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学生公務員と夢見る旅人  作者: 椎原将
2/22

-2-

 俺はテーブルで思う様ひざをぶつけた。

 厚生労働省神儀局って書いてあるでしょうがっ、住宅環境管理課って、書いて

アルでしょーがっ、環境管理官位、知ってるでSYO-がっ!!

 どこぞのツッコミ芸人のようなテンションの高いリアクションを、思わず

心の中でとってしまう。

 口に出しては「いえ、神儀局の、本物の身分証明書です」と言っておいた。

 というか、ぶつけた膝が痛い。午前中だけで、俺の足はどんだけダメージ受けて

んだ?

 お兄さんは珍獣でも見るような目付きで、俺の顔を見る。

「これ本物? 厚生労働省は解るけど、環境管理官って何なの? 

つうか、その歳で公務員は無いでしょ?」

「!?」

 思わず、ポカンと口を開けてしまった。

「あの、失礼ですが、このお仕事始めてどれ位に?」

「三ヵ月ですよ」

 はい、有難う御座いました。俺が悪かったです。その身分照明カードの役割が

どういったものか、聞き及んでいらっしゃらなくても当然の就労期間ですね。

「失礼ですが貴方の雇い主、確か中込さんだったかな? その方は、いらっしゃい

ませんか」

 若い不動産屋さんは多少疑惑の入った目で俺を見詰めつつ、奥の方へ向け大声を

出した。

「社長ーっお客さんが御指名ですよー」

「おーうっ」

 野太い声が奥の方から聞こえ、くたびれた茶色いスーツのおっさんが顔を出す。

 スーツと同じ位、歳月を感じさせる禿げ上がった頭頂部。渋みのある皺が口元に

有り、柔和で小さめな瞳と共に、穏やかな印象を与えた。

 刑事ドラマで言うなら、デカ長って感じか。

 ベテラン刑事が、ついっと、こちらに視線を流す。一瞬、おやっという表情を

閃かせるも、直ぐに打ち消し挨拶しながらソファーに座り込んだ。

「どうも、中込不動産の中込です」

「社長、こちらの学生さんがね、訳有り物件探してるみたいなんっスよ。ウチに

そんなのは無いって説明しても解って貰えなくて。挙句こんなカード見せて社長を

呼べって」

 援軍を得た若い不動産屋はつらつらと経緯を説明しながら、俺の身分照明を

中込社長に見せる。

「失礼」

 社長は両手でカードを受取ると、ヒョイッとひっくり返す。

「こいつは驚いたな……」

 カードの文面をじっくり見、顔写真と俺の顔を見比べると、黙って俺に返した。

 若い男は先程とは違う雰囲気を察したのか、微妙に声のトーンが変わった。

「社長? ……まさかマジっスかっ?」

 ああ、水戸の御隠居が毎回八時四五分頃まで身分を隠す気持ちが、少しだけ

解った気がするね。知らない奴に見せても無駄だわ、印籠。

 初老一歩手前の中年男は頭髪の残っている部分を赤ボールペンで掻きながら、

半ば独り言のようにつぶやく。

「あー、お前にも、おいおい教えていくつもりだったんだがな」

「んじゃぁ、ウチにも曰く付き物件が有るんスか?」

 すがり付くように説明を求める若い不動産屋を横目で見やり、中込社長は

苦笑交じりの表情を見せた。

「だから、その『ワケアリ』を『普通』にすんのが此方の仕事なんだよ」

 此方、の所で俺に赤ボールペンを向ける。

 なんというか、印籠見た悪代官程ではないにせよもう少しホンのちょっぴり

だけ丁寧に扱って頂くと、有り難いんですが。

 生憎、社長さんはテレパス能力者ではなかったようで、そのまんまの調子で

説明を続けなさる。

「ほら、死人が出た部屋でも一定期間誰かが住んだら、その後告知義務が

無くなる云々の話は、与太話のついでにしてやったろうが。『そういった事』の

専門家っつうか、何か『居る』場合に、それをなんとかしてくれるのが、

環境管理官って訳よ」

 そう言いつつ、中込不動産の社長は渋みのある表情を見せた。

「もっとも学生さんだとは、ついぞ思わなかったけどな」


 省庁再編と呼ばれる行政改革が起こった際、厚生労働省内に、神儀局という

部署が開設された。表向きは継承者不足に悩む神社仏閣の保護、後継育成、神事

伝統芸能等の継承保全を行う為の運営管理組織と成っている。

 だが、実際には祓い清め、日本古来の術式に則った呪詛護法等、『そういった

方面』への対抗組織として存在していた。

 平たく言って、お化け退治の専門家、もしくはトンデモ系専門警察といった

ところか。

 その中でも住宅環境管理課は、民間住居等で発生する不可思議事例解決の為、

発足した部署である。


 という小難しげな説明を丸暗記して、俺は自分の仕事、というかバイトを他人に

伝える際に披瀝していたのだが。このベテラン不動産屋は、いたく簡単な口調で

説明してしまった。何気に、大まかだが解り易い内容と成ってるのが、流石接客の

プロといったところか。

「へぇ~、専門家っスか」

 若い不動産屋は驚嘆の目付きに変わっている。いかん。これまでの経験から

言って、あんまり過大評価されると後々面倒な事になるだけだ。

 俺は多少慌てて、二人の不動産屋にむけ否定の意味で両手を振る。

「いやいやいや、自分はバイトみたいなもんですから。元々父がそっち方面の

仕事やってたから、駆り出されちゃった訳ですし」

「コネ入社ってやつっスか?」

 何気に社会風刺か若不動産屋。どう説明したモンやら、と思う俺に、社長が

尤もに思える助け舟を出してくれた。

「ばーか、祓い云々にゃ適正ってモンが有るのよ。それが出来るもんの

親族には、同じような事出来る人間が多い。血筋ってやつだわな」

 なるほど、もっともだと、俺まで感心しそうに成ってしまった。

いかんいかん。

「ええ、そんな感じで、取りあえず~みたいな」

 取り繕った笑いを二人に向ける。中込さんは俺の表情を見て察して

くれたのか、ちょっと待って下さいよ、というと自分の事務机に戻った。

 ポケットから鍵束を出すと、一番下の引き出しから古ぼけた薄いファイルを

取り出してくる。

 若い不動産屋は興味津々な顔で、薄いファイルを覗き込もうとした。

「それっスか?」

 社長は半開きのまま中を確認し、好奇心の塊に向け片眉を上げてみせる。

「おう、お前さんはこういったファイルが有るって事だけ覚えとけや。

後は俺が引き受けるからよ」

「えぇーっ、マジっスか?」

「いいから、奥のファイル整理やっといてくれや」

 あしらい慣れた感じで若い不動産屋を事務席へ追いやると、来客用ソファに

腰を下ろさないまま、俺にのんびりした声を掛ける。

「取りあえず、物件に行きますか。詳しい説明は向うでやった方が良いでしょ」

 若い不動産屋の微妙に羨ましげな視線と、いってらっしゃいの声を背に、

今回の現場、俺が当分暮らす事になる筈のアパートへと向かう事に成った。


 不動産屋の前に止まっていた白い軽自動車に乗り込むと、中込さんは慣れた

調子で車をスタートさせた。

「学生さん、以前この辺りに住んでた?」

 流れる町並みに見入ってしまっていた俺は、返事がやや遅れる。

「はあ、確かに小学生位まで……何故そう思うんです?」

「ん? ああ、アクセントがね、こっちだったもんだから」

 そういうと、中込さんはそろそろ着きますから、と言ったきり口を閉ざした。

 いったい、何なんだ?

 目的地は不動産屋から車で直ぐの所に有った。

「ほら、知ってると思うけど、近くに大学有るから」

 言われてみれば、アパートが多く建っている。俺が使った駅も直ぐ近くに

有る為、市の中心部へのアクセスも良い。住宅街として成り立っているその

割りに、目の前に山が見え、其処此処に緑が多く点在している。

 典型的な地方都市だ。

 道路の隅に車を止めると、ファイルとコンビニ袋を手に下げ、中込さんは

歩き出す。

 私道を少し入った所に、学生向けと思しきアパートやマンションが何軒か

固まって建っていた。

 中込さんは頭を小奇麗なアパート群へめぐらすと、其処を素通りし、更に

奥へと進む。

 人が住んで居るとは思えない寂れた一軒家がいくつか有り、枯れた雑草が

揺れていた。

 そんな風景の先に、煤けた木造アパートが見えてくる。

「はい、到着」

 俺は言われるままに、その二階建てアパートを見上げた。築二十年以上は

経っているだろうか。外壁は保持の為、塗り替えられているものの、各所が

古ぼけ、いかにも出そうな雰囲気が漂っている。ブロック塀に仕切られたネコの

額より狭そうな庭には、ねこじゃらしを含む大量の雑草が領土権を主張しており、

雨で流れた埃の跡が残る各部屋の窓は、誰も住んで居ない事を伺わせた。

 パッと見た瞬間、妙な懐かしさを感じたのは気のせいか。

「物件は二階ですから」

 キョロキョロ見渡している俺に声を掛けると、中込さんは二階へ続く外階段を

上り始める。俺は慌てて後を追った。

 雨ざらしの階段は所々錆付き、端の方は穴が開いている。

「学生さんが住む間は持つと思うけど、階段が抜けたら言ってよ。業者に頼む

から」

 いや、そういう問題か?

 中込さんは軋む階段を慣れた足取りで上がり、通路をすたすた進んで行く。

 二部屋分の扉をスルーして、三部屋目で足を止める。ひょいっ、という感じで

俺の顔を見ると、203と書かれたラベルの鍵を取り出した。

「いいかい? 開けますよ」

 緊張感の無い顔でそう言うと、返事を待たずにガチャガチャと鍵を開る。

軋む扉を開け放つと、玄関先で靴を脱ぎ始めた。

「あー、これ履いて下さいな」

 手に下げていたコンビニ袋から潰れたスリッパを二足出すと、一方を

つっ掛けて部屋の奥に向かった。俺が潰れたスリッパを履くのに手間取っている

間に、中込さんは部屋の窓を総て開け放す。

 冷たく感じる風が吹き抜け、古い家独特の、カビと、よどんだ空気の混ざった

匂いが一瞬強く鼻を掠めた。

 ようやく履き終えたスリッパで、俺は軋む板間へと踏み出す。

 台所を兼ねた板間はソコソコの広さがあり、ガラスの入った引き戸で区切られ、

奥の畳部屋に繋がっている。隅に、いくつかの段ボール箱が置かれていた。

 床板を軋ませながら六畳の畳部屋に進む。奥の部屋と、窓から見える枯れた

雑木林が目に飛び込んだ。

 中込さんは畳部屋に突っ立ったまま、脇にはさんでいたファイルを開くと、

普通に物件案内を始める。

「ええと、六畳部屋で風呂トイレ付。木造二階建て築二十八年っと。ああ、今は

誰も住んでないんで、壁の薄さは気にしないでOKですよ。畳は、先だって

大家さんから連絡を受けたんで、この部屋だけ新しいのに変えてあります。

んー、コンビニは歩いて直ぐに三軒有るんで色々便利。駅は、JRまで歩きで

四、五分ってトコかな? 家賃は二万四千、礼金二ヵ月分で敷金無しと。

敷金無しの理由は、もちろんイワク付きだからです」

 最後の曰く付きの辺りで、ニヤリと笑う。つか、中込さん、さっきから

拍子抜けする位に緊張感無いんですが、怖くないんですか?

「んー? ああ、真昼間にゃ出るモンも出ないでしょ?

 それに、プロも居る訳だし」

 中込さんはそう言って、再びファイルに視線を落とす。ふと、思い出した

ように口を開いた。

「そういやこの物件に関る事になったのは、どういった経緯で?」

「父……いや、上司からこういった物件が有る筈だから調べて来い、と」

「というと、学生さんは祓いまで出来るんですか?」

「その辺は、ちょっと特殊なんですよ」

 そう前置きした上で、俺は、込み入った説明をする事になった。

 基本的に、『曰く付き物件』の殆どは、噂話やその前に起った記憶に残る

大きな事件が原因の場合が多い。

 例えば、道に面したアパートの部屋で誰かが死んだ、という事件が

起こったとする。その後、近所の四つ角で交通事故が起き、誰か亡くなったと

したら?

 これが連続して起こると、近所の人は『そういえば以前、あのアパートで云々』

と噂するようになる。

 後は雪だるま式に話が大きくなり、道に面したアパートの部屋に怨霊が

棲み付き、近付く者を呪っている、という定番の話が出来上がってしまう。

 で、そういった風聞が立った部屋に一定期間以上居住し、噂が単なる噂で

ある事を証明する。それが俺の役目だ。

 勿論、噂が真実である場合も有るが、ホンモノは滅多に無い。滅多に無いのに、

本式の祓いを行える貴重な人材を、出るかも知れない程度の案件に派遣するのは、

甚だ非効率だ。

 結果、俺のバイトが成り立つ事に成る。

「そうは言っても学生さん、本当に出たらどうするの? 退治出来なきゃ

マズくない?」

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