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学生公務員と夢見る旅人  作者: 椎原将
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 足音に合わせ、如月さんは説明を続ける。

「上川君は全体支援と状況判断を任せるわ。万が一、あたしが指示出来なく

なった場合、君が皆を導いて」

 黙ったまま頷く上川。

「それと、テツロウとまこっちゃん。驚かないで聞いて欲しいんだけど、今回の

祓いは君達がメインに成るの」

「突然の御指名だネッ」いつもの軽い口調で返そうとして、緊張が声に出て

いる鮎川。

 そりゃそうだわな。俺だって驚きだ。

「どういう事ですか? 俺、祓いの能力なんて持ってないですよ」

「それでも、やって貰うしかないの。貴方達なら、出来るわ」

 如月さんは毅然とした口調で断言する。その顔は、済まなそうな表情を押し

殺そうとして失敗していた。そんな顔されちゃ、断れませんよ。

「おだてないで下さい」

 鮎川、それネタか本気か、どっちか微妙だから。


 うちのアパートの近く、私道の入り口まで来ると、如月さんと上川の歩みが

止まった。

 上川は遠くを見詰めるような目をして小さく呟く。

「如月さん、これって」

 真剣な表情の如月さんが、一瞬だけ驚愕したように見えた。

「ええ、祓いモノが……ヤツが既に存在してるわ」

「存在って、どういう事です?」

「名を与える事によって、存在が変化するって話はしたでしょ? 今、あの辺りに

感じるのは曖昧模糊とした念の集合体ではない、個と成ったヤツが居るのよ」

「つまり、誰かに乗り移ってる可能性が?」

 如月さんの美しい顔が、後悔で歪む。

「そう、人と融合している可能性がある。でも、有り得ないわ。昨日は、あたしが

あの場にいた事で、他者との融合を考える事が出来ないようにしていたのに」

 今日、ココまでの間に、誰かを取り込んだって事は考えられませんか?

「時間的に無理ね。名前を持つ者、人間との融合は、相手がそれを望むか無抵抗で

ない限り短期間での融合は不可能なの。仮にそうだったとしても、最低でも数日は

掛かるわ」

 兎に角、行ってみるしかないわね。そう言って、如月さんは小走りにアパートへ

向かう。

俺達も慌てて後を追い、アパートが見えた所で息を呑んだ。

「まさかっ」

 如月さんの押し殺した呟きが聞こえる。

 アパートの、誰も居ない筈の俺の部屋に、明りが付いていた。

 全員の歩みが止まり、その場に立ち竦む。少なくとも、相手は明りを付ける

だけの知恵を持ち合わせている訳だ。想定外の事態だったのだろう。

 如月さんの肩口が小刻みに震える。ややあって、上川が毅然とした声を

上げた。

「行きましょう。まだ、状況をはっきり確認した訳じゃ無い」

 歯噛みする表情で如月さんが首を振る。

「駄目よ。相手が個を得ているとなると、あたしが想定した祓いでは不確定要素が

多くなり過ぎるの。仮に今なら間に合うとしても、万一失敗して、皆を危険に晒す

訳には」

「摘めそうな芽は摘むべきです。このままにして置けば大禍神が誕生する事に

成る。僕達が今、手を出さなければ、確かに害は受けない。ですがその先には、

災いを受ける普通の人達が大勢出る事になる。違いますか?」

 上川は如月さんの両肩を持ち、強く揺さぶった。普段のアイツからは想像

出来ない反応に俺は声を掛ける事も出来ない。如月さんは、うつむいて、されるが

ままに成っている。

「行こうぜっ咲ちゃんっ」「!?」

 声の主は、鮎川だった。如月さんが復活してから、べたべたに甘えまくって

いた、あの調子とは全く違う。そう、久しぶりに俺と再会した時に見せたあの

悪戯っぽい表情に近い。

「強力? 個? 不確定要素? んなぁこたぁーどーでもいいっ。あたしは

上川君を信じてる。おねいちゃんを信じてる。テツローを信じてる。だから、

流行るだか祓うだか知らないけど、それを完遂するっ。行って仇成す輩が

居ても、全員揃えば絶対やっつけられる。そう信じてる。信じられるっ!」

 鮎川は、一つ一つの言葉を噛み締めるように、全員を励ますように、大きく声を

張り上げた。他の誰かがこんな事言ったら、なんつー無責任な台詞だって思った

ろう。だけど、この根拠も理由も無い「信じる」という言葉は、確実に俺達の

心へ届いた。恐らくは何も出来ないであろう彼女自身の、何も出来ないが故に

総てを投げうつ覚悟。過去への贖罪と、同じ思いを他者にさせたくないという

純粋な正義感。その思いが言葉と成った時、届かない訳が無い。

 俺達は、あの時を共有しているのだから。

「そう、かも、ね」

 聞き終えた如月さんの表情に、少しずつ生気が戻る。

 鮎川は右手で拳を作ると、如月さんのほっぺたをグリグリする。

「なんだぁ、寝てるうちにヤキがまわったかぁ? 咲ちゃんっ。技術が日進月歩な

ように、人も変っていくんだよっ!」

 そう言って腰に手を当てると、にぱっと笑ってVサインを出した。

「まこと……」

 うん、そうだよな。鮎川の、まこっちゃんの言う通りだ。一本なら折れても、

三本の矢は折れないって言う逸話が有るが、四本ならどうだ? きっと、もっと

強いぜ。

 上手い励ましも気の利いた言葉も思い浮かばなかった俺は、こう言うので

精一杯だった。

「行きましょう、如月さん。今晩、携帯の機種検討会やるんでしょ?」

「そうです、とっとと祓って検討会やって、朝一でその機種購入に行くですよっ」

「だ、そうですよ」

 上川が如月さんに微笑みかける。如月さんは一瞬、顔を伏せると両手で

思いっきり自分の頬を叩く。バチンッという派手な音に、見ていたこっちが

驚いた。

「うしっ。美少女天才呪法師とも言われたあたしが、負うた子に教えられる

とはっ。歳は取りたくないもんじゃのうって全然取ってないけどネーッ!」

 美少女云々は兎も角、元通りの如月さんだな。

「はぅっしまったっ」

 突然鮎川が、何かに気付いたような声を上げる。一体、何なんだ?

「ココはあたしがおねいちゃんを『バカっ』て言って叩いて、その後、歌を

歌わせた方が感動が」

 すんな。

「むしろ、お願い咲美、戦って~って言って、そのあと合」

「カミーカワ、お前もか」 byテツロー


 最近聞こえていた、ごわんっと言う音が、近くに来てからココに至るまで、全く

しなかった事に気付いたのは、迂闊にもアパートの階段下まで来た時であった。

その事を如月さんに話すと、頷いて言った。

「抑えていた力が、漏れていたのよ」

「祓いモノのですか? んじゃ、今、音がしなくなったのは?」

「器が、それを受け止めているのだと思う」

 そう言って、階段の上を睨む。上川が例のエアガンを取り出し、先頭に立って

階段を上がり始めた。次いで俺、鮎川、如月さんも続く。

 扉の開閉の邪魔に成らない奥の位置に移動した上川が、小さく頷く。

「テツロウが扉を開けたら、あたしとまこっちゃんが入るからその後に続いて。

いい、刺激しないで。あたしが相手を見極めて、それからどう仕掛けるか

教えるから」

 如月さんと鮎川が配置に付く。俺はそっと鍵を開け、大きく扉を開け放った。

「とーうっ」「たーっ」

 は? 俺の目が点になる。

 「とーうっ」と、「たーっ」が誰の声か、言うまでも無いよな。

 スカートの裾を翻し、鮎川と如月さんは室内に踊りこんだ。つか、狭い板間で

強引に側転しないで下さい如月さん。パンツ見えちゃったじゃないですかっ。

 なんて、俺が冷静に突っ込めたのは其処までだったね。多少、タイミングが

ずれたものの二人は揃ってポーズを決めた。

「世のため人のため、生き返って来たピチピチお肌っ。過去の怨念晴らす為、謎の

邪念を祓らして砕くっ。美少女セーラー服呪法師ココに参上っ! この

ニーソックスの輝きを恐れぬのなら、かかってぇこいっ!」ビシィッ!

 わーい、ふたりともおうねんの変身ヒーローなみにカッコいいゾ(棒読み)。

 そう、コイツ等(敢えてコイツ等と呼ばせて貰うぞ)鮎川の家でどんな服に

着替えたかと思ったら、お揃いのセーラー服に着替えてきやがったのだ。

黒いニーソックスまで履いて居るのは、もはや何かのネタにしか思えん。

 つうか、その制服はもしかして自前か鮎川? 後、如月さんは俺の諭吉さんを

返せっ。

 鮎川の家で俺が見た瞬間、コイツ等が居の一番に飛び出したのは、間違いなく

俺の突っ込みを避ける為だったと確信している。

 まあ、その、凄く似合っているという点だけは、認めざるを得ん。一方は

真新しいセーラー服のスカーフが、胸元の見事な曲線のお陰で立体感溢れる状態に

成り存在感を際立たせてる。もう一方は、真っ白に染め上げたキャンバスへ

バラの花びらを陰影薄く描き上げたように、逆方向の存在感を見せ付ける。

二人とも、どこぞの校内で見掛けたら振り返る事間違いなしな容姿をしているの

が、威力を倍加させているな。何の威力か解らんが。

 正反対の外観を演出する事で、第一印象を決定付けようとしているなら大成功を

収めているぞ、この演出。

 そんなセーラー服をキッチリ着こなした二人が、イキナリ部屋に現れてこんな事

言ってみろ? 誰だって、まず自分が幻覚を見ていないか疑うね絶対。あ、後は

何かのドッキリか? 一条主任が居れば、俺一人がてんてこ舞いでツッコミまくる

事も無かろうに。

 ふぅ、一応、言っとくね。なんだそりゃ……(かなり棒読みな理由は、俺の

感情のやり所の発露とでも言うべきものであり、これまでの展開を見てる方には

解って頂けると思う。来る前のチョット良いシーンが台無しとか云々かんぬん、

つうか解れ)。

 セーラー服反撃同盟が突入した直後、長口上言ってる間に、上川は援護できる

体制を取りながら室内に入っていった。直後、俺も(心の中でツッコミながら)

後に続く。

 室内は電灯が点けられており、視界に問題無い。消していった筈のテレビには

ゲーム画面が映し出されていて、アクションゲームの真っ最中にポーズボタンで

止められていた。

 でまぁ、全員が見た訳だ。其処に存在するモノを。


 邪悪な眼球は何処までも大きく、それで居て瞳は近寄る者を拒むかのように、

鋭く細い。全身を漆黒の剛毛が覆い、荒々しく呼吸する度大きく波打つ。前方に

向かって突き出た耳は犠牲者の悲鳴を聞き漏らさない為か。腕の鍵爪は出し入れ

自由らしく、俺達に向かって小さく出し入れする。ひしゃげた醜い鼻に鋭い牙。

時折覗くざらつく舌は、相手を何処までも軽蔑し、嘲笑しているように見えた。


 駄目だ、俺の貧弱なボキャブラリーでは、この脅威を的確に伝えられん。

 鮎川がすっきり一言で言い表すんで、宜しく。


「ネコだよね?」


「確かに」

「猫だ」

「黒ニャーだわ」


 俺達の目の前で、毛並みの美しい黒い猫がちょこんとお座りしていた。左手を

ポーズボタンに掛け、突然乱入して来た俺達を綺麗なグリーンの瞳で愛らしく

見上げる。

 ゲームパッドから手を離すと、黒猫は俺達に向き直った。

「違いますよ」

「!?」

 俺達の呟きを聞いた猫は、街角で知らないヤツから声を掛けられ困惑する

通りすがりのような反応をする。いや、ちょっと待ってくれ。人間と言葉で会話が

成り立つ生き物は古今東西存在しないんじゃないか? 手話するゴリラとか、行う

行為での意思疎通は成り立つ生き物は居ても。喋る九官鳥は人間の声真似して

鳴いているだけあってって、もうイイね。

 鮎川先生、お願いします。


「やーん、この猫喋ったぁ!」

 心底トロけそうな甘い表情で、鮎川は胸元に当てた両手を握りしめる。鮎川の

発言に黒猫はムッとした表情(本当にそう見えたから驚きだ)を見せた。

「違いますって」

 ムッとする猫を気にせず、鮎川は前のめり(危ないって)で、猫を凝視する。

「あやー、ロシアンブルーと国産猫のミックスだね、この子」

「ほう、我の出自を一目で見抜くとは、中々の鑑定眼」

「純国産短毛種のみでは、ココまできめ細やかで滑らか且つ密集した毛並みの子

は、生まれない。更に、その気品すら漂う翠色の瞳を見れば、大よその見当は

付くというものですよ」

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