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猫と二人? で呵呵大笑。要は大笑いしてるってこった。
えっと、猫と優雅に会話している所を突っ込むべきか、どこぞの美食家か
鑑定家みたいな物言いに突っ込むべきか、どっちが良いだろうね? 上川。
上川はロシアン黒猫をジッと凝視しつつ、如月さんに耳打ちしていた。
「間違いなく、コレですよ。でも、何故猫なんかと融合出来たのか」
「首を見て」
如月さんは猫の首元から、目を離さない。良く見ると、黒猫の首には鮮やかな
赤の首輪が巻かれており、その首輪に丸いネームプレートみたいな物が下がって
いた。
後ろでヒソヒソやる俺達を少しも気にせず、鮎川はのんきに話し続ける。
「で、君の名前は?」
「ふむ」
猫の表情が、邪悪な笑みで歪んだ。あー、アレだけ可愛い表情してたのが突然
一変するのだから、この種族が、疎まれたり魔女の使い魔扱いされるのも、仕方
無い事かも知れん。
ぴんっと凛々しく座り直した黒猫は、俺達を見渡すと高らかに宣言した。
「我が名はミッチー・ザーニャ。我を追い遣った不埒なる者共総てに、我の呪いを
持って仇返し、世をカリカリと缶ゴハンで満たすモノなりっ!」
あー、うん、漫画ならスッゴイ背景効果と、これでもかな集中線で見開き一杯、
場合によっては二ページ見開きで表現する所だろうし、アニメなら演出エフェクト
ばりばりに、仰々しいクラシックBGMか厳かな女性ボーカルのスキャット
(で良いのかね?)被せて、ラスボス登場を精一杯盛り上げる所だろう。
現実には、前記「復讐宣言」を可愛く愛らしい声で高らかに謳い上げた、表情
だけ邪悪なちっこい猫が畳の上にお座りしているだけなのだが。
あ、そういや宣言中に市道の方を走る石焼芋屋の音が、遠くからBGMとして
聞こえたぞ。
緊張感台無しだな、コレ。にしても、この猫はどうやって怨念の受信体として、
カリカリ征服を目指すように成ったんだ?
「この猫、飼い猫だから名前があったのよ。恐らく、怨念が手当たり次第に融合
掛け始めた時、最初に捕まったのがこの子。で、名前を得た事で、個として存在
できるようになった。更に、その名前が貴き方の呼び名に近かったから、一気に
融合し、あたしが与えていた道筋と猫の思考が解け合い、こうなってるんだと
思う」
如月さんは猫を凝視したまま説明してくれた。つうかぶっちゃけ、猫が器に
成ってるならもう放っといても良いんじゃ無いすかね? 猫缶征服つってもタカが
知れてるだろうし。
「バカ、行動基準や思考パターンは猫だけど、貴き方の社に行ったら当然、其処に
棲み付く事に成るわ。結局、憑り付いたのが人じゃなくて良かったってだけ。
この先、人の世の知恵を学習する度、以前の祟り神としての素養を取り戻すわ」
うーん、呪いや祟りを起こす、猫神社か。それはそれで需要が有りそうな気が
するが。
少なくとも、カリカリ奉納すれば良い事有りそうな気がするし、手玉に取るのは
簡単そうだ。現に今、目の前で手玉に取ってるやつが居るし。
鮎川は俺達のヒソヒソ話を気にせず、黒猫を膝の上に乗せ、嬉しげに撫で回し
ていた。
「うわー、本当にふかふかで滑らかな毛並みだねーっ」
「当然である。我の飼い主だった人間は、櫛使いが下手でのう。折角の艶やかさを
我の舌だけで維持するのがどれだけ大変だったか」
ひょいっ、と手先を顎の下に持っていき、ゴロゴロし始める。なんだっ?
コイツ普通に目を細めて、気持ち良さそうにしているぞ。
「あー、やっぱこうすると気持ち良いんだぁ」
「そうそう、我の喉を撫でるならその辺を重点的に撫でるべきじゃ。主は中々に
筋が良い。我に跪し付く者として、召抱えてやっても良いぞ」
「うーん、喋るにゃんこ飼いたいなぁ」
「だから我は猫でなくミッチー・ザーぁああ、掻くなら耳の後ろの、そうその
辺をアア、中々に良い感じにゃぁ」
俺がもし祓いの専門家やってたなら、真面目に帰ってると思うぞ、この展開。
つか上川、今の内に例の清め塩BB弾で、何とか成らんか?
「弾は換えてきたし何とか成らない事は無いと思うけど、確実に祓えるか
怪しいよ。もし逃げられたら厄介な事に成る。それにこの猫、既にかなりの力を
蓄えているよ。正直、邪念が猫の即物的思考の影響を受けていて、本当に
良かったと思ってる」
「そうね、清め塩なんかじゃ、歯が立たないかもしれない」
如月さんは小さく呟いた後、きっぱりと言放った。
「何より、あんな可愛い生き物をエアガンの的にするのは、許せないわ」
はい? 今何と仰いました? つか、何でしょう、その鮎川並みに蕩け
まくった顔は。
「いや、ほら、昔から使い魔は黒猫って相場が決まってるし、あんな器量良し中々
お目に掛かれないし。何て言うかな、飼っても良いかな? って思ってるぅ」
黒猫(祓う対象だぞ、念の為)を撫でまくってる鮎川に、ソワソワしながら、
羨ましげな視線を送っている。猫に向かってまっしぐらに成らなかった分、自制が
効いている、と言っとくべきか?
むぅ、このままでは、こちらの戦力は半減したも同然。目を覚まさせる
というか、どこぞのとんち坊主みたいな発想の展開を考え付いて、少しでも正常な
状態(この場合は、皆で頑張って祓いをしましょうね、って事だ)に戻さねば。
俺が無い知恵絞ってる間にも、如月さんは自己責任と自己欲求の狭間でうずうず
ソワソワしている。遂に自己欲求が一票差で勝り、ふらぁっと猫に近付こうと
したその時、咄嗟に今を何とかする考え(とんち、と思ってくれていいぞ)を
思い付いた。
「如月さんっ、ホラ、あの猫、祓いに成功しても、猫自体はココに残るん
ですよね?」
「え? ええ、もちろん猫さんの体には影響無い筈よ」既に、さん付けかいっ。
「なら、とっとと、どうにかやって祓っちゃった方が良いじゃないですか。
そうすれば、心置きなく撫でくり倒せますよ」
なんか、子供騙しもいいトコだ。流石にこれでは
「それもそうだわっ、テツロウッ、アンタ今良い事言ったっ」
えーっ、引っ掛かったよ、というか素直に乗っちゃったよこの人。
如月さんは表情を改めると、鮎川の膝の上で満足げに喉を鳴らす黒猫に
対峙した。
「ミッチー・ザーニャ殿に物申す。盛者必衰の理は等しく万物へ投げ掛けられん。
既に時は移ろい、貴殿の念を報いとして受取るべき栄えたる者も万骨枯る。
小さき柔毛に包まれ、宛ど無く彷徨わず、得心持って導きの光へ進まん事を
願うっ」
黒猫は薄目を開けて如月さんを見ると、立ち上がって鮎川の膝から降りる。
「その匂い、覚えておるぞ。一度は我と共に在った女じゃな。我に注進するとは
笑止千万。いざ、思い上がりを罰してくれようぞ」
そういうと、猫の全身から凄まじい勢いで風が吹き出した。黒く色付き、体を
掠めただけで怖気づく様な冷気を感じる。あの夢の中と同じ風に、俺は悲鳴を
漏らしそうになった。
猫はゆっくりと歩むと、先程まで遊んでいたゲーム機の前に座り込む。
「この『家族でプロ野球』で、賢しい口を叩いた貴様等を成敗してくれん」
……はい?
一瞬、時が止まったように感じた。ポカンと口を開けた俺。自分が聞いた猫の
台詞を、何度も脳内で再確認しているらしい上川。「おーっ、やるかぁっ」と、
ノリノリな鮎川。
そして、会心の笑みを漏らし、コッチを見て頷く如月さん。その顔を見て
我に返った俺は如月さんの耳元に口を寄せた。
「なっ、どういう事ですか?」
「言ったでしょ、長きに渡り教育したって。これが答えよ」
いや、サッパリ解らないです。
「あたしの呪法は、何を使うか知ってるでしょうに?」
「その、家庭用ゲーム機っすか」
「つまりは今、どういう状況か。ヤツが、何を言ったか考えれば……解んない
かな?」
上川が、何かに閃いた顔をする。
「そうか、ルールって事か」
いや、サッパリ解らん。俺にも解る様に説明してくれ。
上川も頭を寄せてヒソヒソ話に参加する。
「相手は祟り神。呪いその他何でもござれな存在だ。それこそ速やかに効く
呪いを使ってきてもおかしくない。其処までは解るよな?」
まあ、解る。RPGで御馴染みな攻撃呪文とか使ってくるって訳だな?
「あながち間違いじゃない。でも、あの祓いモノはゲームの対戦を選んだよね」
其処が解らんのだが。
「つまり、君が言った攻撃呪文の発動には、ゲームという手法を用いないと
いけない、というルールが祓いモノ(この場合は怨念だけど)の中に
出来上がってるんだよ」
へ? きょとんとする俺に、如月さんはニヒルな笑いを向けた。
「統一意思が無い怨念集合体を相手にすると、何をされるか解ったモンじゃ
ないの。それこそ、何年もして発動する呪いとか、即時発動の物理攻撃とか、
何でもアリ。だけど、其処にあたしが融合する事で、知恵を付け方向性を定め
させたのよ。術法怨念、コトを成す際必ずゲームを使用すべし、ってね」
成る程。ようやく解った気がする。要は、俺達がゲームで勝てば良いのな。
でも、そんな方式で本当に祓えるもんですか?
「理を通すのに、やり方は関係無い。ただ、相手が納得する方式を取れば
いいの」
そういって、如月さんは自信に満ちた顔で俺を見た。
「テツロウ、アンタもまこっちゃんも、あのゲームはお手のモンでしょ?
頼んだわよ」
ようやく、俺と鮎川がキーパーソンだと言われた理由が解った。実体を持って
いた場合、不安定要素が多過ぎる、といった理由も今なら解る。プロ級ゲーマーと
アレが融合してたら俺達じゃ絶対に勝てないもんな。つか、そんな可能性は万に
一つも無いと思うが。
鮎川は既に見た通り、あの手のゲームに強い。俺の腕はソコソコだが、この前
一晩如月さん(霊)に付き合わされたお陰で、足を引っ張る事は無いレベルに
成っている。
「何より、相手は猫よ、肉球よ。コントローラー床置きよ? ロクに変化球も
投げられないでしょ? 勝ったも同然っ」
ぬしゃしゃしゃしゃっと、悪い顔で笑う如月さん。で、御満悦の所、非常に
申し訳無いんですけど。
「何よ」
鮎川、すでにゲーム始めちゃってますよ。
「まこっちゃんなら問題無いわ。あたしとタメ張れる実力よ?」
なんか、さっきから断続的にホームランの音がしてるんですけど。
「まこっちゃんが打ちまくってるんでしょ? 肉球じゃあ、球に緩急付け
辛かろうて」
「いえ、打ってるのは黒猫っす」
なにぃっ、と本気で驚いてそっちを見る如月さん。ゲーム機の方から、鮎川の
黄色い歓声が聞こえてくる。
「きゃーっ可愛いっ」
スコアボードは先行黒猫が6点のリード。何故、そうなっているか? 理由は
簡単だ。
鮎川がボールを投げる。猫は床に置いたコントローラーの打つボタンを、俺が
見ても可愛らしいと思えるじゃれかたで押す。鮎川はその仕草に首ったけで、猫の
一挙手一投足を見守るべく、棒球連発。流石に猫だけあって反射神経は
素晴らしく、何球かに一球確実に捉えホームランしていた、という訳だ。
しかしいくら棒球と言っても、下位打線なら打取れるだろうに……って猫っ、
テメェ対戦じゃタブーの、海外強力選手連合チーム使ってんじゃねーかっ。
「我は異邦人のハーフゆえ、海外選手チームを使うのは当然であろう?
……あ、タイムね、バッター交代」
すまして答えやがる。つか、生まれがどうとか、そんな理由か。
「もちろん強いから選んだニャーッ」
ムキーッ、ムカツク?! ていうかコイツやっぱ邪悪だっ。鮎川さん、ゲーム
本気でやっちゃって下さいよっ。
「えーっ、でも仕草とか、こんなに可愛いんだよっ」
“コロンッ”(猫が転がる仕草)キャーッ。
ぬぅっ、何と悪辣な。女の子の、可愛いものに対する無防備な心を弄ぶ
とはっ。
ようやく猫の攻撃が終了した時には、鮎川は十点取られていた。このゲーム
って、コールドゲーム有りじゃ無かったっけ? この裏、こっちの攻撃で何点か
返さないと、負けに成っちまうぞっ。
「どうするんですか、如月さんっ」
如月さんは、腕組みしたまま眉根を寄せる。
「拙いね。くぅ、予定よりはるかに早いけど、継投するしか無いわ」
そう言うと、如月さんはタイムを宣言した。
「プレイヤー交代っ代打、あたしっ」
コントローラーを如月さんに渡し、後ろに下がった鮎川は、大きく溜息を
ついた。
「ふぅー、可愛かった。にしても、一回分しかやってないのに、すっごく
疲れたな」
妙に疲れ切った表情の鮎川を見て、上川の顔が曇る。
「そういう事か、確かに拙い」
何がマズイんだ?




