが無い頃のゲームソフトだからね、と言って、上川は

多少困惑した笑みを浮べた。

 あの、如月さん、こう言っちゃ何ですが、そのやり方で合ってるんですか?

 如月さんはパスワードを読み上げるのを中断し、おどけた口調で返す。

「おいおいテツロウ、あたしはこの道の専門家だぜい? あの時と同じやり方で

大丈夫だって!」


 同じやり方?


 如月さんは、苦笑寸前の顔を俺に向けた。

「そっか、子供だったから詳しい内容まで覚えてないよね。鎮めの法、

あの時、あたしがやってた呪法の最後に、テツロウは立ち会っていたの。

あたしがギリギリでパスワードを取り終えるトコ、ビックリした顔で

見てたんだよ」

「!?」

 俺は驚いた顔をしていたのだと思う。如月さんは「覚えてないなんて

酷すぎるっ」とか、妙に作った声を上げていたが、俺がそんな顔を

したのは別の理由からだ。


 --夢と違う--


 あの時、如月さんはパスワードなんて取って無かったんじゃないか?

 確か、止まったゲーム機を抱えて、そして……。

 俺の夢が間違ってるのか? でも、あの悪夢、あの日の夢は今、鮮明に

思い出せる。じゃあ如月さんが間違ってるのか?

 まてまて俺、夢の内容が変化するのは普通の事だろう。

 特に、トラウマ的な内容だったら、自分に都合良い内容に成ってても

おかしくない筈だ。

「どったの、テツロウ?」

 如月さんが不思議そうな声を上げる。鮎川や上川も押し黙った俺を

見詰めていた。

 皆の視線を全く意識出来ないほど、俺は考えに没頭している。あのスレンダー

猫耳は何と言った? 呪法の書き換えなんて造作ない、とか言ってたよな。

 そんな事が可能なら、『ヤツが望む呪法』を成立させる為に、如月さんの

記憶をいじるのだって出来るんじゃないか?

 出し抜けに、携帯で話した一条主任の声を思い出した。

『如月さんを信じるなっ自分の夢を信じろ』

 一条さんは俺を、夢を信じろと言った。そうは言っても、俺の夢なんか信じ

られないっすよ、主任。

 子供の頃から今まで、内容は全く思い出せなかったし、思い出したのはココ

に来てから。

 それまでは、どんな夢かも解らず、ただ泣きながら親父に

慰められるだけで……。

 不意に、視界の霧が晴れたような感じがした。暗い奥底から、忘れかけた

記憶が、少しずつ染み出してくる。


 泣きながらしゃがみこんだ親父に取りすがる。暖かい両腕が俺を抱きしめ、

不器用に慰めながら言葉を紡ぐ。

「怖い夢だけど、お前はそれを忘れちゃいけないんだよ」

 泣きじゃくる俺は、必死に理由を聞いた。

「咲美ちゃん、おねいちゃんともう一度会いたいだろう?」

 会いたい。

「おねいちゃんと会うには、お前がその夢を忘れず、心のどこかに閉まって

置かないといけないんだ。出来るね?」

 でも、怖いのは嫌だもん。

「そこは、徹郎が頑張って、上手く折り合いを付けなきゃならないね」

 俺はしゃくり上げながら、意味も解らず鼻声で答える。

「がんば “ヒックッ” うま?」

 親父の優しい声がそれに被さる。

「そうそう、がんば うまっ!」

 思い切り抱き上げられ高い高いされるうちに、嬉しさが先に立ち、何もかも

忘れて屈託なく笑い出す。そんな事が、そう、そんな事が何度も有った。

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