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学生公務員と夢見る旅人  作者: 椎原将
17/22

-17-

「ただゲームをやるだけでも、猫を媒介にして凄まじい力、怨念がゲームを

やってる者の精神力を削いでいってるんだよ。如月さん一人じゃゲームセット

まで精神力が持たないから、君と鮎川に手伝って貰おうとしたんだな。本当なら

鮎川をもう少し引っ張って、二回から三回は持たせる積りだったんじゃないか?

 で、君にスイッチして行ける所までいって貰い、最後を如月さんが抑える積り

だったんだと思う」

 じゃあ、俺が先に行かないと、方程式が崩れる事に成るじゃないか。

「緊急避難的措置だと思う。予想外に相手の力が増していたから、作戦を

変えたんじゃないだろうか?」

 つうかお前が代わりに繋いでやって……は無理だったな。コイツ、パズル

ゲームは得意だが、アクションゲームの類はとことん苦手だったっけ。

「ごめん、もう少しアクションゲームやっとくんだったと、後悔してる」

 ゲームやってない事が、現実の人生での生き死にを左右する事に成るとは、俺も

思わなかったよ。兎に角、今は如月さんの腕に期待しよう。

 如月さんは期待を裏切らなかった。交代早々、カウント・ツースリーまで粘り、

フォアボールでランナーを出す。次のバッターで、狙い打ったようなホームラン

を放ち、二点をもぎ取る。これで10-2、コールドゲームは無くなった。

 その後も回を重ねる毎に小刻みに加点し、五回までに3点差まで詰め寄る。

黒猫も投手リレーと人目を引く愛らしい仕草(ホント無駄に可愛いなコイツは)

でかわそうとしたが、如月さんの猛攻を押し止めるまでに至らない。

 このままの勢いで行けば次の回で逆転も可能だと思い始めた矢先、遂に、

如月さん本人の精神力に陰りが見えた。

 六回裏、先程までの狙いすました鋭いバッティングは影を潜め、直球を

カットするので精一杯に成っている。あの、そろそろ俺が代わりましょうか?

「なーに言ってんのっテツロウ、ようやく肩が暖まったっていうのにっ」

 なんつーの、格闘漫画でボロボロにされた主人公の仲間が、強がってる感じ?

 いや、目の下ものすっごいクマ出来てますよっ。二、三日完徹して原稿描いてた

漫画家さんみたいに、色々と大切なものが抜けてってますって。

「なんの、まだ退く訳にはいかんのじゃよっ」

 如月さんのおどけた台詞に、疲労の色が滲んでいる。話しながらも、猫が投げる

ボールを必死にカットし、ファールを打ち続けていた。粘るのは良いんですけど、

このままじゃジリ貧ですよ。

「ピッチャー交代ニャッ」

 焦れた黒猫が、最後の投手を繰り出して来た。流石に、スタミナ十分な投手の

球は上手くカット出来ず、この回は終了してしまう。それでも七回表、黒猫の

攻撃は、アッサリ三人で終了させた。いやぁ、ピッチングはどう考えるかが

重要だわ。後は、こっちの攻撃で少しでも点を取れれば良いのだが。

真っ白に燃え尽きる一歩手前って感じの如月さんに、加点を望むのは酷って

もんだ。

「もう代わりますよ、俺っ」

「まだだぁ、まだだおっちゃんっ。あたしゃまだ燃え尽きちゃ居ないぜっ」

 いやその、何かネタをやる体力だけは、別腹なのか、この人。

「やめてぇっ、きさらぎくんがしんじゃうぅっ」(無駄に芝居がかった声)

 真面目に命掛かってるんだから、お前も空気読め鮎川。つか、イエーイとか

言いながら両手でハイタッチしてんじゃないよ二人共っ。

 それと猫、その隙突いて姑息にストライク取ろうとするんじゃないっ。

 如月さんは俺の説得も聞かず、フラフラ状態でバッティングを続けた。

もちろん、まともなヒット一本打てない。一体、この後どーすんですかっ。

「任せろテツロウッ、1点は、返すっ!」

 如月さんは最後の“すっ”の所で思いっきり力を入れてボタンを押した。

五番バッターのバットがダウンスイングで綺麗に振り切られ、ゲーム独特の

打球音と共に、ボールが場外へと消えて行く。

「やったーっ!」

 見事なホームランに、俺と鮎川は歓声を上げた。直後、如月さんの上半身が

ふらつく。

 慌てて俺が支えると、如月さんは消え入りそうな声で言う。

「いったろ、一点返すって……でも、流石にコレが限界だわ」

 解りましたから、交代しましょう。

「駄目よ。この回はあたしが責任持って終わらせる。テツロウは、ラスト二回を

お願い」

 そう言って、如月さんは最後までコントローラーを放さず、この回を終えた。

終わると同時に、力無く崩れ落ち畳の上に大の字となる。顔は生気無く、

青白かった。

 俺は肩を抱き起こし慌てて声を掛けた。

「だ、大丈夫ですか?」

「……おなか、減った」

「え?」

「ポッキー……食べたい」

 横から鮎川がチョコポッキーを差し出す。もちろん、一味唐辛子まみれな

やつだ。如月さんは口先で受け止め、ボリボリ食べ始める。咀嚼しながら、俺の

耳元に囁いた。

「いい、テツロウ。この回の裏は点を取ろうとするな。兎に角、ファールで

粘る事だけを考えて」ぱくっ、ポリポリポリ……。

 んな事言っても、まだ2点差ですよ、取れる内に取っておいた方が。

「どのみち、この回コッチは下位打線。無理にヒッティングに行っても、打ち

取られる可能性が高いわ」モグッ、ぼりぼりぼり……。

 そりゃそうかもしれませんが、代打だって残ってる訳だし。

「ふぉにはくもえばうぇるばふぇねぼぁって」

 ええいっ、食うか喋るかどっちかにしなさいっ!

『モグモグモグモグッ……』

 黙々とポッキーを食べ始めた如月さんを鮎川に任せると、俺は、ゲーム機の

コントローラーを握った。残り二回。先ずは猫の攻撃を抑えて、望みを繋げねば。

 バカにしたような目で俺を見る黒猫を尻目に、昔如月さんから教わった対角線

投法とかいう投げ方で、ゲームを開始した。うわ、始まって間もないのに、掌

汗でビッショリだ。

 胃の辺りがぎゅっと締め付けられるように苦しいのは、緊張感の表れか、例の

精神削られてるってやつなのか? 兎に角、俺が持ってる全力の力を出し切る

しかない。

「なっこのっ」

 左右のコースに投げ分ける投法に、猫は全く手が出ない。コッチの吊り球に

引っ掛かり、三振凡打凡打でアッという間に表を終える。さあ、俺の攻撃と

成った。

「テツローッ、球を見ていけよーっ」

『ボリボリボリボリッ』

「緒方、頑張れっ!」

 ホントの野球をやってるみたいだな。まあ、状況の真剣さは勝っている気が

するが。

「にゃっ」

 さっきまでの仰々しい口調は何処へやら。スッカリ猫っぽい喋り(いや、猫は

喋んないけどさ)で、黒猫が第一球投げ込んできた。『ビロッ』。ストライクが

外角一杯に決まる。

うおっ、生意気にコントロールしてんじゃねーか。しかも速球派ピッチャー

なので、タイミングが取り辛い事この上ない。

 アッという間に追い込まれ、最後は外角に流れるボール球のスライダーで空振り

三振してしまった。ぐぉっ、猫に打取られるのって、なんか屈辱だ。

 次のバッターもテンポ良くストライクを取られ、追い込まれる。

 つか、この猫、普通に人並みなピッチング出来てるぞ。どうやって投げ

てんだ。一瞬、猫の方を見ると、前足ふたつを器用に使って、コントローラーの

操作キーとボタンをさばいてやがる。“ピョウープーッ♪”うおっと、何とか

引っ掛けてファールになった。あぶねーっ、三振するトコだった。

『ボリッボリボリボリッボリッ!』

「テツローッ、姐さんが作戦通りやれってっ」

 言われなくても、解ってるってっ。折角の一回を、無駄に使うのは釈然と

しないが、状況が状況だ。専門家の言う事は、聞いとくに限る。うぉーっとっ、

吊り球吊り球ぁ~。

『ボリボリッ! ボーリボリボリッ!』

「打席の後ろに引いて球の音をちゃんと聞いてっ! 集中っ、集中っ!」

 後ろで鮎川がオーバーアクションしながら、如月さんの伝言を伝える。

つか、お前等、サッカー日本代表の外国人監督と通訳かっ。口に出して突っ込む

余裕も無いまま、それでも精一杯俺なりに粘ってみる。だが、所詮下位打線。

 ラストバッターとして打席に立ったピッチャーが、舐めきったような棒球で

打取られ、八回が終了した。

 マズイ、このままでは2点差で負けになってしまう。掌の汗が止まらず、

思わずズボンの太もも辺りで拭ってしまう。

 どーしましょう、如月さん。

「ボリッボリリリボリボリッ」

「まず、最終回表を無失点で切り抜けろっ」

 という鮎川通訳の指示に従い、表の攻撃を丁寧なピッチングで無事切り抜けた。

黒猫の方は既に勝った気満々で「カリカリ山ほど買いに行かせるニャーッ。

その後で、貴様等おやつにして食ってやるニャー」等と、ファンシ-な声で

物騒な内容を口走っている。

 さーて、色々な意味で最後の最後、最終回だ。

「テツロウ、目一杯打ちに行けっ球を良く見てなっ」

 ようやくポッキーに満足したのか、如月さんの声が響く。もちろんその積り

ですよ。一回捨てたのは釈然としないが、お陰でこの回、打順良く一番から

始まりますからねっ。

 黒猫は俺達を気にせず、思いっきり投げ込んできた。

「!?」

 拍子抜けするような棒球に俺は一瞬反応が遅れ、我に返って慌てて

バッティングボタンを押す。カンッという音と共に高く打球が上がり、直ぐに

失速してセンターにキャッチされてしまった。センターフライでワンアウト。

 後ツーアウトで俺達の運命が決まってしまう。

 しっかし、なんつー人を食った猫(なんか上手いね)だ。これだけ緊迫した

場面で、あんな棒球投げ込んでくるとは。

 俺は精一杯深呼吸すると、少し滲むモニター画面を凝視した。猫が操る

ピッチャーは、次のバッターに対してもテンポ良く投げ込んで来る。俺は、一瞬

前に乗り出しながら、バッティングボタンを押さず一球見送る。

 ストライクの音と共に、さっきと同じ棒球がキャッチャーミットに収まって

いた。

 タイムボタンを押し、後ろの如月さんへ振り向く。如月さんは「そういう事だ」

という雰囲気で、親指を立てた。鮎川も「その手で来たかぁ」等と感心している。

「何するニャ、早くするニャ」

 と、黒猫に急かされ、ゲームを再開した。黒猫が次に投げた球を、二番バッター

は綺麗にライトへ弾き返す。球はもちろん、棒球だ。続く三番打者もレフト

フェンス直撃の当りでワンアウト一、三塁と成る。

 一打サヨナラのチャンスに、皆、色めき立った。

 如月さんが突然、積極的なバッティングを避け、ファールで粘るように

成った理由。

 そう、総てはこの九回の為だった。球数を多くしてピッチャーのスタミナを

消耗させ、棒球以外投げれないようにする、その為に一打席一打席、ジリジリ

するような打撃を続けていたのだ。どんな剛速球ピッチャーでも、ゲーム

システム上、スタミナが切れたら打ちごろの球しか投げられない。

 しかも、相手の投手は最後の一人。続くバッターは四番打者。

 総てのお膳立てが整った。

「おニャッ」

 猫はそれでも、まったく同じパターンで速球を投げ込もうとする。だが、

ピッチャーの手から離れたボールは、気の抜けるような音を立て、棒球と

成ってホームベースのど真ん中へ向かって来た。

「行っけぇっテツローッ」

 気合の入った声が、何処かスローモーに感じる。

 俺は、ギリギリまでボールを引き付けると、思いっきりバッティング

ボタンを押し込んでいた。

「葬ーむらんっ!」

 ギャンッ! という音と共に、打球は見えないまま画面が場外目掛け高速で

スクロールしていく。最後に、緩やかに下に向かって移動すると、ピルルルルと

いう独特のファンファーレと共に『ホームラン』の文字が表示された。

 表示得点が加算され、10対11の表示に成る。

「やったぁっ」

 皆の歓声が大きく響いた。俺達のサヨナラ勝ちだっ。そう思った瞬間、画面が

ブッと妙な音と共に、ずれて止まった。

「えっ?」

 振り向くと、黒猫の小さな前足がゲーム機のリセットボタンを押し込んで

いる。俺達に見られている事に気付くと、長い尻尾を左右に小さく動かし

“コロンッ”ウニャッと愛らしいポーズでゲーム機の上に寝っ転がった。

 あの、騙されると思うか?

「ふざけんなよ猫っ俺達のサヨナラ勝ちだったろうがっ」

 俺の剣幕に、猫はビクッと成ると、小走りでテレビの影に逃げ込む。なんだぁ、

猫の振りしてれば、誤魔化せると思ってんのか? あの怨念は。

「違うよ緒方っアレは既に抜け殻だ」

 猫を凝視した上川が驚いて、周囲を見渡す。抜け殻って事は、祓いは成功

したのか?

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